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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
昼の部、夜の部とも海老蔵&堀越勸玄くんが主役の通し。

通し狂言 三國無雙瓢箪久(さんごくむそうひさごのめでたや)
出世太閤記
 海老蔵が秀吉、獅童が明智光秀、右團次が柴田勝家。
 序幕が西遊記で海老蔵の孫悟空が宙乗り。実は森蘭丸の夢だったという夢オチ。うーん、付け足したような宙乗り。。いつもは視力のよい右目で見える上手側に席を取るのだけど宙乗りを近くで見られる下手側にしたのはよかったけど、孫悟空。
 拍子抜けしたせいか気が入らず、途中うとうとしてしまった。ストーリーとしては抜き読みの感じで、本能寺が場面なのに織田信長がいないとか(そう言えば夜の部の源氏物語でも藤壺の女御が出てこない)、清洲会議を飛ばしていきなり大徳寺で焼香の順番争いとか、歴史を知っている者にとっての名場面がない感じ。
 だから明智光秀が息子として育てた重太郎が実は羽柴秀吉の息子だったというフィクションが目に滑ってしまった。うーん。
 正装した秀吉の黒直衣と三法師のかんかん君は眼福ではあったのだけど。

通し狂言 源氏物語
 海老蔵が二年後の東京オリンピック開会記念イベントでやりたいことの一端を見たように思う。歌舞伎にオペラ(闇の精霊としてカウンターテノール、光の精霊としてテノール、ともに外国人)の融合、生け花ショー、能と歌舞伎の融合、イマージョンプロジェクションマッピングによる斬新な演出。ただ、源氏物語の本筋とまだ融合しきっていない感じ。たとえばオペラ(英語とイタリア語が混じっていた?)型の精霊はストーリーに絡んでこない背景的存在になってしまっていたり、六条御息所の生き霊が葵の上を苦しめる場面では、雀右衛門演じる御息所に能の本体御息所と生き霊御息所と三体の存在があって混乱(イヤフォンガイドがなかったらなぜ三体に分かれたのかがわからなかった)させたり。
 亡き桐壺帝の霊が須磨に流された源氏の君を救うために呼んだ八代龍王(海老蔵)が宙乗りした場面は迫力があってよかったが、龍王に場面を譲った後の能のシテ方三人が舞台で勿体なかった感じ。
 最愛の妻を亡くした海老蔵が源氏を通じて桐壺帝の父の愛を求め、また父親となった源氏が闇オチから戻るというテーマは海老蔵にとても合っているし、かんげん君との共演で説得力を持つ。さらに舞台作品として成熟するのを待ちたい。
 藤壺の女御と紫の上が出てこず、葵の上と明石の上と六条御息所の三人で話が進むところは、源氏物語ファンとしてはえーっと思うところがないでもない。
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シネマ歌舞伎『刺青奇偶』
 2017年8月歌舞伎座『刺青奇偶』は半太郎=中車、お仲=七之助、鮫の政五郎=七之助で、演出が玉三郎様だった。玉さまが次の世代に芸を残そうとした舞台で、まだこなれてないなと正直思ったけど中車さんが歌舞伎に馴染んできたことも感じた。
 でも勘三郎さんの半太郎は自然に望陀の涙が溢れ、玉三郎さまのお仲は男に騙された挙げ句に川に身投げする捨て鉢さと労咳に冒されながら命をかけて半太郎を思う気持ちが胸に迫る。そしてドスの利いた声を発する仁左衛門さまの政五郎が視線と声でバタバタと女性ファンを悩殺する。ああ、この頃の歌舞伎座を見たかったなぁ。。国宝級だったなぁ。。
 江戸深川で生まれ育った半太郎が、ばくち好きから前科者になって江戸所払いされて関八州を周りながら千葉行徳に流れ着いて、川の向こうを見ながら父母のいる深川を含めた江戸への恋しさを慰めるという場面が、少なくとも文化文政から幕末の江戸なんだなぁと思う。深川が江戸の内になってるから。そして、江戸に帰れない半太郎がお仲とともに居着いたのが品川の場末の長屋というのも、江戸の四宿である品川の位置づけを知らずして。
 またお仲も、酌婦として行徳近辺の宿から転売されるというところから、場末を転々とさせられる運命なんだよな。
 江戸深川の半太郎の父母が息子の行方を捜して巡礼の形であちこち旅して品川に立ち寄るけど、半太郎とはすれ違い。。
 
シネマ歌舞伎『東海道中膝栗毛 歌舞伎座捕物控』
 そしてやじきたも同じ2017年8月パートBなので舞台で見たのと同じ展開だが、元ネタや役者さんをある程度わかって見直すと娯楽作品としてはまぁ面白いなと。劇中劇で『義経千本桜』の狐忠信の場があり、殺しのミステリー解明あり、パートAかパートBを観客が選ぶ観客参加型であり、役者さんたちもノリノリで喜劇仕立てにしているのが楽しい。
 でも『刺青奇偶』見た後ではインパクトが全然違う。
3週間詰め詰めだった仕事が押してきたのでギリギリまでやっていたため、昼の部は「野晒悟助」のみ間に合った。

昼の部
野晒悟助

夜の部

夏祭浪花鑑
鳥居前
三婦内
長町裏

巷談宵宮雨

感想は後ほど追記。
北海道
土方歳三の寸劇で保育士優勝北海道、箱館五稜郭祭
 戊辰戦争最後の舞台となった北海道函館市で19日、「箱館五稜郭祭」が始まった。戦死した新選組の土方歳三になりきって約3分の寸劇を披露するコンテストが開かれ、函館市の保育士金谷藍子さん(29)が優勝した。

 31回目の今年は、道外からも含め男女19人が出場。思い思いの演出で土方の最期を描き、約250人が詰め掛けた会場を沸かせた。

 金谷さんは今回が2度目の出場で、普段は劇団員としても活動しているという。「殺陣に力を入れた。戊辰戦争が始まって150年という区切りに自分が土方に関われて、うれしい」と笑顔を見せた。


福島
戊辰戦争の思い1冊に 会津若松市民有志が記念誌刊行
 会津若松市の市民の有志でつくる戊辰150年記念誌刊行委員会(岩沢信千代委員長)は、「戊辰150年記念『薫蕕(くんゆう)を選びて』」を刊行した。会津のみならず、全国各地の関係者が戊辰戦争に関連して文章を寄せた。岩沢委員長は「節目の年に、今を生きる人々の戊辰に対する思いを残し、伝えたかった」と話している。

 タイトルの「薫蕕を選びて」は、鶴ケ城籠城戦で負傷者の治療に当たったという医師古川春英の漢詩の中の言葉。「薫」は善行、「蕕」は悪行を象徴していて、善悪を選んで力を尽くすとの意味があり、「ならぬものはならぬ」の精神に通じるという。

 会津からは、間島勲会津史学会長、野口信一会津歴史工房主宰など郷土史家のほか、星野可月亭庭園美術館主、新城猪之吉末廣酒造社長なども筆を振るい、独自の視点で戊辰を論じる。西軍の主力を担った藩があった地域からの寄稿もあり、山口県萩市の「長州と会津の友好を考える会」代表の山本貞寿さん、鹿児島県日置市を拠点に活動する陶工、15代沈寿官さんが文章を寄せた。2000部発行し、会津若松市などの市町村や関係者に計約1500部を寄贈。約500部を、会津若松市の白虎隊記念館、栄町オサダ、渡辺宗太商店、アイミライで販売する。価格は1000円(税込み)。

 刊行委員会の岩沢委員長、岩沢孝副委員長は4日、市役所を訪れ、室井照平市長に同市に500部を寄贈したことを報告した。本田樹教育長が同席した。

岩国藩士福島で供養祭、戊辰戦争で散った7人…来月の命日
 明治新政府と旧幕府軍による戊辰ぼしん戦争(1868~69年)で戦死した岩国藩士7人の供養祭が命日の7月28日、墓がある福島県富岡町の龍台寺で営まれる。地元住民が墓を守ってきたが、福島第一原発事故の影響で町外に離散。山口県岩国市の「岩国吉川会」が「敵だった藩士に敬意を表してくれた、会津の人たちの思いを引き継ぎたい」と供養祭開催を決めた。

 同会などによると、戊辰戦争で岩国藩は官軍の一員として二つの小隊を東北に派遣。現在の富岡町がある地域で激戦が繰り広げられた1868年の「手岡原ちょうかはらの戦い」では、18~26歳の7人が討ち死にし、同寺に葬られた。

 7人はいずれも若く、直系の子孫がいなかったため、岩国から足を運ぶ人は少なかった。そのため、地元の有志が代々、墓地の清掃や法要を続けてくれていたという。

 しかし、東日本大震災での福島第一原発事故で、同町に避難指示が出され、有志らは町外に出た。同寺も建物が損傷したり、岩国藩士の墓石が倒れたりするなどの被害を受けた。

 昨年4月に避難指示が解除され、寺の再建は進むが、住職の矢内俊道さん(82)は「住民は町外の避難先から戻らず、墓は放置されたままだ」と嘆く。

 旧岩国藩主・吉川家を顕彰する岩国吉川会幹事長の西村栄時さん(77)は1999年に岩国市民に呼びかけて墓参したことがあり、矢内さんから墓の現状を聞いて、今回の供養祭を提案。現地に約30人で赴く予定という。

 西村さんは「異郷の地で散った七士の魂を弔い、福島の復興を願う機会にもしたい」と話している。

謎深き穏やかな剣士 家紋が縁 今も供養 新選組編(2) 山南敬助
 新選組結成時からの古参隊士で土方歳三とともに一時、副長を務めた仙台藩出身の山南敬助。あくが強く、荒くれ者のイメージが色濃い隊士の中にあって、屯所近くの住民と気さくに接するなど、穏やかで品性豊かな人物として今に伝わる。
 北辰一刀流の使い手で、1863(文久3)年10月、現在の大阪で起きた浪士による岩城升屋事件では愛刀「赤心沖光(せきしんおきみつ)」を折りながら奮闘。浪士撃退の功績で会津藩主松平容保公から金8両を賜るなど目覚ましい活躍を見せた。
 2004(平成16)年の大河ドラマ「新撰組!」で堺雅人さんが人情深く、心温かな山南役を演じ、知名度が高まった。

◆脱走の末◆
 山南を待っていたのは戦いによる死ではなく、切腹だった。
 山南は「江戸に行く」と書き残して屯所から姿を消し、京からわずか東に3キロほどの現在の大津市付近で捕縛された。隊からの脱走を企て、捕らえられた末に腹を切ったという。
 隊の規則で脱走は死罪に処される。そうした中で、局長の近藤勇の対応は謎を呼ぶ。放った追手は沖田総司ただ一人。剣の達人と知られた沖田だが、山南とは旧知の仲。状況次第では逃してもよい、とも受け取れる。
 脱走劇は何を意味していたのか。隊内での主導権争いに嫌気が差した、病気を苦にして隊を離れようとしたなど諸説あるが、活動の中核を担った山南の行動を巡る疑問は今なお残ったままだ。

◆享年33歳◆
 山南は1865(元治2)年2月23日、京都市中京区にある旧前川邸の一室で切腹して果てた。旧前川邸は、新選組が最初に置いた壬生(みぶ)の屯所の一つだった。
 「それまでの行動を考えると、隊を思った上での結果だったのではないか」。現在、旧前川邸を所有している田野十一士(ひとし)さん(63)=会社経営=は死に至った経緯に思いを巡らせる。
 新暦の命日に当たる3月20日に近い日曜日に「山南忌」を営む。「本懐は遂げられなかったかもしれないが、義と誠を貫こうとした精神は他の隊士と変わらなかったはず。こうした思いを参列者に伝えたい」。33年の生涯を閉じた室内で感慨深げな表情を浮かべる。
 山南の墓所は京都市下京区の光縁寺にある。当時の住職が山南と同じ家紋だった縁で亡きがらを引き取って供養した。中島隆憲住職(67)は「他の多くの隊士より早くこの世を去った。関心を持つ人が増えれば、山南がいかに優れた人物だったかが後世に残る」。多くの人が線香を手向ける墓所を見つめた。

( 2018/06/04 09:33 カテゴリー:主要 )

芸の世界で「義」貫く 戊辰150年 新選組編(3)慕う人々
 新選組副長などを務めた山南敬助を弔う今年の「山南忌」は3月11日、切腹した部屋が残る京都市中京区の旧前川邸で営まれた。多くの参列者が焼香の後、山南の墓がある近くの光縁寺を訪れた。その中で、ともに芸妓(げいぎ)の母・司太夫=だゆう=(56)、長女葵太夫(31)は静かに手を合わせた。
 「信義を貫いた山南の生き方がすてき」。母子ともに新選組のファンで会津びいき。会津藩士や新選組の隊士を顕彰する各地の行事に足を運んでいる。

◆太夫の親子
 司太夫は地元京都の出身。中学校を卒業後、芸妓の世界に進み、23歳から司太夫を名乗っている。芸妓には芸事はもちろん、高い教養が求められる。郷里の歴史を学ぶうちに幕末期の京と会津藩が切っても切れない関係だと知る。尊皇攘夷の機運が急速に広まる中、時流にあらがいながらも会津藩士や新選組の隊士が「義」を貫く姿に心を打たれた。
 会津藩や新選組の歴史を通じ、本県への関心を高めた。東日本大震災と東京電力福島第一原発事故発生後は相馬、南相馬両市や東北の被災地に通って慰霊の舞を奉納している。
 歴史に詳しい芸妓として講演依頼も舞い込む。一昨年は長州藩の志士として活躍した高杉晋作の没後150年を記念した山口県下関市での講演会に招かれた。自身が営む京都・祇園の飲食店で「薩長お断り」をうたっているほどの会津びいきにとって、高杉は“敵方”の中心人物。即座に断りの連絡を入れたが、熱意に押されて渋々承諾した。
 当日は意を決して壇上に『誠』としたためられた扇を広げ、「私は新選組や会津藩のファン。長州は敵だと思っている」と口上をぶった。隊士の斎藤一が会津に残って戦い続けたエピソードを語ったほか、新島八重、中野竹子ら会津女性の活躍にも触れた。参加者の反応は思いがけず上々だった。「敵地に乗り込む心境だった。思いを率直に語ったのが良かった」と振り返る。

◆追悼の舞
 葵太夫は11日に山南が好んだ舞「黒髪」を披露した。追悼の舞奉納は毎年のことだが、見守る司太夫の頬に一筋の涙が伝った。山南忌の3日前に母を亡くし、前日に葬儀を終えたばかりだった。「今年は(山南忌が)東日本大震災の日でもあったが、心動じることなく見事だった」とたたえた。
 「祖母は私が好きな道に進むのを応援してくれていた。つらく悲しかったが、私たちは芸妓。楽しみにしている人を裏切る訳にはいかない」と葵太夫はほほ笑む。新選組から学び取った「誠」と「義」を心の支えに母子は芸の道を歩む。

( 2018/06/05 09:54 カテゴリー:主要 )



あたふたしているうちに月替わり。

北海道
新撰組ゆかりの地巡って 函館市内13カ所地図で紹介 JTB旅館ホテル連盟など企画
 箱館戦争150周年を記念し、函館市内の新撰組ゆかりの地の魅力をPRしようと、JTB協定旅館ホテル連盟と函館ホテル旅館協同組合は共同で専用マップを作成した。土方歳三が最期を迎えたとされる一本木関門(若松町)など、函館市内のゆかりの地13カ所を地図付きで紹介した。

 1万5千部を発行。5月から同連盟と組合の加盟店や、市内観光施設に置いた。箱館戦争で犠牲となった旧幕府軍人を弔うために建てられた新撰組巡礼の聖地の碧血碑(谷地頭町)なども掲載した。

宮城
<戊辰戦争150年>「白石会議」現代に再び 列藩同盟ゆかりの地で歴史の転換点議論
 白石市は6月2日、戊辰戦争150年を記念して、奥羽越列藩同盟の発端となる会合があった白石城で、「白石会議2018」と銘打ったイベントを開く。研究者や列藩同盟にゆかりのある宮城、福島、山形各県の自治体関係者らが歴史の転換点を語り合う。
 白石城本丸広場に特設ステージを設け、東大史料編纂所教授で歴史学者の本郷和人さん(57)が戊辰戦争と幕末をテーマに講演する。引き続き、列藩同盟ゆかりの白石市の副市長、二本松市の教育長、米沢市と白河市の学芸員らが歴史とまちづくりを議論する。
 東北放送ラジオの番組「それいけミミゾー」の公開生放送もあり、山田裕一市長が出演する。
 白石会議は1868(慶応4)年閏(うるう)4月11日、新政府から追討令を受けた会津藩を救済しようと、奥羽14藩が白石城に集結。翌5月の31藩による奥羽越列藩同盟の結成につながった。
 市の記念事業「しろいし慕心(ぼしん)プロジェクト」の一環。甲冑(かっちゅう)やこけし絵付けの体験、各地の物産や軽食が楽しめるブース、賞品がもらえるクイズ大会もある。連絡先は市教委生涯学習課0224(22)1343。

福島
戊辰戦争150年会津の義感じて 地元市などが番組制作
 福島県会津若松市などは、戊辰(ぼしん)戦争150年を記念した特別番組「AIZU」を制作し、26日からBS4局で全国放映する。会津武士道の「義」をテーマに、大義▽道義▽信義▽忠義--の4編で構成。それぞれの視点でドキュメンタリー化した。

 戊辰戦争の歴史と会津の精神を広く発信しようと、市と関係団体で組織する市戊辰150周年記念事業実行委員会が制作した。

 番組は外国人を進行役に据えるなど、会津藩士の「義」にあふれた生きざまから見えるメッセージをグローバルな目線で描いた。会津松平家14代当主の松平保久さんや市民らが出演し、市内の名所やフィクション映像なども織り交ぜた。放映時間は各24分。

 大義編は26日午後1時からBS朝日で、道義編は27日午後4時半からBS日テレで、信義編は6月2日午後5時半からBSフジで、忠義編は同3日正午からBS-TBSで放映する。室井照平市長は「内容も難しくなく、会津の『義』を感じ取ってもらえると思う」と話した。

 6月26日午後6時半からは同市の会津稽古堂で一般公開も予定している。入場は無料で、先着200人。申し込みは市観光課(0242・39・1251)。【湯浅聖一】
戊辰戦争鶴ケ城天守閣など150年記念切手 会津地方で
11日から98郵便局で販売 1000シート限定
 日本郵便東北支社(仙台市)は戊辰(ぼしん)戦争150年を記念したオリジナルフレーム切手を製作し、11日から会津地方の98郵便局で販売する。戊辰戦争に関心を持ってもらい、地元を盛りあげようと企画した。

 図柄は福島県会津若松市の戊辰150年のロゴマークと市が所蔵する史料画像で構成。戊辰戦争の際に砲撃を受けた鶴ケ城天守閣の写真や、会津藩主で京都守護職時代の松平容保(かたもり)を描いた錦絵などをあしらっている。1シートは82円切手10枚で1300円(税込み)。1000シート限定で、うち40シートは15日から日本郵便のネットショップでも扱う。

 発売に先駆けて10日、日本郵便から同市の室井照平市長への贈呈式が市役所であった。室井市長は「どの切手も往時をしのぶ図柄で、いい記念になる」と感謝した。【湯浅聖一】

大阪
大阪の適塾で特別展 明治維新150年、戦争と平和考える機会に
 国指定重要文化財の史跡「適塾」(大阪市中央区北浜3、TEL 06-6231-1970)で5月29日、特別展示「戊辰(ぼしん)戦争~西南戦争をめぐる適塾関係者たち-軍制と医療から」が始まった。主催は大阪大学適塾記念センター(豊中市)。

江戸末期の町屋の遺構でもある「適塾」

 適塾は、医師で蘭(らん)学者の緒方洪庵が江戸末期に開いた私塾。同建物では6月10日の洪庵の命日に合わせて毎年、ゆかりの品々や関係資料を一般公開している。

 明治維新150年となる今年は、戊辰戦争と西南戦争の2つの内戦にフォーカスし、近代軍制の確立に貢献した大村益次郎や、軍医の養成に携わった緒方惟準(これよし)など、適塾関係者の活動を紹介する。

 適塾を研究する大阪大学の松永和浩准教授によると、戊辰戦争での高松凌雲の救護活動、西南戦争での佐野常民の博愛社(日本赤十字社)の設立など、適塾は戦争犠牲者を救済する人材も供給していたという。松永さんは「今年は維新150年だが、歴史の暗部が顧みられることは少ない。今回の展示では戦争の暗部にも光を当てており、戦争と平和の意義について考える機会になれば」と話す。

 開館時間は10時~16時。月曜休館。入場料は、一般=260円、高校生・大学生=140円、中学生以下無料。6月10日まで。

高知
シンポジウム明治150年記念 学芸員ら戊辰戦争語る さまざまな視点から紹介 高知・歴博 /高知
 明治元(1868)年から今年で150年を記念したシンポジウムがこのほど、県立高知城歴史博物館(高知市追手筋2)であった。明治維新期の戊辰戦争ゆかりの地にある博物館や美術館の学芸員らが、さまざまな視点で発表した。

 館の企画展「明治元年の日本と土佐~戊辰戦争 それぞれの信義~」の関連行事として開催。鹿児島県や福島県の学芸員ら4人が登壇した。このうち福島県立博物館の主任学芸員、阿部綾子さんは、元会津藩士の渋谷源蔵(1839~1909年)が明治39(1906)年に残した記録「雪冤一弁(せつえんいちべん)」を紹介。その中に敵だった薩摩藩出身者らから聞いたことを記している点について「明治維新後も、(戊辰戦争時に)誰がどういう風に行動し、感じていたのか、直接インタビューして書いているのが面白い」と話した。【松原由佳】
10年続いているというACTシアター志の輔らくご。私は2010年、2014年から毎年来ています。今日は同業者の友人と。

大忠臣蔵 〜仮名手本忠臣蔵のすべて

中村仲蔵

 毎年同じ演目を見聞きしているのだけど、涙が出て仕方が無い。

 歌舞伎の歴史始まって以来、例がない、稲荷町から名題への出世を経験した初代中村仲蔵。名題になって初めての役が、仮名手本忠臣蔵のうち斧定九郎の一役のみ。彼の出世に対する嫌がらせであるこの役に仲蔵は一生懸命取り組み、柳島の妙見様への願掛けあってか蕎麦屋で見かけた浪人者の形を写し、色悪というジャンルを初めて開拓する。

 弁当幕と呼ばれる五段目、冷たい水を浴びて花道に注目した客が見たのは、雨に濡れた真っ白い肌の浪人者。。今まで見たことのない定九郎に、みな息を呑む。そして。。

 革新するまでの産みの苦しみの物語でもあり、革新的なものが理解されるまでに時間がかかるという物語でもあり、因習に囚われず仲蔵を名題にまで引き上げた四代目團十郎の目利きの話でもあり、命をかけて一役に取り組む役者魂の話でもあり。。

 まるでそこに花道ができたようなACTシアターの演出も好き。
昼の部夜の部通しで観た。

海老蔵五役: 早変わりといっても……うーん、元の作品が独立した別の作品だからと言ってしまっては元も子もないのだけど、バラバラと独立した章なので早変わりにあまり価値がないというか。鳴神上人と雲絶間姫のくだりは面白かったけど、海老蔵がどうこういう以前に作品として平板だった。

弁天娘女男白浪……菊五郎の弁天が南郷力丸と一緒に浜松屋で騙りゆすりをする場面が本当にドキドキした。これが芸の力だと感心するし、これが音羽屋さんなのだなーと唸る。


(評・舞台)歌舞伎座「団菊祭五月大歌舞伎」 海老蔵の鳴神に孤高の面影
 団菊祭は過ぎ去った日を思い出させる。昼の通し狂言「雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら)」の高僧鳴神上人は、五年祭を迎える十二代目団十郎がおおらかだった。上人は龍神(りゅうじん)を滝壺(たきつぼ)に封じ込め、雨が降らない。雲の絶間(たえま)姫が高僧を破戒させ、龍神を解放して、雨をもたらす。

 海老蔵の鳴神は孤高の面影が濃い。菊之助の絶間姫が捨て身の誘惑を仕掛けると、一本気の性格がガラスのようにぽきりと折れる。この現代的センスが海老蔵である。他に粂寺弾正、早雲王子、安倍清行、不動明王を替わる。

 「女伊達」は、時蔵の女性の侠客(きょうかく)が、大きな間で見事な所作を見せる。

 夜「弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)」の幕が開き、武家娘に化けた菊五郎の弁天小僧が、左団次の南郷力丸を連れて浜松屋に現れると、懐かしさが胸にあふれる。

 屋敷風の奥ゆかしい黒の振り袖が、強請(ゆす)りがばれて片肌脱ぎになると、急によそよそしい借り物になる。娘の身体(からだ)が別人に変わり、「女装する男」が現れる。菊五郎の変幻自在さが、観客を江戸の夢に誘(いざな)う。

 「菊畑」は、団蔵の鬼一法眼の端正なたたずまいと、滋味を含んだせりふが、祖父八代目団蔵を彷彿(ほうふつ)させる。祖父は42年前この役を演じて引退し、孫に未来を託して四国巡礼に出た。その思いが実を結んでいる。

 「喜撰」は、六歌仙の喜撰法師が、江戸の風俗で廓(くるわ)通いをする。名品だった七代目三津五郎の瓢逸(ひょういつ)な味が、若い役者に出せるか。菊之助は正攻法で答えを出している。立役(たちやく)の外輪と女形の内輪の中間を行く難しい振りを正確に踊れば、そこに喜撰がいる。踊りの意味も味も振り付けの中にある。時蔵の祇園のお梶が七代目梅幸に似たスケールの大きさで、喜撰を包んでいる。(天野道映・評論家)

 26日まで。
歌舞伎團菊祭五月大歌舞伎 菊五郎 小悪党小気味よく=評・小玉祥子
 十二世團十郎の没後五年祭。夜の部に見応えがある。最初の菊五郎が弁天小僧を演じる「弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)」は、「浜松屋」から「滑川土橋」まで。菊五郎の時代と世話を使い分けた緩急自在なセリフ術が見事。女装して乗り込んだのが男と見破られ、「肝はふてえや」と居直ってすごむところなど、小悪党ぶりが小気味よく、左團次の南郷との息も合い、最期を遂げる「極楽寺屋根立腹(立ったままでの切腹)」までを運びよく見せる。橘太郎の番頭が軽妙で、梅玉の青砥藤綱がごちそう。海老蔵の駄右衛門、菊之助の赤星、松緑の忠信とそろう。

 中幕が「菊畑」。適材が配役された充実のひと幕。時蔵の虎蔵は、牛若丸らしいきびきびとしたところに加え、「色若衆」らしい色気がある。松緑の智恵内は線が太く、虎蔵への忠義心も感じられた。児太郎の皆鶴姫にいちずさと気性の激しさがうかがえ、坂東亀蔵の湛海が薄手な敵役ぶりを出した。団蔵の鬼一はセリフが明瞭で軍師らしい奥深さがあり、智恵内との腹の探り合いが、よく表現された。

 最後が「喜撰」。菊之助の喜撰の動きが美しく、時蔵のお梶との取り合わせも良い。

 昼が「雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら)」(奈河彰輔演出、藤間勘十郎演出・振り付け)の通し上演。海老蔵が早雲王子、安倍清行、粂寺弾正、鳴神上人、不動明王の5役をつとめるが、やはりおもしろいのは、通常上演される「小野春道館(毛抜(けぬき))」と「北山岩屋(鳴神(なるかみ))」。

 「毛抜」では粂寺弾正がおおらかで、雀右衛門の巻絹に腰元らしい弾んだ風情がある。団蔵の八剣玄蕃、彦三郎の秦民部と周囲もそろう。

 「鳴神」は海老蔵の鳴神上人が前半で堂々とした風情を出し、菊之助の雲の絶間姫の色香に迷っての堕落ぶりとの差異を際立たせた。菊之助は、単身、山奥に乗り込んできた芯の強さを感じさせる造形で、あでやかさもある。

 最後が美とはりのある時蔵の「女伊達(だて)」。【小玉祥子】

東京・歌舞伎座で26日まで
渡辺保
2018年5月歌舞伎座珠玉の「浜松屋」
今夜、私は歌舞伎座の団菊祭で不思議な体験をした。

 江戸の町の呉服屋の店先(黙阿弥の「弁天小僧」では鎌倉雪ノ下になってい

るがむろんこれは江戸の町の話である)。春の日の昼下がり、すでにほの暗い

店の一室で、女装した男の無頼漢の詐欺事件が、いま、私の目の前で起こって

いるという実感がしたのである。「弁天小僧」の浜松屋は、今まで何度見たか

知れない。しかしこの舞台でこんな体験をしたのははじめてだった。いつ見て

もそれは技巧を凝らした「お芝居」であり、役者の「芸」を楽しむものであっ

た。しかし今夜は奇妙なことに、いま、ここで事件が起きている、これは「お

芝居」でも「芸」でもなくて「現実」だという感じがしたのである。こういう

感じは現代劇でも最近は珍しいし、ましてや歌舞伎のような浮世離れした古典

劇では滅多にないことだが、それが演劇の写実の根本であることも事実である。

 どうして「弁天小僧」のような芝居でこんな実感が起きたのか。

 一つは菊五郎の弁天小僧と左団次の南郷力丸が芝居とは思えぬリアリティに

達したいたからであり、もう一つは周囲の役々のアンサンブルが水も洩らさぬ

緊迫感を持っていたからである。菊五郎の目が舞台のスミズミまで行き届いて

いるのがよくわかった。演劇ファン必見の舞台である。

 菊五郎の弁天は、花道へ出たところ、前回の変な化粧が改まって、たよたよ

とおぼつかな 気なところが娘姿にはまって、円熟した老いの艶に輝いている。

しかしそこまでは「お芝居」であり「芸」であった。型を守りながら自由な芸

境も前回に同じ。前回とは違うのは、緋鹿子の半襟をそっと抽斗に混ぜ、後ら

スーッと取るところからである。ここは型どころで難しいところであるが、全

く観客の目にも留まらぬリアルな自然さになる。自由自在というよりも現実な

のである。駄右衛門が出て男と決めつけられるところの微妙なニュアンスも違

っている。ここはギックリしてわざと男の声になるやり方が多いが、今度の菊

五郎は女の声である。その上で「桜の刺青」を指摘されると「シェーッ」と驚

くところもイキ一つで女でありながら男ともとれる微妙な声である。こう書く

となんでもないようであるが、そのイキ、その微妙さが自然でリアルに運んで

いるから、冒頭私がふれたような、いま、ここで事件の現場に立ち会っている

ような現実感になる。それでいて「知らざあ言って聞かせやしょう」はメリハ

リ十分で「悪事はのぼる上の宮」で煙管で下手上の方を指す姿は絵になってい

る。駄右衛門が「生けおく奴ではなけれども」と刀を取るとキッとなって左ひ

ざを立てて手を載せた具合もそのまま絵であった。無言で簪で煙管を通そうと

している姿もリアルな生活感にあふれている。しかもせりふで凄味を聞かせる

無気味さ、いずれもこの事件の中核を描いている。それから花道の引込みまで。

前回の自由さからさらに進んで芝居とは思われぬ、弁天の無頼ぶり目の当たり。

画期的な出来といわなければならない。

 周囲のアンサンブルまた然り。左団次の南郷の、これもまた手慣れて余裕た

っぷりな自在な芝居もいい。団蔵の浜松屋幸兵衛がいかにも大店の主らしく、

市蔵の狼の悪次郎、橘太郎の番頭。この番頭が音頭を取る前後三回の「ヤアヤ

アヤア」がそれぞれその時に応じて不安、驚き、呆然のニュアンスを聞かせて

アンサンブルがとれている。これに交じって種之助の宗之助が柔らか味を出し

ているのは偉い。

 一方海老蔵初役の駄右衛門は、障子を細目に明けて弁天たちのやり取りを聴

いているのはいいが、菊五郎や左団次の間に入るとせりふの輪郭がぼけるのは

期待外れ。松也の鳶頭は動きがもっとキリッと締まるべきだ。

 次が稲瀬川勢揃い。

菊五郎の弁天は花道へ出たところ、逆七三での見得が錦絵の美しさ。しかし舞

台全体は浜松屋の緊密感を失っている。その理由は、この場が浜松屋とは違っ

て様式的だからであり、そうなると菊五郎左団次のベテランに対して、日本駄

右衛門の海老蔵、忠信利平の松緑、赤星十三郎の菊之助の若手三人の、せりふ

廻しの味の格差が大きいからである。

続いて極楽寺大屋根の立腹、山門、滑川の三場。

菊五郎の弁天はさすがに立ち廻りが無理だが、きまった時の姿、顔かたちはや

はり絵である。海老蔵の駄右衛門はこのはなやかな道具の中で意外にも貧相に

見える。睨みもさして効かないのは、こういう形容本位の役が現代の役者には

苦手だからだろう。

最後に青砥藤綱を梅玉が付き合う。脇の侍は秀調と権十郎、捕り手は九団次と

広松。贅沢な大詰である。

夜の部はこの後団蔵、時蔵、松緑の「菊畑」と菊之助、時蔵の舞踊「喜撰」が

あるが、この二本には問題がある。

団蔵初役の鬼一は、その風采がいかにも鬼一らしく、かつはせりふが明晰で客

席に通るが、そのせりふが明晰なのに味がないのは、今日はまだ初日が開いて

二日目のせいもあるだろうが、肚が薄いからであり、言葉の裏の意味、二重三

重の深さが出ていないからである。動きの造形にも深味がない。たとえば「晴

れの草履」などもっと様式的な芝居なはずである。ニンからいえばいい鬼一で

あり、この役は七代目団蔵の当たり芸であり、八代目引退の役でもあって団蔵

家にはゆかりの役。是非練り直してほしいと思う。

時蔵初役の虎蔵は、女形であるためにキッとしようとして、かえって変化に乏

しく色気が薄い。この役はやり過ぎるほど突っ込まないと面白くない。ことに

後半智恵内と二人になってからのノリ地は内輪過ぎてノリが悪く、動きにも義

太夫狂言らしいコクがない

松緑二度目の智恵内は、浅黄幕が振り落とされての第一印象が顔が小さくて引

き立たないのは是非もないが、奴たちの芝居になってからはしっかりして分の

悪さを取り返した。しかし後半はまだ愛嬌が足りず、動きの面白さもやはり義

太夫物らしさが足りない。

児太郎の皆鶴姫は品があるのがいいが、くどきはこれも色気がない。亀蔵の笠

原湛海は憎々しさが足りない。

かくて床の葵太夫、寿治郎の奮闘にもかかわらず水っぽい「菊畑」になってし

まった。現代の歌舞伎役者にとってこういう形容本位の作品が苦手なのはわか

るが、もっと芝居らしい造形を考えなければ折角の名作がつまらなくなってし

まうだろう。

さらに問題なのは菊之助初役の「喜撰」である。藤間勘十郎振付で、いつもと

は居どころが違って喜撰が上手、お梶が下手にいく。お梶が小町のパロディで

あることを考えると逆の方がいいと思うが、それはそれとして菊之助がその居

どころをハッキリ掴んでいないのはよくない。チョボクレになる時の居どころ

が微妙に違ってくるからである。

菊之助の喜撰は、花道へ出たところ、片足男で片足女で踊るという口伝を重く

見たせいか、女流舞踊家が踊っているような、しかも真面目さが出て不思議な

違和感がある。口伝はともかくも喜撰は鼻下に青たいを塗った役である。その

可笑し味、洒脱さがなければならないだろう。こうなるのは、この役がこの人

のニンにないからである。

菊之助は勉強家であるが、この喜撰は振りの意味もよく理解されていないよう

に見える。たとえば花道の振り一つをとっても、「小町桜の眺めに飽かぬ」で

桜の枝を立てて見上げるところは、この桜が小町でありお梶であってただの桜

ではないということが表現されていない。「眺めに飽かぬ」という、その見惚

れる情感がないからである。

時蔵の茶汲み。お迎い坊主は権十郎、歌昇以下若手総出。長唄は勝四郎、巳太

郎、清元は延寿太夫、美治郎。

この夜の部に対して昼の部は十二代目団十郎五年祭の追善とあって海老蔵五役

出ずっぱりという奮闘で「雷神不動北山桜」の通し。

海老蔵の五役はまず口上があって筋が分かり易い。それから登場順に敵役の早

雲王子、白塗りの陰陽師安部清行、裁き役の粂寺弾正、荒事の鳴神上人、最後

が不動明王。なかでは鳴神が図抜けて第一等の出来。その色気といい、線の太

さといい、鷹揚な愛嬌といい、役が手に入って来た余裕といい、いい鳴神であ

る。雲の絶間姫との濡れ場も菊之助の雲の絶間姫との釣り合いもよく、この通

しでは全幕中一番の出来である。

続いて粂寺弾正と行きたいところであるが、鳴神と違ってこっちにはいろいろ

問題がある。まず花道を出たところ、豪放さを出そうとしてか体に締まりがな

い。豪放さと放漫さとは同じではない。この男は荒事の豪快さを含みながら小

野家の悪を一掃する知恵者であり、いわゆる裁き役であって、そこが単なる豪

快さだけではないからである。知性の爽快さがなければならないと思う。

お約束の五つの見得は形がよく出来ているが、手足のスミズミまで力が入って

いなければならないところで多少のスキがある。つい形だけになるのである。

さらに問題なのはせりふ。高音部を引っ張って多用しているが、その高音部が

割れて甘ったるい。鳴神よりも大分成績が下がるのはそのためである。

ユニークなのは安部清行、百歳を生きてなお若々しく美しいという不思議な役

で面白い。海老蔵のニンからいえば白塗り、烏帽子姿の絵から抜け出て来たよ

うな姿がこの人に一番合っている。ただ設定が面白い割には台本上あまり書き

込まれていないために仕どころがなく、かつは早替わりのために印象が散漫に

なった。

不動明王は、原作でも形容だけだからとこういうほどのことはない。

早雲王子は、これも悪の見せ場がないために折角の大目玉を剥いて見せてもあ

まり効かないのは残念である。

周囲の役にふれよう。菊之助の雲の絶間姫は、今月この人三役中一番の当たり。

とかく女形になると冷たく理知的に見える人が、ここでは色気もあり、美しさ

もあり、一切底を割らずに芝居を運んで安定している。ただしこの人の持ち味

で鳴神の寝たあと、お許しなされて下さりませといって、はじめて真情を見せ

る真実味が一番いい。優美で知的なのである。

いいもの。雀右衛門の腰元巻絹。大輪の花といい、前後の気配り、芝居に気が

入っていて、弾正を振っての引込みの「ビビビビビーイ」がうまい。

続いて団蔵の八剱玄蕃。どっしりとして悪が効いてさすがに小野家の御家老職。

次が斎入と市蔵の白雲黒雲。二人のイキの合い方、芝居の自在な運びのうまさ。

これで海老蔵と菊之助がどれだけ引き立ったか。これで花道引込みの「ズボン

ボエエ」がもう一杯派手ならば面白いのに惜しい。

いいものは以上五人。

他に錦之助の関白基経、家橘の小松原中納言、友右衛門の小野春道、市蔵の小

原の万兵衛、彦三郎の秦民部、松也の文屋豊秀、児太郎の秦秀太郎、広松の小

野春風、梅丸の錦の前、九団次の数馬。

この通しのあとに時蔵の舞踊「女伊達」。時蔵がさすがに立女形の格を見せる。

長唄は鳥羽屋里長、栄津三郎。

 


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長谷部浩
【劇評107】豊潤にして澄み渡る心境。菊五郎の弁天小僧
歌舞伎劇評 平成三十年五月 歌舞伎座夜の部

五月團菊祭の歌舞伎座。夜の部は、菊五郎の世話物極め付きというべき『弁天娘女男白浪』が出た。
昭和四十年六月、東横ホールで初めて演じてから、五十年あまりの歳月が過ぎた。今回は満を持して、「浜松屋」と「稲瀬川」だけではなく、菊五郎自身が「立腹」で立廻りを見せ、滑川土橋の場まで半通ししたところにも並々ならぬ意欲を感じた。
五代目菊五郎が初演し、六代目、七代目梅幸、当代と続き、また現・菊之助も襲名以来重ねて演じてきた狂言である。音羽屋菊五郎家の家の藝の代表というべき作品である。菊五郎は、豊潤な色気を失わず、不良の魅力を発散している。しかも、春の澄んだ空と通じるようなむなしさ、悲しみさえ感じさせた。
まず、「浜松屋」では、「見顕し」にすぐれている。作為はほとんど感じさせず、嫁入り前の武家の娘から、稚児上がりの小悪党まですらりと変わっておもしろい。「稲瀬川」では、当然のことながら海老蔵の日本駄右衛門を圧する気迫がある。さらに「立腹」では、立廻りの手は短くなっているものの生きることの懸命さをすっと手放してしまった悪党の心がよく伝わってきた。松也の鳶頭、種之助の宗之助、寺嶋眞秀の丁稚長松を見ていると、世代が確実に交替しつつ、菊五郎劇団のDNAが受け継がれていくのを感じた。
團蔵の幸兵衛、橘太郎の番頭、市蔵の狼の悪次郎、梅玉の藤綱。
続いて久しぶりに『菊畑』が出た。
松緑の智恵内、團蔵の法眼、児太郎の皆鶴姫、時蔵の虎蔵。それぞれの心の葛藤を、義太夫に乗せて芝居にしなければならぬ至難な狂言を次ぎに繋げるために健闘している。時蔵は先月から大変な活躍振りで、立女形としての実力を東都に知らしめている。ただし、色若衆となると、出では女方の色が強く違和感を感じさせた。後半はさすがの実力で若衆ならではの身のこなしを見せつける。
いずれは『六歌仙容彩』の通しが期待される菊之助。女方舞踊だけではなく、立役の舞踊も、勘三郎、三津五郎なきあとは、この人が規矩正しく継承していくのだろう。その試金石となるのが、今月の『喜撰』と六月の『文屋』である。
『喜撰』についていえば、茶屋の女にのぼせた高僧ではあるけれど、品格を決して失わないところがいい。ちょぼくれ、ワリミも軽やかにこなしている。ただ、こうした演目は、技巧の確かさを消していくことが必須となる。それには回数を踊って、自然体を獲得する過程を経なければならない。千穐楽近くにもう一度観てみたいと思わされた。二十六日まで。

どこで間違ったか17時開演を19時開演と思い込んで余裕あると東急本店の書籍コーナーをブラブラしていた。コクーン入り口を17時5分過ぎ覗き込んだら何かシーンとしているので確認したらもう開演してた(汗)。すみません、開演してから係員の方に案内してもらって入場する駄目な客です。。

端の方ではありましたが前から3列目で役者さんたちの生の姿が見えるところでしたので強烈でした。演出上かなり客席側に役者さんが登場することも多かったので七之助さんや梅枝さんが近いところで見られて眼福です。

いいところのボンボンで美男子で放蕩癖がある与三郎が木更津に流れてきて、主ある花のお富と出会って恋に落ちたのが運の尽きで、後はひたすら転落する人生。親分と手下に見つかって袋だたきに遭った。拾ってくれた蝙蝠安とともにゆすりたかりで食べていくしかない。その中でお富と再会し、お富を預かっている旦那は立ち直れるようぽんとお金を出してくれるがすぐにお富と金を使い果たし、次は殺人に巻き込まれる。掴まって島送り。島抜けに成功するものの……。

墜ちていくのに内面がどこかピュアな(お育ちがいいということなのか、ラストで明らかになる素性ゆえのピュアさなのか)与三郎が七之助さんに似合う。

お富さんはひたすら美しい。でも妾稼業で収入のある男に頼らないと生きていけない。与三郎を愛していることと世過ぎの手段は別。

笹野さんのじいやと蝙蝠安の二役も強烈。

歌舞伎じゃなくてコクーン歌舞伎だからか、何か喉にひっかかるような異物感がある。与三郎はリアルの江戸じゃなくて心の中の江戸に焦がれて死んだのかな。。


渡辺保
2018年5月コクーン歌舞伎孤独な与三郎
 エピローグの与三郎の姿が目に沁みる。

晴れ渡った青空、白い雲の湧く下で、たった一人七之助の与三郎が舞台に座っ

て、天に向かって「しがねえ恋の情が仇」という名セリフをつぶやく。

 周囲には誰もいない。お富も安も多左衛門も。むろん装置もない。ついさっ

きまで舞台いっぱいにひしめいていた捕り手の無数の提灯も当時は世界第一の

百万都市であった江戸の群衆もここにはいない。与三郎はたった一人である。

たった一人にならざるを得ない運命を生きて来たからである。人間は本来孤独

だというような話ではない。与三郎だけが一人ぽっち。痛切な孤独感である。

それが身に沁みる。

 こういう与三郎をはじめて見た。原作は「与話情浮名横櫛」であるが、こう

いう与三郎の肖像は、原作にも歌舞伎の舞台にもない。串田和美(演出・美術)

木ノ下祐一(補綴)のつくった「異本」である

 もう一つ私が感心したのは、与三郎の「傷」である。今度の本では二幕目嬲

り斬りにあった与三郎が蝙蝠安に助けられてコンビになる。その時、安はこの

与三郎の傷を強調して人を脅かすことを思いつく。どんなに強がっている人間

も与三郎の傷を一目見るとギョッとしてたちまち安の要求をのむ。余りに無惨

な傷跡だからある。原作では与三郎自身が源氏店で「傷がもつけの幸いに」脅

迫強請をしたといっているのと、次の和泉屋の店先で手代たちがおびえる件り

が書かれているだけだが、今度の台本ではこの傷を看板にした脅迫が無言のう

ちにうまく描かれていてその後にいつもの「源氏店」になる。つまりこの傷の

恐ろしさが強調されている。原作を読めばわかるが、この傷こそが与三郎を孤

独にした原因なのである。

 しかし最近は美男の二枚目役者十五代目羽左衛門の与三郎以来、与三郎の傷

は細く小さく美しくさえなっているが、初演の与三郎の八代目団十郎の弟九代

目団十郎の写真を見ると、この傷は不気味でグロテスクで恐ろしいものなので

ある。

 その傷がドラマの根本にあるのが明確になったのは台本の功績である

 以上二点、私が感心したところである。後は順を追って書いて行こう。

 今度の舞台は三幕仕立て(原作は九幕十八場である)。今度の序幕発端は、

扇雀、亀蔵、  笹野高史らが、原作の序幕のいきさつを口上風にまとめて話

すシーン。つづいて木更津見染め、逢引、嬲り斬りの三場。ここは七之助の与

三郎、真那胡敬三の赤間源左衛門、亀蔵の海松杭の松、いずれもさしたること

もない。梅枝のお富は意外に艶っぽさがうすい。有名な「いい景色だねえ」を、

与三郎と二人っきりでいうのが散文的である。あれは与三郎を見て思わず「い

い男だねえ」というところを周囲の人に気づいて「景色」といいまぎらすとこ

ろに色気が出るので、二人っきりでは気が抜ける。しかしこの序幕はテンポよ

く手早く済んで観客大助かりである。

 十分の幕間で、前述の与三郎が蝙蝠安に救われるところがあって源氏店にな

る。

 七之助の与三郎は序幕はともかくも二幕目になるとどう考えても、女形のこ

の人にはムリな配役であるが、それをとにもかくにも与三郎らしく見せたのは

串田和美の功績である。たとえばあの傷の一件を描いてこれはいつもの与三郎

とは違う、一人の青年の運命としてみせる布石もそうだし、源氏店になると「し

がねえ恋」を歌舞伎調でいわせておいて、「命の綱の切れたのを」で音楽を入

れて途端にせりふはリアルにするという工夫もその一つである。この演出で七

之助は大いに助かっている。それとは別に七之助のいいのは、カドカドの見得

で一度きまってもう一度顔を振り込む、その角度のよさである。いずれも絵に

なっていて、この最後の瞬間にいつもの与三郎らしい味わいを見せたのは偉い。

大手柄である。

 梅枝のお富、扇雀の多左衛門、亀蔵の藤八、笹野高史の安、いずれも大過な

く、異本は異本なりに、源氏店らしくなった。

 次が和泉屋の強請で(この場を「和泉屋兄妹の場」というのは、多左衛門と

お富が兄妹だとわかるからだろうが、この場割の名称は違和感がある)、源氏

店からここにかけては原作を膨らませて一日中一番の見どころである。

 しかしそこからがいささか脱線する。会津屋という男が突然出て来て、お富

に惚れ、与三郎はお富を会津屋の妾にする。ところがそれを弟分のつん助がば

らしてしまうので、与三郎はこれを殺す。「与三郎初殺しの場」というのもお

かしいし、そのあと与三郎の実の母小笹(この女の正体も千葉家のお家騒動を

全面カットした以上、観客にはわからない)が病死するのを蝙蝠安に殺しと見

られ、その安を追っているうちに安は橋から落ちて死んでしまう。そこで捕り

手にかこまれて与三郎逮捕。ここまでが二幕目で、その後に十五分の幕間になる。

 源氏店から和泉屋まではいいが、この脱線は無理がある。第一この一件は逢

引の二番煎じめいているし、芝居としても面白くない。思うに与三郎島流しの

原因に殺人四件(会津屋、小笹、つん助、安)をもって来ようとしたのだろう

が、たとえ冤罪でも四人殺せば打ち首獄門で、島へ流されるはずがない。

 三幕目は原作の「島の為朝」をカットして島抜け、元山町伊豆屋、観音久次

の内、そしてエピローグにつながる。

 島抜けはスペクタクルで、与三郎が大浪のなかを脱出するところ、舞台端に

並んだ岩だか捕手だかの人間たち十数人の人間を与三郎が跳び箱のように飛び

越すと拍手がおこる。人間スペクタクルというべきか。

 元山町伊豆屋は、私にはかつて見た十一代目団十郎の与三郎、三代目左団次

の忠助の別れの、哀切きわまりない舞台がよみがえるが、笹野高史の忠助、七

之助の与三郎ともにあっさりしている。伊豆屋喜兵衛は勘之丞。

 最後の「観音久次」の内は、私ははじめて見たが、原作のくどいところを整

理して、扇雀の久次が舞台を締めている。

 こうしてみるとお富は、与三郎に劣らず有為転変の人生を送っていることが

よくわかるが、梅枝のお富はそのかわり目があまり鮮明ではなかった。もっと

もこれは梅枝のせいというよりも台本、演出の問題かもしれない。

 以上、全篇三時間十五分という大長編である。

 

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米国旅行でホテルと機内の乾燥で喉をやられました。熱は今朝方収まりましたが、咳と痰が……明日以降仕事が入っているのでちときつい。

茨城
維新後の困窮如実 水戸藩士、幕末尊攘で脚光県立歴史館研究員 記述の手紙発見 耕雲斎の孫 援助にひれ伏す
幕末の尊王攘夷(じょうい)運動で脚光を浴びた水戸藩の武田金次郎ら上級藩士たちが、明治以降、経済的に困窮し不遇な晩年を送った実情を示す史料が見つかった。維新後、伯爵となった水戸藩出身の幕末志士、香川敬三が書き残した手紙類を、県立歴史館主任研究員の石井裕さん(41)が研究し、今春、「常陸大宮市史研究」で発表した。明治維新150年の今年、激動の時代に翻弄(ほんろう)された旧藩士たちの知られざる悲運が明らかになった。


水戸藩は幕末、尊王攘夷思想に連なる水戸学で吉田松陰ら多くの志士たちに多大な影響を与え、「維新の先駆け」となった。しかし、天狗党、諸生党による激しい藩内抗争で多数の人材を失い、明治維新に乗り遅れたといわれている。

石井さんは、皇學館大学(三重県)が管理する香川敬三の子孫の家に伝わる文書を研究。天狗党を率いた武田耕雲斎の孫、金次郎の晩年の困窮ぶりを、香川が知人に明かした手紙を発見した。

金次郎は天狗党の乱に参加後、王政復古によって朝廷から罪を許され、藩の実権を掌握。維新後、諸生党に対し激烈な報復を行い藩内は極度の混乱に陥った。廃藩置県後の晩年はあまり知られていなかった。

手紙は、1894(明治27)年12月23日付。金次郎が亡くなる約3カ月前の生活苦を生々しい描写で伝えている。手紙によると、香川が栃木県の塩原温泉に赴いた際、道端の粗末な小屋で暮らす、体が不自由な金次郎と出会った。物乞い同然の姿に驚き、香川が金銭を渡すと金次郎は喜んで受け取り、ひれ伏した。その様子に香川は何度も涙したとつづった。

香川は手紙で「自分は廃藩後、金次郎に数百円の援助を行った。旧藩主や旧重臣はどのような援助をしたのか。このまま『見せ物』のように放置した揚げ句、病死でもしたら水戸藩の恥である」とも記した。

金次郎はその後、水戸に連れ戻され、間もなく48歳で亡くなった。

別の手紙には、混迷する幕末の水戸藩を主導した鈴木重義、三木直ら尊王攘夷派の上級藩士に関する記述もあった。鈴木は晩年、経済的に困窮を極め香川や山口正定ら同藩出身の成功者に度々借金を申し出ていた。

三木は徳川光圀を養育した名門の末裔(まつえい)で、余生を神職として送ったが、最晩年は貧困にあえいだ。常磐神社宮司の座を目指したが、かなわなかった。

石井さんは「旧水戸藩士たちの晩年が経済的に苦しかったことがはっきりと分かる貴重な史料」と評価。幕末から明治にかけ、激動の時代を生きた旧藩士の栄枯盛衰に思いをはせ、「武田金次郎らは維新当初、いっときは勝ち組だった。全体を見たとき、果たして勝者と言えたのだろうか」と話した。 (勝村真悟)

千葉
戊辰戦争150年 市川・船橋の戦跡巡る 27日、参加者を募集 /千葉
 明治維新期の戊辰戦争から150年を迎えたのに合わせ、船橋、市川両市周辺が戦地となった「市川・船橋戦争」の戦跡やゆかりの地を巡る「戦跡巡礼まち歩き」が今月27日に開かれる。会津藩や岡山藩など各地から参戦した戦死者を弔うため、各地域の出身者の参加も募っている。

 「ふなばし街歩きネットワーク」など船橋、市川、鎌ケ谷3市のガイドボランティアたちが実行委を作り、企画した。

 市川・船橋戦争は1868年に起きた戊辰戦争の局地戦。江戸城の明け渡しに反発し、江戸から転戦した会津藩などの旧幕府軍が船橋大神宮(船橋市宮本)、中山法華経寺(市川市中山)などに本陣を構えた。福岡藩や岡山藩などの新政府軍と戦い、市川や船橋の村は戦火にさらされた。

 大神宮には焼けたケヤキの木とその脇から新たに育った若木が今も残り、ご神木となっている。藩士らの戦死者は諸説あるが30人を超えたという。

 まち歩きでは、午前10時から、船橋市の海神公民館で郷土史家の綿貫啓一氏が講演。午後1時に出発し、市川コースと鎌ケ谷コースに分かれて戦死者の墓地などを巡る。船橋コースのまち歩きは6月9日に開催する。

 企画した街歩きネットワークの石本拡子さんは「亡くなったのは若い藩士たち。船橋や市川でも戊辰戦争があったことを知ってほしい」と話している。

 参加費は弁当付きで1200円。申し込みはネットワーク(047・422・0596、メールcct@chiba-net.or.jp)。【小林多美子】

東京
新選組隊士800人参上…日野でまつり
 新選組副長・土方歳三が生まれ育った日野市で12、13日、「ひの新選組まつり」が行われた。13日の「隊士パレード」では、全国から新選組ファンら約800人が参加し、隊士に扮ふんしてゆかりの地を練り歩いた。

 土方の命日(5月11日)に合わせた恒例行事。メインの隊士パレードは、土方らが剣術の稽古に汗を流した日野宿本陣周辺で行われ、馬にまたがった土方と、局長・近藤勇役に続き、水色の隊服を着た参加者が続々と登場。沿道に詰めかけた人たちが、さかんにカメラのシャッターを切っていた。

 土方役を務めた大阪府松原市の会社員、三宅智美さん(31)は「ずっと土方に憧れていた。夢の中にいるようで、感慨深かった」と目を潤ませていた。

ひの新選組まつりきょう 大阪の三宅さん、念願の土方役に /東京
 新選組副長を務めた土方歳三の出身地、日野市で13日に行われる「第21回ひの新選組まつり」のパレードの新選組幹部役を選ぶ「隊士コンテスト」が12日、同市の高幡不動尊で行われ、大阪府松原市の会社員、三宅智美さん(31)が土方役に選ばれた。

 祭りは土方の命日の5月11日に合わせて開かれ、全国から約4万5000人が集まる。メインイベントは、新選組愛好家や市内の保育園児ら約800人が新選組の隊士に扮(ふん)して甲州街道を練り歩く「隊士パレード」。土方や局長の近藤勇ら幹部役はコンテストで選んでいる。2次審査では土方が亡くなる前日、函館の五稜郭で戦死した新選組の仲間に思い出を語りかけるセリフを再現して競った。

 三宅さんは8年ほど前からコンテストに参加。念願の土方役を初めて射止めた。「観客がほれぼれとするような土方を演じたい」と抱負を語った。【黒川将光】
〔都内版〕

われらが新選組 いざ参上! 日野で800人パレード 
白馬に乗り堂々と胸を張って進む土方歳三役の三宅さん=日野市で

写真
 日野市出身の新選組副長、土方歳三らの勇姿を再現する隊士パレードが十三日、同市のJR日野駅周辺で開かれた。市最大のイベント「ひの新選組まつり」のハイライトで、約八百人が隊士らになりきって旧甲州街道を進み、声援を浴びた。(栗原淳)

 五月十一日の土方の命日に合わせ、市民や団体でつくる実行委員会が毎年この時期に開いており、今年で二十一回目。

 局長の近藤勇や土方ら、パレードを率いる幹部は、前日の「隊士コンテスト」で選ばれた。コンテストには全国から応募があり、今年の主役・土方は、大阪府松原市の会社員三宅智美さん(31)が務めた。

 市内で剣道に励む子どもたちなどに先導され、羽織はかま姿の隊士が続々と登場。黒の上着を羽織った三宅さんは沿道からの「副長!」「歳三さんかっこいい!」との声に手を振ってほほ笑んだ。一行は時折立ち止まり、剣を抜いて「エイ、エイ、オー」と勝ちどきを上げて盛り上げた。

 三宅さんは、雨のためパレードが途中で中止になったのを残念がりながら「応援が温かかった」と目標の土方役を終えた感想を話した。

 今回初めて、市内の留学生ら十人による外国人隊士を試行的に編成。実行委員長の山口徹雄さん(54)は「近年は若者や海外の人にも新選組ファンが増えている。市民手作りの祭りを国内外に発信したい」と今後への意欲を示した。



ども、白牡丹です。5泊7日の米国出張から無事に戻ってきました。

福島
戊辰戦争鶴ケ城天守閣など150年記念切手 会津地方で
11日から98郵便局で販売 1000シート限定
 日本郵便東北支社(仙台市)は戊辰(ぼしん)戦争150年を記念したオリジナルフレーム切手を製作し、11日から会津地方の98郵便局で販売する。戊辰戦争に関心を持ってもらい、地元を盛りあげようと企画した。

 図柄は福島県会津若松市の戊辰150年のロゴマークと市が所蔵する史料画像で構成。戊辰戦争の際に砲撃を受けた鶴ケ城天守閣の写真や、会津藩主で京都守護職時代の松平容保(かたもり)を描いた錦絵などをあしらっている。1シートは82円切手10枚で1300円(税込み)。1000シート限定で、うち40シートは15日から日本郵便のネットショップでも扱う。

 発売に先駆けて10日、日本郵便から同市の室井照平市長への贈呈式が市役所であった。室井市長は「どの切手も往時をしのぶ図柄で、いい記念になる」と感謝した。【湯浅聖一】

特別展村人が見た戊辰戦争 きょうから福島で /福島
 今年の戊辰(ぼしん)戦争150年を記念した特別展「村人たちの戊辰戦争」が21日、福島市春日町の県歴史資料館で始まる。戦闘の発生を警戒して築かれた陣地や防塁の絵図など、当時の村人が戊辰戦争をどう捉えていたかを伝える史料42点が並ぶ。

 奥羽越列藩同盟が会津藩を支援したため、県内でも新政府軍との戦闘の機運が高まる中、山崎村や藤田村(ともに現在の国見町)に築かれた陣地や防塁を示す「山崎村絵図」からは、戦闘を恐れた村人の様子が伝わる。

 現在の伊達市梁川町に居住していた堀江家に伝わる文書は、戊辰戦争の発端となった鳥羽・伏見の戦いの様子を詳しく伝える。1868(慶応4)年に梁川町で販売されていた「中外新聞」も、旧幕府軍側の視点で戦闘の行方が記され、戦争が村人の大きな関心事だったことを示す。

 戊辰戦争を控えた66年に社会変革の「世直し」を求め、信夫郡と伊達郡の農民が起こした一揆の様子を伝える「信達騒動風説記」、この一揆の参加者が作成した連判状「慶応二年寅五月廻状」なども並ぶ。

 資料館の山田英明専門学芸員は「戦闘に加わらなかった村人に注目することで、戊辰戦争を立体的に見ることができる」と話す。

 8月19日まで。無料。6月中に一部史料を入れ替える。問い合わせは資料館(024・534・9193)。【岸慶太】

会津藩士の刀剣や銃器 会津若松・鶴ケ城で特集展第2期
 戊辰150年の節目に合わせて、刀剣や銃器など通し会津藩士らの戦いを振り返る鶴ケ城特集展示「武器と武具」は11日、会津若松市の鶴ケ城天守閣で始まった。

 幕末期の会津の刀匠が手掛けた名刀や、戊辰戦争で使用されたのと同型の武器などを公開している。7月17日まで。

 本年度行われている幕末と戊辰戦争に関する特集展示の第2期。会津武士にとって所有することがステータスシンボルになっていたという三善長道の名刀など約40点を展示している。

 戦闘によって胸の部分が大きくへこんだ甲冑(かっちゅう)やスペンサー銃なども並ぶ。

 若松城天守閣郷土博物館の湯田祥子学芸員は「実際の戦いの様子がどうだったか、展示を通して感じ取ってほしい」と来場を呼び掛けている。

 時間は午前8時30分~午後5時(入場は同4時30分)。天守閣入場料は大人410円。

 問い合わせは会津若松観光ビューロー(電話0242・27・4005)へ。

東京
ひのたまで観光PRタッグ 多摩市・ラスカル 日野市・新選組
 観光イベントでの集客などにつなげようと、日野、多摩両市は「ひのたま」と名付けた連携事業をスタートさせた。京王線沿線の隣接する自治体同士が、地元ゆかりのキャラクターを相互にPRするなどして、観光振興効果を狙う。(栗原淳)

 「ひのたま」のシンボルとして、人気アニメ「あらいぐまラスカル」に登場する「ラスカル」が新選組の隊旗を掲げるイラストを作成した。アニメは多摩市にスタジオを構える日本アニメーションが制作。新選組副長の土方歳三を生んだ日野市は「新選組のふるさと」をアピールしている。

 四月に観光連携協議会が発足し、両市のほか、映画やドラマのロケを誘致する両市の二団体などが加わった。第一弾として、多摩市の多摩センター駅周辺で今月三~五日に開かれた「こどもまつり」で、土方歳三の写真を拡大プリントしたパネルを展示。新選組にふんしたパフォーマーによる寸劇なども披露された。

 同市の聖蹟桜ケ丘駅前では秋に「ラスカル子ども映画祭」があり、市経済観光課は「『ひのたま』を通じて日野市民にもラスカルを身近に感じてもらい、映画祭にも足を運んでもらえれば」と期待する。

 両市はラスカルや新選組を、地元を特徴づけるコンテンツと位置付け、内外にアピールする。日野市シティセールス推進課は「根強いファンが多い有力なコンテンツを協力して発信し、観光振興や新住民の獲得につなげたい」と話している。

新潟
戊辰戦争死者に鎮魂の祈りを 150周年記念、7月14日に合同慰霊祭 上越市に福島・白河市伝書 /新潟
キャラバン隊「釜子道中記」逆コースで届ける
 福島県白河市から上越市に7日、戊辰戦争150周年を記念して白河市で7月14日に開かれる合同慰霊祭への参加を促す「伝書」が徒歩で届けられた。白河に高田藩の飛び領があった縁で、代表者が7日間かけて350キロ歩いてきたという。【浅見茂晴】

 白河市は、白河戊辰150周年記念事業実行委員会を設置。関係する全国17市にキャラバン隊を仕立てて、合同慰霊祭への参加を呼びかけている。

 この日、キャラバン隊の一行は高田城三重櫓に入り、白河市長が上越市長に宛てた伝書を上越市の影山直志・自治・市民環境部長に手渡した。同実行委の人見光太郎会長は「白河は両軍の戦死者をまつってきた。どうか鎮魂の気持ちをささげに来てほしい」と述べた。

 歩いて伝書を運んだのは有賀一裕さん(36)。江戸時代、高田藩士が高田から飛び領の白河市東釜子までを歩いた旅行記「釜子道中記」にならい、道中記と逆のコースを踏破してきたという。有賀さんは「山越えは苦しかったが、先人が伝えた文化をつなげていきたい」と話した。

 戊辰戦争時、白河では明治新政府軍と奥羽越列藩同盟軍が約100日間の激戦を繰り広げ、両軍合わせて約1000人の犠牲を出した。高田藩は新政府側に立ったが、混乱の中で連絡が届かず、飛び領にいた藩士は奥羽越列藩同盟側で戦い、27人が戦死した。白河市民は両軍の犠牲者を分け隔てなく弔い続けている。


京都
幕末・維新をゆく長谷川家住宅=京都市南区 会津軍の緊迫、日記や柱の傷に
 <ぐるっと兵庫・大阪・京都 ちょい旅>

 かつて京の都に入る南の玄関口だった東九条地区にある「長谷川家住宅」(京都市南区)は江戸時代の農家建築として国の登録有形文化財に指定されている。幕末には藩主の松平容保(かたもり)が京都守護職にあった会津軍の部隊が宿泊し、挙兵した長州軍と戦った。座敷の柱には戦闘に赴く兵士の武具がこすれたとされる傷が残る。座敷に置かれたたんすなどの家具類は江戸や明治の良品。住宅に残る古文書が幕末を中心に地区の知られざる歴史を解き明かしつつある。【高村洋一】

 代々庄屋だったこの家は新築時の棟札から1742年に建てられたとされ、築270年を超える。一帯はかつての農村地帯で、築200年を超える農家が更に残っている。

 土蔵のたんすから9代当主の長谷川軍記が1822(文政5)年から1871(明治4)年までに書いた日記が見つかったのは3年前。中村武生・京都女子大非常勤講師らが解読している。長州軍が会津や薩摩などの幕府側に敗れた「蛤(はまぐり)御門の変(禁門の変)」が起きた1864(元治1)年の夏には京都御所を守る会津藩の軍勢が1カ月余り宿泊した。長州軍が布陣した伏見付近から大砲の音も聞こえた。

 蛤御門の変のあった旧暦7月19日には当時の東九条村で新選組が長州軍の部隊と戦った。「鉄砲を撃ち合い、長州方は撃ち負けて、当村の野辺を西へ逃げ去った」と日記に書かれている。藩の屋敷があった伏見から京都御所に向かうのに長州勢が通ると想定し、住宅の南約500メートルの鴨川に架かる勧進橋(当時は銭取橋)で新選組が待ち構えていたという。

長谷川家住宅などに宿泊していた会津軍の隊列を描いた絵巻(複製)=京都市南区東九条東札辻町で、高村洋一撮影
 裕福だった長谷川家は歴代当主の多くが絵筆を握った。特に11代目の長谷川良雄(1884~1942)が描いた水彩画は鴨川周辺など、当時の京都の風景を伝える。収蔵作品のうち約15点が2階ギャラリーに展示されている。良雄の父清之進は会津軍の隊列を精密に描いた絵巻を残し、複製が展示されている。座敷のふすまには幕末から明治にかけての京都の文人、江馬天江(えまてんこう)の書や水墨画も見られる。

 住宅の保存にあたっている一般財団法人「長谷川歴史・文化・交流の家」代表理事の中川聡七郎さん(82)は良雄の娘婿。「戦後の農地改革で長谷川家は大半の土地を奪われ、生活の糧を失った。今はやっとの思いで歴史遺産を守っています」と話した。


長谷川家住宅(京都市南区東九条東札辻町)
長谷川家住宅
 毎週土・日曜の午前10時~午後4時開館(夏季と冬季に休館あり)。入館料一般600円、小学生300円。京都市営地下鉄烏丸線十条駅を東へ。竹田街道の1筋東を北へ約100メートル。12日午後2時、ソプラノコンサートを開く。入場料1000円。問い合わせは「長谷川歴史・文化・交流の家」(075・606・1956)または中川さん(090・9774・4858)。
山口
直木賞作家の古川薫氏死去…幕末維新の志士描く
 幕末維新の志士らを生き生きと描いた歴史小説で知られる作家の古川薫(ふるかわ・かおる)さんが5日、血管肉腫で死去した。92歳だった。

 告別式は7日午前11時、山口県下関市楠乃2の551の115下関典礼会館。喪主は長男、貴温(きみはる)氏。

 下関市生まれ。山口大教育学部を卒業し、中学教師を経て山口新聞に入社。記者や編集局長を務めた。その傍ら小説を執筆し、1965年、「走狗」が直木賞候補になった。70年に退社して専業作家となり、「塞翁さいおうの虹」「野山獄相聞抄」など幕末維新ものを中心に次々と同賞候補に挙がった。91年、山口県出身のオペラ歌手、藤原義江の生涯を描いた10回目の候補作「漂泊者のアリア」で直木賞を受賞。最多候補歴での受賞が話題になった。

コラム
一番好きな“土方歳三”キャラクターは? 3位「ゴールデンカムイ」、2位「銀魂」、1位は…
本日5月11日は新選組副長・土方歳三の命日です。1869年、戊辰戦争の五稜郭にて新政府軍の狙撃を受けて帰らぬ人となります。享年は34歳でした。

アニメでも土方歳三は人気キャラクターの一人です。さまざまなアニメに彼をモチーフとしたキャラクターが登場します。史実に忠実であったり、大胆なアレンジが加えられていたり…、そんな土方キャラの中で最も人気なのは何の作品なのでしょうか。

そこでアニメ!アニメ!では、「一番好きな“土方歳三”キャラクターは?」と題した読者アンケートを実施しました。5月6日(日)から5月8日(火)までのアンケート期間中に1756人から回答を得ました。
男女比は男性約15パーセント、女性約85パーセントと女性がメイン。年齢層は19歳以下が約38パーセント、20代が約32パーセントと若年層が多めでしたが、30代も約18パーセントと幅広い票が集まりました。

過去アンケート「いちばん好きな新撰組キャラは?」も要注目!
https://animeanime.jp/article/2018/02/27/36908.html

■トップは『薄桜鬼』 その生き様に絶賛の声!
1位は『薄桜鬼』。支持率は約33パーセントでした。『薄桜鬼』シリーズはオトメイトから発売された恋愛アドベンチャーゲームが原作。幕末時代を舞台に、主人公の雪村千鶴と新選組メンバーの交流を描いており、ゲーム、アニメ、ミュージカルなどマルチメディアで人気を博しています。

本作の土方歳三は「鬼の副長」の二つ名に相応しく、厳しい性格の持ち主。しかしそれも新選組を鍛えるためのことであり、実際は誰よりも隊員想いの人物です。ファンからは「生き様がカッコイイ!」といった声が多数寄せられました。中には『薄桜鬼』シリーズをキッカケに歴女になったという人もいるほど。「いちばん好きな新撰組キャラは?」のアンケートでも上位に輝いた人気キャラが、その強さを証明しました。

2位は『銀魂』。支持率は約32パーセントで、トップとの差はごくわずかでした。本作に登場するのは土方歳三ではなく、彼をモデルにした土方十四郎。クールでイケメンですが、あらゆる料理にマヨネーズをかけまくるという変わった味覚の持ち主。マヨラーというほかの土方キャラにはありえない設定のためか、「カッコ良くて面白い」といった投票が集まりました。

3位は『ゴールデンカムイ』。支持率は約6パーセントでした。本作は明治時代の北海道を舞台にした人気コミックが原作。主人公・杉元佐一がアイヌの少女・アシリパとともに隠された金塊を探すというストーリーです。この時代、史実ではすでに亡くなっていますが、『ゴールデンカムイ』では意外なかたちで姿を現わします……。TVアニメ放送中の話題作がトップ3に入りました。

今回のアンケートではアニメはもちろん、マンガ、ゲームと幅広い作品に票が集まっています。『薄桜鬼』シリーズのように舞台化、ミュージカル化された作品も多く、あらゆるメディアで土方歳三は人気であることが分かりました。命日を機に、それぞれの作品で描かれる土方たちを再確認したくなる結果でした。

■ランキングトップ10
[一番好きな“土方歳三”キャラクターは?]

1位 『薄桜鬼 ~新選組奇譚~』
2位 『銀魂』
3位 『ゴールデンカムイ』
4位 『新撰組異聞PEACE MAKER』
5位 『Fate/Grand Order』
5位 『幕末Rock』
7位 『DRIFTERS』
8位 『刀剣乱舞-ONLINE-』
9位 『風光る』
10位 『ちるらん 新撰組鎮魂歌』
※原作表記

(回答期間:2018年5月6日(日)~5月8日(火))
次ページ:ランキング20位まで公開
■ランキングトップ20
[一番好きな“土方歳三”キャラクターは?]
1位 『薄桜鬼 ~新選組奇譚~』
2位 『銀魂』
3位 『ゴールデンカムイ』
4位 『新撰組異聞PEACE MAKER』シリーズ
5位 『Fate/Grand Order』
5位 『幕末Rock』
7位 『DRIFTERS』
8位 『刀剣乱舞-ONLINE-』
9位 『風光る』
10位 『ちるらん 新撰組鎮魂歌』
11位 『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』
12位 『北走新選組』
13位 『龍が如く 維新!』
14位 『イケメン幕末 運命の恋』
14位 『銀河烈風バクシンガー』
14位 『艶が~る』
17位 『茜さすセカイでキミと詠う』
17位 『とってもひじかた君』
19位 『あさぎ色の伝説』
19位 『幕末恋華 新選組』
※原作表記

(回答期間:2018年5月6日(日)~5月8日(火))
 1位『薄桜鬼』2位『銀魂』は近年不動だと思いますが、3位に『ゴルカム』のジジイ土方がキタのは作品に勢いがあるからでしょうね。4位『ピスメ』土方を抜いた感があります。5位『幕ロ』土方がついたのはファンとして嬉しい限り、誠仮面という意外性のあるキャラのパワーも加わっているかしら(「私は誠仮面ではない」って主張してる誰かさんの声が聞こえてくる気が)。
 『ちるらん』『北走』の間に『修羅の刻』が来てるのも興味深いです。『バクシンガー』とか『とってもひじかた君』とか『あさぎ色の伝説』とか旧い作品のファンが根強くいることも、嬉しいですねぇ。
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