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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
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昼夜たっぷり落語漬け。

【昼の部】

元犬/扇
 間もなく二つ目になる扇ちゃん、シロがマンガチック。

黄金の大黒/一之輔
 前日、岩手で高座があり、飲み過ぎて自宅のトイレで……というマクラ。確かによみうりホールの形状はアレに似ている(苦笑)。
 鉄板ネタではあるのだけど、今日も『黄金の大黒』でした。出番が浅いところなので、確かに似合いではあるのだけど。そして、またかと思いつつも、やっぱり大笑いしてしまう。

味噌蔵/市馬
 わーい、生で聴くのは初めてなネタ。そして市馬さんの喉で調子っ外れな磯節を聴けた。
 頻出する「ドガチャガする」が楽しい。

(中入り)

曲独楽/紋之助
 暖かい観客に励まされ、今日は頑張ったなぁ。最前列のお客様に協力してもらってトトロの綱渡りも大成功。最後は観客席を回って披露するサービス。

抜け雀/白酒
 トリの白酒師匠、マクラは今日の落語会のバッティングぶり……一之輔さんと市馬さんは大田区の落語会に飛んでいった(三三さんとの三人会……「よってたかって」昼夜とバッティングしたため、涙を呑んで諦めたんだよなぁ)とか。
 もともと好きなネタではあるのだけど、今日の白酒さん、たっぷり聴かせてくれた。相模屋の女房が「ふぐ」に例えられるところに笑ったなぁ。

【夜の部】
つる/さん坊
格安自殺ツアー/百栄
 ……すみません、睡魔に襲われました(^_^;)。

締め込み/三三
 好きなネタなのに睡魔に襲われ「うん出刃」聴き損ねたことに凹みます……。

漫談/ロケット団
 寄席で聴く漫才の中で一番笑わせてもらっていると思う。古いけど『北の国から』ネタにいつも爆笑させられる。

錦木検校/喬太郎
 初めて生で聴くことができた『錦木検校』。元は『三味線栗毛』だが、喬太郎版は落とし噺ではなく、子劇的な場面で人情噺に仕立てている。
 風邪で声が枯れていいコンディションではなかったが、しんみりするラスト。


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 志の輔らくごinPARCOを見なければ年が明けた気がしない体質になってしまった。

(これから志の輔らくごを見る人のために、畳んでおく)
 昨日はとても悩ましい夜でした。渋谷文化総合センター大和田 さくらホールで談笑師匠、伝承ホールで白酒師匠二席にゲスト市馬師匠、渋谷パルコで志の輔らくごは別の日にチケット取っているので選択肢には入りませんでしたが、他にもイイノホールで三三さんが一之輔さんゲスト、内幸町ホールで白鳥さんが女性落語家たちと落語会、と、わざわざバッティングさせなくてもいいじゃんって企画がメジロ押しでした。特に白酒・市馬と談笑の両方チケット取れちゃった私は最後まで悩んだ末に談笑さんを選びました。

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真田小僧/笑二

 笑二くんの面白さが少し分かってきました。ちょっとしたことなんだけど、おかしみを感じさせるっていう芸風ですね……談笑師匠がどう育てていくのか楽しみです。

スタンダップコメディ山中ショー付き/松元ヒロ
 去年の談志家元一周忌の一門会でゲスト出演したので二度目かな。いきなり阿部・麻生のものまねから始まり、反原発デモに参加した時の様子を熱く語り、労働組合や平和運動イベントのゲストで稼いでいるといい(家元には「平和を食い物にしている」といわれたらしい・苦笑。でも戦争を食い物にしているとか原発を食い物にしているとかよりはずっといい)。
 「山中ショー」というのは、楽屋に遊びに来たフジテレビの元アナウンサーであるところの山中さんを壇上にあげ、今日のニュースと天気予報を読んでもらって、ヒロさんがパントマイムでそれを表現するというもの……下ネタ満載ですが場内爆笑の渦でした。

千早振る 変形A/談笑
 談笑師匠のネタでは初めて聴きました。前半は典型的な「千早振る」。後半にもうひとつの百人一首ネタで小野篁(おののたかむら)の「わたの原 八十島(やそしま)かけて 漕(こ)ぎ出でぬと人には告げよ 海人(あま)の釣り舟」をトンデモ解説するという。

冗談音楽/ポカスカジャン
 初めて見たけど、面白かったです。映画『ロッキー』のテーマを和楽にアレンジするとか、津軽弁での言葉をボサノバ風にアレンジするとか、築地市場のセリの様子をフラメンコにするとか、こういう方向性は大好き。『笑点』のテーマをベンチャーズ風にする時にギターのピックが飛んで不明になり、やむなく指で弾くという右側の人、指切れませんでしたか。お疲れさまでした。

黄金餅/談笑
 お正月なので目出度い噺から(苦笑)……って、特に談笑版は下手人誰だよってアレンジが入るので決して目出度くはないのですが、落語界の貧乏長屋の中でも一番底にいるらしい西念坊主と金蔵の金への執着が因果だなぁという噺です。途中の言い立てやら、談笑流のブラックジョーク的な入れごとがあったりして、陰々滅々ではないですが。

 最後のご挨拶で、四日ほど前の夢に家元が登場したとか。その夢の中での家元の振る舞いが、自分やその他の弟子たち、またお客様たちに挨拶に出てきたようだったので報告しますって内容……家元と談笑さんの絆を思って、じわーんとしました。
 ブログ開設して満十年です。今年も落語ブログ化しない程度に幕末の話題を取り上げていきたく存じます。

北海道
鬼瓦を雪から守れ 箱館奉行所で屋根の除雪
 今年は鬼瓦を雪から守ります―。箱館奉行所(五稜郭町)で10日、屋根の雪下ろしが行われた。昨冬は大雪の影響で屋根に取り付けられている1枚10万円相当の鬼瓦が折れたため、対策に乗り出した。

 鬼瓦は数少ない福井県の「鬼師」と呼ばれる職人が1カ月以上かけて作るもので、奉行所では大小20枚が取り付けられている。

 しかし昨冬は、屋根の除雪をしなかったため重さに耐えきれずに地面に落ちて壊れた。観光客が出入りする玄関の屋根は丹念に除雪していたが、建物全体を支える幅約30メートルの屋根は危険性を考慮して除雪していなかったという。

 このため今冬は、雪が大量に積もる前に除雪。市内の業者が長さ12メートルの移動式クレーンに乗りながら、鬼瓦の周辺部分をプラスチックのスコップで傷つけないように取り除いていった。

 奉行所の沼崎孝男館長は「昨年は様子見で除雪をしなかったことが裏目に出た。屋根の面積が広いため除雪方法はまだ試行錯誤の段階だが、鬼瓦は高価なものなのでなんとか守りたい」と話していた。


京都の竹内さん、新島八重の前夫・川崎尚之助と函館との関わり小冊子に
 京都市在住の竹内力雄さん(79)が、6日に放映が始まるNHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公新島八重の初婚の相手、川崎尚之助(1837~75年)について書いた小冊子「八重の夫・川崎尚之助の真実」をまとめた。コメ調達に奔走し函館へ渡った様子が記され、函館と川崎の深い関わりを解き明かしている。

 竹内さんは、元同志社社史史料編集所(現社史史料センター)職員や明石短期大学(現神戸ファッション造形大学短期大学部)講師などを務めた。同志社大校友会機関誌「同志社タイムス」(月刊)に、昨年4月から連載中の文を若干手直しして小冊子(B5判32ページ)を作成した。

 2011年、道立文書館(札幌)で川崎に関する史料が見つかり、竹内さんが史料の複写を入手して調べた。

 川崎は兵庫県但馬の出石藩出身。会津藩士だった1868(慶応4)年に、八重らと戊辰戦争の会津籠城戦で新政府軍に立ち向かったが、その際に行方不明になったとされる。その後、仲間と斗南藩(青森県)に移り、飢餓を救おうと奮闘。藩の意を受け、函館に渡って外国米と収穫予定の大豆との交換契約を結ぶが、コメの手形を差し押さえられたため蔵から出せなくなった。契約不履行によって外国人商人らに提訴された。

 竹内さんは「川崎は飢餓を放っておけず、自分一人の意思での契約だとして自らを犠牲にする。見事なる侍というべきだ」と指摘。川崎が自らの身を犠牲にした背景については「出石藩は小さな藩で、会津藩で教べんを取っていた川崎にとっては大変な出世。藩に対して恩義を感じていたのだろう」と推測する。

 ドラマでは川崎を長谷川博己さんが演じる。竹内さんは「八重の会津時代にとって川崎はメーンとなる人物。ほとんど知られていなかったが、世の中に知れ渡れば鎮魂になるのでは」と話している。



関寛斎の妻あいが主人公 陸別
【陸別】「みをつくし料理帖(ちょう)」シリーズなどで知られる人気作家高田郁さんが、陸別開拓の祖関寛斎(1830~1912年)の妻あいを主人公とする長編小説「あい 永遠に在り」(角川春樹事務所)を刊行した。戊辰戦争で医師として活躍し、老年期に開拓に身をささげた寛斎を、終生支え励ました妻あいの生涯を深い共感をもって描いている。

 高田さんは、十数年前から町を訪れて町民と深い交流がある。寛斎の生誕の地・千葉県東金市や、寛斎が長く居住した徳島市など全国各地を取材し、数多くの文献を調査して作品の構想を練ってきた。

 作品では、貧しいながらも強い倫理観と思いやりのある女性として育った、あいが、寛斎と結ばれ、幕末から明治にかけての激動の時代に子供を産み育てながら、時に周囲と衝突する寛斎を優しくいたわり、支えた人生の軌跡を描いている。「あい―」は352ページ、定価1680円。

 また、今回の出版を記念し、高田郁さんが出席するトークとサイン会、あいさんをしのぶ特別展が13日午後2時から陸別町内の関寛斎資料館で開かれる。入場無料。(高橋力)



宮城
塩釜の歴史遺産、保存を 幕末・明治の遊郭建築、解体の危機
 歴史的建築物の保存活動を続けている宮城県塩釜市のNPO法人「みなとしほがま」(菅原周二理事長)は12日、東日本大震災で被災し、解体の危機にある同市本町の茶舗「松亀園」(旧えびや旅館)の見学会を開いた。同法人は土地建物の買い取りを目的とした募金活動も始めており、「貴重な建物の保存と活用を」と市民からの協力を求めている。

 建物は江戸末期から明治初期に建てられた木造3階建て。内部は昭和初期まで旅館・遊郭として使われた当時の意匠をとどめる。長押(なげし)に貝殻細工など港町らしいデザインが見られるほか、一面に満開の桜の花が描かれた天井も残る。
 震災による津波で一部浸水し、老朽化が進んでおり、松亀園は昨年11月で店舗での営業を終了。今月中にも解体の予定だったが、東北工大の高橋恒夫教授(日本建築史)らの調査で、歴史的価値の高い建物であることが分かった。「みなとしほがま」が所有者と協議し、解体を延期している。
 高橋教授は「明治初期の木造3階建ては塩釜では他になく、県内唯一の遊郭建築として残していくべきだ。床組みもしっかりして耐久性もある。御釜神社の真向かいにあり、塩釜の歴史を物語る遺産となり得る」とその価値を語る。
 同法人では、1000万円を当面の目標に募金活動を展開。今月中にも解体の中止と保存活用に向けての方針を決めたいとしている。
 見学会には約40人の市民が集まった。見学者の一人は「こういう建物は二度と造ることができない。文化を守るために何とか保存を実現してほしい」と話す。
 見学会は19日午後2時からも開催する。連絡先はNPOみなとしほがま事務局(旧亀井邸)022(364)0686。


福島
【日本の名城】白河小峰城 東北では珍しい総石垣造り
 白河(福島県)といえば、「これよりみちのく」という、奥州への入り口に位置し、古代には日本三古関の1つ白河関が置かれていた。

 この地に丹羽長重(にわ・ながしげ)が徳川幕府に命じられて、寛永4(1627)年、以前からあった城を改修し、10万石の居城にふさわしい城郭として築城したのが白河小峰城である。ちなみに長重は、安土城の総普請奉行で岐阜城および信長再築大坂城の普請奉行をも務めた名築城家の丹羽長秀(ながひで)の嫡流。

 白河小峰城は東北では珍しい総石垣造りの城で、盛岡城(岩手県盛岡市)、鶴ヶ城(福島県会津若松市)とともに東北三名城の1つにも数えられている。

 現在も残る石垣はこのときの築城のもので、本丸の石垣は、高さといい、曲線といい、東北屈指の美しい姿を見せている。石垣の組み方は基本的には打ち込みはぎで、加工した石をランダムに積んでいく技法なのだが、一部には同心円状に石を組んだ部分がある。ほかの城郭ではなかなか見られない独特の石組みとなっている。

 丹羽氏は嘉永20(1643)年、二本松(福島県二本松市)に転封となる。その後は白河小峰城には明治維新まで徳川譜代・親藩の大名が次々と入城を繰り返し、江戸の北面を守る奥州の関門という位置づけの城となる。

 慶応4(1868)年、白河小峰城は戊辰戦争奥羽越列藩(おううえつれっぱん)同盟と官軍の激戦地となり、御三階櫓(天守に相当)などを焼失し落城した。

 城跡には郭・土塁・石垣・水堀を残すのみだったが、平成3(1991)年、本丸跡に発掘調査と絵図などをもとにして、木造による伝統工法で御三階櫓が、平成6年には前御門が復元され、「平成の城復元ブーム」の先駆けとなる。

 現在、東日本大震災により石垣などが崩壊したため、御三階櫓も含め本丸は立ち入り禁止となっている。
【所在地】福島県白河市郭内
【城地の種類】平山城
【交通アクセス】JR東北本線「白河」駅から徒歩10分。

 ■濱口和久(はまぐち・かずひさ) 1968年、熊本県生まれ。防衛大学校卒業。陸上自衛隊、舛添政治経済研究所、栃木市首席政策監などを経て、現在、拓殖大学客員教授、国際地政学研究所研究員。日本の城郭についての論文多数。


史料30点を新公開 県歴史資料館12日から展示
 福島県歴史資料館の平成24年度の新公開史料展は12日から3月31日まで福島市の県文化センターに隣接する同館で開かれる。目玉として、戊辰戦争で戦死した会津藩士らを記録した旧若松県の行政文書「旧会藩士戦死名簿」を開幕翌日の13日から展示する。
 今回新たに公開されるのは、国見町小坂地区に伝わる江戸時代の文書や絵図、福島市の個人が所有する文書、県所蔵の官報など約30点。
 小坂地区の史料からは当時の土地の利用状況や人口動態などを知ることができ、郷土史家の関心を集めそうだ。地域内の樹木の種類や本数などを記した帳簿といった、ユニークな資料もある。
 13日から展示される「旧会藩士戦死名簿」には、NHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公新島(山本)八重の父・権八や弟・三郎らの名前が載っている。
 入場無料、会期中無休。時間は午前8時半から午後5時(最終入館は午後4時半)。初日の12日と2月10日、3月9日は午後一時から解説会を催す。
 問い合わせは同館 電話024(534)9193へ。
 開幕を前に11日、内覧会が開かれた。


栃木
(4)宇都宮市・宇都宮城址公園 戊辰戦争で見せた!土方「軍略の才」
 慶応4(1868)年、宇都宮城が焼失してから今年で145年になる。新政府軍と旧幕府勢力による戊辰戦争の「宇都宮城の戦い」で周辺の街並みとともに城の大部分が焼失した。

 宇都宮城の戦いは戊辰戦争でターニングポイントの一つとなった。戊辰戦争というと、最新兵器の新政府軍に対し、刀を手に戦う旧幕府勢力が北へ北へと追い立てられていくイメージが強いが、栃木県立博物館主任研究員の岸明さん(43)は「宇都宮城の戦いまでは両軍ともに武装に差はなく、戦いは拮抗(きっこう)していた」と話す。

 江戸城無血開城後、徳川家康を祭る日光で兵を集め、新政府軍と戦おうと考えた旧幕府勢力は、江戸を脱走し日光を目指す。その過程で、土方(ひじかた)歳三らが率いる約1千人の軍勢が宇都宮城に攻め込んだ。

 「宇都宮城の戦いは土方の軍略家としての初陣」と岸さん。新撰組の土方は腕の立つ剣士としてのイメージが強いが、優れた軍略家としての才能が開花したのが宇都宮城の戦いだという。

 守りの薄い城の東と南を狙った土方の戦略は当たった。難攻不落といわれ、関東七名城にも数えられる宇都宮城をわずか半日で落としてしまった。岸さんは「城を守る宇都宮藩は新政府側につくと決めて間がなく、兵士たちの間にも迷いがあった。その士気の低さを土方は見抜いていたのではないか」と分析する。

 こうして城を手に入れた土方らだったが、誤算があった。宇都宮藩側は敗走する際に城に火を放ち、期待していた弾薬の補給ができなかったのだ。3日後、援軍を得た新政府軍に城を奪い返され、日光へと退却する。岸さんは「これ以降、戊辰戦争は旧幕府側の劣勢へと傾いていった」。

 この戦いで城の建物はほとんど焼失。宇都宮城跡は戦後、その一部が御本丸公園として整備され、市民の憩いの場として親しまれてきたが、周辺は都市開発の中で城の遺構はほとんど失われた。

 地元住民や商工関係者らの間に城の復元を求める動きが本格化したのは平成以降だ。市が本丸跡の整備に着手し、「宇都宮城址公園」と改称。平成19年3月、櫓や土塁、堀などの外観を復元した上で新たに開園式を迎えた。宇都宮城の戦いを再現した「風雲!宇都宮城」などを開催。秋恒例の宇都宮餃子祭りも昨年初めて同園で開かれ、大勢の市民でにぎわった。

 また、市都市ブランド戦略室は宇都宮城の戦いでの土方ゆかりの地をめぐる観光マップの発行や定期的な観光ツアーなど歴史を活用した街おこしの動きもある。園内の宇都宮城ものしり館では、宇都宮城の歴史をボランティア解説員が説明する。(桑島浩任)

 【場所と行き方】宇都宮城址公園は宇都宮市本丸町1の15。市役所東側。JR宇都宮駅から関東バス「市内循環線(きぶな号)」15分、「宇都宮城址公園入り口」下車。

 当時は難攻不落とされていたので、土方さんが半日で宇都宮城を陥落したと知った大鳥さんは「虚実はかりがたし(現代語訳「マジ?」)」と言ったんですよね(苦笑)。

山梨
幕末-明治期文人の息吹 県立美術館で豪商「十一屋」秘蔵品展 山梨

 江戸時代中期に甲府柳町(現在の甲府市中央4丁目)で酒造業を営み、後にしょうゆ醸造も兼ねて繁栄した豪商、野口家(屋号・十一屋(じゅういちや))が所蔵する書画、書、美術品などを紹介する特別展「十一屋コレクションの名品~野口柿邨(しそん)をめぐる文人たち」(産経新聞甲府支局など後援)が、甲府市貢川の県立美術館で開かれている。半数が初公開という十一屋“秘蔵”の展示品約200点から、幕末から明治期にかけての文人たちの息吹、交流を感じ取れる内容になっている。

                  ◇

 展示は、文人画家の富岡鉄斎、日根対山(ひね・たいざん)らと交流した4代目当主、正忠(1822~93年、号・柿邨)が収集した作品が中心。柿邨の長男に嫁ぎ、南画家として名高い野口小蘋(しょうひん)の作品、伊藤博文の書など“お宝”も少なくない。

 現在の滋賀県に本拠を置く近江商人だった野口家は安永元(1772)年、甲府に醸造所を設けた。後の寛政年間から明治維新までは旗本らの代わりに幕府から扶持(ふち)米を受け取り、その委託販売を許されるなど甲斐国を代表する豪商だった。十一屋の由来は、11人の近江商人が結束して甲府にやってきて商売をしたからとする説がある。

 柿邨は自らも文人であり、鉄斎や対山の他、漢詩人の梁川星巌(やながわ・せいがん)、儒学者の頼三樹三郎(らい・みきさぶろう)らと交流する中で美術品や書などの収集に努めた。今回初公開されたのは、江戸絵画の与謝蕪村(よさ・ぶそん)『柳渓舟行図屏風』、曽我蕭白(しょうはく)『山水百老図』、小蘋に贈られた伊藤博文の『七律詩』など。柿邨が特に好んだとされる江戸中期の禅僧、白隠(はくいん)の墨画、墨書も紹介されている。

 同美術館の平林彰学芸員は「まず柿邨の人脈と収集への熱意があり、豪商の一つのコレクションが散逸せずにこれだけ伝わっているのは驚き。作品と十一屋の関わりなどは今後解明が進められるべきで、特別展をその出発点としたい」と話している。開催は2月11日まで(展示替えあり)。今月15日と最終日を除く月曜日は休館。観覧料は一般1千円。(電)055・228・3322。


京都
八重の不屈の魂にスポット 霊山歴史館で特別展
 幕末から明治維新の激動期の新島八重に焦点を当てた特別展「会津の武士道・八重の時代」が、京都東山区の霊山歴史館で開かれている。戊辰戦争で会津武士の子として籠城戦を戦い抜いた八重の不屈の魂を伝えている。
 NHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公で「幕末のジャンヌ・ダルク」とも呼ばれる八重や幕末の会津藩を、写真パネルや戦地の略図、関係者の書など約100点の史料でたどる。
 戊辰戦争関連では、八重らが籠城戦を展開するも政府軍の攻撃で無残な姿となった会津・鶴ケ城の写真や、八重が使用したのと同じ型の銃などが戦いの壮絶さを物語る。
 兄の山本覚馬を頼って京都に出てきた八重が働いた日本最初の女学校「女紅場」(現鴨沂高)の扁額(へんがく)や新島襄との新婚時代の写真なども展示されており、新たな人生を踏み出す八重の姿も浮かび上がらせている。
 同歴史館の木村武仁主任学芸員は「八重には朝敵のイメージもあるが、展示では会津藩から見た姿も取り上げた。激動期を力強く生きた八重を感じ取ってほしい」と話している。
 5月6日まで。入館有料。

山口
「戊辰戦争」展:長州藩士の活躍に迫る 書状や遺品など51点公開--下関・東行記念館で来月11日まで /山口
 今年は幕末の志士、高杉晋作(1839~67)が奇兵隊を創設して150年。晋作の菩提(ぼだい)寺「東行庵」の境内にある下関市吉田の市立東行記念館では、戊辰(ぼしん)戦争における奇兵隊ら長州藩士の活躍に迫った企画展「戊辰戦争」が開かれている。

 戊辰戦争は、1868(明治元)年に始まった新政府軍と旧幕府軍による内戦。日本各地での武力衝突を経て69年、箱館戦争で新政府軍が勝利。日本は本格的に近代国家に向かっていく。
 奇兵隊や長府藩報国隊はこの戦争に新政府軍の一員として参戦。書状などに詳細な記録を残した。企画展ではこれらの書状や遺品など51点を展示。山縣有朋が率いた軍が新潟で苦戦を強いられている際に詠んだ自筆とみられる歌書のほか、奇兵隊の長嶋義輔が戦地から父に宛てて戦況をつづった書状、戦時に使われた報国隊の太鼓「陣鼓(じんこ)」などが並ぶ。同記念館の溝口純一学芸員は「遠い地で戦った彼らの心情を感じ、内戦の意義を考えてほしい」と話している。
 2月11日までで、午前9時半~午後5時。月曜(祝日除く)▽祝日の翌日は休館。入館料は大人300円、大学生200円。市立東行記念館(083・284・0212)。【平川昌範】
〔下関版〕
1月12日朝刊


エンターテインメント
「テニミュ」キャストが新撰組に!
 [シネマトゥデイ映画ニュース] ミュージカル「テニスの王子様」で精彩を放った馬場徹、八神蓮、高崎翔太、佐々木喜英が5日、東京・ニッショーホールにて行われた映画『幕末奇譚 SHINSEN5~剣豪降臨~』完成披露試写会&トークショーに、劇中の衣装で登壇、会場からは黄色い声援が飛んだ。

「テニミュ」キャストが新撰組に! 画像ギャラリー

 本作は、陰陽師が呪術で召喚した柳生十兵衞などの剣豪たちと、新撰組の精鋭5人が戦う新感覚時代劇。その中で、新撰組副長・土方歳三を演じた馬場は、「歴代の土方は、35歳ぐらいの俳優の方が演じる場合が多いのですが、自分は24歳なので、どうやったら新撰組を引っ張るリーダーになれるか、苦労しました」と語る。特に隊員を叱咤するような厳しいシーンでは、「低い声を出すように意識した」といい、結果、スクリーンでは見事なリーダーっぷりを発揮している。

 対する佐々木は、敵役の陰陽師・土御門源春を演じ、「ずっと悪役をやりたかったのでうれしいです」と満足げ。役作りにあたって、中島良監督から、「ナルシストで、見た人がエクスタシーを感じる人物」だとアドバイスされたそう。それを聞いた八神が、「テニミュ」で「エクスタシー」の台詞が登場するワンシーンを即興で演じ、客席のファンを笑わせる一幕も。

 そんな観客の笑いを取っていた八神だが、本作の見どころとなると、「腕相撲の回想シーン」と真面目な顔でコメント。同じく見どころを、高崎が「最後の大立ち回りのシーンです」と口にすると、全員から「(そこのシーンに)出てないじゃん」と突っ込まれ、終始和気あいあいとした雰囲気で、会場を盛り上げていた。(取材・文:尾針菜穂子)

映画『幕末奇譚 SHINSEN5~剣豪降臨~』は2月23日より渋谷シアター・イメージフォーラムにてレイトショー公開
 去年は1回しかチケット取れなかった談春さん、今年は「デリ春」と称して都内の地域ホールでの公演を多く入れてくれるようなので沢山見たいと思うのだが、チケット争奪戦はますます厳しい。先行販売での抽選に落ちること落ちること。
 それでも何とか取れたこの公演。ネタ出ししていて「初天神」「芝浜」。

こはる「家見舞」
 春師いわく、デリ春では「開口一番」ではなく「トッピング」なのだそうだ。
 二つ目決まってからこはるさんを聴くのは初めて、一年半ぶりというところだが、二つ目としては一人前以上に巧くなってる。

談春「初天神」
 「家見舞」を先代圓楽師の前で演じた時、サゲの一言を「瓶の水を一杯」といったところ、「瓶の」がムダだと指摘されたという思い出話。その一言を減らしただけで三倍受けたそうだ。
 それを言うためにサワリのところを演じるのだが、こはるさんで十分に巧いと思っていたのが春師にかかるとべらぼうに巧くなってしまう。これは弟子に対する指導なんでしょうか(汗)。
 先代圓楽師匠に関するエピソードをふたつみっつ。新幹線の食堂車でピラフを7人前召し上がったとか、熊本公演の飛行機が熊本に着陸できず博多に着陸するとなった時にパラシュートで降りようとしたとか、やっぱり只者ではないようで。
 「初天神」は高座でかけたのは一回くらいとか言われてましたが、やっぱり言葉の選び方とかリズムとか、談春さんだなぁと思う。飴屋の後に団子屋でなく凧屋のエピソードをやって、凧揚げに夢中になるおとっつぁんを取るのも談春さんらしい。

談春「芝浜」
 もしやと思って調べてみたら、やっぱり……談春師の「芝浜」、初ライブでした。広瀬さんのエッセイのおかげで、談春「芝浜」の内容は知っているのだけど、知っているということと実際に生で聴くというのはまったく別物。
 暮れに「芝浜」をかけるのは他の落語家もやっているだろうから、比較されにくい年明けにかけるというのが談春さんらしい。そして「芝浜」というと、家元が演じ、志の輔さんに弟子入りを決意させ、談春さんに落語開眼させた、伝説となった高座の客席側の自分が原点となってしまうとか。
 噺に入るきっかけをつかめず、テレながらマクラを10分ちかく……そして、全編75分の長大な「芝浜」。それでも千人ほどの観客の集中力を切らさずに最後まで持って行くのはさすが談春師だと思う(もちろん泣かせるんだ……)。
 家元のおかみさんのように「捨てないで」と泣いてすがるのではなく、42両拾って届け出ずに散財してしまえば亭主の首はないものと知り、無理矢理にでも「夢にしてしまう」覚悟というか決意でもって亭主に腹をくくらせる、腹の据わったおかみさん。
 そして、魚勝が酒をやめて商売に精を出す場面で、「性格が変わったというわけではない。根っこは同じ。自分がかつてそうだった(競艇にはまっていた時のこと?)からわかるんだが、根っこは変わらないものの生活を変える」というような解説が入るところが談春さん風味。
 落語を聴き始めたきっかけが、2009年の暮れに「芝浜」聴きたくなったこと。それから3年ちょっと。昨年はほぼ50近い寄席・落語会に通ったけど、聴きたかったもののひとつが談春「芝浜」で、その念願がかなった。感謝。

 年明け初めての寄席は超満員。それでも何とか座れた。

ちよりん「 動物園」
夢葉/奇術
馬石「鮑のし」
文左衛門「手紙無筆」
ギター漫談/ぺぺ桜井
菊千代「権助魚」
一の輔「黄金の大黒」
紙切り/正楽
はん治「背なで老いてる唐獅子牡丹」
漫才/遊平かほり
歌武蔵「ぼやき酒屋」
玉の輔「宗論」
ジャグリング/ストレート松浦
菊之丞「子別れ」

ちよりん「動物園」
 『どうらく息子』6巻で、ちよりんを連想させる風貌の女落語家が「動物園」を女主人公として高座にかける場面がある。今日のちよりんは主人公を男性として演じ、女性が男性を演じることに違和感をまったく感じさせなかった。

馬石「鮑のし」
 いつものように五街道雲助一門の突飛な芸名をマクラにした後、「鮑のし」。

文左衞門「手紙無筆」
 寄席での文左衞門師匠、出番が浅い時はこのネタが多いのだけど、何度聴いても面白いんだよなぁ。そして「何ですと?」がどこで出てくるのかが楽しみで仕方ない。

菊千代「権助魚」
 「権助魚」、初めて聴いたのが談春さんの弟子で近ごろ目出度く二つ目に昇進したこはるさんの高座だったっけ。女性でもかけやすい演目なのかな。

一之輔「黄金の大黒」
 鉄板な東武野田線のマクラから。長屋の住人が唯一持っている羽織が、三処紋がなぜか立川談志と古今亭志ん朝と林家一門で(「嫌がらせかい」ってツッコミがあったな^_^;)、袖が絽で見頃が羽二重で裏が畳表……で、着ると畳表がちくちくして痛い。
 長屋の住人たちが羽織なしで宴会で騒ぎ始めたところでサゲ。

はん治「背なで老いてる唐獅子牡丹」
 久しぶりのこのネタ。

歌武蔵「ぼやき居酒屋」
 はん治さんが中入り前で「ぼやき居酒屋」でなかったので、すかさず歌武蔵さんがかける。内容は同じなんだけど、客の居酒屋亭主いじりがさらに豪快な印象。

玉の輔「宗論」
 これも鉄板ネタで何度も聴いているんだけどやっぱり笑ってしまう。

菊之丞「子別れ」
 菊之丞さんで聴くのは初めて。菊師だとおっかさんがとってもいい女になってしまう……そんなおっかさんを叩きだして吉原の女を引き込む熊さん、ほんと女を見る目がない。亀ちゃんもちょっときかん気でこまっしゃくれてるけどいい子なんだよな。

 函館の幕末関連ニュース追加です。

榎本武揚の銅像 梁川公園に建立
 旧幕府海軍副総裁で、幕末から明治にかけて活躍した榎本武揚の銅像が函館市梁川町の梁川公園に建立され、9日、銅像の除幕式が行われた。市民有志でつくる榎本武揚を顕彰する会(近江政斗代表)が功績を知ってもらおうと建立を市に提案し、許可を受けた。同会などによると、市内の屋外での設置は初めてという。

 銅像の制作者は、富山県高岡市の彫刻家、田畑功さん(57)。蝦夷共和国の総裁だった30代前半の時をモデルに上半身部分を制作した。高さ約70センチ。榎本の俳号「梁川(りょうせん)」にちなんで同公園に設置を決めた。

 除幕式には、顕彰する会のメンバーら約100人が出席。榎本のひ孫の榎本隆充さん(77)や田畑さん、工藤寿樹市長、能登谷公市議会議長らも参列し、完成を祝った。

 冒頭、近江代表が「若者が銅像を見て活力を感じ、夢を抱いて海外に渡り見聞を広めてほしい。函館の観光や地域の一助になれば」とあいさつ。

 次いで像の除幕が行われ、榎本のりりしい顔が現れると、拍手に包まれた。その後、除幕法要に移り、参列者が順番に焼香した。工藤市長は「2年後には五稜郭築城150年を迎え、榎本武揚公に歴史の光が当てられる。このような時期に立派な像が建立されたことはうれしい」と祝辞を述べた。

 隆充さんは「市民や観光客に注目される像になってほしいですね」と話していた。


榎本武揚像 完成祝う 函館・梁川公園で除幕式 新しい歴史の名所に
 函館・五稜郭を拠点に旧幕府軍として箱館戦争を戦った榎本武揚(1836~1908年)の胸像の除幕式が9日、梁川公園で行われ、関係者ら約80人が完成を祝った。

 梁川町が武揚の号「梁川(りょうせん)」から町名をとったことを縁に、函館市民有志でつくる「榎本武揚を顕彰する会」(近江政斗代表)が同公園内に設置した。

 除幕式で近江代表は「若い人が武揚像を見て生きる活力や海外へ出る意欲を感じてくれればうれしい」とあいさつ。来賓として出席した工藤寿樹市長は「市民や観光客に喜んでもらえる歴史の名所になってもらいたい」と話した。

 武揚のひ孫で、開陽丸子孫の会の榎本隆充会長(東京)は「立派な像で感激した。榎本武揚という人物のことを再認識する機会になると思う」と喜んだ。

 胸像は高さ70センチで「蝦夷(えぞ)共和国」の総裁として箱館戦争を戦った33歳当時の姿をかたどっている。(袖山香織)




田本研造の足跡紹介 没後100年写真展
 幕末から明治期にかけて函館で活躍した写真師・田本研造(1832~1912年)の没後100年を記念した写真展「時代ヲ旅スル写真館~150年後の田本アルバム」が18日まで、函館市中央図書館で開かれている。かつて田本が撮影したのと同じ場所から撮影した現代の写真と比べて、田本の足跡をたどっている。

 田本が開設した田本研造写真場五稜郭店を継承し、市内に写真館を構える谷杉アキラさん(44)が企画した。田本は函館で写真を学び、土方歳三や榎本武揚らの肖像写真を数多く撮影したほか、箱館奉行所復元の決め手となった写真を撮影したとされる。

 田本は明治初期に開拓使の依頼で、札幌や室蘭、余市など各地を歩き、屯田兵が北海道を開拓していく様子を撮影した。写真展では谷杉さんが田本の足どりを訪ね、同じ場所から撮影した写真と比較し、150年間の移り変わりを伝えている。谷杉さんは「北海道の記録写真を家族で見て、時間旅行を楽しんでほしい」と来場を呼び掛けている。

 8日午後2時からは同図書館で、写真展にちなんだ谷杉さんの講演会「北海道写真の父・田本研造」が開かれる。


箱館戦争「終戦協議の地」知って 亀田八幡宮に記念碑
 箱館戦争(1868~69年)で、旧幕府軍が降伏する協議を整えたとされる亀田八幡宮(八幡町)に、市民による記念碑が建立され、11日に除幕式が行われた。建立に尽力した市内上湯川町の松山一郎さん(77)は「子供のころの思い出がある亀田八幡宮への恩を返せた」と感無量の表情だった。

 元市職員の松山さんは宮前町で生まれ、同八幡宮を通り、函館八幡小に通った。「亀田八幡宮は人間形成の原風景。報恩を込めて、お返しをしたかった」と記念碑建設を志した。

 松山さんは同小学校などで1年後輩に当たる、南北海道史研究会会員の近江幸雄さんに建立を相談。「箱館戦争降伏式之地」碑とすることを決め、題字は旧幕府軍(榎本軍)の蝦夷島総裁榎本武揚の曾孫・榎本隆充さん(77)が揮ごうした。説明文は近江さんが制作した。

 完成した碑は高さ2メートル、幅90センチで、除幕式には松山さん、榎本さん、近江さんら約15人が出席。同八幡宮の神職が祝詞を奏上し、松山さんらが玉串をささげた。式後には、武揚と新政府軍の陸軍参謀として会談した黒田清隆が、誓約後に冷酒を交わしたことにならい、社務所内に同様の座を設けた。

 松山さんは「“貧者の一灯”を示すことができたのは、皆さんのご支援のおかげ。心から感謝している」、榎本さんは「五稜郭明け渡しの前に、この地で協議があったことを、市民や観光客に知ってもらえる碑となる」と喜んでいた。

 近江さんによると、12月には梁川公園(梁川町)に、軍服姿の榎本像が建立される。近江さんは「箱館戦争の戦跡めぐりに役立ってくれることを願う」と話していた。



箱館戦争「終戦協議の地」 亀田八幡宮に記念碑【函館】
 箱館戦争(1868~69年)で、旧幕府軍が降伏する協議を整えたとされる亀田八幡宮(八幡町)に、市民による記念碑が建立され、11日に除幕式が行われた。建立に尽力した市内上湯川町の松山一郎さん(77)は「子供のころの思い出がある亀田八幡宮への恩を返せた」と感無量の表情だった。

 元市職員の松山さんは宮前町で生まれ、同八幡宮を通り、函館八幡小に通った。「亀田八幡宮は人間形成の原風景。報恩を込めて、お返しをしたかった」と記念碑建設を志した。

 松山さんは同小学校などで1年後輩に当たる、南北海道史研究会会員の近江幸雄さんに建立を相談。「箱館戦争降伏式之地」碑とすることを決め、題字は旧幕府軍(榎本軍)の蝦夷島総裁榎本武揚の曾孫・榎本隆充さん(77)が揮ごうした。説明文は近江さんが制作した。

 完成した碑は高さ2㍍、幅90㌢で、除幕式には松山さん、榎本さん、近江さんら約15人が出席。同八幡宮の神職が祝詞を奏上し、松山さんらが玉串をささげた。式後には、武揚と新政府軍の陸軍参謀として会談した黒田清隆が、誓約後に冷酒を交わしたことにならい、社務所内に同様の座を設けた。

 松山さんは「“貧者の一灯”を示すことができたのは、皆さんのご支援のおかげ。心から感謝している」、榎本さんは「五稜郭明け渡しの前に、この地で協議があったことを、市民や観光客に知ってもらえる碑となる」と喜んでいた。

 近江さんによると、12月には梁川公園(梁川町)に、軍服姿の榎本像が建立される。近江さんは「箱館戦争の戦跡めぐりに役立ってくれることを願う」と話していた。


 先日の三連休で21回目の函館旅行をし、榎本さん銅像と箱館戦争終結の地碑を見てきました。
 落語ブログ化しつつありますが、たまには幕末ネタをふります。

京都
幕末の町家再生へ初適用 建築基準法除外条例
 京都市は25日、京町家など古い木造家屋の保全に向けて4月に制定した「建築基準法除外条例」を、幕末に建てられた伏見区深草の町家に初めて適用したと発表した。龍谷大が町家キャンパスとして活用する。

 市によると、市民が所有する町家を建築基準法の規定から外し、再生する例は全国で初めてという。

 条例初適用となった京町家は、151年前の1861(文久元)年に建てられ、日本茶の販売店舗兼住宅として使われてきた。市が所有者から改築の相談を受け、条例適用できると判断し、龍谷大に活用を提案した。

 建物を増改築するには、建築基準法が定める防火や耐震性をクリアする必要があるが、木製の出格子を防火性の高いアルミサッシに変更すると京町家特有の構造が失われてしまう。市は今春、景観や文化的に重要な木造建物に限り、複数の避難経路を設けるなどの条件を満たせば同法規定を除外できるとする条例を制定した。

 所有者が今後、耐震、耐火工事を実施。龍谷大が借り受けて2013年4月から学生と地域住民の交流拠点として使用する。市建築指導課は「今回の事例を機に、京町家の良さを残しながら建物を活用する取り組みを広げたい」としている。


山口
幕末維新好き集まれ 山口・萩で初の歴女サミット開催へ
 幕末や維新の歴史が好きな「歴女(れきじょ)」に、熱い思いを語り合ってもらう初のガールズサミットが来年2月23~24日、山口県萩市の松陰神社などで開かれる。

 高杉晋作の奇兵隊結成から来年150年になるのに合わせ、萩の再生に取り組む「萩・維新塾」が19日発表。幕末の志士や妻らの衣装で参加を呼びかけた。

 歴史の講義や着物姿での城下町散策を計画中。1日目の夜は自由行動で、主催者の一人は「ひいきの志士について女子会で盛り上がることもできるはず」。



ブックレビュー
日販オリジナル企画 「NHK大河『八重の桜』と会津幕末フェア」開催
日本出版販売株式会社(以下日販、本社:東京都千代田区、代表取締役社長:古屋文明)は12月20日より、「NHK大河『八重の桜』と会津幕末フェア」を全国の参加取引書店約800店にて順次展開しております。 日販では、フェア展開書店へオリジナル横断幕・本フェア対象作品に登場する人物相関図・フェアオリジナルボードを提供し、読者の購買喚起を図ることで対象商品の売り伸ばしを図ります。
日本出版販売株式会社(以下日販、本社:東京都千代田区、代表取締役社長:古屋文明)は12月20日より、「NHK大河『八重の桜』と会津幕末フェア」を全国の参加取引書店約800店にて順次展開しております。

2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」の舞台は幕末の会津藩であり、年末から「会津と幕末」に大きな関心が寄せられることが想定されます。また、3月には「第1回 会津幕末歴史検定」(主催:日販/福島民報社)が実施され、全国的に一層注目度が高まります。日販はNHK大河ドラマの関連ムック3点と「会津と幕末」を舞台にした関連コミック・書籍を合同で展開し、山本(新島)八重と会津藩を中心に、激動の幕末に関する幅広いストーリーを読者へ提案致します。
対象作品は、コミックでは忠義に従って会津藩と運命を共にし敗走を続けた幕末の雄・新選組の後期を描いた名作「北走新選組」「凍鉄の花」(菅野 文/白泉社)、書籍では大河ドラマ公式ノベライズ『八重の桜』(山本むつみ/NHK出版)、会津幕末歴史検定公式テキスト『よくわかる会津藩』(晋遊舎)です。また、「会津幕末歴史検定」開催記念連載として、菅野 文氏の新連載「誠のくに」が「別冊花とゆめ」4月号(白泉社、2月26日発売)より掲載される予定です。
日販では、フェア展開書店へオリジナル横断幕・本フェア対象作品に登場する人物相関図・フェアオリジナルボードを提供し、読者の購買喚起を図ることで対象商品の売り伸ばしを図ります。

日販は今後も読者の購買を喚起させるオリジナル店頭企画をご提案し、取引先書店の店頭活性化に貢献してまいります。


エンターテインメント
TV東京、新春時代劇は北大路欣也、黒木瞳、国仲涼子、伊藤英明らで「白虎隊~敗れざる者たち~」一挙7時間放送!予告動画
正月の恒例となっているテレビ東京の新春ワイド時代劇の第35作目は、新年1月2日(水)午後5時より、大路欣也、黒木 瞳、国仲涼子、伊藤英明、小林稔侍、岸谷五朗、須賀健太、中村蒼、西井幸人と言った超豪華キャストで「白虎隊~敗れざる者たち~」を一挙7時間で放送、番組サイトには、ドラマ制作発表会の様子や予告動画が公開されている。

「白虎隊~敗れざる者たち~」は“白虎隊”に象徴される会津の人々の運命を、会津藩家老・西郷頼母と妻・千重子ら質素ながら仲睦まじく暮らす西郷家を中心に描いた物語。主人公の西郷頼母を北大路欣也が、妻・千重子を黒木瞳が演じる。NHKテレビ小説「澪つくし」のジェームズ三木と重光亨彦コンビが、脚本と監督を担当する。ジェームズ三木は、「独眼竜政宗」「八代将軍吉宗」などをはじめ、NHKで現在人気再放送中の忠臣蔵外伝「薄桜記」も描いている脚本家。本作の小説版「へその曲げ方 西郷頼母会津藩始末」も発売されている。

物語の舞台は、幕末の会津。会津藩のへんくつ家老・西郷頼母(たのも)は、妻・千重子や自身の親兄弟・子供たちと質素ながらも仲睦まじく暮らし、家老職の一方で藩校「日新館」の指導者として少年たちの鍛錬に尽力していた。
文久2年(1862年)、会津藩主・松平容保(が京都守護職に任ぜられる。当時、江戸幕府の威信は低下し、京都には尊王攘夷派の過激浪人らが集い、治安は悪化していた。そんな中で、幕府は会津藩の優れた武勇で不逞浪人を一掃しようと考えたのだった。
会津藩の切迫した財政を知る頼母は、京都守護職を返上するよう強固に主張するが、義に厚い藩主の容保は聞き入れない。病弱の身をおして京へ。京都守護職は新撰組を配下に置き、攘夷派を厳しく取り締まったが、それはそのまま薩摩や長州の激しい憎しみを買うことになるのだった…。こうして会津藩は、否応なく、時代のうねりに飲み込まれてゆく…。
妻や激動に翻弄された会津藩士は何を守るために戦ったのか?18歳に満たない白虎隊隊士たちを死に追いやった戊辰戦争とは何だったのか?藩の行く末を誰よりも思い、農民にも好かれる一本気な藩家老・西郷頼母を通して新旧政府の交代劇を描く。

会津藩の藩主にして頼母とは、主従関係を越えた強い絆で結ばれている松平容保(かたもり)に「海猿」の伊藤英明、会津藩家老で頼母の親友の萱野権兵衛に小林稔侍、幕府に忠義を尽くす新撰組副長の土方歳三には岸谷五郎、頼母の妹で土方と運命的な出会いを果たす眉寿子を国仲涼子が演じる。ほかにも、中村嘉葎雄、えなりかずき、水野真紀、寺田農、渡辺美佐子と言った演技派俳優たちが脇を固める一方、須賀健太、中村蒼、西井幸人らが飯盛山で自刃に倒れる白虎隊士を演じている。
主題歌「風歌 KAZEUTA」を収録するニュー・アルバム「登紀子 旅情歌 -風歌 KAZEUTA」は発売中(発売元:ユニバーサルミュージック合同会社)。

そういえば、1月6日(日)スタートの綾瀬はるか主演のNHK大河ドラマ「八重の桜」も同じ時代の会津藩を舞台にしたドラマ。今年の年末年始もバラエティー番組が目白押しだが、お正月は家族揃って時代劇を楽しんではいかがだろう。今年の年末年始もバラエティー番組が目白押しだが、お正月は家族揃って時代劇を楽しんではいかがだろう。

「白虎隊~敗れざる者たち~」は2013年1月2日(水)夕方5時から一挙7時間で放送。予告動画は番組サイトで視聴できる。


モンキー・パンチの新キャラクター「幕末義人伝 浪漫」 1月7日から放送開始、テレビ東京ほか
「ルパン三世」シリーズの原作者であるモンキー・パンチさんと、そのアニメ作品を手がけてきたトムス・エンタテインメントが2013年に新たなコラボレーションを開始する。トムス・エンタテインメントはモンキー・パンチさんがキャラクター原案に参加したテレビアニメシリーズ『幕末義人伝 浪漫』を制作、2013年からテレビ放映を開始する。
『幕末義人伝 浪漫』は、2011年に発売された人気のパチンコ機「CR元禄義人伝 浪漫」をベースにした物語となる。破天荒な時代アクションとして、2013年1月7日26時5分からのテレビ東京をスタートに、テレビ東京系6局、AT-Xなどで放映予定だ。

物語は混沌の時代=幕末の“亰”が舞台。主人公は「助け屋」としての人々の生活を助ける漫次郎である。しかし、それは漫次郎の表の顔で、裏の顔は民衆から不当に奪われる大事なもの取り還す闇の“還し屋” “還し屋・浪漫”だった。
“還し屋・浪漫”は奇想天外な方法で忍び込み、戦い、盗み出し、人々の希望を取り還す。さらに江戸から日本へと歴史的な転換のなかで、国を揺るがす巨大な陰謀と脅威も迫ってくる。空想時代活劇アニメと銘を打って、大エンタテインメントが展開する。

アニメ制作のトムス・エンタテインメントに加えて、監督に『エリアの騎士』や『黒執事II』の小倉宏文さん、脚本に樋口達人さんが参加する。また、キャラクターデザインの平山智さんは、これまでも「ルパン三世」シリーズに携わってきた。今回も、モンキー・パンチさんのキャラクターの魅力を最大限に引き出しそうだ。
キャストには、主人公・浪漫役に中井和哉さんほか、喜多村英梨さん、鈴村健一さん、内田真礼さんら人気声優が出演する。さらにオープニングテーマ曲には雪乃さん「RanTiKi」、エンディングテーマ曲には髭の「ツァラトゥストラ」が決まっている。 

「幕末義人伝 浪漫」 
http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/roman/news/index.html
幕末義人伝 浪漫「還し屋」
http://roman-anime.com/


『薄桜鬼 ドラマCD ~新選組鬼譚~』ファン待望の『薄桜鬼』新作ドラマCDが12月5日にリリース!
●オリジナルストーリーを、豪華声優陣が彩る

 高い人気を誇る乙女ゲーム『薄桜鬼』から、新作ドラマCD『薄桜鬼 ドラマCD ~新選組鬼譚~』が2012年12月5日に発売される。豪華声優陣が登場するほか、数多くの『薄桜鬼』主題歌を担当してきた吉岡亜衣加が歌う、ドラマCDテーマソング(Short ver.)も新規収録されている。



タイトル:薄桜鬼 ドラマCD ~新選組鬼譚~
品番:GNCA-7179
POS:4988102105297
価格:3150(税込)
発売日:2012年12月5日(水)
発売元:ティームエンタテインメント/クロスフューチャー
販売元:ジェネオン・ユニバーサル・ジャパン


ミュージカル「薄桜鬼」第2弾の「沖田総司篇」が3月14日~24日東京で上演
人気ゲーム『薄桜鬼』、ミュージカル第二弾上演決定!!

この春に大好評を戴きました、ミュージカル『薄桜鬼』の第二弾が2013年3月14日(木)~24日(日)に池袋・サンシャイン劇場にて上演します。

今回は、前回の斎藤一 篇に続き、沖田総司 篇を上演致します。
http://www.maql.co.jp/special/m-hakuoki/
◆タイトル:ミュージカル『薄桜鬼』沖田総司 篇
(よみがな/ミュージカル『はくおうき』おきたそうじへん)
◆公演日程: 2013年3月14日(木)~24日(日)
◆劇場:サンシャイン劇場(池袋)
◆主催:ミュージカル『薄桜鬼』製作委員会
◆原作:オトメイト(アイディアファクトリー・デザインファクトリー)
◆脚本・演出・作詞:毛利亘宏
◆音楽:佐橋俊彦
◆出演キャスト:
沖田総司:廣瀬大介 斎藤一:松田凌 雪村千鶴:山本紗也加
原田左之助:小野健斗 永倉新八:宮崎秋人 
不知火匡:柏木佑介 雪村綱道:江戸川卍丸
風間千景:鈴木勝吾 土方歳三:矢崎 広  他
◆チケット一般発売日:2013年1月20日(日)10:00
◇指定席:7500円(税込)
◇プレミアムチケット:10500円(税込)  

◆公演についてのお問い合わせ:
株式会社マーベラスAQL ユーザーサポート
TEL:0120-57-7405  
※土日祝日 弊社指定日除く(11:00~17:00)
◆ミュージカル『薄桜鬼』とは◆
シリーズ累計70万本を超える大人気ゲーム『薄桜鬼』を原作としたミュージカル『薄桜鬼』。
2012年5月にサンシャイン劇場にて第一弾公演「斎藤 一 篇」を上演し、若手実力派俳優陣の熱い演技と、原作を忠実に再現した熱く切ない物語に多くの賞賛が寄せられました。

幕末の動乱の時代を生きた新選組とミュージカルという組み合わせで『薄桜鬼』の世界観を表現したことで好評を呼び、特に殺陣×ダンス×歌で新選組を表現するという斬新な演出で観客を魅了しました。

脚本・演出に毛利亘宏を迎え、音楽家、佐橋俊彦の充実した楽曲と歌をミックスさせてお届けします!

 第一弾が斎藤一だったんですね……ミュージカル主役が無口な斎藤一(苦笑)。

旭堂南陽のブラリ講談 歴史あるき
武士の誠「新選組」京に衝撃が走る大粛正の巻

元参謀・伊東甲子太郎を討つ


ひっそりと建つ伊東受難の碑。少し悲しみを秘めていました
 池田屋事件で名声を得た新選組。「今が拡大のチャンス!」と優秀な人材を集め始めました。そんな中、発足メンバー・藤堂平助が連れてきたのが伊東甲子(かし)太郎。「近藤さん、江戸で北辰一刀流を教えている伊東さんだ。一度話してみて下され」

 近藤と伊東は互いに政治思想を語り合い、お互いの憂国の思いが一致することを感じます。「伊東さん、この新選組に力を貸してはもらえませんか」「分かりました。江戸から門弟など同士も連れて参りましょう」

 こうして参議として迎え入れられた伊東でした。頭もよく、人望もあり、組の中には伊東派と呼べる配下もできました。そんな中、薩長とのつながりの中で急激に尊皇攘夷(じょうい)に傾倒していく伊東。それは「徳川幕府を何が何でも守る」という新選組の思想とは相いれませんでした。そこで伊東は「天皇の陵墓を守衛する」という“御陵衛士拝命”のタイミングで新選組隊士12人と共に分離独立。それから8カ月後、隊を伊東と共に抜けたはずの斉藤一が近藤を訪ねます。人払いをすると「大変だ。伊東さんたちが局長の命を狙っているぞ」「よく知らせてくれた。密命ご苦労であった」。彼は新選組から送り込まれたスパイだったのですね。

 さぁ、こうなると新選組の動きは速い。「国事について相談したき事あり」と伊東を近藤の妾宅に呼び出し、しこたま酒を飲まし、その帰り、油小路にて襲撃。伊東は「うーん、この奸賊(かんぞく)の輩(やから)め」との言葉を残し絶命しました。

 「敵はこの際、壊滅せねばならぬ。この死骸(しがい)を人目に付く七条通まで移動させろ」。新選組は伊東の亡骸(じょうい)をおとりに御陵衛士を一網打尽にいたします。

 このエゲツない手法で新選組の精神は守られ、名声は高まります。しかし、幕府の命運は既に風前の灯火(ともしび)。それにあらがうように新選組は鳥羽伏見、会津、五稜郭へと転戦を続けるのでありました。

 次回からは赤穂義士をお送りします。

(大阪講談協会所属)

 バックナンバーは以下の通りです。
武士の誠「新選組」八木邸の巻
武士の誠「新選組」芹沢暗殺の巻
武士の誠「新選組」池田屋騒動の巻
武士の誠「新選組」隊士急増で屯所移転の巻

綾瀬はるか 大河ドラマ「八重の桜」を語る
<前半の見どころはスペンサー銃をぶっ放す男前な八重>

 13年の大河ドラマは綾瀬はるか主演の「八重の桜」。これまで歴史的にもドラマなどでも取り上げられることがなかった新島八重の物語だ。ドラマ化が決まって新たな事実が次々に出てきたほどだから、手あかがついていない人物ともいえる。

 八重。会津藩の砲術指南の山本家に生まれ、17歳離れた兄・覚馬の影響で銃の扱いを学んだ。長州藩、薩摩藩らの新政府軍に攻め込まれ、鶴ケ城に籠城。夫の川崎尚之助らと戦う。この会津・戊辰戦争で八重は7連発のスペンサー銃で敵に立ち向かった。「幕末のジャンヌ・ダルク」といわれるゆえんだ。敗れて後、尚之助とは離れ離れになり、京都守護職にあった藩主・松平容保に請われ京都にいる覚馬を頼って移る。そして、同志社大を創立した新島襄との運命の出会い。襄は密出国してアメリカに渡り、10年後に帰国。クリスチャンで洋風の文化を日本にもたらした先駆者だ。
「八重の桜」では八重や覚馬、襄と将軍徳川慶喜はじめ、佐久間象山、吉田松陰、勝海舟、板垣退助ら維新を生きた大物との知られざる交流も描かれる。江戸末期から明治にかけて「賊軍」といわれた会津から見た日本の夜明けの物語である。

<「会津弁で大丈夫だよは『さすけね』」>

 前半の見どころは男前な八重。銃の名手で、鶴ケ城に立て籠もった会津藩士ら5000人超の中でも際立った女性だった。

「幼少時代の八重は力持ちで男の子と瓦の持ち比べをしたり、競い合ったりする女の子。私も幼少時代は男子と競い合っている部分があって共感できるというか、似てるというか。銃を取り扱ったりする(覚馬の)姿にすごく憧れていたんだろうなと思います。最初(銃を)持った時は重くて持ってるだけで手がプルプルしちゃって、大丈夫かなって思ったけど、腕立て伏せをして鍛えたりしています」(綾瀬)

 チーフ演出の加藤拓氏は「7連発で撃てるスペンサー銃をしっかりと再現しない限り、八重の立ち位置が描けない」と語る。また、八重の銃さばきなどについて制作統括の内藤愼介氏は「(綾瀬は)異常に運動神経がいい。吹き替えでやっているんじゃないかというくらい機敏に動いている」と言う。

 初回の冒頭で綾瀬が銃をぶっ放し、「ヨシ」と叫ぶシーンがある。会津時代の見どころはガンウーマンの綾瀬である。

<新島襄と結婚。「悪妻」といわれた京都時代>

 開城後、八重は覚馬のいる京都に向かう。負けても前向き、「ならぬものはならぬ」という会津の頑固な気風はそのままで、アメリカ帰りの襄に出会う。襄は初のクリスチャンの学校、同志社英学校をつくるが、キリスト教を邪教扱いする仏教徒や神官らの排撃に遭う。しかし、2人とも信念を曲げない。そのため八重は「悪妻」呼ばわりされる。

 加藤拓氏は「京都の街中で(八重は)非常に不評だった」という。

 綾瀬は――。
「時代を先取りして、新しいもの、例えばキリスト教に入っていったりとか、学校をつくっていったり、そういうどんどん進んでいく感じがすごいなと思いました」
「襄を『ジョー』と呼び捨てにしたり、襄さんがアメリカから帰ってきた人だったということもあり、当時では考えられないレディーファーストだったり。そういう襄との関係を周りから見ると悪妻というふうに映ったのだと思います」

 覚馬、襄がこの世を去り、その頃を境に同志社から離れた八重は日本赤十字社の活動に参加して正会員になり、日清・日露戦争で篤志看護婦として従軍する。これが物語の後半である。

 大河は長丁場。1年間をどう乗り切るか。
「だんだん寒くなってきたので体を冷やさないように気をつけています。温かいものを飲むようにしたりとか、肩甲骨を回すようにしています」
 ?? では、普段の綾瀬はどんな人なのか。八重のように意地っ張りな面もあるそうだ。

「(人に)『風邪ひいてるよ』とか、『疲れているから早く寝た方がいい』って言われても、夜走りにいく。走んないとスカッとしないみたいなところがあって」

 また、つらい時は「グッとこらえる……本当に眠くて寝たいと思うんだけど、絶対、お風呂に入るとか」と天然な発言も連発するのだが……。

 ドラマでは会津弁が飛び交う。
「『すわらんしょ』はそこにすわりなの意味。ありがとうは『ありがとなし』、大丈夫だよは『さすけね』って言います」と言う綾瀬、すっかり会津に馴染んでいるようだ。「八重の桜」のスタートは1月6日。


佐藤健主演“るろ剣”の続編決定!? 大友啓史監督がハリウッドで意味深発言
佐藤健が主演を務めた“究極の剣客アクション・エンターテインメント”「るろうに剣心」が、ハリウッド・エジプシャンシアターにて開催された「LA EigaFest 2012」オープニング作品に選ばれ、北米プレミア上映が行われた。また、現地で行われた会見には、大友啓史監督と相楽左之助役の青木崇高が出席し、作品の魅力を存分に語った。

【写真】ハリウッドでも“るろ剣”ファンの熱狂的歓迎を受けた青木崇高、大友啓史監督、石坂拓郎撮影監督(写真左から)

会見に出席した大友監督は、「15年前、2年間LAに住んでいた時にいろいろな映画館でさまざまな映画を見まくりました。エジプシャンシアターもその一つでした。当時は自分が監督した作品がアメリカの映画館、しかも映画の聖地・ハリウッドで上映されるなんて夢にも思っていなかったので、素直にうれしく思います」と率直な喜びを語った。

一方青木も、「僕も初めてLAに来たのは12年前。当時はバックパッカーの一人旅で、ちょっと日本語がしゃべれる外国人のおじさんに400ドルだまし取られました(笑)。当時は役者になろうとも思っていなかったので、きょうこのような形でまたLAに来ることができて、非常にうれしいです」と満面の笑顔で喜びを表現した。

その後、二人が600人を超える日本映画を愛するファンで超満員の上映会場にも登場すると、観客の盛り上がりも最高潮に。試写後に行われた質問タイムでは、ファンからの「続編はあるのか? そしてその続編に志々雄真実は出るのか?」という声に、大友監督は、「いま、いろいろと考えているので、もう少し待っていてください。アメリカのみんなが応援してくれたら、続編が決まるかもしれません!」と期待をにおわせた。また青木からも「皆さまの力で左之助をもう一度やらせてください」とアピールする一幕も。

「LA EigaFest 2012」は、ことしで2回目を迎える映画祭で、日本映画をアメリカに定着させることを目的に設立。世界のエンターテインメントの中心地・ハリウッドで開催されることとなった。今回、「るろうに剣心」のほか、「桐島、部活やめるってよ」「テルマエ・ロマエ」「へルタースケルター」「らくごえいが」「のぼうの城」「おおかみこどもの雨と雪」など、話題の日本映画も上映された。中でも、動乱の幕末後・明治を舞台に、大切な人たちが平和に暮らせる時代をつくるため、真の戦いに挑む緋村剣心を描いた「るろうに剣心」への注目は高く、地元ハリウッドメディアから賞賛の声が寄せられた。
映画『大奥〜永遠〜右衛門佐・綱吉篇』見ました。原作ファンは映像化されると作品イメージが変わったらどうしようかと焦るものですが、テレビ版『大奥〜誕生〜有功・家光篇』に続いて、安心して作品世界に浸れるものでした。

 以下、ネタバレを含むので畳んでおります。
 小三治師匠がトリだったので当日券は15分で売り切れたらしいです。

 ちょっと遅れたので「元犬」市弥さん「鮑熨斗」龍玉さん見られず、残念。

火事息子/さん喬
 現役の落語家の中では大家のひとりだと思うのですが、師のスタイルがどうも私の趣味に合わないので……何というか、芝居がかっているというか、演技過剰というか、そういう印象でいつも困ってしまうのでした。

尻餅/一朝
 好きな一朝師ですが、これってスパンキングだよなぁと現代的な感覚になってしまい、ちょっと楽しめなかったです。

お茶汲み/小三治
 今日のマクラはあまり長くありませんでした。たたずまいからして、大好きです。
 来年も小三治師匠を見られる限りは見に行きたいと思います。

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