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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 昨日ほどではないものの、今日もなかなか暑かったですね。明日は雨が降るという予報ですが。

埼玉
志士・平九郎 標柱戻る 渋沢栄一の養子 自決140年
越生下流 70キロで発見
 戊辰戦争の局地戦「飯能戦争」(1868年)で、22歳の若さで自ら命を絶った幕末の志士、渋沢平九郎。その自決の地である越生町黒山の渓流の近くにあった標柱が今年7月、約70キロ下流の東京都足立区の荒川河川敷で見つかり、越生町に戻ってきた。今年は平九郎の死からちょうど140年。関係者は「因縁めいたものを感じる」と不思議がっている。  平九郎は、「日本資本主義の父」と呼ばれる実業家・渋沢栄一の妻の弟で、渡欧した栄一の養子となった。戊辰戦争では、栄一のいとこ渋沢成一郎らと振武(しんぶ)軍を結成し参謀を務めた。
 飯能周辺で官軍と振武軍が繰り広げた戦いでは、振武軍が敗走し、平九郎は黒山村(現在の越生町黒山)まで逃げたが、官軍に追いつめられて自刃した。
 明治に入り、生き残った一族が経済界で華やかに活躍する中、若くして亡くなった平九郎を哀れんだ芝居や説経節がつくられ、人々の涙を誘ったという。
 越生町内の寺院には現在も、住民が葬ったという平九郎の首塚や墓が残り、命日に供え物が置かれるなど大切にされてきた。自決の地とされる顔振(かおあぶり)川ほとりにも、その歴史を伝える石碑がある。
 深谷市から「平九郎自決の地の標柱が見つかった」と越生町に連絡があったのは今年7月上旬。足立区の荒川河川敷を散歩していた女性が砂に埋もれた標柱を見つけ、刻まれた「渋沢」の文字から「渋沢栄一」に思い至り、栄一の出身地である深谷市に届け出たという。
 標柱は長さ193センチ、直径18センチの丸太。表面に「80渋沢平九郎自決の地」と刻まれていたことから、1989年(平成元年)に越生町制施行100年を記念して、町が町内の見所100か所に立てた標柱の一つだと分かった。標柱は自決の地に立てたが、水害で流されたのか、いつの間にか行方不明になっていたという。
 このエピソードは早速、9月号の「広報おごせ」に掲載され、町民に伝えられた。町教委文化財担当の須田晃弘さん(39)は「偶然といえばそれまでですが、町民たちが平九郎を大切に供養してきた、その思いに引かれて戻ってきたのかもしれません。町民に町の歴史の一端を知ってもらうよい機会になりました」と話している。


【停車場ストーリー】JR京浜東北線 川口駅 高度経済成長支えた「鋳物の街」
高度経済成長支えた「鋳物の街」 JR京浜東北線 川口駅
 東京都心のベッドタウンとして人口流入が進む埼玉県川口市。玄関口となるJR京浜東北線の川口駅は、朝夕のラッシュ時にはプラットホームに人があふれ、1日の平均利用者数は16万人を超える。東西の出入り口には鋳物でつくられた駅名看板が掲げられ、ここが“鋳物の街”であることを教えてくれる。
 川口市はもともと、鋳物に適した砂が豊富に採れ、川から製品を運搬しやすかったことなどから、鋳物産業が発展した。幕末から明治維新にかけては、鍋や釜といった日用品を中心に製造。日清・日露戦争以後、技術が進歩すると、日用品、兵器のほか、ガス管や水道管など幅広い製品が作られるようになった。


東京
篤姫の墓 初公開 東京・上野 寛永寺
 徳川将軍家の菩提(ぼだい)寺である東京・上野の寛永寺は、NHK大河ドラマ「篤姫」の主人公で徳川十三代将軍家定の妻、天璋院篤姫の墓所を今秋、一般公開する。同寺によると、墓所は非公開で関係者には案内しており、一般に公開するのは初めて。
 毎年開かれる「上野の山文化ゾーンフェスティバル」の一環として、十五代将軍慶喜が江戸城を出て謹慎した「葵の間」とともに公開する。
 篤姫の墓所について、同寺は「ドラマで人気が出たが、これまで一般の人はほとんどご存じなく、要望もなかった」と説明。ドラマが始まってからは、「墓所をお参りしたい」との問い合わせが月百件ほどあるという。
 墓所は篤姫が一八八三(明治十六)年に亡くなって以来、夫家定の墓所の隣にあり、好物だったとされるビワの木が植えられている。
 公開は、十月十六、二十八、十一月二十、二十六日の計四回。定員は各八十人で応募者多数の場合は抽選。また、十一月十四日には同寺の浦井正明執事長が「篤姫と幕末」と題し講演する。問い合わせは同フェスティバル事務局=電03(5246)1153。
 <天璋院篤姫(1836-83)> 薩摩・島津家の分家に生まれながら、島津本家の養女、そして五摂家近衛家の養女となり、江戸幕府の第十三代将軍・徳川家定の正室となった。病弱だった家定は嫁いでから1年半余りで亡くなったが、その後も嫁ぎ先の徳川宗家のために大奥をまとめ、江戸城無血開城にも大きな役割を果たした。




長野
井月顕彰会「研究活動に協力を」 伊那市長に要請
 幕末から明治初期に上伊那地方を漂泊した俳人、井上井月(1822―87)の研究や顕彰を行う「井月顕彰会」の堀内功会長ら役員が12日、伊那市役所に小坂樫男市長を訪ね、顕彰活動への協力を要請した。小坂市長も、「しっかりした民間団体が先頭に立ってくれるのはありがたい。市としてもできることに協力していきたい」と、協力を約束した。
 堀内会長らは、顕彰会の事業として11月21日から30日まで10日間、上伊那地区以外では初めてとなる井月展を長野市で開くことを報告。伊那市が合併前に製作した「井月の足跡」や羽広道を紹介した観光パンフレットの残部がなくなっていることから、「新たに上伊那全体の足跡をまとめたものを、市や広域連合で作ってもらえれば」と要望した。下島大輔副会長は「他県などから井月の句碑などを訪ねてきても、どこにあるかわからない」と話し、小坂市長も理解を示した。
 井月顕彰会は今年3月に発足。8月末に開いた総会で、顕彰会は有限責任中間法人とし、井上井月に関する調査研究、井月関連文化の発掘・想像、井月にかかわる文化事業、書籍などの出版企画などを事業として実施していくことを確認している。


新潟
日本海太鼓が復興祈念公演
 柏崎市の創作太鼓グループ「日本海太鼓」が21日、中越沖地震からの復興祈念公演を柏崎市民プラザで開く。昨年の地震で中止した30周年公演を兼ねて企画。メンバーは「地域文化の復興を目指し、太鼓の音を鳴り響かせたい」とけいこに熱を入れている。
 日本海太鼓は市民アンケートでの要望を受け、1977年に商店主の故竹田満さんらが旗揚げ。柏崎の民話や風土を基にオリジナルの8曲を作り、鬼面をかぶった演奏など独創的な活動を続ける。97年にはギリシャで行われた長野五輪聖火点火式に出演するなど海外でも活躍。竹田さんは分水太鼓(燕市)など約20もの団体を指導するなど後進の育成にも力を注いだ。震災後は「文化のない街からは人が離れてしまう」との思いで、震災復興イベントなどに数多く出演してきた。
 今回の公演のタイトル「日本海太鼓がゆく」は、幕末の志士を描いた小説「竜馬がゆく」にちなんだ。日本海太鼓会長の相沢宏之さん(54)は「変革期に勇気と熱意をたぎらせた坂本竜馬のように柏崎の復興とともに前進したい」と意気込む。
 公演に向けたけいこも大詰めだ。現在のメンバーは、高校生から50代までの約20人。けいこでは「もっと強弱をつけて」「テンポを速めに」などと指摘し合い、腹に響くような音を響かせた。ことしからメンバーになった高校2年の牧岡ちひろさん(17)は「地震後の公演で励まされたのをきっかけに始めた。ぜひ元気づける演奏を見せたい」と表情を引き締める。
 公演では、柏崎の四季を表現した代表作「春夏秋冬四部作」を披露。尺八や十七弦箏(げんそう)との共演もある。
 午後1時から。入場無料。問い合わせは宮嶋さん、0257(24)8688。




山口
明治維新140年記念し切手オリジナルフレーム
 明治維新から140年がたつのを記念して、萩の名所や、輩出した幕末の志士らを題材にしたオリジナルフレーム切手の販売が12日、萩市内などの郵便局で始まった。
 郵便局会社中国支社が企画し、同市が題材などを選定。土塀と夏みかんの写真を背景に「萩」「明治維新胎動の地」などの文字を刷り込み、吉田松陰や高杉晋作、木戸孝允、伊藤博文、松下村塾、萩城跡などが題材の80円切手10種類をシートにした。
 1700部を作成し、12月26日まで同市や長門市、美祢市、阿武郡、島根県浜田市、益田市、津和野町などの計119郵便局で、1シート1200円で限定販売する。
 販売開始を記念して、初刷りの切手が同市に寄贈された。野村興児市長は「明治維新140年を広く理解してもらえ、観光PRにもつながる」と期待していた。


志士の精神継承考える 明治維新140年記念 13日シンポ 松本氏が講演
 近代日本の新しい国造りとなった歴史を再考する「明治維新140年記念シンポジウム」が13日午後2時から、萩市江向の市民館大ホールで開かれる。入場無料。
 封建社会を倒し、近代中央集権国家樹立の歴史を切り開いた維新の志士たちの進取の精神を、現在にどのように生かし、次代に継承していくかを考えるのが目的。
 評論家で麗澤大教授の松本健一さんが「開国・維新のエネルギー」の演題で基調講演する。続いて、松本さんと都市経済評論家の加藤康子さん、広島大大学院教授の三宅紹宣さんの3人が討論。野村興児市長がコーディネーターを務める。
 シンポに先立ち、小中学生を対象にした、明治維新で活躍した人物の読書感想文と近代日本をテーマにした作文コンクールの表彰式もある。
 市企画課=0838(25)3569。


佐賀
電磁波使い反射炉位置調査 幕末科技研
 幕末佐賀科学技術史研究会(代表・小川博司佐賀大名誉教授)のメンバーらが13日、佐賀市の日新小学校校庭で、佐賀藩反射炉跡地の探査を行った。
 今回初めて電磁波を使って地中の金属含有量を測り、これまで議論の多かった反射炉のあった場所を推定するのが目的。「佐賀藩銃砲沿革史」に載っている図面をもとに、反射炉や水路の位置を探った。
 同会メンバーの長野進佐賀大名誉教授は「佐賀藩での鉄製大砲製造は、西洋の近代技術が活用された国内最初のケース。何らかの反応があれば、地中を掘ってさらに研究を進めたい」と話している。
 調査は、文部科学省の科学研究費補助金に基づく「佐賀藩の鉄製大砲製造と蒸気船建造技術に関する調査・研究」と題した研究課題の一環として、半田駿佐賀大教授らの協力を得て取り組んだ。



鹿児島
鹿県観光プロデューサー提言 「篤姫後」も歴史物語を
誘客PRが課題

 奈良迫英光鹿児島県観光プロデューサーは12日、九州新幹線全線開業に向けた観光振興策の提言を発表した。「ポスト篤姫は、篤姫から始まる歴史物語」と位置づけ、篤姫にスポットを当てつつ、来年の島津斉彬生誕200年、肥薩線開通100年など幕末以降の歴史とつなげ、キャンペーンの柱にするよう促した。課題として誘客PRの工夫と若い女性の呼び込みを挙げた。
 大河ドラマ「篤姫」により西郷隆盛、大久保利通と並ぶヒロインが生み出されたとして、放映終了後も篤姫目的の観光ニーズは続くと指摘。黎明館に関連資料をまとめるなど、恒久的な展示施設の検討が必要とした。
 観光キャンペーンのあり方では運輸、旅行会社との連携、情報発信強化を求めた。イメージ戦略として「時間がゆっくり過ぎる旅」を挙げ癒やしを誘うのんびりした旅と新幹線のスピードとの対比を提案した。来年7月の皆既日食にも注目。外国語ホームページ制作も含め、離島の魅力発信の機会と指摘した。
 観光地づくりでは、クルージング、マリンスポーツなど錦江湾の活用を求めた。まち歩き、グリーンツーリズム、B級グルメツアーの展開も必要としたほか、地域別に取り組むべき方向性を示した。
 奈良迫プロデューサーは「篤姫効果で地域を元気にしようという動きが増えている。流れを止めず、全線開業を見据えて、いま分かっている問題を改善しておかねばならない」と話した。県は提言を基に、来年度以降の施策に反映させる。提言内容は県のホームページに掲載し、関係者の閲覧を勧めている。
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