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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
大河ドラマ『真田丸』がいよいよ佳境に入ってきましたが、かつて12年前に『組!』『組!!』を応援してきた仲間(通称『組!』残党)がツイッターにコンタクトしてくれました。干支が一回りしても「忘れられぬ熱き思い」抱えている残党たちが愛しいです。「倒木タン」の一言でわかっちゃう残党にも出会いました……泣き笑い(^^)。
 また、待ちに待った2.5次元ミュージカル『幕末rock 黒船来航』が予想以上に激しい「幕ロ」ロスを起こしてまして……その9割以上は輝馬さん演じる誠仮面様が予想以上に役にはまっていたことです。なのに、公式グッズが会場に併設されたコラボカフェのくじ引き型コースターだけだなんて、あまりにもな扱い。まぁ、確かに、「派生商品」であることは間違いないのだけど(^_^;)。舞台を見に行った煌がどれだけ誠仮面に心を奪われ、熱狂したかはツイッターをちょっと検索してみればわかりますよ、公式様。
 
福島
斎藤一の写真初公開=新選組で活躍-福島・会津若松
 幕末に新選組隊士として活躍した斎藤一の肖像写真など5点が、福島県会津若松市の県立博物館で初めて公開されている。これまで斎藤の鮮明な写真は見つかっていなかった。
 斎藤は1844年に江戸で生まれ、新選組の三番隊組長として池田屋事件などに参加。沖田総司らと並び最強の剣士の一人とも伝えられる。会津藩が新政府軍との戦いで敗色濃厚となる中、「(会津を去るのは)誠義にあらず」と戦い続けた。その後、会津藩士の娘と結婚。警視庁に勤務し、1915年に没した。
 5点は、昨秋に見つけた子孫が今年7月に寄託。本人の肖像のほか、妻や息子と写った写真もある。15日、同館を訪れた佐藤みち枝さん(62)は「最後まで会津を愛してくれていたのかなと思う」と話していた。 【時事通信社】

斎藤一の写真初公開=新選組で活躍-福島・会津若松
 幕末に新選組隊士として活躍した斎藤一の肖像写真など5点が、福島県会津若松市の県立博物館で初めて公開されている。これまで斎藤の鮮明な写真は見つかっていなかった。
 斎藤は1844年に江戸で生まれ、新選組の三番隊組長として池田屋事件などに参加。沖田総司らと並び最強の剣士の一人とも伝えられる。会津藩が新政府軍との戦いで敗色濃厚となる中、「(会津を去るのは)誠義にあらず」と戦い続けた。その後、会津藩士の娘と結婚。警視庁に勤務し、1915年に没した。
 5点は、昨秋に見つけた子孫が今年7月に寄託。本人の肖像のほか、妻や息子と写った写真もある。15日、同館を訪れた佐藤みち枝さん(62)は「最後まで会津を愛してくれていたのかなと思う」と話していた。 

斎藤一の写真初公開
 幕末に新選組隊士として活躍した斎藤一の肖像写真など5点が、福島県会津若松市の県立博物館で初めて公開されている。これまで斎藤の鮮明な写真は見つかっていなかった(福島県立博物館提供)

 会津に「帰還」した藤田五郎こと斎藤一の写真にまつわる裏話が、歴史研究家のあさくらゆうさんに語られています。
ようやく話せる新選組・斎藤一写真のアレコレ~あの写真が県博に入るまでの顛末を関係者が語る2016.09.13
ようやく公開された福島県立博物館での寄託

 9月12日(月)県政記者クラブ宛に福島県庁より、斎藤一(藤田五郎)の写真7点が同月14日(水)より30日(金)まで展示されると発表されました。これらの写真は藤田家子孫の寄託によるものです。こうして写真を寄託していただいたことにより、一般の眼に触れる機会が出来ました。

福島県立博物館 初公開 斎藤一の肖像写真
きっかけは子孫から筆者への連絡でした
ある方の紹介で、写真所蔵者(藤田家子孫)から筆者あてに電話があったのは6月下旬のことでした。翌週、筆者の地元まで足を運んでいただいたご子孫2名と会い、写真を拝見いたしました。


写真を見たときは、なんか納得した、という感じで、感動というよりは安堵した、という気持ちになりました。4人で写っている写真は鶏卵紙なのですが、経年劣化で台紙からはずれており、慎重に確認しました。台紙の裏には明治30年(1897)に長男の勉さんが陸軍士官学校を卒業した記念に撮影し、次男の剛さんの所持が確認できる裏書がありました。

勉さんの履歴書を見ると、確かに明治30年に卒業していたことが確認できます。

藤田勉の履歴書

寄託までのやり取り
お話によると、当初はある公的機関と交渉していたそうです。しかし、相手方はあまり興味も示さず、「くれるなら貰ってもよい」というような対応に感じてしまい、交渉が決裂したそうです。

それでも子孫の意向として、藤田五郎が恩恵を受けた会津に預けたい、とのことでしたので、会津若松市の施設に預けたい、となりました。

ポイントとしては、寄贈ではなく寄託という方法を教示して、後日、一番ふさわしい場所を紹介したいとして、また、写真ですので劣化することもあり、保存が確実に出来るところ、ということも含め、お話を預かりました。

それと、藤田家が懸念することとして、過去に藤田剛の結婚写真について、子孫の意向とは関係ない虚説を流布されたことです。藤田家としては無視したのですが、それが逆にネット上では虚説が広まってしまいました。そうしたことも含めて公正公平な取扱いをしてくださる施設でなければいけない、ということもありました。

そして、最大の懸案として、藤田家が認めていない、まったく根拠もなく藤田五郎とされている西南戦争の凱旋写真を駆逐し、藤田實(まこと)氏をモデルとした想像画(藤田勉さんはモデルではない)ではない、確かな写真の認知していただきたいことも大きな要因としてありました。この経緯から、寄託中にあって写真を公開した訳です。
速攻で県博からOKが出る
6月28日(火)、寄託をお願いするにあたって、写真について、鑑定していただく必要を感じました。そこで、日本カメラ博物館で鑑定していただきました。

まず4人の写真は間違いなく明治30年撮影のもので間違いなく、ところが単身写真は大正初年以降の写真と判明しました。おそらく撮影自体は東京女子高等師範学校(現在の御茶ノ水女子大学)を退職した明治43年(1910)以前と考えられ、原本から焼き増したのではないかと思われました。おそらくオリジナルは本家にあり、戦災で焼失したのでしょう。筆者は「おそらく遺影ではないか」と子孫には伝えました。

このようにして、寄託先を探しました。やはりツテを頼るのが一番と、まず懇意にしている足立区立郷土博物館に連絡しました。長年のお付き合いのある方の部下だった方が福島県立博物館に転職していたのを知っていたからで、もちろん本人とも顔見知りだったこともあることから、まずは仁義を通してから、福島県立博物館に連絡しました。そしてその方を通じて歴史担当者を紹介されました。

その方に趣旨を説明したところ、寄託であってもよいと、そして企画展も考慮してくださるという、好意的なお返事をいただいたので、他候補もあるなか、こちらにお願いすることになりました。
写真発見記事の後に起きたアレコレ
こうして県博への寄託は進み、ご子孫もわざわざ会津若松まで出向いて写真を預け、手続きに入りました。これと併行して写真発見の記事を先行させました。先述の理由のほか、社会的反響がどうなのか、という実験もありました。記事が出たときはご存じの通り、各メディアがこぞって伝え、筆者もいくつかインタビューを受けました。

特にハフィントン・ポストの記事は遥かウクライナ版まで作られるという、まさに斎藤一が世界を飛び回った、大騒ぎでした。

斎藤一の鮮明な写真見つかる「これが死線くぐった目だ」【新撰組幹部】http://www.huffingtonpost.jp

幕末に新撰組の幹部として活動した斎藤一(さいとう・はじめ)の鮮明な写真が、初めて発見された。
こうしたなかで、浮かれてばかりはいられずに、虚説を報じる勢力の反発もあり、ご子孫のひとりが迷惑を蒙るという事態が発生いたしました。そのため、当初は広く公開する予定が、約1名の行為により、公開範囲に制限が発生してしまいました。このままでは結婚式の写真の二の舞になるからです。

それと、個人情報を伏せている関係で、県博が受け入れ手続き中は筆者が対応しなければいけない状況となりました。この間、出版社やマスコミから掲載許可申請や、所蔵者の詳細を教えろ等、連絡が来ましたが、そう遠くないうちに県博の受け入れが叶うと信じ、ご子孫の意向と重ね、取り急ぎマスコミ対応のみすることにいたしました。
ようやく念願が叶う
このように、寄託、および発表されるまでは、その情報は限られた方々のみ知る内容とし、問い合わせがあってもお答えしませんでした。そして先週ようやく準備が整ったということで、連絡がありました。
今回は四人の写真以外はほぼ原本で展示する予定で、長男勉と次男剛の写真、藤田勉の結婚式のペアの写真、孫の素子等、初出しの展示がされることになっております。入場者の如何によって次の企画も決まるでしょうから、是非とも福島県立博物館に足を運んでいただけたらと思います。

これをもって筆者の役目も終了しましたので、イチ研究者として、利用する際は掲載許可を得て使用することとなります。出版社各位におかれましても、県立博物館での手続きで、利用されますよう、お願い申し上げます。

*一部指摘を受け、展示予定の写真に誤りがあったので修正いたしました。
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幕末維新期の人物史を専攻する在野の歴史研究家です。
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社会問題 カルチャー コラム ニュース
 「虚説を報じる勢力の反発」というのが気になります……おそらくは西南戦争に出征する兵士の写真から伝・藤田五郎としてきた方々だと思うのですが。
 思った以上にいいお顔をされているのがファンには嬉しいですね。

<戊辰戦争>150周年前に会津でシンポ 検定も
 2018年に150周年を迎える戊辰戦争(1868~69年)の真実を伝えようと活動する会津若松市の市民グループ「会津戊辰戦争百五十周年事業実行委員会」は9日、市内の会津稽古堂で、シンポジウム「戊辰と明治」を開く。
 テーマは「会津にとって戊辰戦争とは何であったのか、そして明治へ」。明治維新史学会事務局長で明大文学部教授の落合弘樹氏、実行委副会長の井上昌威氏、「幕末史を見直す会」代表の鈴木ひろみ氏が、簗田直幸実行委事務局長の司会で意見を交わす。
 11月13日には「会津戊辰復興検定」を市内で実施する予定。初級、中級、上級の3クラスで、戊辰戦争を中心に、ペリー来航から第1次世界大戦以前までの会津に関する100問を四者択一形式で出題する。
 初級は60問正解、中級は80問正解、上級は90問正解が合格ラインとなる。
 実行委は「シンポジウムや検定をきっかけに、戊辰戦争について深く知ってほしい」と話す。
 シンポジウムは9日午後1時~3時半で入場無料。検定は10月28日までに、受験料(初級と中級各2000円、上級4000円)を郵便為替で振り込んで申し込む。
 連絡先は実行委090(4555)7347。

茨城
“芹沢鴨の地”ファン集結 行方、18日「新選組まつり」隊士行列や演武
新選組初代筆頭局長の芹沢鴨と、副長助勤の平間重助の出身地とされる行方市で18日、「第12回なめがた新選組まつり」が開かれる。幕末の新選組隊士に扮(ふん)した参加者の行列や演武、音楽ライブなどの催し多彩。主催する同実行委員会の委員長で、長年、芹沢の顕彰活動に携わってきた須田剛さん(49)は「“芹沢鴨の地”行方をもっとアピールしたい。多くの人にまつりに来て楽しんでほしい」と呼び掛けている。


同まつりが始まったのは2005年。全国各地の新選組ゆかりの地の関係者が集う「全国新選組サミット」が同市で開かれたことがきっかけ。商工会青年部員としてサミット開催に関わった須田さんは「最初は芹沢鴨のことはよく知らなかった」と当時を振り返る。しかし、それでも新選組の地をPRする「新選組!茨城玉造隊」を仲間たちと結成し、サミットに合わせて公民館で演劇公演を開き、それが同まつりの第1回だった。

芹沢の忌月の9月に合わせて毎年開いてきたまつりは、次第に規模が拡大。他の新選組ゆかりの地の仲間も駆け付けて盛り上げに協力してくれるようになり、全国から新選組ファンが集結するほどに成長した。同時に、幕末の志士に扮し、高齢者施設や児童施設への慰問公演も続けてきた。

須田さんのまつりへの思い、新選組への興味は年々深まる一方。「芹沢鴨の出自に関しては、いろいろな研究がある。行方出身とされる鴨がどんな人物だったのか。荒くれ者のイメージもあるが本当はどうだったのかなど興味は尽きない。この田舎から『今の日本では駄目だ』と立ち上がった鴨に憧れる」と思いを語る。

まつりでは、午前9時半から、法眼寺(行方市芹沢)で追善供養、市内の新選組ゆかりの地めぐりを開催。同11時45分からは同市玉造甲の霞ケ浦ふれあいランドを会場に、隊士パレードや、北総新選組や新選組滝野川隊などゆかりの地の演者による演武、かすみがうら市出身の歌手のオニツカサリーさん、和装侍系音楽集団ミストによる音楽ライブ、「第5回芹沢鴨杯ちびっこチャンバラ大会」など実施する。

問い合わせは市観光協会(電)0299(55)1221。


関連催事として、石岡市府中の香丸資料館で15〜19日、「写真と資料で語る『常陸国と新選組』」展が開かれる。入場無料。

(三次豪)

東京
幕末師弟、晴れやか 赤坂で勝海舟と坂本龍馬像、除幕
 幕末に江戸城の無血開城に尽力し江戸のまちを戦火から救った勝海舟(一八二三~九九年)の銅像が、東京・赤坂の旧居宅跡に建立され、十日に除幕式があった。勝の像の傍らには弟子の坂本龍馬(一八三六~六七年)も設置。銅像建設に尽力した地元の人ら百五十人以上が集まり、勝の「地元への帰還」を祝った。
 像が立つ場所は、小学校を経て現在、特別養護老人ホームになっている。除幕式で地元出身の飲料メーカー会長、石渡光一さん(80)が「赤坂は海舟が五十年間住んだ街。銅像を末永く愛してほしい」とあいさつ。関係者が像にかかった幕を取ると拍手がわいた。
 式典後には、勝の玄孫でフリーライターの高山(こうやま)みな子さん(54)が、勝と彼を取り巻く人々との交流について講演した。
 勝の像は座像で台込みの高さは一・六メートル、龍馬は立像で一・九メートル。尊王攘夷に燃える若い龍馬は、開国派の勝を刺殺しようと赤坂を訪れたが、逆に世界情勢を説かれて翻意し、門下生にしてほしいと申し出たとされる。

高知
高知県の香美史談会が戊辰戦争従軍の宮地団四郎など調査
展覧会企画への資料提供を
 高知県香美市の歴史や文化を研究している香美史談会(今久保約雄会長)が、幕末に現在の香美市土佐山田町植から戊辰戦争に従軍した郷士、宮地団四郎(1838~1917年)を軸に、明治新政府のために戦った先人たちの調査を進めている。2018年の明治維新150年を前に展覧会を企画しており、香美市から従軍した人物の子孫らから資料を募っている。

 団四郎は、土佐藩の前哨隊や迅衝隊に所属し、戊辰戦争に従軍した。慶応3(1867)年11月に土佐を出発し、京都や大阪、江戸を経て会津若松まで転戦した。

 土佐をたってから明治元(1868)年11月に凱旋(がいせん)するまで、団四郎は一日も欠かさず詳細な日記を書いており、当時の様子や土佐藩の軍の仕組みを知る上で重要な資料となっている。2014年には幕末史研究家の小美濃清明氏が、日記の現代語訳と解説をまとめた「宮地團四郎日記―土佐藩士が見た戊辰戦争―」(右文書院)を出版している。

宮地団四郎が残した日記の原本と団四郎の写真
宮地団四郎が残した日記の原本と団四郎の写真
 香美史談会は日記を参考に、団四郎や、共に土佐山田町から従軍したと記述がある「高芝新二郎」「森尾林之助」の子孫宅を8月に訪問。宮地家では団四郎の写真や日記の原本を確認し、森尾家では林之助とみられるガラス湿板式の写真2枚とその原版を発見した。

 史談会は、団四郎らを紹介するパネル展を2017年10月ごろに開くことを目指している。香美市から戊辰戦争に従軍した人物の資料提供を市内外に呼び掛けており、今久保会長は「調査によって、香美市の歴史研究が大いに発展する。心当たりがある人は連絡を」と話している。

 問い合わせは今久保会長(090・3189・9560)へ。


エンターテインメント
「PEACE MAKER 鐵」アニメ制作はWHITE FOXが担当 新撰組を題材にした人気マンガ
先日アニメ化が発表された、黒乃奈々絵によるマンガ『PEACE MAKER 鐵』。最新第11巻が9月14日に発売されて間もない本作だが、そのアニメーション制作を『Steins;Gate』や『Re:ゼロから始める異世界生活』などを手掛けるWHITE FOXが担当することが判明した。

『PEACE MAKER 鐵』は『新撰組異聞PEACE MAKER』の続編にあたる作品。安政から明治にかけて実在した新選組隊士・市村鉄之助を主人公に、『新撰組異聞PEACE MAKER』では彼の新撰組入隊から池田屋事件まで、『PEACE MAKER 鐵』は池田屋事件の3ヶ月後からを、細部にアレンジを加えつつも史実に沿うストーリーで描き出している。既に一度アニメ化を果たしているほか、俳優の須賀健太主演で2010年にドラマ化。2007年以降から幾度となく舞台化も行われている。シリーズ連載開始から15年以上を経た今もなお、根強く支持され続けている作品だ。

今回再アニメ化を担当するWHITE FOXは、2007年4月設立のアニメ制作会社。『ポケットモンスター』や『妖怪ウォッチ』で知られる制作会社のオー・エル・エムにて、チーム「OLM TEAM IWASA」のプロデューサーを務めていた岩佐岳が独立し、2006年の『うたわれるもの』メインスタッフらとともに立ち上げた。難解かつ複雑な内容の原作を見事にまとめ、劇場アニメ化も果たした人気作『Steins;Gate』のほか、魔王・勇者ジャンルにお仕事コメディを組み合わせた異色のファンタジー『はたらく魔王さま!』、喫茶店を舞台とした美少女系の日常コメディ『ご注文はうさぎですか?』といったヒット作を多数手掛けている。10月には同社初の完全オリジナルアニメとなる『装神少女まとい』が放送予定。勢いに乗る制作会社だけに、『PEACE MAKER 鐵』がどのようなアニメーションとして描かれるのか、いっそうの注目を集めそうだ。

最新第11巻では、市村鉄之助が幕臣・勝海舟と会話するという気になる展開を見せた本作。アニメ情報は今後さらなる詳細が公開されていくだけに、ますますの盛り上がりとなりそうだ。

『PEACE MAKER 鐵』
(C)黒乃奈々絵/マッグガーデン

ブックレビュー
"銭形平次の賞”を、新撰組が受賞決定!
[株式会社NHK出版]
吉川永青氏の『闘鬼 斎藤一』(NHK出版刊)が、「第4回野村胡堂文学賞」受賞!10/2神田明神での授賞式に取材者をご招待します。

「銭形平次」の生みの親で国民作家と呼ばれた野村胡堂を顕彰する「野村胡堂文学賞」(日本作家クラブ主宰)の第4回受賞作品が、『闘鬼 斎藤一』(吉川永井青著・NHK出版刊)に決定しました。いま脂がのっている気鋭の歴史小説家・吉川永青氏(48歳)が、新撰組幹部にして無敵の剣士、斎藤一の生き様を描き切った意欲作です。映画や漫画、ゲームでも人気の斎藤一。無口なイメージが定着している剣士が、仲間と触れ合う一面や、闘いの有り様が変化する時代のうねりの中で揺れ動く心情を描き、国民的人気の新撰組群像劇に新たな視点と境地を切り開きました。今年は、江戸の岡っ引き・平次ゆかりの賞を、新撰組剣士で明治の世では警察官となった斎藤が受賞という面白い巡りあわせに。授賞式は、野村胡堂の誕生日10月15日にちなみ10月2日に、平次ゆかりの神田明神の明神会館で行われます。  
『闘鬼 斎藤一』 
(とうき さいとうはじめ)  
吉川永青(よしかわ・ながはる)
発行:NHK出版 2014年4月25日 
定価:本体2000円+税
体裁:四六判 400ページ 

■「野村胡堂文学賞」とは
『銭形平次捕物控』等の作品で国民作家と賞賛された野村胡堂を顕彰する目的で「一般社団法人日本作家クラブ」が2012年に創設。商業出版された時代小説と歴史小説を対象に、同クラブ会員による投票を経て上位3作品を選考し、審査委員会で受賞作を決定。
(社)日本作家クラブ公式ウェブサイトhttp://nihonsakkaclub.org/


コラム
「近代戦の目覚め」戊辰戦争 あなたはどちらに味方する?
「天下分け目の戦い」と聞いたら、大抵の人は関ヶ原の合戦を連想するだろう。

だが、1868年に勃発した戊辰戦争も忘れてはいけない。

この戦争は、数年前までアメリカで行われていた南北戦争の焼き直しのような出来事だった。南北戦争時に大量に生産された武器が余剰ストックとなり、それが日本に輸出されたのだ。だから使用火器もほとんど同じだし、戦法も非常に似通っている。

そして戊辰戦争が、列島を分断したというのも事実だ。西の新政府軍と東の幕府軍。まさに天下分け目の決戦だった。

■東北では案の定...
ここで、現代人に聞いてみよう。「戊辰戦争が始まったら、どちらの勢力に味方するか?」という内容である。

じつに60.5%の人が「新政府軍につく」と答えている。ちょうど6対4の割合だ。だがこの調査もまた、地域差がある。

次に、東北在住者に絞った調査結果を見てみよう。

やはり奥羽越列藩同盟のお膝元。54.4%の人が幕府軍支持という結果になった。

■兵器市場が戦場を左右する
戊辰戦争とアメリカ南北戦争の類似性は先述の通りだが、戊辰戦争は「兵器市場」の存在を明確にした出来事でもある。

江戸時代を通じて、日本は兵器の進化を放棄していた。火縄銃は的撃ちの競技銃と化し、「兵器」としては使い物にならない。だから幕末に入る頃、火縄銃の後継として管打式のゲベール銃を導入。これは火縄銃と同じく先込め式の滑腔銃だが、撃発機構が進化している。

ところが黒船がやって来たころ外国は、すでにライフル銃の時代だった。弾丸は球形ではなく椎の実型で、銃身内部で回転が加えられて飛距離が増す構造。南北戦争で主に使用されたエンフィールド銃は、戦後大量の在庫となってしまい、日本や中国へ売り飛ばされた。

すると日本国内の兵器市場に変化が出る。ゲベール銃の値段が暴落し始めたのだ。さらに元込め単発式のスナイドル銃、そしてNHK大河ドラマ『八重の桜』で有名になった連発式スペンサー銃が導入されると、ゲベール銃は非常にチープな武器と化した。

■八重とスペンサー銃
要するに、日本人はこの時初めて「武器の性能差」を知ったのだ。

そしてそれが、戊辰戦争の勝敗に直結することになる。

ここで、なぜ女性である新島八重が最新鋭のスペンサー銃を持ったか考えてみよう。「あの銃は兄の山本覚馬から送られたもの」という事実は、答えになっていない。彼女だけが最新の装備で身を固めることを、他の会津藩士(とくに上級武士)は苦々しく思わなかったのか疑問が浮かぶだろう。

意外だが、位の高い武士ほど「銃は卑しい武器」と考えており、八重のことなど気にかけなかったという。銃は足軽が持つものであり、武士は槍と刀を持って勇ましく敵陣に突撃する。だから会津藩の郷土防衛組織である婦女隊も、銃ではなく薙刀を選ぶ。

誇り高い武士は「武器の性能差」など考えてはいけなかったのだ。だが、結局は「銃を持った足軽」が「剛槍の武士」を駆逐した。こうして日本は、過酷な近代戦争の基本を学んだのである。

・合わせて読みたい→関ヶ原の合戦ではどちらに加勢? 大阪の半数以上が「西軍」

(取材・文/しらべぇ編集部・澤田真一)
【調査概要】
方法:インターネットリサーチ「Qzoo」
調査期間:2016年8月26日~2016年8月29日
対象:全国20代~60代の男女1,368名(有効回答数)

 そしてまたひとつ、心乱れるニュースが。
NHK18年大河は「西郷どん」 原作・林真理子の描く西郷隆盛は「愚直でうかつ」 あらすじは?
18年大河は西郷隆盛 原作・林真理子×脚本・中園ミホ「女の視点で切り込みます」

NHKは8日、2018年に放送する大河ドラマを『西郷(せご)どん』(第57作)と発表した。作家・林真理子氏が『本の旅人』(KADOKAWA)で連載中の『西郷どん!』を原作に、連続テレビ小説『花子とアン』(同局)、『Doctor X外科医~大門未知子~』(テレビ朝日)などを手がけた中園ミホ氏が脚本を執筆。「勇気と実行力」で時代を切り開く“愛に溢れたリーダー”として、明治維新のヒーロー・西郷隆盛の生涯を描く。17年夏、クランクイン予定。18年1月から全50回放送。

隆盛は、2度の島流し、3度の結婚を経て、類まれな「勇気と実行力」で徳川幕府を転覆し、維新を成し遂げるが、最期は明治新政府と戦いに散った。東京・上野公園の銅像はよく知られているが、肖像写真は1枚も残っておらず、その生涯については謎も多い。

そんな隆盛に魅せれられた人の一人が、林氏。「以前、最後の将軍徳川慶喜とその妻美賀子を書いたときに、幕末の複雑さにつくづく苦労しました。しかしそれゆえに歴史の主役たちにすっかり魅了されてしまったのです。その中でも一番難解で面白いのが、西郷さんです。彼をめぐる女性たち、流された島々を深く描くことによって、いままで誰も書かなかった西郷どんを作り上げているという自負があります」と語っている。

林氏が描く隆盛の素顔は、脇は甘く、愚直でうかつ。けれど、彼に出会ったものは皆、隆盛が好きになり、愛嬌あふれる男の周りには、いつも“笑いと愛と波乱”が満ちている。極貧の家に育ったがゆえ、「すべての民が幸せに暮らしてこそ日本国は強くなる」と信じ、人を愛し、故郷を愛し、国を愛し、民を愛し、“見返りを求めない愛”を与え続けた。そんな彼のことを、人は親しみを込めて「西郷どん(セゴドン)」と呼んだ。

大河ドラマとして映像化されることが決まり、林氏は「中園ミホさんが、生命を与えてくれるのです。会った誰もが愛さずにはいられなかった西郷どん。彼はもう、私たちの前で呼吸をし始めているのです」と期待を寄せている。

中園氏も「西郷隆盛という人物は謎に満ちています。決して聖人君子ではない。太った愚鈍な男でもない。戦の天才で革命家。一つ確かなのは、男にも女にも大層モテたということ。子どもも学者も侍も殿様も彼と触れ合い、語り合った者は皆、西郷に惚れた。一体どんな魅力だったのか!?」とコメントを寄せ、「セゴドンという男の魅力に、女の視点で切り込みます」と意気込んだ。

■あらすじ

西郷隆盛(小吉、吉之助)は、薩摩(鹿児島)の貧しい下級武士の家に育った。両親を早くに亡くし、家計を補うため役人の補佐として働くが、困った人を見ると放っておけず、自分の給金も弁当も全部与えてしまう始末。西郷家はますます貧乏になり、家族は呆れかえるが、西郷は空腹を笑い飛ばす。

そんな愚直な西郷に、カリスマ薩摩藩主・島津斉彬(なりあきら)が目を留めた。「民の幸せこそが国を富ませ強くする」と強く主張する斉彬に、西郷も心酔する。西郷は、斉彬の密命を担い江戸へ京へと奔走。薩摩のキーパーソンとなっていく。

生涯の師・斉彬との出会いと別れ。篤姫との淡い恋。仲間との友情と反目。多感な青年期を経て、3度の結婚、2度の島流し。極貧の下級武士に過ぎなかった素朴な男は、南国奄美で愛に目覚め、勝海舟、坂本龍馬ら盟友と出会い、揺るぎなき「革命家」へと覚醒し、やがて明治維新を成し遂げて行く。

 原作と脚本の方々が……。えーと、「女性目線」強調して良作になったのは最近では『篤姫』と『八重の桜』ぐらいでは。去年の惨敗は「女性目線」じゃなかったっけー。
 そして「男にも女にも大層モテた」西郷どん……って、大河ドラマでBLですか〜(汗)。私それ一番嫌なんだよ〜(´д`)。

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