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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 今日は東京は少し曇っていたので最高気温は32度ぐらいだったと思います。それでもシンガポールの夏並みですよ(涙)……もっと暑かった地域の皆様、この熱波を乗り越えられますように。

北海道
榎本武揚没後100年で特別展 8月末まで市立函館博物館
 旧幕府軍を率いて戊辰戦争を戦った榎本武揚の没後100年に合わせ、北海道函館市の市立函館博物館で19日、特別展「榎本武揚-箱館戦争の光と影」が始まった。
 幕末から明治にかけて活躍した榎本の足取りをたどる内容となっており、ひ孫の榎本隆充・東京農大客員教授も同日講演し「榎本は新政府でも文部大臣や外務大臣を歴任した」などと、その功績を紹介した。
 特別展は8月31日まで。1868年に旧幕府海軍を率いて江戸・品川沖を脱出する直前に勝海舟らに送った手紙や、最後の将軍徳川慶喜から贈られた軍服、オランダ留学中に詠んだ句を書きつづった書など約350点を展示している。


箱館奉行所ここに 復元工事を公開
箱館奉行所ここに 復元工事を公開
 【函館】函館市が2010年夏のオープンを目指し、史跡五稜郭跡で進める箱館奉行所庁舎の復元工事の様子が20日、初めて一般公開された。高さ17メートルの太鼓やぐらや瓦ぶきが始まった屋根など、工期半ばの現場を市民ら120人が見学した。
 復元は06年7月に着工し10年6月の完成予定。総事業費は約28億円。元の奉行所庁舎約2950平方メートルのうち主要部分約1000平方メートルを復元する。現存する文献や写真、遺構の調査結果などを基に、当時の材料や工法を忠実に再現している。
 奉行所は、幕府の外交、統治機関として幕末の1864年に完成した。箱館戦争の舞台にもなったが札幌の北海道開拓使本庁を建てるための木材が必要となり1871年(明治4年)に壊された。見学者は技術者の解説を受けながら、復元の様子を見て回った。市は11月まで毎月1回、一般公開する。問い合わせは函館市教委文化財課(電)0138・21・3456へ。


市立函館博物館で榎本武揚没後100年展始まる
 箱館戦争の旧幕府軍総裁で、北海道開拓でも活躍した榎本武揚(1836―1908年)の没後100年にちなんだ特別企画展「没後100年『榎本武揚―箱館戦争の光と影―』」(市立函館博物館主催)が19日、同博物館(青柳町17)で開幕した。初日はオープニングセレモニーや、榎本のひ孫に当たる榎本隆充さん(東京農大客員教授)の講演、学芸員が資料を解説する特別観覧が行われ、市民ら約170人が来場した。8月31日まで。
 同特別展では、榎本さんの所蔵資料をはじめ、榎本にゆかりのある約300点を展示し、江戸時代後半から幕末、明治を生きた榎本の生涯を追っている。榎本直筆の書簡や、留学先のオランダから持ち帰ったという印字通信機、江戸幕府の最後の将軍、徳川慶喜から贈られた軍服など貴重な資料も目にすることができる。
 オープニングセレモニーで、榎本さんは「政治家として活躍した資料だけでなく、プライベートな部分のものもあり、榎本のすべてを表した展示。今の多難な時代は幕末―明治の時代と似ていると言われているが、展示を通して先人たちの考え方を理解してもらえれば」とあいさつを述べた。
 その後、特別観覧に移り、約40人が学芸員の説明を聞きながら貴重な資料をじっくり眺めた。「榎本武揚・没後100周年記念事業」函館地方実行委員会のメンバーで、上磯地方史研究会会長の落合治彦さん(72)は「珍しい資料がたくさんあり、見応えがある」と話した。
 開館時間は午前9時から午後4時半(観覧は同5時まで)。入館料は一般400円、大学・高校生200円、小中学生100円。期間中の休館日は28日、8月4・11・18・25日。問い合わせは同博物館YEL0138・23・5480。


宮崎・東国原知事が北海道で初のトップセールス ライバルは「夕張メロンに白い恋人」
 宮崎県の東国原知事が、北海道で初のトップセールスを行った。
 東国原知事が北海道の玄関・新千歳空港に降り立った。
 東国原知事は「ついにトップセールスの戊辰戦争も、北海道上陸という感じですね」と述べた。
 午後2時、札幌市のイベント会場に東国原知事が登場、およそ600人の札幌市民らを前に、いつもの東国原節で名産品をPRした。

 なぜに「トップセールスの戊辰戦争」なのかはわかりません^_^;。

箱館奉行所復元工事、初の見学会
 国の特別史跡「五稜郭跡」で函館市が進めている箱館奉行所庁舎復元工事の様子が20日、初めて公開された。見学会には応募した約360人のうち抽選で選ばれた120人が参加し、市職員や設計管理をする文化財保存計画協会(東京)の職員が説明。伝統的な工法の木組みや土塗りされた荒壁などの様子を見た。
 工事は2006年7月に着工した。10年6月の完成を目指しており、同秋ごろには一般公開する予定。復元範囲は庁舎全体の3分の1に当たる約1000平方メートル(平屋)で、総工費は約18億円。建物は五稜郭跡の中心に位置する。
 現在は建物の木組みがほぼ終わり、時を知らせる太鼓をたたいた「太鼓やぐら」も組み上がった。一部では土を塗った壁や屋根に瓦をふいている様子も見ることができる。見学者は工事用の足場や階段に登って見学し、「史跡なので当時の地盤面に触れないようコンクリートを敷いた上に建てています」などの説明を聞き、時折質問していた。
 家族3人で参加した同市桔梗町の主婦東山佳奈子さん(39)は「歴史に興味があって参加した。このような施設に来ると当時の様子を想像したりできるので、完成したらぜひまた来たい」と話していた。
 現場見学回は小学生以上が対象で、11月まで毎月行われる。次回は8月10日午前10時、同11時、午後1時半、同2時半の4回実施。希望者は同4日(必着)までに往復はがきに希望日時、代表者の住所と電話番号、参加者全員の氏名と年齢を記載し申し込む。1枚のはがきで4人まで可能。申し込み、問い合わせは市教委文化財課〒040―8666同市東雲町4の13、TEL0138・21・3456。


青森
青森浪岡地区・上野遺跡で現地見学会
 県埋蔵文化財調査センター(伊藤博文所長)は19日、青森市浪岡樽沢字村元の県道五所川原浪岡線沿いにある上野遺跡の一角で現地見学会を行った。今年度、同県道の交通安全施設整備事業に伴い県の県土整備部からの委託で実施してきた調査の結果を一般公開し、津軽地方で二例目の発見となる珍しい緑(りょく)釉(ゆう)陶器の破片や近世以前の街道跡などに、大勢の出席者が見入った。
(中略)
 もう一つの大きな発見は、近世以前に使われていたとみられる深さ50センチほどの側溝を備えた延長35メートルの道路跡。幕末期の「郷山前村漆山絵図」などの資料に照らすと、江戸時代に「下(しも)之(の)切(きり)通り」と呼ばれた街道の可能性が高い。


長野
信仰の証しが神様転がし? 木曽の奇祭「みこしまくり」
信仰の証しが神様転がし? 木曽の奇祭「みこしまくり」
 木曽町福島の中心地で23日にある奇祭・みこしまくり。みこしを転がしながら神様を運び、同町の水無(すいむ)神社に鎮座させた伝説に由来するとされるが、謎めいた一面も。祭りの不思議を掘り下げてみた。 (森木幹哉)
■意外と新しい?

 起源とされる最も一般的な説は、岐阜県高山市にある本社の水無(みなし)神社から祭神を迎えた時の伝説。木曽の水無神社の創建時期とされるのは700余年前の鎌倉時代文永年間。しかし宮田正士宮司(79)は「長い歴史のある祭りだが、みこしを転がす現在のような形に定着したのは、ここ150-200年のことではないか」と言う。

 理由の1つが、拝殿に飾られた祭りを伝える幕末の絵馬。現在のような白木ではなく、塗りや細かい飾りの施されたみこしが描かれている。江戸時代の文献には、現在では毎年造っているみこしを、修理して何年も使っていたことを示す記述もある。


山口
勝山御殿:幕末の城郭、全体像に近い形で 下関の跡地で現地説明会 /山口
勝山御殿:幕末の城郭、全体像に近い形で 下関の跡地で現地説明会 /山口
 幕末に長府毛利藩が造った城郭「勝山御殿」跡地(下関市田倉)で同市文化財保護課による現地説明会が19日あった。発掘調査を終えたためで市民ら約130人が参加した。幕末期の城郭が全体像に近い形で残っているのは全国でも珍しく、下関が他国艦船の砲撃にさらされていた当時の緊張感がしのばれる。
 勝山御殿は1864年、7カ月の突貫工事で造られた。それまでの藩邸は海峡に面した現在の長府宮崎町にあったが、長州藩の攘夷行動に対する他国の攻撃が激しくなり、山あいの田倉地区に移った。幕府が城の新築を認めなかったため「御殿」と称したという。
 きらびやかな戦国時代の城と違い、勝山御殿は「自然の要さい」。周囲三方を山に囲まれ、前面の平野部を城郭から見下ろす。通用口の「大手口」は大砲を運び込むため石敷きや石段を用いることなく土で整地しただけの簡素な造り。石を斜めに積む「落とし積み」技法の石垣や、大砲の被弾威力を和らげる土塁も特徴だ。


高知
絵金の屏風23点炎にゆらり
愁嘆場 炎にゆらり、絵金の屏風23点展示…高知・香南
 幕末の絵師・金蔵(弘瀬洞意、1812~76)が描いた芝居の屏風(びょうぶ)絵23枚を商店街に並べ、ろうそくの明かりで鑑賞する「土佐赤岡絵金祭り」が20日、香南市赤岡町で行われた。訪れた観光客らは、恐ろしくも華麗な世界に魅了された。
 金蔵は土佐藩の御用絵師を追われて同町に定住。歌舞伎や浄瑠璃の愁嘆場や血みどろの場面を極彩色で描いた。屏風絵は近くの須留田八幡宮の大祭のために町の人たちがかつて描かせたもので、町内の観光施設「絵金蔵」に収蔵されている。
 日が暮れた午後7時すぎ、町の人たちが軒先に屏風を次々と並べ、ろうそくを点火。揺らめく炎がおどろおどろしい絵を映し出した。息をのんで見入っていた高知市朝倉の滝石幸子さん(59)は「炎の明かりで、絵がぐっと迫ってくるよう」と話していた。

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