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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 今日は晴れて気温が上がりました。暑さが身体にこたえます(苦笑)。

静岡
西郷隆盛の辞世の漢詩? 掛川出身・官軍医の日記に
 1877年の西南戦争について官軍(政府軍)の医師が書き残した日記に、西郷隆盛の辞世の漢詩を思わせる七言絶句が記されていたことが分かった。鹿児島市の西郷南洲顕彰館は「西郷が心境を述べた詩に間違いない」(高柳毅館長)と太鼓判を押すが、「官軍医の自作ではないか」とみる研究者もおり、論議を呼びそうだ。

 日記は西南戦争の際、宮崎県延岡市にいた掛川市出身の官軍医・山崎泰輔の「西遊日記」で、札幌市に住む孫が保存していた。西郷が鹿児島市で自決した77年9月24日の項に、官軍が「大進撃」し西郷らの遺体を確認したとの電信を受け取ったという記述に続いて「肥水豊山路已窮 墓田帰去覇図空 半生功罪両般跡 地底何顔対照公 西郷隆盛」と書かれていた。

 高柳館長による解釈では「肥後や豊後への道はすでに窮まった。故郷に帰り骨をうずめよう。維新完遂のため覇を唱えたが、今となってはむなしい。わが半生を振り返ってみると、功罪両様の跡が残ってしまった。あの世で一体どんな顔をして、照国(=島津斉彬)公にお会いすることだろうか」との意味。

 高柳館長は「斉彬を師と仰いだ西郷ならではの表現が見られる。負傷兵として延岡に残った息子の菊次郎に託し、官軍医が書き写したのではないか」と推測。「自決直前にいた鹿児島で辞世を残さなかったことが謎とされていた」と話す。

 ただ、「西遊日記」を調べている札幌市の古文書研究者鬼柳規子さんは「末尾に『西郷隆盛』とあるのは詩の題名で、官軍医が書いた」とし、解釈は分かれる。仮に西郷作としても、なぜ官軍医が「西郷の詩」を知ったのかを示す記述が日記にはなく、さらなる研究が待たれる状況だ。

 西遊日記 掛川生まれの医師山崎泰輔(1840~98年)が、77年から94年まで17年間にわたり記した日記7巻の最初の2巻。西南戦争時に官軍の医師として赴任した鹿児島や延岡の様子、西郷軍の動静などを記録した貴重な資料とされる。問題の漢詩には推敲(すいこう)の跡が残り、推敲前は「路已窮」が「計百非」(はかりごともすべて失敗に終わった)、「覇図空」が「断塵羈」(ここで戦いをやめよう)などとなっていた。

 鹿児島発のニュースでは西郷作というニュアンスがつよかったのですが、異論もあることが添えられていますね。

兵庫
「新聞の父」を描いた舞台上演神戸の劇団「歌劇★ビジュー」
 幕末に活躍した通訳、貿易商で「新聞の父」と言われたジョセフ・ヒコこと浜田彦蔵の数奇な生涯を描いた舞台「揺(たゆ)たう潮の咲くらばな」が9月18日から22日まで、岩崎博物館の山手ゲーテ座(横浜市中区)で上演される。
 神戸市を中心に活動する劇団「歌劇★ビジュー」によるオリジナル作品公演で、出演は元OSK日本歌劇団のトップスターだった那月(なつき)峻さん、美森(みもり)あいかさんら。
 那月さんは「船が難破したことでアメリカで成長し、そして故郷日本に戻ってきたジョセフ。遭難しても命が助かったというラッキーな人生だが、アメリカで育った日本人としてアイデンティティーについて苦しむ。そんな心の葛藤(かっとう)を描いています」と見どころを話す。
 美森さんは「レビューのような華やかな歌、踊りもあり、シリアスな芝居もあり、どんな人にも楽しんでもらえる舞台になっています」とPRした。
 料金は6000円と5000円。18日は午後6時半開演。
 21日午前11時からの公演に産経新聞読者5組10人を抽選で招待。希望者はネザーランズセンター(電)078・222・6888へ「産経新聞のホームページを見た」と言って応募を。


山口
【探訪】維新の舞台で光の競演 山口県萩市
 夕日が水平線に吸い込まれていく。空だけがあかね色に染まり海や町は一気に暗くなる。入れ替わるように日本海沖にはイカ釣りのいさり火が無数にともった。町明かりも歩調をあわせるかのように輝きはじめる。さまざまな光の競演が幻想的な風景を刻々と変えていった。

 国内有数の城下町、維新の町として知られる山口県萩市。幕末から明治維新の激動期には吉田松陰や、その門下生の志士たちを輩出した。碁盤の目のようにまっすぐな道には、同市堀内地区だけで約450もの石垣や土塀が総延長約3・5キロに及ぶといわれる。

 この町並みは「重要伝統的建造物群保存地区」に全国で最初に選定された。城下町の風情が色濃く残り、江戸時代の地図が今でも通用するというから驚く。白壁が続く細い道を歩いてみると、まるで時代劇のセットの中にいるような錯覚を覚える。

 こんな江戸情緒あふれる城下町観光は有名だが、萩の町から日本海を望む景色は意外と知られていない。萩市商工観光部観光課の中村和也さん(33)は「城下町として、また明治維新の舞台として一帯は歴史のインパクトが強い観光地だが、実は夕景の絶景スポットがいたるところにあり感動する人が多い」と話す。

 吉田松陰は今年の秋で没後150年たつが、萩の人たちは今でも尊敬を込めて「松陰先生」と呼ぶ。松陰が講義をした松下村塾からほど近い、標高373メートルの田床山へ登ると萩の中心地を一望できる。松陰をはじめ伊藤博文や高杉晋作、木戸孝允ら明治維新の歴史を刻んだ多くの門下生も、日本海を見渡す絶景を見てこの国の将来を熱く語っていたのかもしれない。(写真報道局・矢島康弘)


伊藤博文展:近代国家築いた軌跡検証 萩博物館で始まる /山口
 初代内閣総理大臣、伊藤博文の没後100年を記念した特別展「伊藤博文とその時代」が12日から、萩市堀内の萩博物館で始まった。幕末から明治に生きた伊藤が近代国家建設の中で果たした役割を検証するもので、11月18日まで。

 現在の光市で生まれた伊藤は、少年のころに萩に移り住み、吉田松陰主宰の松下村塾で学び、23歳の時に4人の長州藩士とともに英国に密航留学。明治維新後に総理大臣になり、憲法の制定や国会開設に尽力した。1909(明治42)年10月26日、ハルビンでピストルで撃たれ死亡した。

 会場には、暗殺された時に着用していたシャツ▽暗殺6日前に日露戦争の戦跡を訪ね、旅順港で書いた最後の漢詩の書▽岩倉使節団として12カ国を訪れた時の大礼服▽大日本憲法義解や書簡--など約80点が展示。11日のオープンセレモニーでは、野村興児市長が「功績、業績の評価をしていく展覧会」とあいさつした。

 入館料は大人500円▽高大生300円▽小中生100円。

   ◇  ◇

 13日午後1時半から、萩市民館で「没後100年記念シンポジウム」が開かれる。基調講演は「伊藤博文と明治天皇-日本のかたちを作る」と題し、伊藤之雄(ゆきお)・京都大学教授が話す。入場無料。【川上敏文】



熊本
熊本市の研究家・徳永さん 横井小楠 生誕200年を記念 60年ぶり県教委冊子復刻
 肥後藩出身の儒学者、横井小楠(1809-69)の思想を国内外に紹介するため、県教委が1949年に発行した冊子を、小楠研究家の徳永洋さん(58)=熊本市良町=が、今年の生誕200年を記念して復刻した。復刻版は日本語版、英訳版の2冊を1冊にまとめた。徳永さんは「幕末の動乱期に、日本が率先して世界平和に貢献するべきだと唱えた思想家がいたことを、多くの県民に知ってほしい」と話している。

■日英両国語版を統合 平和思想を紹介

 冊子は、熊本医科大(現熊本大医学部)の学長で、小楠研究の第一人者だった故山崎正薫(まさただ)が49年に行った講演「横井小楠先生を偲(しの)びて」の要旨をまとめた。日本語版の序文では小楠を「絶対平和主義者」と紹介し、「全世界に小楠先生を紹介せんとし、目下英訳中である」と記している。英訳版のタイトルは「日本一の世界平和主義者」。
 本文では、肥後藩の藩校で塾長を務めた後、幕府の政治総裁職だった福井藩主の指南役として勝海舟などに影響を与え、明治維新を「縁の下の力持ち」として支えた生涯を記述。「正義人道」に基づく世界平和を唱えたことや、英国から独立を勝ち取った米国のワシントン初代大統領を称賛した言動なども詳しく紹介している。
 県教委発行の冊子は日本語版、英訳版とも数が少なく、古書店でセットでそろえると1万数千円かかるという。特に貴重な英訳版を探していた徳永さんが今年7月、熊本市内の古書店で発見。より多くの人に読んでもらおうと、復刻版の出版を決めた。
 徳永さんは「冊子を読めば、小楠のすごさが分かる。外国人にも読んでほしい」と期待している。500部を発行。熊本市の主要書店で近く発売予定。税別800円。


西郷隆盛の辞世の漢詩? 官軍医の日記に
 1877年の西南戦争について官軍(政府軍)の医師が書き残した日記に、西郷隆盛の辞世の漢詩ともみられる七言絶句が記されていたことが、12日までに分かった。調査した鹿児島市の西郷南洲顕彰館は「西郷が心境を述べた詩に間違いない」(高柳毅館長)と太鼓判を押すが、「官軍医の自作ではないか」とみる研究者もおり、真偽をめぐり論議を呼びそうだ。

 日記は西南戦争の際、宮崎県延岡市にいた官軍医の山崎泰輔の「西遊日記」で、札幌市に住む孫が保存。西郷が鹿児島市で自決した77年9月24日の項に、官軍が「大進撃」し西郷らの遺体を確認したとの電信を受け取ったという記述に続いて「肥水豊山路已窮 墓田帰去覇図空 半生功罪両般跡 地底何顔対照公 西郷隆盛」という七言絶句が書かれていた。〔共同〕(07:00)




ブックレビュー
京都・読書之森:ようわかるぜよ!坂本龍馬 /京都
(木村武仁・著 京都新聞出版センター、1000円)

 著者は霊山歴史館(幕末維新ミュージアム、東山区)学芸員。「龍馬にはなぜか他の志士のような悲壮感が感じられない(略)底抜けの明るさや包み込むような優しさを持っていたからであろう」と「はじめに」で書く。本書も伸び伸びとしたトーンで貫かれた「龍馬入門書」だ。冒頭の章の第1項目から「龍馬誕生に伝説あり!」と「!」マークつき。

 龍馬の人生が暗殺で終わるのは、知られている。しかし、「弱虫龍馬は姉に鍛えられた」や「西郷、桂との会談をすっぽかす」「後藤象二郎と意気投合する」の項目など、龍馬と龍馬を取り巻く人々の記述は明るさがあって、結末に向けて疾走して行く。

 勢いに乗せられて、ページをめくっていくうち、土佐藩の身分制度や安政の大獄で死罪になった人々、幕末の剣術流派と主な剣士など、硬軟取り混ぜてテーマ設定されたコンパクトな図表と出合う。龍馬が生きた時代背景の細かい説明が入っている。

 ユニークなのは「龍馬に会った人物の龍馬評」。徳富蘇峰、蘆花の父、一敬の「ゆったりと物を言う人だった」「色の真っ黒い大男だった」、妻のお龍の「顔にほくろが多い」などを紹介している。

 巻末には誕生の1835(天保6)年から暗殺される67(慶応3)年までの関連年表がついている。明治と改元されるのは68年。【大西康裕】




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