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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 『陽炎の辻2』第2回の先行視聴終わりました。明日の総合での放送を心待ちにしている方が多いかと思いますので具体的には書きませんが、第1回に比べると……台詞の多い出演者の台詞回しが一本調子だと、前回はあっという間だった30分がこれほど辛くなるもんでしょうか(涙)。せっかくコバさんも出演の回だったのに……(:_;)。

福島
中山義秀文学賞:3作品が最終選考へ--今年度 /福島
 今年度の「第14回中山義秀文学賞」(中山義秀顕彰会主催)の第2次選考結果がこのほどまとまり、3作品が最終選考会に進むことが決まった。
 候補作に選ばれたのは、室町時代に代官となった若い僧を主人公にした「清佑、ただいま在庄」(岩井三四二著、集英社刊)▽戦国時代に「役立たず」とされながらも大軍相手に戦い抜いた城主の物語の「のぼうの城」(和田竜著、小学館刊)▽坂本竜馬と土方歳三の組み合わせという架空のコンビが幕末の京都を舞台に活躍する「相棒」(五十嵐貴久著、PHP研究所刊)。
 同賞は昨年度に刊行された時代劇小説を対象に贈られ、17作品がノミネートされていた。最終選考会は、11月23日に白河市大信の大信農村環境改善センターで公開で行われる。選考委員には、直木賞作家の津本陽さんらが予定されている。【和泉清充】



福井
松平春嶽の人脈たどる企画展 坂本龍馬や福沢諭吉と親交
 幕末の福井藩主で幕政に大きな足跡を残した松平春嶽(しゅんがく)(慶永(よしなが)、1828-1890)の幅広い人脈をたどる特別展「松平春嶽をめぐる人々」が11日、福井市宝永3丁目の市立郷土歴史博物館で始まった。11月9日まで。
 春嶽は11歳で松平家の養子となり、財政再建や教育改革を推進。幕府では政治総裁職として混迷の時代のかじ取り役を担った。明治政府でも引き続き要職を歴任した。
 生誕180年を機に春嶽の人柄や功績を知ってもらおうと、同博物館が企画。直筆書簡など収蔵品43点を紹介している。
 14代将軍徳川家茂に仕えていた春嶽が藩主を継いだ茂昭にあてた手紙では、安政の大獄で多くの政敵を追放した井伊直弼(なおすけ)の非を認めて内大臣を辞退する決意をした家茂に感銘を受けた心情をつづる。「3度の飯を1度にしてでもこの君(家茂)に心力を抛(なげう)ち、越前はさすがと思われるような行動を取るべし」と、家茂の意向に沿って天皇家との公武合体に向かう必要性を説いている。このほか、坂本龍馬が京都で暗殺された直後に、薩摩藩の謀略があった可能性を指摘する書状や、福沢諭吉から贈られた刊行本など親交の幅広さを物語っている。
 入館料210円。午前9時から午後7時まで。10月28日は休み。問い合わせは同博物館=電0776(21)0489=へ。


滋賀
“殿様参加”は誤報 「小江戸彦根の城まつり」
 彦根市で11月3日に開かれる「小江戸彦根の城まつり」の時代行列で、「彦根藩主だった井伊家の当主が初めて、初代藩主役で参加する」とした鳴り物入りの発表が、「本人の了解を得ていない間違いだった」と11日、祭りの実行委が訂正を発表した。最初の発表後に要請したが固辞されたためで、実行委は代役探しにも追われることになる。
 時代行列の主役は初代藩主「井伊直政」で、毎年、俳優など著名人に「出演」してもらっている。実行委は1日、今年は第18代当主で彦根城博物館館長の井伊直岳さん(39)が出場すると発表。ところが、8日になって初めて要請を受けた直岳さんは「重い鎧を着て長時間馬に乗るのはつらい。当日は仕事も詰まっている」と断ったという。
 「井伊家当主の初参加」という話題性を願う気持ちが先走ったあげく、本人の承諾を得ないまま内容も十分にチェックせず、発表してしまったらしい。
 実行委事務局の彦根観光協会は「当方のミスでご迷惑をかけ申し訳なかった」と話している。


鳥取
近代史を飾った 西部人物伝 【17】今井芳斎(いまい ほうさい)
1828-1901
地方文化を発信

 明治から昭和にかけて文化、経済、政治など各分野で活躍した、鳥取県西部地区ゆかりの多彩な顔を、加藤哲英さん(米子市美術家協会会長)の絵と杉本良巳さん(米子市歴史館運営委員長)の文章で紹介する。金曜日掲載。

 一八七二(明治五)年、今井芳斎が始めた書店「今井郁文堂」は、山陰の土着商業として、また地方文化としてその流れは隆々、根は広く山陰各地に張っている。
 二八(文政十一)年、芳斎は岡山の藩医の家に生まれ、長じて長崎で蘭学を学び、さらに大阪の種痘館で種痘の技術を習得した。米子に来たのは五四(安政元)年、二十六歳のころで、後に藩に召し抱えられ、米子組士儒医(じゅい)となる。
 明治維新を迎え、蘭学が過去のものになりつつあることを悟り、書店開業を決意した。開店当初の顧客は、寺院の学僧、医師などの知識層と豪商豪農などの富裕層が多かった。隣接の坂口家にはそのころ、郁文堂から求めたと思われるたくさんな書籍が残されている。
 その後、印刷業も開業し、地方文化の発信に大きな力を発揮した。芳斎はまた漢学の教養が深く、「雪窓」と号して文筆をよくし、諸国の文人墨客と交わり、新時代の息吹を米子にもたらした。一九〇一(明治三十四)年没、七十三歳。
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