新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
 堪能しました!

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 コミックスも全巻読んで、テレビドラマ版・本編とスペシャルも見て(ノイタニメ枠のアニメ版は挫折^_^;)、最終楽章の前編と後編……後編、すごくよかったです。

 壁にぶち当り、プロの音楽家として生きていくことの厳しさと辛さと向き合い、壁を乗り越えることの恍惚感や喜びを存分に描いてくれました。芸術橋のラストシーン(笑)も、堪能しました。

 原作・脚本の良さに加えて、のだめを演じた上野樹里さんと千秋先輩を演じた玉木宏さんの功績が大きかったと思います。音楽もたっぷり聴かせてもらえて、大満足です。

 この作品の製作に関わったすべての皆様にスタンディング織部ーションを送ります。

 お付き合いいただいた野間みつねさんにも感謝♪






 くじ運は悪い方だと思うが、幸運にも射止めた落語研究会の定席。最前10列以内、中央ではないが端というほどではない、というのはかなりの良席だと思う。
 何が凄いって、年会費を払い続ける限り終身(苦笑)、毎月同じ席で豪華メンバーの高座を聴けるってことだよなぁ。年季の入った落語ファンで埋まった観客席は、あちこちで顔見知り同士が軽い挨拶してるよ(汗)。
 ちらっと聞こえた近隣の席の声「今日の演目『崇徳院』、最近聴いたのは市馬だったかな」……ひょっとして人形町の市馬落語集ですか(苦笑)。



「崇徳院」 三遊亭きん歌
「甲府い」 柳亭左龍
「ねずみ」 立川志の輔
中入り
「蛙茶番」 橘家圓太郎(怪我のため代演)→春風亭一朝
「粗忽長屋」柳家小三治


 噺のメモと感想、書くと長くなりそうなので(特に小三治師匠のマクラを記憶できる限り記憶して後でメモったのが長いのなんの^_^;)たたんでおく。





 函館からは五稜郭祭関係、日野からはひの新選組まつり関係のニュースが入ってくるなど連休だなぁと感じます。

北海道
SL大沼号 出発進行!
 ゴールデンウイークが29日、スタートした。同日の道南地方はあいにくの雨となったが、JR北海道の蒸気機関車「SL函館大沼号」の今季の運行が始まったほか、行楽地には多くの観光客や親子連れらが詰め掛けた。
 この日の道南の最高気温は、松前町が平年並みの11.6度と最も高かったが、函館9.8度、北斗や木古内、森9.6度、八雲9.1度などと軒並み10度を下回り、4月上旬並みの肌寒い天気となった。
 JR函館駅ホームで行われたSLの出発式では、「箱館五稜郭祭」の実行委メンバーが衣装姿で行進し、大砲の実演で出発を祝った。函館共愛会中央保育園の園児約20人は童謡「汽車ポッポ」を合唱後、車掌らに花束を手渡した。出発前には熱心な鉄道ファンや家族連れがSLの雄姿をカメラに収めていた。
 ほぼ満員の約200人を乗せたSLは同日午前9時35分、ミスはこだての高橋千尋さん(26)の合図で、黒煙を噴き上げながら出発。急こう配の七飯町・仁山経由で森町、鹿部町などの大自然を駆け抜けた。函館旭岡小2年の大津大空(たく)君(7)は「写真をいっぱい撮って、車内を隅々まで見たい」と乗車前に目を輝かせていた。
 SLの今春の運行は5月5日までと同8、9日の9日間で、函館―森間を毎日1往復する。全席指定。5月1―4日はほぼ満席という。

 
東京
隊士コンテスト、男女36人が参加
 5月9日にある「第13回ひの新選組まつり」のパレード先導役を選ぶ隊士コンテストが29日、日野市の高幡不動尊五重塔であった。北は北海道、南は岡山県まで、新選組になりたい各地の男女36人が参加し、日野出身の新選組副長・土方歳三役は宇都宮市の小堀恭嗣さんが射止めた。出場者の中には、映画スター・ウォーズのダース・ベイダーの姿もあった=写真。
 「新選組まつり」の本番は5月8、9日。8日には劇団エル・プロダクツによるコメディー劇「TRIGGER(トリガー)―引鉄―」が市民会館で上演され、9日は新選組パレードや映画会などがある。
 「TRIGGER」は今回のまつりの目玉の一つ。坂本龍馬が、新選組と知らずに沖田総司と出会ったら、という設定。沖田は本来、龍馬を切らねばならない立場だが、気に入ってしまったため、自分の正体を隠すのに必死になるというストーリーだ。演じる役者たちは仕事との掛け持ちで2月から毎週末、毎回8時間以上の練習を重ねてきた。
 龍馬役の酒井陽子さんの本業は看護師。「役作りのため普段から土佐弁。最近は病院でも出ちゃう」。沖田総司役の池浜佳恵さんを初め、役者には居合道の有段者が多く、殺陣も見どころだ。入場料は1800円。
 映画会は「御法度 GOHATTO」と「壬生義士伝」を市民会館で上映する。1本500円だが、受付で「朝日新聞を見ました」と伝え、抽選に当たると無料になる。パレードの見学などは無料。
 問い合わせ先は日野市観光協会(042・586・8808)へ。

 写真、ダース・ベイダーが土方さんを演じてる(汗)。

石川
先祖への契り 花嫁のれん 七尾の商店街 展示始まる
 石川県七尾市の一本杉通り商店街で二十九日、幕末から伝わる嫁入りの風習にちなむ「第七回花嫁のれん展」が始まった。五月九日まで。
 花嫁のれんは、花婿の家の仏間入り口に掛けるふすま二枚分の嫁入り道具。のれんをくぐる花嫁は、仏壇に手を合わせて先祖にお参りをする。のれんには、オシドリや松などおめでたい柄と花嫁の家紋二つを染めている。
 のれん展は一本杉通り振興会と一本杉町町会が商店街を活性化させようと、二〇〇四年から開催。今年は商店や民家五十軒で、計百五十枚ののれんが飾られた。
 初日の花嫁道中では、新婦の通(とおり)亜希さん(29)が、同市一本杉町出身の新郎竜太さん(32)=ともに横浜市在住=の実家を訪れ、のれんをくぐって仏間に手を合わせた。
 二人は若衆らの木やりに導かれ、親族や集まった人たち約百人で通り沿いを歩き、御祓(みそぎ)川にかかる仙対橋の上で愛を誓った。 (福本英司)


三重
展示:「龍馬の駆けた時代」展 幕末の桑名を紹介--市博物館 /三重
 幕末の桑名に焦点を当てた「幕末×桑名-龍馬の駆けた時代」展が29日、桑名市京町の市博物館で始まった。
 NHKの大河ドラマ「龍馬伝」の放映をきっかけに幕末への関心が高まっており、当時の桑名藩について理解を深めてもらおうと企画。同館の所蔵品を中心に激動の時代を駆け抜けた先人たちの足跡を紹介している。
 桑名藩の十八代藩主、松平定敬(さだあき)の17歳当時の写真や戊辰(ぼしん)戦争の際、桑名藩士が北海道・五稜郭にたどり着くまでの経路を地図に記した「桑名藩士行動略図」を展示。この他、江戸時代の電気治療器「エレキテル」や「幕末の三舟」と呼ばれた勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟の一行書などもあり、計104点を公開した。
 同館は子供たちに展示作品を当ててもらう「こどもチャレンジシート」も用意し、「連休を利用して家族で来場を」と呼び掛けている。5月30日までで6、7日と月曜は休館。入場無料。【沢木繁夫】
〔三重版〕



京都
龍馬のごとく鴨川を駆ける…京都で幕末マラソン
 坂本龍馬や妻、お龍にふんして走る「幕末・京都龍馬マラソン」が29日、京都市の鴨川沿いで開かれ、近畿各地から集まった4~62歳の75人が、さわやかな青空の下を快走した。
 龍馬ブームにあやかろうと、市内のマラソン愛好家グループなどが主催。新撰組の隊士や忍者姿も交じった一団は、二条大橋の下を発着点に、約5キロを走った。給水所代わりの「茶屋」では生八ツ橋などが振る舞われ、道中では、浪士が突然切りかかってくる演出も。
 番傘をさした龍馬の姿で走り、「ベストドレッサー賞」に選ばれた大阪府吹田市の会社員藤井健嗣さん(36)は、「龍馬とお龍も鴨川沿いでデートしたのかなと想像しながら走りました」と話していた。


山口
龍馬が剣ふるった長州藩校「有備館」あす特別公開
 “龍馬ブーム”にあやかり、山口県萩市は5月1、2日の両日、坂本龍馬が剣をふるったと伝えられる剣槍道場「有備館」を特別公開する。
 有備館は、全国屈指の規模を誇った藩校・明倫館内の施設で、通常は非公開。板間の剣術場や土間の槍術場などがあり、他藩の修行者も受け入れていた。
 両日とも道場内で、龍馬研究家によるトークイベントを予定。市は「幕末に萩を訪れた龍馬が救国の志を立てた、当時の空気を感じて」とPRしている。


長崎
「龍馬」観光人気呼ぶ GW初日、長崎歴文博は昨年の倍
 ゴールデンウイーク(GW)初日の29日、長崎市伊良林2丁目の長崎市亀山社中記念館には約900人が訪問。日本初の商社とされる亀山社中や幕末の志士、坂本龍馬ゆかりの資料に見入ったり、記念撮影するなどした。
 千葉市の会社員、小出秀男さん(53)は「長崎の幕末の歴史について参考になった」と話した。同館はGW期間中、多い日で3千人の来館者を想定。担当者は「(連休が本格化する)5月1日からに期待したい」
 長崎市立山1丁目の長崎歴史文化博物館には約2800人が訪れた。GW初日だった昨年4月29日の来館者数の2倍近く。NHK大河ドラマにちなんだ「長崎奉行所・龍馬伝館」には特に多くの観光客らが詰め掛けた。
 長崎市南山手町のグラバー園も昨年のほぼ2倍の約3千人。兵庫県明石市の主婦、北井真由美さん(29)は「展示中のアジサイがきれいだった。長崎の景色も良い。観光を楽しみたい」と笑顔をみせた。
 西日本高速道路長崎高速道路事務所によると、29日午前10時半すぎ、西九州自動車道佐世保三川内インターチェンジ(IC)-佐世保みなとIC間で最大5キロ渋滞したほかは特に目立った混雑はなかった。空の便では東京、大阪、名古屋からの長崎空港到着便が全便ほぼ満席。JR九州は長崎-博多間を結ぶ特急「かもめ」の自由席(下り)が乗車率100~60%だった。





 「メガネノオカッパ」(糸井重里さん命名)こと武田観柳斎を演じた八嶋智人さんに関して。

俳優の八嶋智人さんが追突事故 双方にけが人なし
 29日午後6時ごろ、東京都八王子市大塚の都道交差点で、俳優の八嶋智人さん(39)が追突事故を起こしていたことが30日、警視庁南大沢署への取材で分かった。

 南大沢署によると、八嶋さんは、信号が青に変わったため乗用車を発進させたところ、前方の乗用車に追突。双方にけがはなかった。八嶋さんは帰宅途中だったという。

 南大沢署は八嶋さんの前方不注意が原因とみて調べている。

 八嶋さんはドラマやバラエティー番組などで活躍している。


 双方にけが人がなく、大事に至らずよかったです。八嶋さん、今後は前方にご注意くださいませ。





 『スタジオパークからこんにちは』今日のゲストは新作落語の春風亭昇太さん。トークを楽しみながら書いてます(っていうか、つい昇太さんのトークに引き込まれてしまいました^_^;)。

 待望の新刊です。10時開店の書店に10時過ぎに飛び込んで買ってきました。



 以下、どうしてもネタばれになるので畳みます。
 やっと平年並みの暖かさが戻ってきましたね。陽差しを楽しむぶらぶら歩きの後、身体を動かしてたっぷり汗をかいて来ました。

京都
龍馬もお龍もマラソン、京都・鴨川沿いを走る
 坂本龍馬や妻、お龍にふんして走る「幕末・京都龍馬マラソン」が29日、京都市の鴨川沿いで開かれ、近畿各地から集まった4~62歳の75人が、さわやかな青空の下を快走した。
 龍馬ブームにあやかろうと、市内のマラソン愛好家グループなどが主催。新撰組の隊士や忍者姿も交じった一団は、二条大橋の下を発着点に約5キロを走った。給水所代わりの「茶屋」では生八ツ橋などが振る舞われ、道中では、浪士が突然切りかかってくる演出も。
 番傘をさした龍馬の姿で走り、「ベストドレッサー賞」に選ばれた大阪府吹田市の会社員藤井健嗣さん(36)は「龍馬とお龍も鴨川沿いでデートしたのかなと想像しながら走りました」と話していた。


京都で竜馬夫婦の仮装マラソン 80人が鴨川沿い走る
 坂本竜馬や妻お竜に扮して京都市の鴨川沿いを走る「幕末・京都龍馬マラソン」が29日、男女約80人が参加して行われ、幕末のヒーローやヒロインになりきって汗を流した。
 この日は快晴で、二条大橋のたもとに紋付きはかまや色とりどりの着物で仮装した4~62歳の参加者が集合。「元気に走るぜよ」の掛け声の後、午前10時にスタートした。約5キロのコースの途中には、竜馬の暗殺者役の役者が現れ、参加者を驚かせる趣向もあった。
 参加した大阪府吹田市の会社員藤井健嗣さん(36)は「ここでお竜とデートしたり、新選組から逃げ回ったりしたんだなと思って走った。仮装は恥ずかしいと思ったが、周りも同じ姿で安心した」と話した。
 マラソンは京都市のホテルとジョギングの愛好会が主催した。


芸妓さん阿波弁挑戦 来月1~24日京都・先斗町で「鴨川をどり」
 新緑の京都を彩る花街・先斗町の「鴨川をどり」(京都市観光協会など主催)が5月1日、同市の先斗町歌舞練場で始まる。173回目の今年の演目は、舞踊劇「女たちの幕末」と緑をテーマにした純舞踊「薫風歌絵巻」の2部構成。徳島藩出身の男女が登場する舞踊劇のせりふに徳島の方言を取り入れており、普段は京言葉しか話さない芸(げい)妓(こ)の阿波弁が話題になりそうだ。
 「女たちの幕末」は、追っ手を逃れて先斗町のお茶屋に立てこもった若い新撰組隊士を芸妓が逃がす物語。脚本は、小説家の竹田真砂子さんが新撰組の「美男五人衆」の一人とされる徳島藩出身の隊士・馬(ま)越(ごし)三郎をモデルに書き下ろした。
 竹田さんは、阿波弁の独特の言い回しを徳島市立図書館の野澤新治館長に相談した。昨年11月から今年1月にかけ、電話や電子メールで数回やり取り。図書館側のアドバイスは「わしかて筋金入りの新撰組じゃー」「逢うたっちゅうわけやないけんど」などのせりふに生かされた。
 野澤館長は「京の伝統行事に阿波の人物を取り上げてくれたことが何よりうれしい」と喜ぶ。
 新撰組隊士役のもみ乃さん(39)=京都市出身=は「京都から出たことがないので、違う町の方言をしゃべれるのはうれしい。おうてるかどうか不安です」と心配顔。隊士の幼なじみの娘を演じる市菊さん(33)=浜松市出身=は「徳島には阿波踊りを何度か見に行きました。京都なまりの阿波弁になるかも」と話した。
 鴨川をどりは5月24日までで、1日3回公演。舞踊劇は同じ役柄を3人の芸妓が交代で演じる。公演期間中、計48人の芸妓と舞(まい)妓(こ)が日替わりで出演する。茶券付きで4500円。問い合わせは先斗町歌舞会<電075(221)2025>。

【写真説明】「鴨川をどり」を前に、衣装合わせをする芸妓や舞妓=京都市の先斗町歌舞練場


奈良
毛利家伝来の黄金茶碗、来月展示と講演会…奈良・寧楽美術館
 国名勝の庭園「依水園」(奈良市水門町)にある寧楽(ねいらく)美術館は、財団法人設立70周年を記念して、5月29日~6月14日、所蔵する長州藩毛利家伝来の「黄金茶碗」を特別展示する。



 茶碗は、口径12・6センチ、高さ7・5センチ、重さ299グラム。毛利家が明治元年(1868年)、大阪の豪商・広岡(加嶋屋)久右衛門に借金の利子軽減や支払い延長を頼んだ際に褒美として贈った。明治維新の動乱期における毛利家と加嶋屋との関係を示す重要資料で、4年前に初めて公開された。
 特別展示の初日には、午後2時から、「寧楽(なら)と依水園を愛(め)でる会」主催の「第5回依水園文化講演会」を開く。「黄金茶碗」を調査し、毛利家伝来を突き止めた大阪市史料調査会の野高宏之調査員が、「毛利家伝来『黄金茶碗』について―その由来と時代背景および幕末期の大阪経済」と題して解説する。野高さんは大阪の中・近世史が専門で、論文に「天下の台所」「大大阪」などがある。
 聴講料(入園料、抹茶代を含む)は2000円。定員50人。申し込みは往復はがきに住所、氏名、年齢、電話番号、参加人数(1枚で2人まで)を明記し、〒630・8208奈良市水門町74、寧楽美術館「第5回文化講演会」係へ。5月12日必着(応募多数の場合は抽選)。問い合わせは依水園(0742・25・0781)。


兵庫
桂小五郎らと試飲会、日本初“幕末のビール”再現…兵庫・三田
 三田出身で「日本の化学の祖」と称される蘭(らん)学者・川本幸民(1810~71)の生誕200年を記念し、三田市は日本で初めて幸民が醸造したビールの再現販売を企画、28日、日本酒「白雪」で知られる「小西酒造」(伊丹市)に復刻版の醸造を依頼した、と発表した。瓶(330ミリ・リットル入り)8000本と、樽(たる)(15リットル入り)200個を造る。試作品は既に完成しており、同社は連休明けにも量産を始め、6月6日に三田市内の酒販店を中心に、〈幸民の麦酒〉の販売を始める。
 川本幸民は幕末から明治初期に蘭学者として活躍。「化学」という言葉を日本で初めて使い、53年には西洋の化学書を参考にビールを試作して、桂小五郎や大村益次郎、緒方洪庵らと試飲会を開いたとされる。
 市は「幸民生誕200年記念事業」の一環で、幸民の造ったビールの復刻を図ることを決め、地ビール醸造の実績を持つ同社に白羽の矢が立った。同社では、できるだけ当時の原料や醸造法で再現することにし、辻巌・醸造担当主任技師が幸民の手掛けた翻訳書「化学新書」などを参考に研究を重ねた。
 幕末期には関所に阻まれて原料が十分そろわなかったと想定し、ビール用ではなく清酒用の酵母を使用。発酵させる温度も、通常のビールより20度高い約30度にするなどし、2か月かけて試作品を完成させた。
 味は国内で広く流通するものと異なり、コクが豊かで香り高く、色合いも濃いめに。「幕末のビール復刻版 幸民麦酒」と銘打ち、幸民の肖像画や、幸民の生誕地として三田を紹介する文章を印刷したラベルを瓶に張り、PRする。
 小西新太郎・小西酒造社長は「『ビールの原点に返る』という意味で、国内初のビールの復刻に携われて光栄だ。幕末に思いをはせながら味わってほしい」と話し、竹内英昭市長も「これだけのビールを造ってもらった以上、三田の魅力発信に大いに活用したい」と意気込んだ。
 発売に先立ち、6月5日午前11時から市まちづくり協働センターで、辻主任技師が「幸民ビールの秘密を探る」と題して講演。続いて試飲会があり、復刻ビールが味わえる。定員130人、無料。問い合わせは市生涯学習課(079・559・5144)。販売については小西酒造(072・775・0524)。


幸民麦酒:幕末の香り楽しもう ラベル完成、6月6日発売--小西酒造 /兵庫
 日本で初めてビール醸造に成功した三田藩出身の蘭学者・川本幸民(こうみん)(1810~71年)の生誕200年に合わせ、伊丹市の酒造会社「小西酒造」が同じ製法で復元するビール「幸民麦酒(ばくしゅ)」のラベルが完成した。「幕末のビール復刻版」と銘打っている。販売は6月6日から。
 幸民ビールはこれまでに2度、大手ビールメーカーが復元したが、販売されるのは初めて。幸民が使ったと推測される日本酒の酵母を使い、ろ過や熱処理せずに仕上げる。色濃く、香りが豊かなビールでアルコールは4・5%。瓶の中でも熟成し、味の変化も楽しめるという。セピア色の幸民の肖像画をあしらえたラベルには、幸民がビールを醸造した年代「1853(嘉永6)年」も記した。330ミリリットル瓶(630円)では、ミニ解説の札もつく。小西新太郎社長は「幕末が注目を浴びる中、三田のPRにもなれば」と話している。
 6月5日に、開発責任者の辻巌・地ビール主任技師(51)が「幸民ビールの秘密を探る」と題して講演し、試飲も行う。希望者は住所、氏名、年齢、連絡先を記入し、三田市生涯学習課「幸民ビール」係にはがきかファクス(079・563・3611)で申し込む。定員130人で多数の場合は抽選。無料。問い合わせは同課(079・559・5144)。【粟飯原浩】
〔阪神版〕


文化芸能
映画「桜田門外ノ変」記念館、きょうから公開
 映画「桜田門外ノ変」の記念展示館が水戸市の千波湖畔に完成した。
 映画撮影の舞台裏を写真や映像で紹介するほか、幕末の水戸藩の歴史を解説するパネルなども展示、29日から一般公開が始まった。
 県や水戸市から財政支援を受け、市民有志でつくる「桜田門外ノ変」映画化支援の会を中心に企画した。写真パネルでは、主演の大沢たかおさんら俳優陣の撮影中の表情やリハーサルの様子などを紹介。桜田門外の変にかかわった人物の相関関係を幕府や朝廷、外国の動きなども絡めて紹介するパネルなども展示されている。
 映画は3月末に撮影が終了し、現在は編集作業が行われているという。この日は、映画の全国公開が10月16日に決まったことも発表された。佐藤純彌監督は「映画の長さは2時間15分前後。複雑な歴史の中で、個人をどう描くかという課題があったが、エンターテインメント性も考えて映画の編集を進めている。期待してほしい」と話した。
 入場料は隣接する映画のオープンセットも含め、中学生以上800円、小学生500円。


ブックレビュー
サンデーらいぶらりぃ:池内 紀・評『洋服・散髪・脱刀─服制の明治維新』『妖怪学講義』
◆衣服の下にのこした古いもの

◇『洋服・散髪・脱刀─服制の明治維新』刑部芳則・著(講談社選書メチエ/税込1575円)

◇『妖怪学講義』菊地章太・著(講談社/税込1575円)

 いまではもう信じられないことだが、ほんの百数十年前まで、日本人は髪をチョンマゲに結っていた。頭にトサカのようなものをのっけていた。歴史的にいうとチョンマゲ時代がうんと長く、散髪時代はごく短い。
 近代国家をめざした明治政府には、頭のトサカが我慢ならなかったのだろう。腰に差した刀はもとよりチョンマゲはダメ、着物は洋服と、強圧的なまでに告知した。新しい日本人像に、いで立ちすべてを含めて「服制」という言い方をした。法律や制度、仕組みとともに服制の明治維新があったわけだ。サンプルを示すのに天皇から始めたあたりが、維新をやってのけたツワ者たちの天皇観がよくわかる。たしかにひろく流布した明治天皇の姿は、散髪、洋服ないし軍服と革靴だった。マネキン人形役であって、おのずと軍人、官吏がこれに従う。外見の変革はお上のスタッフから始まった。明治八(1875)年の「地方官集合写真」には、二十人ばかりの全員が髪、ひげ、服、ズボン、靴、帽子、まるで鋳型にはめたソックリさんのように瓜二つ。一国のリーダーたちのいで立ちが短期間に、これほど激変したケースは、世界的にも珍しいのではあるまいか。
 西南戦争のとき、政府軍は軍服一色だったが、西郷軍は羽織袴、陣羽織、平服にヘコ帯、メリヤスの股引に黒足袋などとまちまちだった。いで立ちの点からも、近代戦の女神がどちらにほほえんだかいうまでもない。
 若い研究者が、おもわず膝を打ちたいような視点から歴史をひもといてくれる。官はやっきになって服制革命をすすめたが、民はすんなりとは動かなかった。現在でも私たちは洋服に下駄で歩きまわるし、畳に椅子を据えて平気である。外国人には異様な不調和と見えるかもしれないが、とびきりの生活力と融通性がつくり出した日本的スタイルブックというものであって、ここにその原型があったわけだ。
 菊地章太『妖怪学講義』は東洋大学の五つのキャンパスを結ぶテレビ中継による講義録。東洋大学の前身は明治の哲学者井上円了の創立した哲学館、そして井上円了は「妖怪博士」とよばれた人だ。コンピューター利用の電波の講義と古い世の妖怪が、こともなく握手するところが、いかにも現代である。井上円了が日本各地につたわる妖怪伝承を集めたのは、合理的な思考を説いて、妖怪にまつわる迷信、怨霊、呪い、因果、憑き物を撲滅するためだった。テレビ中継の当今とも通じるが、精力的に旅してまわって講演した。講義録には学生たちの感想や意見、また「もっと勉強しなさい!」のページがついているが、この点でも円了先生と軌を一にするのが愉快である。
 それにしても日本産妖怪たちの数の多さ、多士済々ぶりはどうだろう。実をいうとこのヘンテコな精霊たちは、いまなお日本人の胸の底に生きている。明治政府がやっきになって推しすすめても、民衆の服装にさして変化がなかったのは、衣服の下の心身ともに古いものを濃厚にのこしていたせいではなかろうか。

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いけうち・おさむ 1940年生まれ。ドイツ文学者、エッセイスト。近著訳書に『変身』(カフカ)、『森の紳士録』

<サンデー毎日 2010年5月9・16日号より>




 なかなか面白かったです。



幕府の人斬り集団・新選組は、一人一人が異能を備え倒幕派を陰で操る異形の集団と闘争を繰り広げる異能者部隊であった。池田屋事件で絶命した局長・近藤勇が遺した聖域を逆賊たちから守れるか―――!?


 異能者(超能力者)部隊・新選組と、異形の陰陽道者部隊・八瀬童子衆のサイキックウォーズ……という幕末もの。しかも、近藤勇は池田屋事件で絶命していて、いま近藤勇を演じているのは女性。そのことを知っているのは、京都守護職松平容保と、土方歳三・沖田総司だけ。

 なかなかに面白い設定です。自分はOKだったので、けっこう楽しんで読みました。隊士ひとりひとりの異能設定が面白いです。沖田総司は時空を超えた千里眼、土方歳三は鬼遣い、井上源三郎は風遣い(この源さんがダンディ!)など。斉藤一や永倉新八はもちろん、谷三十郎すら(汗)かっこいい……組長クラスだと、まだ原田左之助が出てきていないですね。

 第一巻はまだ主要隊士の顔見せという程度だったので、続巻が楽しみです。




 修理に出していたパソコンが戻ってきました。連休後になると聞いていたので、連休前に引き取れて嬉しいです。
 iPHONEでかなりのことができるようになっていたとはいえ、またセカンドマシンもあるとはいえ……ファーストマシンをバックアッブデータなしで使えないことが10日間続くと、だんだん不便に思うことが出てきました。戻ってきて復旧作業を終えて、一段落です。

北海道
五稜郭公園で花見準備着々 開花予想は連休明けも
 春の大型連休中の花見スポットとして毎年大勢の市民や観光客でにぎわう特別史跡五稜郭公園。今年は天候不順の影響などで、サクラの開花は昨年より10日以上遅い5月7日と予想されているが、公園内にはカラフルなちょうちんが飾られ、宴会用のブルーシートも敷かれるなど、花見準備は着々と進んでいる。
 五稜郭公園のサクラはソメイヨシノが中心で、平年は5月3日ごろに開花し7日ごろに満開となるが、ここ数年は温暖化の影響などから4月中に開花しゴールデンウイークの期間いっぱい花見を楽しめる状況が続いていた。
 同公園内で、ジンギスカンやビールなどがセットになったお花見プランを提供しているサンフレッシュサービスによると、昨年は連休初日の4月29日からほぼ連日満員の状態が続いたが、今年は連休後半の7―9日に予約が集中。「当初は連休前半に予約していたお客さんが、開花が遅れることを知って変更するケースが多い」と話す。
 同社では上ラム肉に野菜、タレ、はしなどに鍋やコンロまでそろった手ぶらで楽しめるジンギスカンセットを1人前1800円で提供している。予約・問い合わせはTEL090・6694・7500。
 一方、同公園を眼下に見下ろす五稜郭タワーでは、書き入れ時にサクラの開花が間に合わない状況を心配する。「花見を目的としたツアーで、各地から訪れたお客さんをがっかりさせるのは申し訳ない。せめて一足早く咲くムラサキツツジや、建設中の箱館奉行所の姿を楽しんでもらえれば」と話す。
 五稜郭公園を毎日散歩する市内本町の主婦(60)は「早くサクラを見たい。満開の中をウオーキングすると本当に気持ちいいから」と心待ちにしている様子だった。


青森
会津藩調査隊 小学生が結成
 明治政府との戊辰戦争(1868~69年)に敗れ、北辺の地へ国替えを命ぜられた旧会津藩。斗南(と・なみ)藩として再興をめざす志士たちの一団が大平浦(むつ市大湊)に上陸してから、今年6月で140年を迎える。その記念の年に、同市内の小学6年生が「会津藩調査隊」を結成した。郷土の歴史を学び、多くの人に伝えるため、5月の連休中に特命リポーターとして、姉妹都市の会津若松市へ派遣される。(石毛良明)
 同戦争で「朝敵」とされた会津藩は敗戦後、所領23万石を没収され、藩主松平容保(かたもり)が謹慎。子の容大(かたはる)に斗南藩3万石が与えられ、旧陸奥南部藩領に移封された。新潟港から蒸気船で、現在のむつ市に上陸したのが明治3(1870)年の6月10日という。
 陸路と海路で入植した藩士とその家族は1万7千人余。刀を鋤(すき)や鍬(くわ)に換え、やせた土地と向き合ったが、風雪は厳しく、開墾は苦難が続いたという。斗南藩がこの地を治めたのは、その後の廃藩置県までの1年数カ月だったが、一徹な誇りをもつ会津気質が今も継がれているとされる。
 調査隊を派遣するのは、むつ市姉妹都市推進連絡協議会(会長・宮下順一郎市長)。6月に「斗南藩140年祭」を計画しており、その記念事業の一環として、調査隊にもその場で研究発表をしてもらう。
 当初は10人ほどの特命リポーターを予定していたが、予想を上回る25人の応募があり、全員を「隊員」に任命することになった。24日の任命式後の勉強会では、宮下市長が「会津と斗南 その苦難の軌跡をたどる」と題して講演。太平洋と陸奥湾を運河でつなぎ、大湊を「北の長崎」として開港場にする構想があったことも紹介された。
 隊員らは5月1日早朝にむつ市役所をバスで出発。2泊3日で会津若松市を訪ねる。菅家一郎市長にインタビューするほか、白虎隊の学舎である日新館、当時の闘いの痕跡をとどめる旧滝沢本陣や鶴ケ城、白虎隊が自刃した飯盛山や会津武家屋敷も訪れる。
 会津訪問後にも2回の勉強会を重ね、6月13日の発表会にのぞむことにしている。



茨城
「桜田門外ノ変」記念館舞台裏写真や映像できょうから公開
映画をドラマを撮ろう見よう

 映画「桜田門外ノ変」の記念展示館が水戸市の千波湖畔に完成し、28日、関係者向けの内覧会が開かれた。映画撮影の舞台裏を写真や映像で紹介するほか、幕末の水戸藩の歴史を解説するパネルなども展示される。29日から一般公開される。
 県や水戸市から財政支援を受け、市民有志でつくる「桜田門外ノ変」映画化支援の会を中心に企画した。写真パネルでは、主演の大沢たかおさんら俳優陣の撮影中の表情やリハーサルの様子などを紹介。桜田門外の変にかかわった人物の相関関係を幕府や朝廷、外国の動きなども絡めて紹介するパネルなども展示されている。
 映画は3月末に撮影が終了し、現在は編集作業が行われているという。この日は、映画の全国公開が10月16日に決まったことも発表された。佐藤純彌監督は「映画の長さは2時間15分前後。複雑な歴史の中で、個人をどう描くかという課題があったが、エンターテインメント性も考えて映画の編集を進めている。期待してほしい」と話した。
 入場料は隣接する映画のオープンセットも含め、中学生以上800円、小学生500円。



東京
日野で「新選組まつり」-組長と隊士が集まりパレードも
 ゴールデンウイーク中の4月29日と5月8日・9日の3日間、日野市内の各所を会場に「ひの新選組まつり」が行われる。
 同まつりは、市政35周年と新選組の副長で武蔵国多摩郡石田村(現在の日野市石田)で生まれた土方歳三の没後135周年を記念して1998年から行われているもの。今年で13回目。2000年までは「日野市産業まつり」に合わせる形で秋に行っていたが、現在は土方の命日である5月11日に近い、5月の第2土曜・日曜に実施。昨年は2万5,000人を超える人が集まった。
 今年は土方の生誕175周年に当たる記念の年。日程を3日間に拡大し、「これまで初日に行っていた『新選組隊士コンテスト』を前倒しして行うことにした」と日野市観光協会の齋藤さん。今月29日に行われる同コンテストでは事前に募集を行い、1次審査を通過した37人が登場。ステージ上での2次審査や台本を基にしたパフォーマンスの披露などを経て、土方や近藤勇、沖田総司などの新選組各組の組長計9人を選出する。会場は高幡不動尊(高幡)五重塔下ホール。開催時間は14時30分~17時。
 5月8日・9日は日野市中央公園(神明2)をメーン会場に、模擬店のほか、みこしのパレードや大道芸、ジャグリングなどの催しを開催。8日に、コンテストで選ばれた各組長がパフォーマンスを披露する「隊長お披露目の式」を、9日には市や日野市商工会が歌手の谷口國博さんとともに、昨年5月から1年かけて作ったオリジナルソング「そらに響け!ヒノソング」のお披露目イベントを予定する。
 「お祭りの目玉は、やはりパレード」と齋藤さん。「新選組隊士パレード」と銘打った催しは9日に開催。コンテストで選ばれた各組の組長を先頭に、土方の菩提寺でもある高幡不動尊を出発し、新選組が生まれるきっかけとなった日野宿を目指す。参加するのは新選組の羽織を来た隊士など600人を超える。パレードは同寺の境内で行われる「午前の部」と、日野市立第1小学校(日野本町2)を出発地点に日野駅前などを通って中央公園を目指す「午後の部」の2回に分けて行う。開催時間は9時30分~12時、13時15分~15時。
 このほか、日野駅で「新選組まつりスタンプラリー」が、日野市市民会館(神明1)で「映画ファン大集合!新選組映画会」が開催されるなど、イベントに合わせ新選組をテーマにしたさまざまな催しが予定されている。


新潟
竜馬も乗艦、「順動丸」車軸を展示
29日から長岡・寺泊で

 戊辰戦争で長岡市寺泊沖に沈んだ江戸幕府の蒸気船「順動丸」の車軸が29日から、同市寺泊荒町の旧寺泊町役場荒町車庫で展示される。かつて坂本竜馬、勝海舟も乗艦した船。屋外展示で傷んだため倉庫で保管していたが、NHK大河ドラマ「龍馬伝」放映に合わせ、屋内で再展示することになった。重さ約4トンの巨大な車軸が当時の威容を物語る。
 順動丸は1861年に英国で建造され、江戸幕府が購入した。長さ約77メートル、405トンの大型輸送船で、将軍徳川家茂など要人を運んだこともある。戊辰戦争では旧幕府軍の武器を運んでいたが、68年、現在の寺泊片町付近の海上に停泊中に新政府軍の軍艦から攻められ、自爆した。
 展示されるのは、船の両脇で回転して推進力を生む外輪の車軸。左右2本あり、いずれも鉄製で長さ約4・3メートル、直径約30センチ。市の指定文化財となっている。
 明治時代に海中から引き上げられ、屋外で展示されていたが、傷みが激しくなり、1月から倉庫に保管していた。
 展示会場には2本の車軸が並べて置かれ、船幅の大きさを示す。ただ、表面はさびて崩れ、幕末の花形船がたどった厳しい道のりを感じさせる。
 長岡市科学博物館の加藤由美子主任は「当時の船は鉄くずにされてしまうことが多く、実物のパーツを見られる機会は少ない。竜馬らの時代を体感してほしい」と話した。
 展示は来年1月末まで。


岡山
臥牛亭、幕末建築時の姿に 高梁 解体修理終わる
 備中松山藩の政庁・御根小屋の唯一現存する建物で、八重籬(やえがき)神社境内(高梁市内山下)に移築されている市重要文化財「臥牛亭」の解体修理が終わり、幕末期の建築当時の姿がよみがえった。25日、同神社の祭礼に合わせて室内が公開された。
 臥牛亭(木造平屋12・4平方メートル)は藩主板倉勝静が、御根小屋内の農園の付属施設として建てたとされる。明治維新後の廃城令を受け、藩財政立て直しを進めた山田方谷が保存のため蓮華寺(同市落合町近似)に移築。すぐのちに現在地へ移され、損壊を免れた。
 築後約150年たち老朽化が著しく、同神社の世話役でつくる「臥牛亭等保存会」が昨年10月、市文化振興基金の補助を受けて修理に着手。柱や垂木、板材の傷みの激しい部分を除いて解体前の建材を用い、白壁を塗り直すなどした。事業費は約970万円。
 藩主板倉家の始祖・勝重らをまつる同神社でこの日、勝重の命日(29日)にちなむ祭礼があり、修理前は公開していなかった室内(8・5畳)をお披露目。真新しい障子をしつらえた簡素で落ち着いた部屋を住民らが見学した。
 保存会は毎年の祭礼で内部を公開する予定。


長崎
幕末の英雄に会いに
 急斜面に古い民家が立ち並ぶ長崎市伊良林(いらばやし)。「龍馬通り」と名付けられた路地の石段をゆっくり下りる。両側の建物が途切れると、眼下に中心街の眺めが広がった。
 多くの観光客とすれ違う。長崎市はNHK大河ドラマ「龍馬伝」の放映で、龍馬ブームのまっただ中。坂本龍馬(1835~67年)が新しい日本の建設に駆け回った足跡を訪ねているのだ。
 石畳の脇にひっそりと、目当ての建物は立っていた。龍馬が凶刃にたおれる2年前の1865年(慶応元年)に設立した商社「亀山社中」の記念館。実際に使われていたとされる建物を市が改修し、昨年8月オープンした。周辺に響いたであろうブーツの足音を想像すると、感慨深い。
 座敷の床の間などには、龍馬が身に着けた紋服や刀の複製品が展示されていた。その中央には、龍馬がもたれかかっていたという柱。縁側からは当時、長崎の街が一望できたという。
 「脱藩した身には、長崎奉行所の動きが見え、仕事柄、港への船の出入りがつかめるこの場所が適していたのでは」。長崎さるくガイドの伊達徹也さん(68)が解説する。
 亀山社中記念館近くにある若宮稲荷神社も訪ねる人が絶えない。境内には小さな龍馬像。横に並んで記念撮影するのにちょうどよい高さ。
 龍馬通りの坂を上り風頭公園に着くと、腕組みした約3メートルの龍馬像が、長崎港と、対岸の三菱重工業長崎造船所を見下ろしていた。像の近くに上野彦馬(1838~1904年)が眠る墓がある。日本のカメラマンの先駆け。着物の懐に右手をしのばせた、あの龍馬の写真は、長崎に彦馬が設けたスタジオで撮影された。
 この写真が今、長崎市内の至る所で観光客を迎えている。長崎歴史文化博物館の研究員・加藤謙一さん(35)は「現代の人が龍馬にひかれるのは、歴史上の偉人が写真によって、生身の人間と感じられることも大きいのでは」と分析する。
 JR長崎駅のホーム。博多行きの特急かもめの車体にも、水平線の先を見るような英雄の姿があった。狭い日本から広い世界へ。龍馬が抱いた夢を少しだけ胸に収めて、列車に乗り込んだ。

◆龍馬列車
 JR九州は8月末まで、博多と長崎方面を結ぶ特急に龍馬やゆかりの風景写真をデザインしたラッピング列車を走らせている。長崎―佐世保間でも12月30日まで快速「長崎龍馬ライナー」を運行。長崎、佐世保駅では4月末まで記念乗車券を発売中。博多―長崎間は特急かもめで約2時間。福岡市内から使える2枚きっぷは6000円(通常期)。列車についての問い合わせはJR九州案内センター(092・471・8111)。

◆お手軽 明太子せんべい
 携帯しやすさが人気の「博多かわりみ千兵衛」 来年3月の九州新幹線鹿児島ルート全線開通をにらみ、明太子の老舗「ふくや」(福岡市博多区)が新商品としてせんべい「博多かわりみ千兵衛」を販売している。JR博多駅を利用する旅行客が増えることを意識し、軽くて日持ちするお土産品に目を付けた。
 ふくやが1949年、福岡市・中洲で初めて売り出した明太子は、75年の山陽新幹線岡山―博多間の開通で一気に知名度を上げた。九州新幹線が全線開通すれば関西や中国地方からの観光客が増え、第二の新幹線効果も期待できるが、博多駅が通過点になるおそれもある。
 そこで注目したのがせんべい。重くて冷蔵が必要という明太子の弱点もなく、熊本や鹿児島に向かう途中でも買って持ち運びしやすい。明太子では難しかった小分けもできる。
 「博多かわりみ千兵衛」はタラコ、唐辛子、高菜、豚骨ラーメン、もつ鍋の5種類で、一緒に食べれば辛子明太子味や高菜ラーメン味になる面白さ。同社の宗寿彦マネジャー(41)は「新商品をアピールし、博多に立ち寄った旅行客の心をしっかりつかみたい」と話している。
(2010年04月28日 読売新聞)


鹿児島
多様な幕末の偉人像紹介 西郷南洲顕彰館リニューアル 
 鹿児島市上竜尾町の西郷南洲顕彰館は本館の展示内容を一新して27日、リニューアル開業した。1978年7月の開館以来、初の本格改修。西郷隆盛の逸話を紹介するパネルの製作や、映像化した資料をモニターで流すなど展示方法を改善した。
 展示品は、初公開となる西郷の肖像画や書簡を含む約100点。施設面では、2階の展示室見学が容易になるようエレベーターを新設した。総事業費約1億3400万円。
 高柳毅館長(69)は「常設展示に偏っていたが、順次入れ替えながら展示できる環境が整った。坂本龍馬のミニ企画コーナーなど、多様な幕末の偉人像と西郷像を紹介したい」と話した。

コラム
【幕末から学ぶ現在(いま)】(60)東大教授・山内昌之 勝海舟
■政治家を感化する人格力

 舛添要一氏が自民党を離党し、「新党改革」を立ち上げた。正確にいえば、自民党を離れた舛添氏が改革クラブに入党し、その名称を新党改革と改めて成立した政党である。参院選比例代表で略称「ますぞえ新党」を使うことも検討したほど、舛添氏頼みの政党なのである。改選を迎える参院議員が選挙目当てで大スターの舛添氏を迎えたのではないか。
 こういう憶測も飛び交うほど舛添氏への期待度は有権者の間でも高い。国民の間で首相にしたい人物ではいつも1位になるらしい。その半面、自民党内の人望は必ずしも高くないと取り沙汰(ざた)された。誰でもすぐ感じる谷垣禎一総裁の誠実さや理知性とも異なり、時に愚直に夢と理想を語る鳩山由紀夫首相の楽観性とも違う、独特な野性味と行動力が舛添氏の持ち味にちがいない。
 舛添氏はもともと国際政治専門の学者であるが、これほど野心と才気あふれたタイプは日本の学界には珍しい。政治家は氏の天職だったのかもしれず、やはり転職してよかったのだと思う。

◆罷免と補任を繰り返す

 舛添氏のように、組織の内では評判が芳しくないのに、外では断然の人気を誇る政治家は過去にもいた。幕末でいえば、まず勝海舟がその筆頭であろう。
 海舟は、軍艦奉行並に補せられて以降、ことごとに守旧派の上役たちと衝突して罷免と補任を繰り返した。この点では終生の好敵手たる小栗忠順(ただまさ)とよく似ていた。有能な2人の幕府官僚は、立場は違っても、退嬰(たいえい)的な政治を変えるという使命感で共通する面も多かった。上司の受けが悪くても、2人には志をもつ人たちをひきつける魅力があり、その周りには人の輪ができた。
 下級の御家人から成り上がった海舟には圭角(けいかく)もあったが、人を分け隔てしないおおらかさは余人にないものだった。海舟の魅力は、坂本龍馬をすぐ虜(とりこ)にしたほどだ。
 龍馬が海舟と最初に出会ったのは、赤坂の本氷川坂下の勝屋敷であった。物騒なことに龍馬は、千葉重太郎と一緒に開国論者の海舟を斬(き)るために訪れたのだ。千葉は、NHKドラマ『龍馬伝』では貫地谷しほりさんの演じる清潔な佐那の兄として登場する。渡辺いっけい氏の妹思いの演技には味もあるが、子母澤寛の小説『勝海舟』では千葉十と書かれる剛の者である。

◆弟子入り志願した龍馬

 しかし、2人とも殺気と間合いをはずす海舟絶妙の技巧にひねられ、龍馬は海軍の必要性を国際情勢とともに諄々(じゅんじゅん)と説く海舟に惚(ほ)れこみ、その場で弟子入りを志願した。龍馬は姉の乙女に海舟を「日本第一の人物」と絶賛するほど入れこんだのである。
 もっとも、龍馬が殺しに来た話は、どうやら海舟自身がおおげさに広めた形跡もある。幕府瓦解後の海舟は、座談でしきりに法螺(ほら)めいた自慢話をしたからだ。しかし、海舟はスターになる大器を発見し、育てた誇りを披露し、その早世を惜しんだのである。
 堂々たるスターの海舟が一歩も二歩も引いて龍馬や他の人材を褒める芸当はたいしたものだ。これが政治家なのである。人斬り以蔵こと岡田以蔵も信服させたほどだから、海舟の人格的感化力は並大抵ではなかった。

 ◆旧幕臣たちの面倒見る

 海舟の一番偉いのは、明治になっても落魄(らくはく)した旧幕臣たちの面倒をよく見たことだ。福沢諭吉にからかわれても謗(そし)られても、海舟は柳に風と受け流し、請われると明治政府の高官に就くのも辞さなかった。幕臣のたずきを見つけてやり、就職斡旋(あっせん)のために少しでも役に立ちたいという思いもあったからだ。江戸っ子の海舟にはきっぷの良さがあり、あれほど悪口を言われた徳川慶喜のためにも身命を賭して命を救ったほどである。
 大衆的人気を誇る舛添新代表には、本格派政治家として多数の議員を感化する人格力も磨き上げてほしいと願う人びとも多いはずだ。そういえば、ずっと前に舛添氏は、テレビの時代劇で勝海舟に扮(ふん)したことがあるように記憶している。
 海舟は泥舟の幕府を最後まで見捨てなかったが、舛添氏は未練なく自民党を捨てた。その思い切りの良さがどう出るか。いずれ参院選挙で審判が下る。(やまうち まさゆき)

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 本連載をまとめた「幕末維新に学ぶ現在」(中央公論新社)が発売中。
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【プロフィル】勝海舟
 かつ・かいしゅう 文政6(1823)年、江戸の旗本の家に生まれる。名は義邦、安芳(やすよし)。通称麟太郎(りんたろう)。蘭学を学び、ペリー来航時は幕府に海防意見書を提出。海軍伝習のため長崎に派遣された後、遣米使節随行艦の咸臨(かんりん)丸を指揮して渡米。帰国後、海軍操練所を設立し、軍艦奉行並となる。幕府側代表として江戸城明け渡しを実現。維新後、海軍卿兼参議となるがまもなく下野し、徳川家の後見や旧幕臣の生活を救済する一方、旧幕府資料を編集し「開国起原」を著した。明治32(1899)年、死去。享年77。


【10年前のきょう】勝海舟らの書“お引っ越し”(4月28日=1面)
 防衛庁(現防衛省)は27日、東京・市谷本村町の新庁舎での業務開始(5月8日)に先立って、海上幕僚監部の引っ越し作業を公開した。海上幕僚長室からは幕末の勝海舟や明治時代の海相・山本権兵衛ら、海軍創設期の功労者の書が運び出された。勝の書は「秋月明輝(しゅうげつめいき)を揚げ、冬嶺孤松(とうれいこしょう)を秀ず」と、4~5世紀の中国の詩人、陶淵明の五言絶句後半が記されている。


エンターテインメント
“銀魂”の主人公・銀ちゃんに女性たちが熱狂する理由って?
 現在公開中の『劇場版 銀魂 新訳紅桜篇』は、空知英秋原作『銀魂』(週刊少年ジャンプ連載中)の初の劇場版だ。3月いっぱいで好評だったテレビアニメが終了し(現在は人気エピソードを再放送中)、ファンにとって楽しみがひとつなくなってしまったが、この度待望の劇場版が公開された。さらに、興収ランキングでも、先週末公開作の話題作『タイタンの戦い』を上回り、初登場4位の快挙。
 一見、幕末風ではあるが、天人(あまんと)と呼ばれる異星人の襲来で、街には高層ビルが立ち並び、テレビに携帯電話、バイクなど現代にも通じるアイテムが多数登場する摩訶不思議な世界観を持った本作。少年ジャンプのアニメ化作品というと、昔は『ドラゴンボール』や『北斗の拳』、最近では『ONE PIECE』など、若年層やサラリーマンといった男性陣から熱い支持を受けている作品が多いが、本作は主婦や女性陣から評判だといわれる。では、どんなところがウケているのだろうか。その理由を今回の劇場版の宣伝関係者に聞いた。
 「主人公の銀ちゃんのキャラクターが魅力的なんですよ。松田優作が演じた『探偵物語』の主人公・工藤俊作と、国民的映画シリーズである『男はつらいよ』の主人公・寅さんをミックスさせたような、ダンディで人情深いところがいいんですよね。汚い言葉もはくけど、そこが人間味あふれていて」とのこと。確かに、愛車がスクーターで探偵的な仕事もこなすところは工藤的であり、言葉は汚いが人情深くて世捨て人なところは寅さんのようだ。
 「彼の存在に加え(サブキャラも含め)、作品全体に漂う哀愁感もポイントなのではないでしょうか」とも。原作やアニメでは日本人ならではの浪花節的な人情話も多く語られ、大人の鑑賞に堪えられる作品であることも大きな理由。女性から支持を受けているといったものの、性別や年代を問わず人気を集めており、作風は違えども、『ルパン3世』と共通するようなところもあるようだ。熱血然としたこれまでのジャンプキャラとは一線を画す銀ちゃんの活躍をぜひその目で見てほしい。【トライワークス】



元気モバイル、GW前に『螺旋の棺殺人事件 第4話』などiモード向け新作アプリ6本リリース
 元気モバイルは、iモード向け新作アプリ6本を配信開始しました。今回リリースされたのは、『防衛ゲーム剣豪近藤勇』、『螺旋の棺殺人事件 第4話』、『おまえの評判メーカー』、『2010ワールド壁サッカー』、『サッカーマネジメント日本リーグ』、『EX大縄跳び』です。
 『防衛ゲーム剣豪近藤勇』は、新撰組の近藤勇や土方歳三などが登場する防衛ゲームです。自キャラを配置して、入口から侵入してくる敵キャラを出口に到達するまでに撃退してください。派手な演出の必殺技が見物です。FOMA903i以上に対応し、月額315円(税込)で遊べます。
(以下略)







 映画レディースデイを利用して、見てきました。

『劇場版銀魂 新訳紅桜篇』公式サイト (音が出ますので注意)

 アニメで紅桜篇を放映していた頃は番組を見てなかったので、DVDを借りてざっと見ていた程度。

 劇場版のせいか、画面が綺麗だなぁ。テレビアニメと違って背景に奥行きがある。

 音響も臨場感があるのだけど……自分はボリュームコントロールがあれば2段階ぐらい下げていたんじゃないかな(汗)。特に戦闘シーンの金属音は、ちょっと耳にきつかった。

 一個の独立した作品として紅桜篇は楽しめました。自分がひいきにしている土方十四郎はホントちょっとしか出てませんでしたが(苦笑)。

 劇場版が出たということ自体を祝うべきでしょうね。ワーナーブラザーズ配給だとは見るまで知りませんでしたが、作品中でしっかりネタにされてました(笑)。
 
 特典をいただきました。







 東京では午後から雨になりました。明日午前中は吹き降りという予報です。ゴールデンウィークはまずまず天気がもつようで、あと少しの辛抱というところでしょうか。

山形
近藤勇と雲井龍雄法要で思いはせる/米沢市
 新選組局長近藤勇と幕末の志士雲井龍雄の法要がそれぞれ25日、米沢市で営まれ、参列者は歴史に思いをはせた。
 同市鍛冶町の高国寺では、「近藤勇のロマンを語る会」(大友久太郎会長)が143回忌法要を開いた。近藤は江戸で処刑され、首が京都の三条河原にさらされたというのが定説だが、同会によると、米沢の織物業者だった近藤のいとこが偶然江戸にいて処刑を知り、首を盗んで持ち帰ったという。命日のこの日、近藤家ゆかりの人など約40人が参列した。29日の「米沢上杉まつり」の時代行列に、同寺で出発式を開いて送り出す。
 雲井をしのぶ墓前祭は同市城南5丁目の常安寺であり、約20人が参列した。読経後、薩長と戦う決意を詠んだ雲井作の漢詩「客舎の壁に題す」を合吟した。米沢藩士だった雲井は戊辰戦争後、「朝敵」とされた会津救済に奔走したが、政府の転覆を企てたとして処刑された。藤沢周平が小説「雲奔(はし)る 小説・雲井龍雄」を描いている。


茨城
「幕末ブーム」新たな名所に 「桜田門外ノ変」記念展示館29日オープン 茨城
 千波公園(水戸市千波町)の千波湖畔に造られた映画「桜田門外ノ変」のオープンセットの一部が29日、同映画の記念展示館として開館する。映画撮影後、一般公開されているセットは公開期間を予定より延長するなど好評で、急ピッチで工事が進められている記念展示館も水戸観光の新たな名所となりそうだ。(城野崇)

 江戸城の桜田門周辺などを再現したオープンセットは2月20日から、ほぼ撮影に使用した状態のまま公開され、4月25日までに延べ7万3千人が見学した。ピークの3月20~22日の連休には1日4千人近くが訪れたという。
 当初、セットの公開は展示館準備のため今月4日以降は休止する予定だったが、公開継続を求める声が多く、展示館に改築する部分を除いて25日まで公開を延長していた。
 セットのうち江戸城内部を再現した建物を記念展示館に改築。館内には水戸東照宮や弘道館、徳川博物館などから借り受けた資料、撮影に使用した小物、パネルなどを多数展示。目玉は水戸藩主、徳川斉昭(なりあき)が造らせた装甲車「安神車(あんじんしゃ)」や大砲「太極砲」の複製品など「桜田門外の変」当時を思わせる資料だ。
 「桜田門外ノ変 映画化支援の会」の谷田部智章事務局次長は「スペースの都合もあり全部は見せられないが、市内には貴重な資料がたくさんある」と強調。「映画を通じて水戸の歴史に関心を持ってもらいたい」として、観光客が記念展示館に訪れた足で資料を提供した施設へも向かう相乗効果を期待している。
 実際、セット公開の効果で客足が伸びている施設もある。同市三の丸の弘道館では毎年来館者数がピークとなる「水戸の梅まつり」期間中、2万6369人が来館。昨年の2万2770人から約3600人増えた。弘道館事務所では「幕末ブームの中で、オープンセットと弘道館を見ようという人がいるようだ」と説明している。
 記念展示館は中学生以上800円、小学生500円。午前9時~午後5時。29日の展示館オープン以降もセットは見学できる。

                   ◇

【用語解説】「桜田門外ノ変」

 1860(安政7)年、水戸浪士らが大老、井伊直弼を暗殺した「桜田門外の変」をテーマにした吉村昭氏の同名小説を水戸市の有志が映画化を企画。県内各地でロケを行い、オープンセットでは大老襲撃シーンなどを撮影。10月16日公開。佐藤純彌監督。出演は大沢たかお、北大路欣也、長谷川京子ら。


東京
きょうから東京で特別展「龍馬伝」 手紙や遺品公開、長崎展は10月
 幕末の志士、坂本龍馬の直筆の手紙や遺品などを一堂に集めたNHK大河ドラマ特別展「龍馬伝」の開会式と内覧会が26日、東京・両国の江戸東京博物館であり、報道陣や関係者ら約720人(主催者発表)が参加した。27日から一般公開される。
 東京都歴史文化財団と同館、NHKなど主催。放映中の「龍馬伝」と連動して、高知や京都、長崎などに伝わる龍馬関係の歴史資料約170点を展示し、龍馬の波乱に満ちた生涯を浮き彫りにする。
 会場には、唯一現存するとされる龍馬像ガラス板写真(27日から3日間限定公開)をはじめ、姉の乙女にあてた手紙、龍馬暗殺の現場である「近江屋」の部屋にあった血痕が残るびょうぶなど貴重な資料がずらり。「近江屋」の部屋も実物大で復元している。
 同館の市川寛明学芸員は「全国から集めた資料で、龍馬の生涯を追えるまたとないチャンス。龍馬の魅力の奥深さを発見してほしい」などと話した。
 開会式にはドラマで龍馬の妻「お龍」役を務める女優の真木よう子さんも参加し、役への思い入れなどを語った。
 東京展は6月6日まで。その後、京都、高知、長崎と巡回し、長崎では特別展「実録 坂本龍馬展」(仮称)として10月2日から11月3日まで、長崎歴史文化博物館で開催する予定。


長野
高遠町歴史博物館特別展「高遠城~城郭の歴史と日常~」
 高遠城の当時の構造や生活の様子を知ることができる特別展「高遠城~城郭の歴史と日常~」が、伊那市立高遠町歴史博物館で開かれている。
 特別展では高遠城の歴史や、古文書、城内の発掘調査により出土した陶磁器など約200点が展示されている。
 このうち陣太鼓は、織田軍による高遠城攻めの際に遠照寺に寄進された物といわれ、伊那市有形民俗民族文化財に指定されている。 
 城内の発掘調査で出土した陶磁器類は生産地が瀬戸美濃産、肥前産の物が多く、流通が盛んに行われていたことが分かる。 
 「信州高遠絵図」は、1931(昭和6)年に旧藩士の実話に基づいて作成された高遠城一帯の絵図で幕末の城内の様子が描かれている。
 特別展は6月20日まで。


新潟
順動丸:龍馬や勝海舟も乗った幕末の輸送船、シャフト展示 29日から長岡で /新潟
◇「観光客呼び込みたい」
 坂本龍馬や勝海舟を乗せて活躍した幕末の輸送船「順動丸」のシャフトが29日から、長岡市寺泊荒町の旧寺泊町役場荒町車庫で展示される。順動丸はNHKの大河ドラマ「龍馬伝」にも登場する船。昨年、「天地人」で全国にアピールした長岡市は「龍馬伝でも観光客を呼び込みたい」と意気込んでいる。
 順動丸は1862年に徳川幕府が英国から15万ドルで購入した当時の最新鋭蒸気外輪船。鉄製で長さ77メートル、幅8・6メートル、高さ5・1メートル。排水量は405トン。
 龍馬や勝のほか、徳川十四代将軍家茂も乗船。戊辰戦争で大量の武器などを運んだが、1868年に寺泊沖で停泊中、新政府軍の急襲を受け、逃げ場を失い自爆した。
 公開されるシャフトは船の外輪を回すため動力を伝える回転軸で、後に、海底から引き揚げられたもの。2本あり、いずれも全長4・3メートル、直径30センチ。明治時代には寺泊海岸の堤防の先端にランドマークのように立てられていたという。寺泊水族博物館脇に展示されていたが、腐食を防ぐため今年に入り、旧寺泊中学校内に移されていた。市の文化財に指定されている。
 展示は11年1月末まで。無料。問い合わせは同市観光課(0258・39・2221)。【岡村昌彦】

 順動丸といえば永倉信八っつぁんたちがとば伏見の戦いの後に大坂から江戸に帰還した時の船ですね。シャフトが残っているんですね。

大阪
近代建築で食事や音楽鑑賞「大大阪レトロナイト」50回…大阪市など企画
 大阪市内の近代建築で、食事や音楽鑑賞などを楽しむイベント「大大阪レトロナイト」が好評だ。夜の大阪観光を満喫してもらおうと、2007年度から同市や大阪商工会議所などが進めてきた事業。「優雅なひとときを過ごせる」などと口コミで評判が広がり、5月28日に50回目を迎える。市の担当者は「夜の観光の一つとして定着させたい」という。

 「レトロナイトへようこそ」

 大阪市西区のイタリアンレストラン「オピューム」で今月7日に開かれたコンサート。オーナーの西本順三さん(58)のあいさつが終わると、ドレス姿のオペラ歌手2人が現れた。20席ほどの店内は満席。おしゃれをした夫婦や親子が、ワインや食事を楽しみながら、美しい声で歌い上げられるイタリアの恋の歌に酔いしれた。

 オピュームが店を構える「崎山ビル」は、鉄筋コンクリート造りの地下1階、地上4階の西洋風建築で、大正2年(1913年)にギャラリーとして建てられたという。室内は、細工が施されたしっくいの天井や壁に囲まれ、大きな大理石を土台にした柱や、アメ色の木製階段とロフト席が重厚感を醸し出す。

 親子で訪れた大阪市城東区の主婦釜谷清子さん(62)は「独特の落ち着いた雰囲気がすてき」と喜び、娘の直子さん(31)も「近代建築に興味があったので、こういう機会があると親しみが増す」と満足そうだった。オピュームでは、これまで2回、オペラの鑑賞会を開催。西本さんは「どちらも満席に近い人気。近代建築の良さを知ってもらうきっかけになる」と話す。

 大阪市内には、幕末から戦後間もない頃までに建てられた西洋風建築が100棟以上あるという。「大大阪レトロナイト」は、そんな近代建築に目をつけて企画された。崎山ビルのほか、1931年に旧銀行を改装した「堺筋倶楽部 アンブロシア」(中央区)、12年に建てられた本格的な英国風会員制社交倶楽部「大阪倶楽部」(同)など約10か所で、音楽会や演劇などを開いてきた。

 50回目は、26年に建てられた大林組旧本店ビルに入るレストラン「ルポンドシエル」(同)で、生演奏を聴きながらフランス料理のコースを楽しめる「記念感謝祭」を開く予定。

 同市担当者は「最終的には365日、市内のどこかでイベントができるようにしたい」と話す。問い合わせは市観光施策担当(06・6615・0696)。



山口
高杉晋作の遺品返還訴訟:東行庵と萩市・高杉家、全面的争う姿勢 /山口
 幕末の志士、高杉晋作の墓がある下関市吉田の曹洞宗東行庵(松野實應代表役員)が、萩市と晋作のひ孫の高杉勝さん(77)に晋作の遺品69点の返還などを求めた訴訟の第1回口頭弁論が26日、地裁下関支部(曳野久男裁判長)であり、萩市側と高杉家は全面的に争う姿勢を示した。第2回口頭弁論は6月21日。
 訴状によると、東行庵は産着や書簡など晋作の遺品約240点を東行記念館で保管していたが、高杉家側が03年2月に遺品の大半を引き揚げ、萩博物館に寄託した。その後、下関市と東行庵は全遺品を戻すよう求めた。08年、萩市と高杉家は返還に応じたが、東行庵は「69点が返還されていない」としている。
 冒頭陳述で原告側の弁護士は「遺品は寺に寄贈された公共財であり、1カ所での管理がふさわしい」と主張。これに対し、被告側の弁護士は「今後、当方の主張をまとめて述べていきたい」とした。

  ◇  ◇

 閉廷後、原告側の弁護士が記者会見。「遺品の修繕をしてきたなど東行庵が遺品を所有している『間接事実』がある」と話した。
 一方、被告側の弁護士は取材に「遺品が寄贈されたという記録はなく、高杉家のもの」と反論。勝さんは電話取材に「晋作には下関と萩での歴史があり、遺品は両市で管理してほしい」とコメントした。【尾垣和幸】
〔下関版〕





長崎
三川内焼はまぜん祭り:景品盛りだくさん--来月1~5日 /長崎
◇ウオークラリーなど楽しんで
 「第25回三川内焼はまぜん祭り」が5月1~5日、佐世保市三川内町の三川内山一帯で開かれる。25周年を記念し、25人に土鍋とそばちょこ、五島うどんのセットを贈呈。また、恒例のオークションにはNHK大河ドラマ「龍馬伝」にちなみ、幕末の志士坂本龍馬をイメージした器が出品される。
 窯元でつくる実行委主催。作品を焼く際の土台「はまぜん」の供養を兼ねた祭りで、三川内焼の知名度アップを目的に毎年開催している。
 今回は18の窯元が出品。1日午前11時からはまぜん供養式典。オークションは1~5日の午前11時、午後1時と3時の1日3回、三川内山公民館である。祭り本部でアンケートに答えた人の中から抽選で25人に25種類の土鍋セットを贈る。期間中、「楽市楽茶」と名付けた抹茶サービスなどもある。窯元巡りウオークラリーで10カ所以上訪問した人には抽選(空くじなし)でさまざまな三川内焼が当たる。
 昨年は約1万8000人が訪れた。今年は2割増を見込む。【山下誠吾】



歴史
龍馬大男説に1つの異論…169cm62kg
 山梨県甲州市塩山上井尻の郷土史研究家、矢崎勝巳さんが写真から体格を測定する方法を考案し、幕末の志士・坂本龍馬(1835~67年)の身長を169センチ、体重を62・1キロと算出した。
 平均身長が150センチ台だった幕末当時、龍馬の身長は5尺7寸(173センチ)とも6尺(182センチ)とも伝えられ、長い間大男だったとされてきたが、一石を投じそうだ。
 矢崎さんは、当時の着物の襟幅が6センチか6・5センチの2種類しかないことに着目した。6センチとすると背が低くなりすぎるため、6・5センチとして龍馬の立位の肖像写真で算出した。
 2007年10月の日本人類学会で、龍馬の身長は170センチに満たなかったとの試算を紹介したのに続き、昨年10月の同学会では体格指数BMIで体重を試算する方法も発表した。
 このほど、龍馬のBMI指数を標準体形の「18・5以上25未満」と仮定し、標準値の平均21・75を基に体重も試算した。矢崎さんはより精度を高めるため、京都国立博物館の考古室長・宮川禎一さんからのアドバイスを受け、看護師や医療関係者らにも龍馬の写真を示して体重を尋ねたところ、55キロ~62キロと答えたという。
 高知市の高知県立坂本龍馬記念館では、龍馬の身長を173センチと紹介している。歴史研究家・平尾道雄の著書「龍馬のすべて」の中で、土佐藩出身で宮内大臣を務めた田中光顕が龍馬を「5尺7寸」と説明した記述が根拠だ。
 長崎市の亀山社中記念館は昨年7月、京都国立博物館に保存されている龍馬の着物を元に、宮川さんと協力して龍馬の着物のレプリカを作製した。着物の丈は147・7センチで、175センチの男性が着用しても大きかったという。
 同市文化観光総務課は「龍馬は170センチ以上あったのでは」としているが、矢崎さんが呉服店に尋ねたところ、男性も女性のように着物を5センチほどたくし上げて着ることがあるという。
 宮川さんは「龍馬の身長に統一した見解はない。研究の余地がある面白いテーマだ」と話す。
 矢崎さんはこの試算の誤差を身長でプラスマイナス4センチ程度、体重はプラスマイナス4キロ程度と指摘し、「体重や身長が分かれば、歴史上の人物を身近に感じるためのひとつのヒントになると思う。これをきっかけにもっといい案が出てくればいい」と話している。(山田佳代)

 従来の説よりは低いといっても、平均身長が150センチ台だった当時、十分に高いと思います。土方さんより髷半分くらい高い感じ?
 当時の着物の襟幅が6センチか6.5センチの二種類しかないという点も、着物を着ない自分には新鮮でした。





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