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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 全国各地に豪雨の被害をもたらした今年の梅雨、西から順番に明けているようです。今日の東京の空も、梅雨明けの夏空です。

北海道
建物から幕末を感じよう
■箱館奉行所、29日から公開

 幕末、徳川幕府が蝦夷地統治や諸外国との外交などのために設置した「箱館奉行所」の復元工事が完了し、16日に報道機関に公開された。一般公開は29日から。
 現在は公園として開放されている函館市の国指定特別史跡・五稜郭の中にある。1864(元治元)年にほぼ完成、箱館戦争では旧幕府軍の本拠地となったが、1871(明治4)年に解体された。
 木造平屋建て約1千平方メートルで太鼓櫓(やぐら)は高さ16・5メートル。4室72畳の大広間や、五稜郭と箱館奉行所の歴史を解説した展示、復元工事を紹介した映像シアターなどがある。
 復元工事は4年かかり、総工費は約27億円。古文書や古写真などをもとに建築資材や工法などが可能な限り忠実に再現されており、市文化財課では「建物全体が展示物」としている。
 29日は午前11時半から。4~10月は午前9時~午後6時(入館は15分前まで)、11~3月は午後5時まで(同)。年末年始休み。大人500円、学生・生徒・児童250円。問い合わせは市文化財課(0138・21・3463=28日までの平日)、29日以降は奉行所(0138・51・2864)へ。

 今年のうちには見に伺いたいものです。


静岡
元新撰組の熱意 脈々 浜松・高町の『浜松教会』創立126周年
 浜松市で最初のプロテスタント教会「日本キリスト教団浜松教会」(中区高町)が25日で創立126周年を迎える。草創期のクリスチャン迫害にも屈せず、初代教職として教会を発展させたのは、元新撰組隊士とも伝えられる結城無二三(むにぞう)(1845~1912)。関係者らはその信仰のあつさを思うたび、胸を熱くする。 (加藤拓)
 昨年のクリスマスイブの礼拝から半年ぶりに訪れた教会。「愛の花」と呼ばれる南アフリカ原産のアガパンサスが青紫の花を咲かせていた。迎えてくれた勝田英嗣牧師(61)の手には「浜松教会百年史」(1991年刊)があった。
 それによると、浜松での信徒増加を受け、同教団静岡教会が1884年6月、同区連尺町に講義所を設置。牧師に準じる伝道師の結城を赴任させた。浜松教会が翌月に独立すると、結城はそのまま初代教職に就いた。
 長男禮一郎(1878~1939)が著した伝記「旧幕新撰組の結城無二三」(1924年刊)では、結城は山梨県出身で、本名景祐。「自分ほどの豪傑は世に2人、3人といない」という理由で無二三と名乗った。16歳で江戸に出て攘夷(じょうい)の仲間を募るも失敗、20歳ごろ、向かった京都で新撰組に入ったという。
 戊辰戦争に敗れ、故郷で農業に従事していた結城のキリスト教入信は34歳。高熱で倒れ、以前読んだ聖書の中の神に祈ったところ、病の床から立ち直ったのがきっかけだった。翌年、カナダ人宣教師の洗礼を受けたのだった。やがて上京して神学を学び、卒業後静岡に派遣される。浜松教会の教職を務めた2年間のうちに磐田市見付、袋井、掛川にも教会を開き、静岡を離れると、山梨や東京でも布教したという。
 明治維新から20年足らず。教会設立当時の浜松ではまだキリスト教への不信や偏見が強く、説教中に窓から石が飛び込んでくることも。信者が逃げた後、ひとり結城がつぶてを体に浴びながら説教を続け、やじ馬を逆に感激させたというエピソードが残る。
 こうした熱意もあり、最初の2年間で洗礼を受けた信者が19人。勝田牧師は「昨年の教会の受洗者は3人で、それに比べ驚異的な数。(結城は)よほど正義感が強く、活動的だったのだろう」と話す。
 教会で勝田牧師を補佐するチャプレンの笠原光雄さん(82)=同区広沢=も、結城を尊敬する1人。「鎖国の世に生まれたからこそ、明治に入り、(価値観の転換を肌身で味わって)外国の宗教に目を向けるようになったのでは」と推測する。 結城のともした信仰の灯は脈々と受け継がれ現在、日曜礼拝や教会学校の参加者は100人を数える。勝田牧師は「浜松の方は信仰が熱心で、団結力も強い。この気質を次世代にも受け継いでいきたい」と思いを新たにしている。


京都
池田屋事件にちなみ、京都新選組同好会がパレード
 京都新選組同好会の会員ら39人が16日、歩行者天国となった京都市中心部の四条通などを、羽織袴(はかま)に身を包んだ勇壮な「隊士」の姿にふんしパレードした。
 元治元(1864)年の新暦7月、討幕派が集まる旅館に新選組が討ち入った「池田屋事件」にちなみ、毎年祇園祭の宵山にあわせて行っている。
 一行は、壬生寺で新選組隊士の墓に参拝後、四条通などを約3・5キロ行進し八坂神社に到着。勇ましい様子に、観光客らから歓声があがっていた。


大阪
加藤先生の日本史の授業「龍馬と勝海舟」
 幕末の風雲児、坂本龍馬が主人公となったNHKの大河ドラマ「龍馬伝」が佳境に入り、視聴者の注目を集めています。歴史に詳しい人の解説を受けて、より大河ドラマを楽しんでもらうウェーブ産経の文化サロン「加藤先生の日本史授業第1回『龍馬と勝海舟』」が7月16日、大阪市北区のブリーゼタワーにある産経新聞梅田オフィスで開催され、約40人の会員が参加しました。

 講師は大阪府立高校の校長を歴任した元帝塚山学院大学文学部講師で、高・大連携室長の加藤正彦さんです。まず、加藤さんは「若い人にきちんと歴史を知ってもらわないといけない。戦争中に日本を爆撃した米軍の飛行機『B29』について『そんなに濃い鉛筆があるのですか』と言われた」と述べ、会員を笑わせました。サロンのつかみとしては上場のようですね。

 本題に入りますと加藤さんは「ドラマには時代考証といい、当時の時代を考えている人がいますが100%ではありません。たとえば、龍馬の家族が土佐の家で食事をしている場面がよく出てきますが、食卓で食べる男性に対して女性はかまどの側で食べることが一般的でした。現在のように一緒に食卓を囲むことはありませんでした」と述べ、女性蔑視や男尊女卑を助長する恐れがあるため現代風に演出されていることを強調しました。
また、龍馬の姉、乙女について体重113㌔もある大きな女性で演じている寺島しのぶさんとは似つかわしくない」とも語りました。約1カ月前のシーンで龍馬が勝と出会った場面に触れ、加藤さんは「面接するように出会いました。勝との出会いが龍馬のターニングポイントになりました。これにより、龍馬は国際人となった」と力説。たとえとして、加藤さんは「プロ野球オリックスの鈴木一朗選手が仰木彬監督と出会ったようなもの。俳優の仲代達也が黒沢明監督に出会ったようなものです」と語気を強めて、龍馬の人生に勝が及ぼした影響の大きさを語りました。

 また、多くの手紙を残している龍馬について「ハイ、エヘン、エヘンなど話し言葉をそのまま手紙に書いておりユニーク」と文献を示して加藤さんは解説しました。そして、龍馬に関わった女性についても初恋の人といわれる平井加尾、千葉道場の千葉佐那、結婚したお龍のほかに長崎で出会う「大浦慶」の名前をあげ、大浦慶の半生を紹介しながら、今後のドラマも展望しました。そして、最後に幕末の文学として『一押し』として会員に島崎藤村の「夜明け前」を薦めて文化サロンを終えました。(岩)


広島
「骨董録」繰り上げ公開 県立歴博
 幕末の大老・井伊直弼が暗殺された「桜田門外の変」で、現場に居合わせた井伊家の奉公人が福山藩の役人に語ったとされる証言などを記した古文書「骨董(こっとう)録」の公開が16日、当初予定を繰り上げて福山市西町の県立歴史博物館で始まった。8月1日まで。
 骨董録(縦22センチ、横15・2センチ、100ページ)は、福山藩の儒学者・菅茶山(かんちゃざん)(1748~1827)の弟子、門田朴斎の五男が、「変」に関する伝聞や風説などを集めた記録。奉公人の証言は、「数人が刀を抜いて殿様の駕籠(かご)に切りかかった」「警護の武士は逃げ散り」などと記されている。
 当初は、10月15日からの秋の企画展「幕末の動乱と瀬戸内海」での公開を予定していたが、読売新聞の報道(11日付朝刊など)で問い合わせが複数寄せられたため、前倒しして、開催中の幕末の福山藩に関するスポット展の中で公開することにしたという。
 同博物館の西村直城(なおき)主任学芸員は、「幕末の日本を揺るがした事件の関係者の記録として興味深い。地元、福山藩の幕末の様子を知るきっかけにもしてほしい」と来館を呼び掛けている。
 午前9時~午後5時。26日は休館。一般290円、大学生210円、高校生以下無料。問い合わせは、県立歴史博物館(084・931・2513)へ。


長崎
亀山社中記念館20万人達成 北海道の女性に記念品
 幕末の志士、坂本龍馬ゆかりの地として復元整備され、昨年8月にオープンした長崎市伊良林2丁目の市亀山社中記念館の入場者が16日、20万人を達成した。20万人目となったのは、北海道から訪れた会社員、中井幸代さん(38)と岡本綾子さん(39)で、田上富久市長から記念品が贈られた。
 NHK大河ドラマ「龍馬伝」で龍馬役の福山雅治さんのファンという中井さんは、記念品を受け取り「これから大河ドラマを見て歴史を勉強していきたい」、岡本さんは「20万人目と聞いて、来館者が多いことにびっくりした」とそれぞれ笑顔で話した。
 長崎市は開館当初、入館者数を年間2万5千人とみていた。田上市長は「龍馬伝の舞台が長崎に移ることで、より多くの人が興味を持って来てくれるのでは」と期待を込めた。
 この日は同記念館で、九州運輸機工(西彼時津町、菅藤重信社長)からペットボトルのふたなど廃プラスチックを利用し製作したベンチの寄贈式もあった。目録を田上市長に手渡した菅藤社長は「長崎を訪れてくれる観光客をおもてなしの心で迎えるきっかけになれば」と話した。


ブックレビュー
【書評】『歴史ドラマの大ウソ』大野敏明・著
■調べ抜かれたうんちくが満載

 時代劇を見ていると、えっ、こんなことあったの? と首をかしげたくなるシーンが少なくない。
 徳川将軍が夫人と2人で食事をしていたり、現在NHKで放送中の「龍馬伝」では龍馬と吉田松陰が会話をしたり、武士がサラブレッドに乗っていたり。視聴者はウソに慣らされている。
 新選組の隊服はリバーシブル、日露戦争で戦死した広瀬武夫中佐は実はブリーフをはいていた、といった事実も。
 ページをめくると知らなかったことばかり。まさに目からうろこ。「ウソを暴けば本当の歴史が見えてくる」。江戸時代から、「3丁目の夕日」の戦後まで、調べ抜かれ、磨かれ抜かれた蘊蓄(うんちく)が、歴史ドラマを100倍楽しく見させてくれる。(1365円、産経新聞出版)

 新選組の隊服がリバーシブルって、出典はどの史料でしょうね。仙台の額兵隊が赤と黒のリバーシブルであったとは知っていましたが、新選組がそうだったという話はあったかな?

歴史
「町人切り」見直す新資料 清河八郎
 幕末の尊王攘夷(じょうい)派の中心人物で、坂本竜馬や新選組隊士らともかかわりがあった清河八郎(一八三〇~六三年)に関する新資料が、東京都千代田区の区立四番町歴史民俗資料館の収集資料から見つかった。清河は小説や映画などで「酔って町人を切り幕府に追われる身となった」とダーティーなイメージで描かれることが多いが、新資料では人を切る前日に江戸町奉行所の同心らに捕縛命令が出ていたことが分かった。専門家は「切った相手は幕府の密偵だったとする“わな説”の方が真実かもしれない」との見方を示している。 (加賀大介)

 資料は北町奉行所の同心山本啓助の手帳。一八六一年七月、清河探索のため故郷の鶴岡(山形県)や新潟方面へ出張した際の状況が記録されている。各藩の役人と情報交換しながら逃亡先を絞り込んでいく過程や、清河の両親の取り調べの様子、清河の特徴を記した人相書きなどのほか宿泊先や経費なども細かく書かれている。
 通説では、同年五月二十日、清河は酒を飲んだ帰りに日本橋で「町人風の男」にからまれて無礼討ちにし、人を切ったことで手配人となったとされる。
 しかし、捕縛命令は、冒頭部分に「五月十九日に、南北奉行所で打ち合わせの上、召し捕るよう命令が出た」と記述があり、対象者として清河ら八人の名前があった。
 幕末史に詳しい早稲田大講師の西脇康さん(54)は「清河は幕府から危険分子とみられていた。二十日には大捕物があり、その際に役人が切られたのだろう。逃がしてしまった恥を隠すため、通説のような話が広まったのではないか」とみる。同資料館の文化財調査指導員滝口正哉さん(37)は「男は清河たちを挑発する役目だったのかもしれない」と話す。
 清河の研究はあまり進んでおらず、清河八郎記念館(山形県庄内町)の斎藤清館長は「無礼討ちの前に幕府が捕縛を命じていたという資料はこれまでなかった。研究が進むきっかけになれば」と期待する。
 資料館では、今年十月に開催予定の幕末をテーマにした展示の中で、手帳を公開する。


エンターテインメント
ファン・オタク・マニアに向けた、狭くて深いプラットフォーム『Fan+』に迫る!
 東京ビッグサイトにて、2010年7月7日~9日の3日間開催された「デジタル パブリッシング フェア2010」において、『「大好き」が、ここにある。』というキャッチコピーを基にGoogleブースの隣りに陣を構えた『Fan+』(ファンプラス)。この『Fan+』は、NTTプライム・スクウェアと角川コンテンツゲートがタッグを組んで、ファン・オタク・マニアに向けて全く新しいエンタテイメントのカタチと価値観の創造を目指す新たなプラットフォームとして立ち上げられた、ハイブリッドコンテンツの集合体である。

 『Fan+』では、コンテンツプロバイダーが所有する動画・写真・テキスト・音楽などの素材を使ったオリジナルのリッチコンテンツをユーザーが自分の趣味趣向に合わせてMy Boxという自分専用箱にコレクションしていく。もちろん、マルチデバイス(ケータイ、スマートフォン、PCなど)対応で、大好きなコンテンツにいつでもアクセス可能となっている。

 また、『Fan+』で提供されるコンテンツは、雑誌にたとえるなら「新撰組」特集という、幕末の注目点を一部に絞ったページよりもさらに小さいところに焦点を当てた「土方歳三」という人物をピックアップ。さらにその生き様、素顔などの核心に迫るコンテンツ類が数多く用意されている"場"とイメージしてもらえればいいかと思う。あらゆるジャンルの「専門誌」の集合体、つまり、ファンのライフスタイルを豊かにするために広く浅くではなく、あえて狭く深く追求するために用意されたプラットフォームが『Fan+』である。

 今回は、サービスインに向けて準備中の『Fan+』取締役企画部長 兼 プラットフォームサービス部長の井上淳也氏にお会いする機会ができたので、『Fan+』の現在の構想や目指すところを伺ってみた。


『Fan+』取締役企画部長 兼 プラットフォームサービス部長の井上淳也氏
(以下略)




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