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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 今日は昼頃に雷雲が出てきたので少し日差しが和らいだ感じでした。

北海道
高田屋嘉兵衛まつり開幕、淡路島の特産品フェアなど
 函館の発展と北方開拓に大きく貢献した江戸時代の豪商・高田屋嘉兵衛の功績を伝え、地域の活性化と北方領土の返還要求世論を高める「第33回函館高田屋嘉兵衛まつり」(実行委主催)が26日、函館市内で始まった。初日は同市宝来町の嘉兵衛像の前で顕彰・慰霊式、同市末広町の市地域交流まちづくりセンターで嘉兵衛の古里、兵庫県淡路島の特産品フェアなどが行われた。
 高田屋嘉兵衛は、1769(明和6)年、現在の同県洲本市五色町で生まれた。96(寛政8)年、28歳のときに箱館に来航、99(同11)年、国後島と択捉島間に安全な航路を開き、翌年、択捉島に渡り17カ所の漁場を開拓。箱館を基地とした上、造船所を建てるなどし、箱館発展の基礎を築いた。また、箱館の慈善や奉仕にも尽力し、日露間の紛争を円満に解決して両国和親のためにも活躍した。
 同祭りは、嘉兵衛の没後150年に当たる1976年、嘉兵衛の業績をたたえることにより、北方領土がわが国固有の領土であることの認識を広め、領土返還運動の機運を高めようと始まった。2006年8月にはその運動が高く評価され、同実行委が沖縄北方担当相から表彰を受けた。

 高田屋嘉兵衛は幕末よりちょっと早い時代の人物ですが、私が関心を持っているのでご紹介しました。リンク先、引用した箇所末尾の次の段落で文字化けがありますが……。

市民奮闘 帆張った!…帆船「あこがれ」一般公開
 榎本武揚の没後100周年を記念して函館港西ふ頭に入港している大阪市所有の帆船「あこがれ」(久下剛也船長)で27日、帆を張るセイルドリルと船内の一般公開が行われた。セイルドリルは見学に来ていた市民も参加、青空の下、いっぱいに張られた帆が風をはらんだ。

 「あこがれ」は全長52・16メートル、幅8・6メートル、362トンで、3本ある最も高いマストは甲板上から約30メートルある。最初に乗組員がマストに登り帆をほどき、次に市民らが甲板上で2つの班に分かれてロープを引き帆を開いた。見物していた人は久下船長の解説に聞き入り作業を見守り、約30分後、最後にトギャランと呼ばれる「あこがれ」のシンボルマークが描かれている帆が広がり完成すると、拍手を送っていた。ロープを引いた参加者は「引っ張っても戻されるようで重たかった」と話していた。

 帆は45分後に閉じられ、午後からは船内の見物が行われた。参加者はブリッジやギャレーと呼ばれる厨房などの施設に見入っていた。「あこがれ」は29日から日帰りなどの体験航海(有料)が行われ、8月1日に江差港に向け出港する。体験航海の申し込みはホームページから。 http://www.akogare.or.jp/ または http://kaiyo-maru.org/


宮城
古文書展:貴重な片倉家の知行書など展示--白石 /宮城
 白石市益岡町の白石城歴史探訪ミュージアム2階展示室で、市内に伝わる古文書を紹介する企画展「白石の古文書」が開かれている。

 白石城は伊達家の重臣・片倉家が城主を務め、初代景綱から11代邦憲まで代々の城主が小十郎を名乗った。江戸初期の「一国一城令」の下では異例の措置として仙台城のほかに存続が認められ、白石は仙台藩南の要所として栄え、さまざまな古文書が伝えられた。

 「片倉小十郎とその支配」「片倉家の華麗な交際」「戊辰戦争の敗北と立ち上がる片倉家中」の3部で構成。藩政に携わった記録や知行書などの「片倉家記録」や、松前藩や宇和島藩、京都の摂関家との交流を示す文書のほか、戊辰戦争後の北海道移住に絡む資料などを展示している。

 白石は母方の祖母の出身地なので、戊辰戦争ゆかりの地めぐりをかねて一度訪れたいところです。

福島
白河戊辰祭:パネル討論 「現代にも影落とす戊辰戦争」 /福島
◇旧幕府軍・会津と新政府軍・長州、松平氏「和解に時間足りず」--白河口の戦い
 戊辰戦争140年を記念し、「戊辰戦争と白河・東北」をテーマにしたパネルディスカッションが27日、白河市中田の市文化センターで開かれた。作家や大学教授らが「戊辰戦争は現代にも影を落としている」などと、活発に意見交換した。

 市民団体「しらかわ歴史のまちづくりフォーラム」(植村美洋代表)が開いた白河戊辰祭の一イベント。パネリストは▽星亮一(作家)▽松平定知(アナウンサー)▽青山忠正(仏教大教授)▽間島勲(会津史学会副会長)▽森まゆみ(作家)▽小野利広(立教志塾評議員)の6氏。

 戊辰戦争で最激戦だった「白河口の戦い」では、3カ月に及ぶ戦いで1000人以上が死亡したとされる。会津藩などの旧幕府軍と長州藩など新政府軍の関係を巡り、青山氏は「墓碑が1カ所にまとめて建てられているのは、白河以外にはない」と指摘し、間島氏は「会津最後の藩主の一族に西軍の家を継いでいる人もいる」と、融和の一面を紹介した。

 これに対し、白河藩主・松平定信ら松平家の子孫でもある松平氏は「忠臣蔵事件の関係者の和解には300年以上が必要だった。会津と長州の和解にはまだ時間が足りない」と持論を述べた。

 一方、森氏は東京・上野の「彰義隊」の調査結果を基に、「白河の戦いでも、死者数など敗れた側の正確な記録はほとんど残っておらず、その後の歴史にも影を落としている」と指摘。また、南湖神社の創建に尽力したとされる実業家・渋沢栄一について「渡欧していたため幕府軍に加わることができず、負い目を感じていたのではないか」と話した。【和泉清充】


山口
〈山口県〉新旧ふたつの魅力が交差する、下関ふぐのふるさと

 思わず息をのみそうな美しいエメラルドグリーンの海。その上を美しいラインを描いて渡る道…。日本海に浮かぶ角島と本州を結ぶ角島(つのじま)大橋は、山口県内でも最近人気急上昇中のスポットだ。全長1780メートル、その美しさからCMや映画にも登場した。姿をひと目見ようと県外からもたくさんの客が訪れる。
 一方、昔から根強い人気なのが幕末の志士たちのふる里、萩市。城下町の面影が残る町並みを歩くと、昔ながらの武家屋敷に出会い、夏ミカンと土塀の組み合わせが美しい萩独特の景観に心なごむ。そして、萩を代表する一品が萩焼。その気品から「一楽二萩三唐津」と茶人に言わしめた名高い焼き物だ。
 また、山口の名前を全国に知らしめているのが下関のフグ。地元では「ふく」と呼ばれ、その白い身は絶品。刺身や鍋、そしてひれ酒とその楽しみは尽きない。


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