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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 台風一過、秋らしい風が吹くようになりましたね。

宮城
養蚕支えた猫は神様 宮城県南に残る信仰探る
 かつて栄えた養蚕の天敵、ネズミの退治に活躍したネコがやがて、信仰の対象に昇華した―。宮城県内に数多く残る、猫にまつわる石碑や神社を紹介する展示会「猫は神さま―県南の猫神信仰について」が、村田町歴史みらい館の2階町民ギャラリーで開かれている。

 同館の石黒伸一朗主任主査が3年がかりで調査。県内には猫の石碑が51基、猫神社が10カ所あることを確認した。石碑の全国的な分布は岩手県が8基、福島、長野両県は6基などで、宮城県が突出して多いという。

 県内の市町村で石碑が最も多いのは丸森町の30基、次いで角田市の8基。白石や岩沼、仙台、石巻、蔵王、村田、亘理、山元の各市町にもあった。建立時期は文化9(1812)年から昭和14(1939)年。

 「県南は猫への信仰が強い地域と分かった」と調査を振り返る石黒さんは「県南は養蚕が盛んで、農家はネズミの食害を防ぐために猫を飼った。単なる飼育動物から、ありがたい存在として信仰の対象となったのでは」と推測する。養蚕が廃れてからは、無病息災や供養の象徴に変容していったとみられる。

 角田市枝野にある石碑には「猫神」の刻字とともに「講中」と彫られている。石黒さんによると、この地域に猫神信仰をよりどころとする集団が組織化されていたことを示す貴重な史料という。

 展示会では、猫神の石碑や猫神社などについて写真58枚と拓本14点をパネルで紹介。開催期間は28日までの午前9時―午後5時、入場無料。毎週月曜と祝日の翌日は休館。

 1階の企画展示室では、幕末から現代にかけてのガラス製品約130点を集めた「ガラスに魅せられて―和ガラスから現代ガラスアートまで」が同時開催されている。観覧料は一般・大学生300円、小中高校生100円。
 連絡先は同館0224(83)6822。



福島
会津・鶴ケ城、ふるさと納税募り幕末の「赤瓦」復元
 戊辰戦争から140年を迎える福島県会津若松市は19日、同市のシンボルである鶴ケ城(若松城)を、現在の黒い瓦から、幕末当時の赤瓦にふき替えるなどの復元整備を行い、その財源として、ふるさと納税を募ると発表した。赤瓦の城は全国的にも珍しく、全国に散り散りになった会津ゆかりの人々に訴えるほか、歴史や城ファンの支援を広く募りたい考え。同市では「敵味方の区別なく、全国の方から応援をいただきたい」と話している。

 鶴ケ城は、年間63万人が天守閣に登る同市の観光のシンボル。天守閣は戊辰戦争後にいったん取り壊されたが、1934(昭和9)年に国の史跡に指定され、第2次大戦後の1965年に同市が再建した。その後、96年度に史跡を総合的に整備する計画をたて、入場料などを基金として積み立ててきたが、3.5億円となったのを機に、大規模整備に取りかかることにした。

 天守閣再建から50周年を迎える7年後を目指し、秘密の会議を行っていたとされる三層の「御三階(おさんかい)」の復元や、天守閣を本来の赤瓦にふきかえ、老朽化した壁も塗り替える。文献や発掘調査から、鶴ケ城は1648年に、黒から赤瓦にふき替えられ、敗戦前の「往時」には赤瓦だったことが分かっているという。

 また、合わせて財源に、同市へのふるさと納税をあてることも決めた。調査や設計も今後のため、総事業費はまだ未定だが、一般のまちづくりとは別に「鶴ケ城整備」の項目を設け、賛同者を募る。1万円以上の寄付をした個人には、1年間、天守閣への入場(大人1回400円)がタダになる「鶴ケ城通行手形」を贈る。菅家一郎市長は「ただ寄付を集めるのではなく、『鶴ケ城に』と使途をはっきりさせて応援団を募りたい」と話した。問い合わせは同市(0242・39・1211)へ。

 福島出身ではありませんが、鶴ヶ城のためにふるさと納税制度を利用しようかなぁ……でも日野や函館にもそういう企画があったら協力したいよなぁ……。

鶴ケ城に「御三階」復元 27年度目標
 会津若松市は鶴ケ城本丸に「御三階(おさんがい)」を復元する。

 今年度から調査を開始し、天守閣再建50周年の平成27年度を目標に整備する。

 当時の建物は戊辰戦争後に市内の阿弥陀寺に移築され、唯一現存する鶴ケ城の遺構。

 寺の御三階の移築ではなく、新たに造る。

 天守閣、茶室麟閣などに加え、鶴ケ城の魅力がまた一つ加わる。

 市が19日、発表した。

 今年度は文献調査を進め、来年度以降は発掘調査に取り組む。

 さらに設計を行い、同時に文化庁内で復元について詳細に協議される。

 文化庁の了解が得られれば、建設に入る。

 復元の費用は数億円とみられ、半分は国の補助金、残りは若松城整備等基金や寄付金を充てる。

 御三階の復元のほか今後、天守閣を幕末当時の赤瓦にふき替え、外壁を塗り替える。

 二ノ丸にあるテニスコートも撤去する方向で利用者団体と協議する。



富山
富山県内最古級の写真を発見 幕末から明治初期の町人姿
 幕末から明治初期にかけて、富山城下に住んでいた町人を撮影したとみられる写真が、富山市内の民家で現存していることが十九日までに分かった。ガラス板の上に撮影する、海外から移入されたばかりの当時の最先端技術を使ったものとみられ、こうした一級の歴史資料が富山県内で確認されるのは極めて珍しい。
 写真を保管していたのは、富山市桃井町一丁目の奥田伊矩夫(いくお)さん(71)。長年、仏壇の中に保存されていたが、今春、桃井町史を編纂(へんさん)する調査の過程で存在が確認された。縦約十センチ、横約六・五センチのガラス板に、まげを結った人物がいすに掛けた姿で写り、奥田さんは県公文書館資料課の森俊主任に調査を依頼した。

 調査結果によると、写真はガラス板の上にコロジオン溶液(乳剤)と感光剤を塗布して湿らせた状態で撮影する「湿板ガラス写真」といわれるもので、日本には幕末の一八五〇年代に海外から伝わった。この手法は幕末から明治初期にかけての最先端の撮影技術で、長崎など開港場近辺にいち早く移入されたが、富山には波及していないと考えられていた。

 奥田家に伝わる戸籍謄本とガラス写真の姿を照らし合わせ、写真の人物は天保年間(一八三〇―四四)に生まれた奥田栄吉とみられる。写真は奥田家の裏手にあった土蔵を背景に、栄吉が左手でキセルを持つなど粋な姿で収まっている。

 奥田さんの義母三二(みふ)さん(93)によると、ガラス写真は一九四五(昭和二十)年の富山大空襲の際に三二さんの母シゲリさん(故人)が持って逃げたため、焼失を免れた。

 森主任は「断髪脱刀勝手令の発布が一八七一年であることから、一八七〇年前後に撮影されたものではないか」と指摘する。奥田さんは「富山に最初の写真館ができたのが一八九四年ごろであり、富山に残る最古級の写真と分かり、思い入れが深くなる」と話した。


京都
人模様:8代に及ぶ作品月替わりで--清水六兵衛さん
 京焼の名門、清水家の八代、清水六兵衛さん(54)が、窯を構える京都・五条坂に、歴代の作品を展示する「ギャラリー六兵衛」を開設した。

 ギャラリーは、幕末から明治初期に三代が建て、四代が改装した2階建ての蔵。外壁に緑がかった釉薬(ゆうやく)を施した陶のブロックが使われた斬新なものだ。七代の三回忌を機に、展示空間としてリニューアルした。

 江戸中期に窯を開いた初代から、自らの作品まで約500点のうち、月替わりでテーマを決めて展示する。今月5日までのオープニング展は父親の陶芸と彫刻。花器や茶わん、香炉のほか、長年「九兵衛」の名で彫刻家として活躍した先代の独創的な作品が並んだ。「各代が自分の仕事をしてそれぞれ完結しているのが清水家の特徴。先代からも細かい指導を受けたことはない」と振り返る。「五条坂は焼き物の町。この地域の活性化の助けになればうれしい」。無料、土日祝日は休み。問い合わせはキヨロク(075・561・3131)。【手塚さや香】



和歌山
川合小梅展:魅力と生き方に迫る 「環海異聞」写本公開、日記原本も展示へ /和歌山
川合小梅展:魅力と生き方に迫る 「環海異聞」写本公開、日記原本も展示へ /和歌山
◇来月17日から和歌山城で
 幕末から明治にかけて、約70年間の日常生活を克明につづった「小梅日記」で知られる川合小梅(1804~89)の生涯を紹介する「川合小梅展」が10月17日~11月16日、和歌山市の和歌山城天守閣で開かれる。主催する「小梅日記を楽しむ会」の辻健会長は19日、記者会見し「小梅さんを広く知ってもらうことで、和歌山の活性化につなげたい」と話した。

 小梅日記の原本や「環海異聞」の写本を展示する。「環海異聞」は、仙台藩の漂流民による外国見聞録。小梅は本文だけでなくカラーの挿絵も丁寧に描き写しており、今回が初公開という。

 さらに、小梅直筆の牡丹(ぼたん)図や絵馬を並べ、日記から抽出した行動記録を「外出調査」としてパネル展示する。関連の写真や物品もそろえ、小梅の魅力と生き方に迫る。天守閣入館料は大人350円、小人170円。問い合わせは同会(073・461・1515)。【奥村隆】


島根
幕末の掛け軸など500点 骨董まつり
 山陰中央新報殿まちギャラリーの「蔵出し骨董(こっとう)まつり」が二十、二十一の両日、安来市安来町の「やすぎ懐古館一風亭」で開催される。

 同施設で奇数月に開催しており、今回は花鳥画を得意とした江戸後期の日本画家・堀江友声と友節ら堀江家歴代画家、幕末の鳥取藩お抱え絵師・根本幽俄らの掛け軸、びょうぶ絵、出雲神話を題材にした紙塑人形などで知られる故青戸慧さんの水墨画など地元ゆかりの品を中心に展示。精巧な薬師寺東塔の模型や茶道具、民具など計五百点を即売する。

 会場の特別室では無料鑑定のお宝拝見大会もある。両日とも午前十時から午後五時まで。問い合わせは殿まちギャラリー(電話0852・22・3119)。


山口
「生誕180年狩野芳崖悲母観音への軌跡」-東京藝術大学所蔵品を中心に-
狩野芳崖生誕180年、没後120年という節目を迎える今年、『悲母観音』をはじめて生誕の地に迎えて開かれる展覧会。

狩野芳崖は、幕末の長府藩御用絵師の家に生まれ、前半生は狩野派のすぐれた絵師として長府藩や江戸で御用をつとめた。明治維新前後の混乱を経てフェノロサとの出会いを境に、その人生は日本画革新運動の旗手へと劇的な転回をとげる。晩年芳崖は、フェノロサや岡倉天心らとともに近代日本画の創成に大きな足跡を残した。今回は、芳崖が開設準備に携わった東京美術学校の後身であり、晩年期の作品・資料を多数収蔵する東京藝術大学と下関市立美術館の共同企画によるもの。会期中は、 講演会、美術講座など関連イベントも開かれる。


長崎
長崎・居留地まつり始まる あすまで
 幕末の長崎開港から明治時代にかけ外国人貿易商らが住んだ洋館群などを生かしたイベント「長崎居留地まつり」が二十日から、長崎市の南山手、東山手、大浦の各地区で始まり、市民や観光客でにぎわっている。二十一日まで。

 官民でつくる実行委形式で開催。十三回目の今年は新たに大浦天主堂が会場に加わり、小学生が聖歌を披露。四海樓前広場では午後五時までダンスフェスティバルが繰り広げられる。

 本日午後六時からは旧香港上海銀行長崎支店記念館で舞踏会を開催。同八時からは、大浦天主堂前のオランダ坂が約三百本のキャンドルで彩られる中、「アリアの夕べ」が開かれる。


鹿児島
垂水島津家PR、資料館が来月オープン
「八百姫」愛用品など700点展示 NPOが準備

 大河ドラマ「篤姫」の人気が高まる中、島津氏一門4家の1つである垂水島津家について知ってもらおうと、特定非営利活動法人(NPO法人)「まちづくりたるみず」(川井田孜理事長)が垂水市本町に「歴史資料 垂水島津館」の開設準備を進めている。10月初旬のオープンを目指す。
 館長の長友忠男さん(81)によると、垂水島津家は明治維新まで400年続いた。同家は将軍正室候補として篤姫よりも有力とされた八百(やお)姫を八戸藩から迎えたことでも知られる。
 同館には、八百姫が愛用したとされる薬籠(やくろう)や一門家に伝えられた丸に十文字紋の塗り物など垂水島津家ゆかりの品が一角に並ぶ。
 近くには、このほど市に寄付された垂水島津家の墓地があり、長友さんは「墓地と館をセットに垂水島津家をPRしたい」と話している。
 約700点に上る展示品の大半は、同市文化協会長など歴任した長友さんが収集した日露戦争や第二次世界大戦時の庶民の生活用具、古美術品のほか垂水の歴史パネルなどとなっている。
 問い合わせは同館=0994(32)8839。



文化・芸能
<歌舞伎>中村吉右衛門 妻への情愛交え 人間・井伊直弼
 幕末の大老・井伊直弼の波乱の生涯を描いた新歌舞伎「大老」が十月四-二十七日、東京・国立大劇場で上演される。作者の北條秀司十三回忌追善狂言として初演から三十八年ぶりの再演。直弼役には定評のある中村吉右衛門、その側室・お静の方に中村魁春ら。彦根藩の部屋住みの身から幕府大老にまで上り詰めた直弼が激動の国政を担い、安政の大獄を経て桜田門外の変で倒れるまでをダイナミックに描いた大作だ。  (剱和彦)

 北條は今回の作品の前に、暗殺前夜の井伊直弼とお静の方との、情愛こまやかな語り合いをメーンにした「井伊大老」を書いており、歌舞伎では昭和三十一年から上演を重ねている。吉右衛門は実父・松本白鸚の代役も含め計五回この演目の直弼を演じており、手に入った役。

 「大老」はそれを大幅に手を加えて補充、昭和四十五年に白鸚の直弼で初演された。風雲急を告げる政治情勢の中で、「尊王攘夷」の朝廷や水戸派を抑えて「開国」に踏み切った直弼を中心に、反対派の動きにもスポットを当てて長編史劇に仕上げている。

 吉右衛門は初演時、水戸派の浪士役だった。「北條先生の演出は厳しく、『昔の志士はもっとすごいんだ』としかられ、けいこ場で何十回もやらされました」

 序幕の「彦根城外埋木舎(うもれぎのや)の場」は、まだ部屋住みの直弼とお静の方がのんびり過ごした場所。「さっと過ぎてしまうところですが、ここでのセリフの中に直弼の人柄、お静への気持ちなどが集約されている。普段見られない直弼、お静の方たちの人物像がよく表れています」

 反対派弾圧などで苦悩する直弼だが、お静の方との語り合いでひととき心安らぐ場は、そのやりとりがより丁寧に描かれているという。「政治的なことよりも、“糟糠(そうこう)の妻”お静に対する情愛など、直弼の人間像に重点を置いている気がします」と吉右衛門。

 魁春は「『井伊大老』初演の時、父の六世中村歌右衛門がお静の方を勤め、私の初舞台の年でもあり、記憶に残っています。今回は二回目ですが、若いころの役も一生懸命演じたい」。

 演出の織田紘二・日本芸術文化振興会理事は「初演の時、演出の北條先生の助手を務めました。出演者百三十人、登場人物延べ五百人、上演時間五時間という大作でしたが、今回は朝廷の部分などをカットして、上演時間も三時間半に縮めました」と話す。「直弼は辛抱立役であり、ある意味では政治のさばき役。そういうハラで吉右衛門さんは勤められると思う。大詰の桜田門外の立ち回りは、歴史的によく検証された事件でもあり、リアルな殺陣にしたいと思う」と意欲をみせた。

 出演はほかに中村梅玉、中村東蔵、市川段四郎、中村歌六、中村歌昇、中村芝雀ら。午前11時半開演、10・17日は午後4時半。16日休み。1万2千-千5百円。(電)0570・07・9900。


ブックレビュー
【書評倶楽部】「岩倉具視 言葉の皮を剥きながら」永井路子著
□資生堂名誉会長 福原義春

 ■下級公家の果たした役割

 明治維新はいつ誰がどう書いても新鮮で面白い大事件である。ましてやベテランの歴史小説家が四十数年もあたためて、十分な資料も読みこんだ『岩倉具視』という作品が注目されない訳はない。

 しかも作者は公武合体とか王政復古とかの手垢(てあか)にまみれたキーワードに疑問を持ち、むしろその中身に踏み込もうとする姿勢を明確にしながら主題に取り組むのだ。それがサブタイトルの意味であり、たとえばある状況で尊王攘夷(じょうい)といったところで言わんとするものは反幕に過ぎないのだと小気味よく喝破する。

 歴史は必然のようでありながら、実は各所で同時並行的にいくつもの事件が起こって全体がうねりとなり織りなされるものだ。だから一視点で一つのものを見ていく書きものでそれを表現することは難しいのだ、と嘆きながら、岩倉具視の一生を追いつつも幕末から明治への時代を描く筆力は並大抵のことではない。

 岩倉具視は下級公家の出自でありながら、孝明天皇の侍従になる、と思えば政争に巻き込まれて長い間蟄居(ちっきょ)同然の暮らしを余儀なくされる。それでも天皇と公卿(くぎょう)と将軍家の複雑な関係の中で岩倉の果たした役割は大きい。

 下級公家が政治を動かすようになると、忽(たちま)ち叩(たた)かれて首を引っ込める岩倉は岩亀とか守宮(やもり)とも評されたという。

 明治の世の中になって再び表舞台に登場する岩倉に与えられた大使命は1年10カ月に及ぶ遣欧使節団長であった。しかし、単なる儀礼訪問と視察にそんな長い年月が必要であったものか。その後の世の中に大変革をもたらしたのは、久米邦武編の記録であったという著者の指摘には目を開かされた。

 岩倉や大久保が活躍した明治の近代化は政治体制の組み換えであって、真の近代化は現代に至っても終わっていないとも思わされた。(文芸春秋・1600円)

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