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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
落語研究会は3回ぐらい空けてのご無沙汰です。中入り前の『お見立て』小里ん師匠に間に合わず、ロビーで小腹を満たしていたら、前の勤め先の元部下から連絡。元上司やら気心の知れた元同僚やらと近くで呑んでいるとのことで、駆けつけることになった。
 で、どうしても聴きたかったのが20分ばかりの『夕立勘五郎』志ん輔師(^_^;)。

夕立勘五郎/志ん輔
 CD音源で何度も聴いている、志ん生師のつくった新作落語。志ん生師匠一家がそろって内職に励んでいた頃の思い出話やら、寄席の浪曲語りと落語家の違いとか、いろいろ盛り込んで正味5分の話を盛っているのだけど、寄席っぽくて好きだなぁ。
 TBS落語研究会の空気は落語を芸術として鑑賞する感じで、こういう馬鹿馬鹿しいお笑いを大口開けて笑うにはちょっと堅苦しいんだけど、私は遠慮なく笑わせてもらった。
 ライブで聴きたかった作品なので、よかったよかった。


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福島
束松峠に詩碑建立へ 秋月悌次郎「北越潜行の詩」
幕末の会津藩士、秋月悌次郎が戊辰戦争敗北後、会津の行く末を案じて詠んだ「北越潜行の詩」の碑を、詩を詠んだ福島県会津坂下町の束松(たばねまつ)峠に建立する計画が進められている。地元や会津若松市の団体が実行委員会をつくり、秋月の功績を後世に伝えるとともに、束松峠の歴史的価値の発信を図る。
 「北越潜行の詩」は外交交渉の公用方だった秋月が戊辰戦争後、かつて親交のあった長州藩士の奥平謙輔に会うため越後にひそかに向かい、藩主松平容保公の罪の軽減と、会津藩の青少年の教育を懇願した帰り、会津盆地を臨む束松峠で詠んだとされる。藩の行く末を思う詩は会津三絶の一つといわれる。
 秋月の願いが認められ、教育の機会を与えられたのが東京、京都、九州の各帝大総長を歴任することになる山川健次郎で、山川は束松峠を越え、学問の道に進んだ。
 束松峠を生かした地域振興を図る地元のグループや秋月悌次郎顕彰会、歴史愛好者らが、秋月の功績を伝えようと詩碑の建立を計画した。詩碑は鶴ケ城にも建設されているが、会津盆地を一望する峠に建て、秋月の思いに迫る。茶屋跡が残る峠の頂上付近に建立する予定で、今年10月ごろの完成を目指している。秋月や山川が会津の再興を願って歩いた束松峠を、会津の歴史を学ぶ道として活用する狙いもある。
 実行委員長を務める目黒督朗会津坂下町観光物産協会理事長は「峠を秋月の功績や会津の精神を感じる場にしたい」と期待を込めている。
 実行委員会は建立の賛助金を募っている。問い合わせは事務局の町観光物産協会 電話0242(83)2111へ。

■あきつき・ていじろう
 文政7(1824)年、会津藩士として生まれた。戊辰戦争では副軍事奉行として敗戦の処理に当たった。明治時代には東京の第一高等中学、熊本の第五高等中学で教壇に立った。第五高等中学の同僚だったラフカディオ・ハーン(小泉八雲)からは「神様のような人」と敬われた。明治33(1900)年没。
会津藩の重臣紹介 若松・鶴ケ城で「企画展・第3期」始まる
 NHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公で会津出身の新島八重が生きた「会津藩の幕末」をテーマにした企画展「会津人戊辰戦争のまえとあと」第3期は25日、「藩主を支えた重臣」をテーマに会津若松市の鶴ケ城天守閣で始まった。8月9日まで。同市観光公社の主催。
 第3期は、苦境の中で藩主を支えた家老などにスポットを当てた展示。敗戦の責任を取って自刃した萱野権兵衛、斗南藩の中心を担った山川大蔵(浩)の紹介や、西郷頼母の書など重臣の資料を展示している。
 同展は戊辰戦争の関係資料を紹介するメーンの企画展。第4期「会津藩公用人手代木直右衛門伝来品など」は8月10日から始まる。
「鶴ケ城下炎上の絵」発見 若松・御三階から貴重な史料
 明治初期に会津若松市の鶴ケ城本丸から同市の阿弥陀寺に移築された建築物「御三階(おさんがい)」から、鶴ケ城下が炎上している絵や会津藩主松平容保とみられる肖像画などが発見されたことが25日、分かった。作者など詳細は分かっていないが、貴重な史料として関係者らの間で話題になりそうだ。
 阿弥陀寺の住職を兼務する見性寺(同市)の高橋正信住職(75)が御三階を整理していたところ、階段の下にあったのを見つけた。城下の絵には作者も年代も記されていないが、肖像画の裏には1900(明治33)年、戊辰戦争の戦死者の三十三回忌に際し、地域の名士とみられる人たちが献納した記載がある。城下の絵は街が燃え、攻撃から人が逃げまどっているように見える。市教委文化課は燃えさかる城下の様子から、「開城の少し前ぐらいを描いたのではないか」と推測している。
「御三階」詳細調査へ 鶴ケ城で復元に前進
明治初期に会津若松市の鶴ケ城本丸から同市の阿弥陀寺に移築された建築物「御三階(おさんがい)」の復元事業で、市が御三階の構造などの詳細調査に着手する見通しとなったことが17日、開会中の同市6月議会で明らかになった。
 これまで所有者の意向で、調査に入ることができなかったが、所有者の変更により調査可能になる見込みで、復元に向け一歩前進する。
 市は、天守閣再建50周年となる2015(平成27)年度の鶴ケ城本丸での復元を目指してきたが、詳細調査ができなかったため、足踏み状態が続いていた。
 今後、復元に向け図面を作製、床や基礎などの構造調査に入り、復元事業に反映させるという。ただし、構造調査が可能になっても復元までには文化庁との協議なども必要なことから、15年度までの完了は困難という。
 御三階は、外観は3階だが内部は4層構造。城主らが秘密の会議などに使用したとされている。戊辰戦争で阿弥陀寺本堂が焼失し、明治初期に本堂の代わりとして移築された。
鶴ケ城「御三階」復元へ再始動
福島県会津若松市の鶴ケ城本丸にあった建物「御三階(おさんがい)」の復元計画が動きだす。17日までに市が移築先の管理者から調査の承諾を得た。来年度にも詳細調査に着手する。大河ドラマ「八重の桜」で注目される会津を代表する史跡に、新たな魅力が加わる。
 御三階は江戸時代に建てられたとみられる外観が3階、内部が4階の構造をした建物。藩主が密議などに使ったとされ、花見をしたという話が残るなどプライベートな空間だったことが推察される。戊辰戦争の砲火でも残り、唯一現存する鶴ケ城の遺構。その後、市内七日町の阿弥陀寺に移築された。
 国史跡の鶴ケ城(若松城)では昭和40年に天守閣再建、平成元年に茶室麟閣が移築復元されるなど、戊辰戦争前の景観に近づける取り組みが続いている。市は平成20年に御三階の復元計画を発表したが、管理者から建物の構造などを詳細調査する許可が得られず進まなかった。今年に入って管理者が代わり、調査を承諾した。
 実物は阿弥陀寺に残したまま、当時の構造などを忠実に再現し、本丸に建設する。その後、基本計画策定や文化庁の審査などを経て工事となるため、完成時期は未定。
東京
海舟・龍馬・ジョン万次郎・武揚…子孫が一堂に
 勝海舟や坂本龍馬ら、幕末の日本を動かした人物の子孫5人が初めて一堂に会するイベント「勝海舟フォーラム」が15日、海舟の出身地・東京都墨田区で開かれる。

 それぞれの家に伝わる秘話や、子どもたちに伝えたい先祖の心意気などを語り合う予定で、子孫の一人は「先祖たちの志の源は何だったのか、子孫同士で探ってみたい」と話している。

 参加するのは、海舟のやしゃご(孫の孫)の高山(こうやま)みな子さん(51)(神奈川県)、龍馬の兄の子孫・坂本登さん(東京都)、龍馬の姉・乙女のひ孫で岡上汎告(おかのうえひろつぐ)さん(72)(山梨県)、ジョン万次郎のやしゃごで小西圭さん(神奈川県)、榎本武揚のひ孫の榎本隆充さん(東京都)の5人。高山さんはフリーライターなどとして活動、小西さんは米国で言語学を学んだ後、上智大で日本語の非常勤講師を務める。榎本さんは東京農大客員教授で、武揚に関する著書を多数出版するなど、子孫たちは様々な方面で活躍している。
京都
京都府・壬生寺を新選組が出陣! 「池田屋事変記念パレード」開催
京都府で、1864年に起こった「池田屋事変」を偲ぶ「第38回池田屋事変記念パレード」が行われる。実施日は7月16日(火)16時頃~18時頃まで。

同好会の面々が新選組の姿で登場

同パレードは、祇園祭宵山に合わせて京都新選組同好会により行われるもので、提灯や隊旗をかかげた新選組同好会の面々が、羽織袴姿で壬生寺に集まる。

13時からは慰霊祭を実施。その後、新選組の規律である「局中法度書(きょくちゅうはっとがき)」を読み上げ、壬生寺から八坂神社まで練り歩くという。
八重ゆかりの品一堂に 文博で特別展、13日開幕
 激動の幕末から明治を駆け抜けたNHK大河ドラマのヒロイン新島八重の足跡をたどる特別展「八重の桜」(京都新聞社など主催)が13日、京都市中京区の京都文化博物館で開幕する。八重ゆかりの品々が12日、報道関係者に公開された。
 会津藩砲術師範の娘に生まれた八重は、新政府軍との戊辰戦争で自ら銃をとって戦った。敗戦後、兄を頼って京都へ。同志社の創始者新島襄と結婚し、女子教育、社会活動に携わった。同展は計184件の資料から、八重とその時代に迫る。
 戊辰戦争の激しさを描いた絵画や屏風(びょうぶ)、八重が使った銃と同種のスペンサー銃、禁門の変の焼け瓦などが並び、時代の変わり目を印象づける。また、新島旧邸の応接間が再現され、夫妻の暮らしぶりを伝えるほか、茶道を通して女子教育を図った八重の直筆が残る赤楽茶碗も展示されている。
 9月1日まで。月曜休館(7月15日と8月12日は開館)。有料。一部展示替えあり。
広島
<ペリー提督>菓子好きで相撲に興味の「穏やかな男」
 幕末に「黒船」と呼ばれた米艦隊を率いて来航したペリー提督らの様子を記した文書が、広島県福山市の県立歴史博物館で見つかった。幕末から明治期の福山藩(広島県)の儒学者、江木鰐水(がくすい)(1810~81)の手紙を写したもので、ペリーの穏やかな物腰や乗組員がおどけて踊る様子などを描写。専門家は「ペリーの性格や一行の普段の様子を伝える文書は珍しい」としている。

【寺田屋、亀山社中…】写真特集 龍馬ゆかりの地

 福山市の旧家・窪田家から同博物館に寄託されていた文書で、50ページほどのうち16ページにペリーらに関する記載があった。江木が友人の儒学者に送った手紙を、その弟子で医師の窪田次郎が書き写し、窪田家に残されたらしい。江木の字体とは違っていた。

 1854(嘉永7)年2月13日、ペリーが2度目に来航した際、軍学が専門の江木は一行の応接係だった奉行の家臣という名目で、同26日、横浜の応接所で一行と面会した。江戸幕府老中で福山藩主の阿部正弘の命を受け、応接係に随行したとみられる。

 江木は「彼理(ペリー)ハ深沈トシテ 二度程笑ヒテ黙々トシテ居タリ 音色モ温ナリ」と、ペリーが物静かで、態度も穏やかだったと記述。副官(参謀長)のアダムスについては「軽率ニ見エ終始笑ヒテ」と記し、ペリーとは逆に良くない印象だったとみられる。また、ペリーらに日本食を出したところ、吸い物は好まなかったが、塩をかけたカキや卵、菓子を好み、余興の力士による相撲を珍しがったという。

 同29日に江木らは、旗艦ポーハタン号に乗船。酒食をもてなされたが、あまり口に合わず、乗組員が顔に墨を塗って踊るのを見せられ「拙キ事ナリ」と酷評した。しかし、そうした娯楽の拙さは、軍備に力を入れているからではないかと米国への恐れも述べている。

 明海大学の岩下哲典教授(幕末維新史)は「ペリー艦隊に関する文書は鉄砲や装備、艦艇に関する記述がほとんどで、一行の人間的側面を描いたものは大変珍しい」と話している。文書は8月2日から同博物館で公開される。【菅沼舞】

鹿児島
宮古湾海戦の顛末
知られざる薩軍戦死者
 戊辰戦争の最後の戦いとなった箱館戦争。その一コマとして宮古湾海戦は比較的よく知られている。しかし、それは榎本艦隊から見た視点であり、攻撃された薩摩藩側の動向はほとんど注目されていない。
 慶応四(一八六八)年八月、旧幕府の海軍副総裁だった榎本武揚は幕府艦隊八隻を率いて品川沖を脱出、十月には箱館(現・函館市)に入り、蝦夷島えぞとう政府の樹立を宣言した。榎本艦隊旗艦の開陽(二五九〇トン、砲二六門)は当時、わが国最大の軍艦であり、明治政府の海軍でも太刀打ちできなかった。
 しかし、頼みの開陽が同年十一月、暴風のため江差沖で沈没してしまう。そのころ、旧幕府がアメリカに発注していた装甲艦ストーンウォール号が到着したが、翌明治二(一八六九)年二月、明治政府がこれを買い取り、甲鉄こうてつと名づけて、箱館戦争に投入した。これにより、彼我の海軍力は逆転してしまった。
 榎本政府が起死回生の秘策として実施したのが、アボルダージュ(接舷戦法)だった。政府海軍が停泊する宮古湾(岩手県宮古市)に偽装して接近し、奇襲攻撃をかけて甲鉄艦を奪取してしまおうという作戦だった。
 この攻撃に投入されたのは回天、蟠龍、高雄の三艦だったが、暴風雨のため、作戦を実施できたのは回天だけだった。同艦には陸軍奉行並なみで元新選組副長の土方歳三と兵士五十名ほどが乗り組んでいた。
 宮古湾には青森に向かう政府艦船八隻が停泊していた。そのなかに甲鉄艦のほか、薩摩藩軍艦の春日(艦長・赤塚源六)がおり、箱館攻めの参謀・黒田清隆や、のちの連合艦隊司令長官・東郷平八郎も士官として乗り組んでいた。陸兵は薩摩藩の兵具ひょうぐ三番隊(小隊長・恒吉休右衛門)が芸州藩の豊安丸と阿波藩の戊辰丸に分乗していた。
 三月二十五日早朝、宮古湾に忍び寄った回天は甲鉄艦に接舷したものの、外輪船のため、横付けできずに乗り上げてしまい、上甲板に三メートルの高低差が生じた。そのため、甲鉄艦への乗り移りが困難を極めた。
 その間に態勢を立て直した甲鉄艦は備え付けのガトリング砲(機関銃の前身)を猛射して回天の斬り込み隊をなぎ倒し、さらに回天の船橋にいた艦長の甲賀源吾も戦死させた。
 回天の決死のなぐり込みは失敗に終わった。回天側では甲賀のほか、元新選組の野村利三郎など十数名が戦死したという。
 一方、政府海軍側の死傷者は諸説あるが、「蝦夷戦記」(「復古記」十四)がかなり正確だと思われる。それによれば、甲鉄艦が負傷者八名、飛龍丸が負傷一名、戊辰丸が戦死三名、負傷五名、行方不明三名となっている。戊辰丸の被害が多かったのは甲鉄艦のすぐ近くに停泊していて、回天から激しく銃撃されたためだった。
 現在、宮古湾を見下ろす高台の本照寺に「官軍勇士墓碑」が立ち、一基の墓石がひっそりとある。そこには四名の戦死者の戒名が刻まれている。この四名は誰なのか。戊辰丸の戦死者三名は含まれると思われるが、行方不明者三名が含まれるとすれば数が合わない。
 それでは、薩摩藩の兵具三番隊の戦死者はいたのだろうか。上の死傷者一覧にはいないが、ほかにも豊安丸に乗り組んでいた同隊から三名の死傷者が出ている(「薩藩出軍戦状」二)。それによれば、戦死者が嶋田市次郎、負傷者が兵士の内藤直太郎と軍夫の仁助である。
 上の墓碑に刻まれたのは戊辰丸の三名と、豊安丸の嶋田ではないだろうか。
 土方歳三やアボルダージュで知られる宮古湾海戦だが、薩摩藩側の視点も忘れてはならない。
エンターテインメント
「劇場版 薄桜鬼 第一章 京都乱舞」 音楽に川井憲次、主題歌は吉岡亜衣加
2008年にゲームソフトとしてスタートした「薄桜鬼」シリーズ初の映画作品が今夏公開する。『劇場版 薄桜鬼 第一章 京都乱舞』は8月24日より、新宿バルト9、シネマサンシャイン池袋ほか全国31館でロードショーとなる。
7月6日からは第2弾劇場前売券が発売された。さらに新たなスタッフとして、音楽に川井憲次さん、主題歌に吉岡亜衣加さんを起用したことも明らかになった。劇場版らしい豪華な布陣で制作に挑んでいる。

第2弾劇場前売券には特典も用意された。劇場版の場面カットを使用したポストカード5枚を先着でプレゼントする。ポストカードはいずれもメインキャラクターのビジュアルが前面に押し出されたものだ。コレクターズアイテムとして見逃せない特典である。

音楽を担当する川井憲次さんは『機動警察パトレイバー』や『イノセンス』などの押井守監督作品でアニメファンに知られている作曲家だ。実写映画やテレビドラマをはじめ、幅広い作品で世界観を奏でてきた。
今回は女性に人気の「薄桜鬼」シリーズに挑む。重厚感のある楽曲が特徴の川井憲次の世界が作品をどう彩るか注目される。本作でもその手腕が十二分に発揮されるに違いない。
一方、吉岡亜衣加さんは「薄桜鬼」シリーズのほぼ全ての作品で主題歌を務めてきたアーティストである。劇場版でも引き続き、その歌声を披露してくれることになった。

「薄桜鬼」は恋愛アドベンチャーゲーム『薄桜鬼 新選組鬼譚』が原作のシリーズだ。幕末の新選組を舞台に、独自の脚色を加えた内容でファンの心を掴んだ。ゲーム発売以後、様々なプラットフォームへの移植やドラマCDなどにより人気は拡大。テレビアニメやOVAなど映像化も行われている。
『劇場版 薄桜鬼 第一章 京都乱舞』は新ストーリーで描かれる映画作品であり、全2部作を予定している。監督はヤマサキオサムさん、キャラクターデザイン・総作画監督は中嶋敦子さんと、これまでのスタッフが再び制作に参加した。
[高橋克則]

『劇場版 薄桜鬼 第一章 京都乱舞』
8月24日より新宿バルト9、シネマサンシャイン池袋ほか全国31館にて公開
http://anime-hakuoki.com/
『劇場版 薄桜鬼 第1章 京都乱舞』場面カット公開
 アニメ映画『劇場版 薄桜鬼 第1章 京都乱舞』(8月24日公開)の前売り券の発売情報が追加発表されるとともに、場面カットが公開された。

 『薄桜鬼』は、2008年に発売された女性向けのゲーム『薄桜鬼 ~新選組奇譚~』が原作。幕末の騒乱の時代に己の信念を貫こうと駆け抜けた新選組と、彼らとともに生きる道を選ぶ少女の物語。アニメシリーズは2010年から2012年にかけて第3期まで続き、OVA、劇場版へ発展した。史実をベースにしたストーリーと、古来の“鬼”や西洋の吸血鬼を思わせる“羅刹”といったダークな存在が登場する独自の脚色、新選組ファンにもおなじみのキャラクターを声優陣が魅力的に演じて、多くのファンの心をつかんでいる。

 キャストは、主人公の雪村千鶴(CV:桑島法子)、土方歳三(CV:三木眞一郎)、沖田総司(CV:森久保祥太郎)、斎藤一(CV:鳥海浩輔)、藤堂平助(CV:吉野裕行)、原田左之助(CV:遊佐浩二)、風間千景(CV:津田健次郎)。

 テレビシリーズから引き続き、ヤマサキオサム監督、キャラクターデザイン・総作画監督の中嶋敦子氏らが劇場版に参加。アニメーション制作はスタジオディーンが手がける。

 併せて発表された前売り券は、7月6日より上映劇場(全国31館)窓口で販売する第2弾・ポストカードセット付き全国共通特別鑑賞券(1500円、1人2枚まで)、7月1日よりローソン・ミニストップに設置のLoppi限定「チャーム付きシュシュ」引換券付前売券(2480円、シュシュの引換は9月24日以降)、7月25日よりアニメイト限定版グッズ付前売券(ミニタペストリー全1種、2150円)の3種。いずれも数量限定につきなくなり次第終了。
実写版『るろうに剣心』続編2部作、連続公開で完結!藤原竜也が“宿敵”志々雄真実に!
 佐藤健主演で和月伸宏の人気コミックを実写化した映画『るろうに剣心』の続編製作が決定し、2014年夏に2部作を連続公開して、完結を迎えることが明らかになった。さらに、主人公・緋村剣心の後継者でありながら、のちに最大の敵となる志々雄真実に、佐藤とは初共演の藤原竜也が扮(ふん)することが発表された。
 昨年8月に公開され、興行収入30億円を超える大ヒットを記録した前作に続き、原作ファンの間でも人気の高い「京都編」をベースにした今作では、主演の佐藤をはじめ、武井咲、蒼井優、青木崇高、江口洋介らが再出演。また、藤原演じる志々雄のほか、その部下で剣心に匹敵する天賦の剣才・瀬田宗次郎や、仲間の因縁を晴らすため剣心を狙う四乃森蒼紫など、人気キャラクターが登場するという。
 剣心役の佐藤は「もう一度剣心を演じることができる幸せと、さらなる大きなハードルを越えなければいけないプレッシャーを感じ、気が引き締まる思いです」と心境を告白。「せっかくやらせていただけるのなら、前作を超えるものを作らないと意味がないし、原作ファンの方にも納得していただけるものを作れないと、この映画を撮る資格がないと思います。とにかく監督を信じ、原作の魂をくんで丁寧に剣心を演じ、そして前作を超えるスケールアップしたアクションに挑戦したい」と決意を新たにした。
 対する藤原は「自分も剣心世代として子どもの頃、アニメを通じて観ていましたが、今回まさか志々雄役のオファーを頂くなんて思ってもいませんでした。原作の中でも最も人気のあるキャラクターだと思いますし、演じさせていただくにあたり、もちろんいろんな意見があると思いますが一生懸命取り組みたいと思います。『藁の楯 わらのたて』に引き続き悪役を楽しみ、全う出来れば」と意気込みを語った。
 また、前作に引き続きメガホンを取る大友啓史監督は「志々雄だけではなく、蒼紫や宗次郎など、敵が巨大で魅力的であればあるほどヒーローは際立つ。今回も敵をきちんと丁寧に描くことが大事だと思いますし、そのための魅力的なキャスティングにもご期待ください」とコメント。「完結編ということで、誰にもできないことをやってしまった! というくらいのことをきちんと僕らなりにやって“伝説の最期”を作り上げます!」と力強く語った。(編集部・中山雄一朗)
映画『るろうに剣心 京都大火編』(前編)、『るろうに剣心 伝説の最期編』(後編)は2014年夏、2部作連続公開
里見浩太朗&『るろうに剣心』大友監督、アクションは高度な芝居とあふれる愛告白!
 「第1回ジャパンアクションアワード」で特別顧問を務める里見浩太朗と、同アワードで4冠に輝いた映画『るろうに剣心』の大友啓史監督が、日本映画のアクションの基本ともいえる、時代劇の殺陣について熱く語り合った。
 その年に最も素晴らしいスタントパフォーマンスを披露した日本のアクション俳優・作品・スタントマンを表彰する同アワードは、日本俳優連合が中心となって開催。日本のアクション業界、スタントマン業界を盛り上げるべく開催される。
 そんな記念すべき賞の特別顧問を、時代劇界の大スターである里見が務めたことに大友監督は「本来、吹き替えをする役者さんをしっかりと見ていないといいスタントはできないんです。いいスタントマンは芝居心もあるし、アイデアも豊富。でも、そういう裏方さんが認められる機会は今までなかなかなかった。そこに里見さんがお越しになるのは素晴らしいことだと思う」と笑顔を見せた。
 かつて東映のチャンバラスターとして名をはせた里見。その後もテレビ、舞台、映画などで数多くの立ち回りを披露してきたが、時には「顔を切られたこともあった」という。一度切りかかった敵の刀をはねあげ、さらにもう一度、敵が襲い掛かってきたところを里見が切る……という流れだったのが、敵役の俳優が段取りを間違えたことで、よけきれなかった里見が顔にけがをした。しかし里見は冷静に「撮影所のどこにアロエの木が生えているか、というのが頭の中に入っていたから、玄関のすぐ横にあるアロエの木のところまで走って行って、傷口に当てたらすぐに血は止まりましたよ」と述懐した。
 まさに、ちょっとした手違いが大けがにもつながるアクションの世界。里見も「相手に体を預けるわけですから、信頼関係がないとできない仕事。非常に高度な芝居なんですよ」と切り出すと、大友監督も「(映画黄金時代の)時代劇スターの系譜に里見さんは連なるわけです。スタントや殺陣のすごさ、大切さを体で知っている方ですからね」と付け加える。NHK時代に大友監督が演出を担当した大河ドラマ「龍馬伝」で、里見が千葉定吉役を演じたことからの付き合いとなる二人は、アクションを心から愛するという共通項を持つ。今回二人が参加した「ジャパンアクションアワード」をきっかけとして、日本アクション界のさらなる地位向上に期待したい。(取材・文:壬生智裕)(取材・文:壬生智裕)
鈴本演芸場の夜の部、喬太郎師トリは立ち見が出るほどのにぎわいだとか。
 私は市馬師を目当てに池袋へ。前回に来たのは1年前の、やはり夏。末廣亭に比べれば冷房は効いていますが、団扇や扇子で扇ぎたくなる館内。

《昼の部》
出来心/志ん橋

俗曲/小菊

唐茄子屋政談/馬生

《夜の部》
道具屋/圭花

真田小僧/市楽

転失気/まめ平
 サゲが「この話は最初から臭かった」。これ、いいな。

漫才/ロケット団

小言念仏/うん平

位牌屋/馬楽
 初めて聴いた話。商家の主人があまりに吝嗇すぎて、笑えない……。

太神楽/仙三郎

夜の慣用句/喬太郎
 ライブで聴くのは初めてだったと思う。茶々を入れる最前列の客を何度かいなして、喬太郎ワールドに皆を巻き込んでいった。

(お中入り)

やかんなめ/木久蔵
 「三平よりは落語に取り組んでいる」とマクラで笑わせてくれた。
 元気のよさと前向きさが話に合っていた。頑張れ。

礒の鮑/小里ん
 初めて聴いた話。与太郎さんがご隠居さんに女郎買いのコツを教えてもらい、教わったまんまを言ったりやったり(それが微妙にずれる)。

漫談/ひびきわたる
 キセル漫談。

らくだ/市馬 ◎
 素晴らしい出来。屑屋の久さんが丁の目の半次に脅されて使われているうちに、人に頭を下げて小さくなって生きる普段の立場から一点、人を動かせることを面白がるようになり、酒を呑むとさらに豹変するところがいい。そして、丁の目の半次がかわいい奴に。落合の焼き場までやりきった。市馬さんの人柄もあり、後味が悪くならないのがいい。
 ただ、一箇所だけ。市馬師匠、「入れ墨」は罪人に入れるもので、それは「彫り物」じゃないでしょうか。

今日は湿気が少なく、超満員の末廣亭でも旧式のエアコンで何とかしのげる暑さでした。
 昼席は中入り後に入ったせいか、一階席は座席も桟敷もちろん、二階席も埋まって立ち見のみ。

《昼席》
源平盛衰記/小勝
 講談調。けっこう受けてた。

紙切り/正楽

ガーコン&ラ・マラゲーニャ/川柳
 最終日のせいか、お客さんが反応するせいか、ノリにのる川柳師。

《夜席》
道灌/小はぜ
 小はん師匠のところの前座さん。

金明竹/志ん公
 先週『転失気』を聴いた。今日の『金明竹』は、中屋さんのお遣いの関西弁がゆっくりしている(しかも、関西在住14年の自分も自然な関西弁……静岡出身だそうだが)。

漫才/にゃん子金魚
 客席からゴリラ実演中の金魚ちゃんにバナナの差し入れがあり、どっと盛り上がる。

紀州/三平
 途中までは昨日と同じ、落語家や俳優の噂話。途中に徳川七代目家継公の薨去に言及、時代劇ネタを挟みながら「紀州」で締める。三平、やればできる古典落語なんだ。
 漫談七分・落語三分でもいいからこの芸風で続けてもらいたい。

稽古屋/左橋
 唄と踊りの素養がないとできない「稽古屋」。

花筏/正雀
 相撲の親方が関西弁で、それがちょっとリアル。

奇術/アサダ二世
 今日もうさんくさい感満載でした。新聞紙を話にしてビーカーで水を注ぐ最初のマジックは、ホント、ネタどうなっているんだろう。

へっつい幽霊/今松
 博打好きな幽霊がお茶目。博打を諦める百両の博打に負けて引っ込んだら、巻き上げた男が友人たちを呼んでがらっぽんしている時に出てきて「テラだけでもお願いしたい」……


あちたりこちたり/小満ん
 去年の三月に一回聴いていた小満ん師匠の新作。浴衣姿でいつもの湯屋に行ったら臨時休業で、隣町の湯屋に入る。帰ろうと思って横断歩道で手を上げたらタクシーが止まったので、団子坂のうさぎ寿司へ。おみやをつくってタクシーで広小路を降り、クラブスペードに立ち寄ると、女性達に取り巻かれ、おみやも取り上げられる……筋があって筋がないような、男の長い散歩話。

三人無筆/一琴
 伊勢屋の葬式の帳付けを頼まれた二人の無筆。それでも「銘々付けが故人の遺言で」と云ってその場しのぎ、途中から手習いの師匠に代筆をしてもらって最後のひとりまでは斬り抜けるが、これがまた無筆だった。

漫才/ホームラン
 大須演芸場でのエピソードは初めて聴いた。漫才師さんもねたの入れ替えをしているのね。

短命/小袁治
 ここのところ『短命』が続いている。
昨日 さん八
6/15    喜多八
6/9     喜多八
4/30  談春
4/28 一朝
 喜多八のちょっと色っぽい語り口、談春の談志風まんまなバレ噺な展開も捨てがたいけど、小袁治の端整な『短命』、いいなぁ。無理に笑わせるでもなく、最後まで持って行ってそこでどかん。

一眼国/小さん
 ちょっとアレンジされていて、旅人が小さん師匠自身の一人称。九州の興行主が小さんの話を聞いて、番頭さんを連れて信州の一眼国を目指す。
 行方不明の旦那さんのために、奧さんが陰膳に角煮饅頭をささげる。「あの人、これに目がありませんでしたから」がオチ。

太神楽/仙三郎社中

野ざらし/小三治
 末廣亭のご近所の「武蔵野」という駐車場が、今日で営業終了だそうです。古い付き合いだそうなので、小三治師匠がバイクを停めたりしてたのかしら。今度は十四階建てでホテルと飲食店が入るのだとか。
 釣りの話にぽんと入ったので、ガッツポーズ。野ざらし!! 2010年6月2日大田区民プラザ以来だから、3年ぶりの生『野ざらし』!!
♪  鐘がぼんと鳴りゃ 上げ潮〜南さぁ♪
 サイサイ節で妄想に萌え☆まくる八っつぁんが楽しい。
 水たまりに座り込んで、しまいにゃ振り回した釣り針に鼻引っかけて。
 帰り道がハッピーな、小三治『野ざらし』でした。



 平日の昼間だからガラガラかと思っていたら、ほどよく混んでいた。夜の部、トリ小三治は代演で小さんだったことと、眠気が強くて昼の部途中からこっくりこっくりし始めていたので、早めに引き揚げた。

《昼の部》
動物園/玉の輔
 安定して面白い若手真打ちのひとり。

辰巳の辻占/馬生

奇術/夢葉
 ロープを投げてプレゼントしてくれました。一瞬うつらうつらしていたから目を覚まさせるためにやられたという気がする(^_^;)。

猫の殿様/馬桜

短命/さん八

キセル漫談/ひびきわたる

六尺棒/文楽

新聞記事/木久蔵
 玉の輔さんにいじられていた木久蔵くんですが、やや新作とはいえ、古典をちゃんとやって会場を沸かせてました。三平も見習って欲しいね。

漫才/遊平かほり

強情灸/権太楼
 昼の部で自分の趣味にあったのは玉の輔と木久蔵と権太楼だけでした。さすがの面白さ『強情灸』。

噺家と万歩計/園丈

紙切り/正楽

昭和歌謡史&ラ・マラゲーニャ/川柳
 前半は『東京ラプソディ』など東京がつく歌謡曲、後半は春夏甲子園のテーマソング。おまけはソンブレロにかぶってギターかかえて『ラ・マラゲーニャ』メキシコ小咄つき。


《夜の部》
市助
 市馬さんところの弟子が前座噺したんだけど、何だったかな。市弥さんとはちょっと違うけど、いい感じだなという印象だったのは覚えているのだけど。

生徒の作文/駒次
 鉄オタ駒次さんらしいのは、地下鉄路線と駅を読み込んだ女の子の恋つづり。

漫才/ロケット団
 今日も山形弁ねたが面白い。

ざる屋/扇
 今月、二ッ目に昇進したばかり。楽しそうにかけているなぁ。

漫談/三平
 同じネタ二回目。これはこれで面白いけどね。でも二回聴けば十分。古典ちゃんと勉強して欲しい。







 夜の部主任が小三治。

 昼夜入れ替えなしの末廣亭は昼の部から入って終了時に席替えするのがコツです。でも小三治が主任となると椅子席はほとんど動かず、一階の桟敷席。正座が苦手なので往生しましたが、桟敷席はパーソナルスペースが比較的に取りやすいのがメリットです。

 建物の古さといい、大きさといい、お客さんの雰囲気といい、古き良き時代の落語の伝統を引き継いでいる感じが末廣亭の魅力なのですが、アルコール持ち込み不可なのが唯一残念な点(酒癖の悪いお客がいたのでしょうか……鈴本は売店で缶ビール売ってます。国立演芸場はビールだけでなくカップ酒も売ってます。浅草と池袋は特に売ってはいないけど持ち込み禁止とまでは言っていないかな)。

《昼の部》
シンデレラ伝説/園丈
 途中から入って聴いたので、自信はないのですが、『桃太郎』の変形で子供にお伽話をする父親の話がシンデレラやら桃太郎やらに……たぶん白鳥作品。師匠に演じてもらえるなんて、白鳥さん愛されてる(笑)。

紙切り/正楽
 今日誕生日の人が、横顔を切ってもらってました。さすが、似てました。

ガーコン&ラ・マラゲーニャ/川柳
 川柳さん83歳でしたかね、声も身体も若いなぁ……一通り『ガーコン』やった後に舞台袖に引っ込んだんで、期待したらやっぱりソンブレロにギター抱えて『ラ・マラゲーニャ』。スペイン語学科卒でトリオ・ロス・パンチョスを愛聴していた私が「本格的」と太鼓判押します。

《夜の部》
穴子でからぬけ/まめ緑
 ライブで聴くのは初めての花緑さんの弟子。生で聴いたのは初めて。

転失気/志ん公
 ライブで聴くのは初めて、志ん五さん門下で師匠没後は志ん橋門下。

漫才/ロケット団
 やっぱり北の国からネタが一番面白い。

ざる屋/扇
 扇ちゃん二ッ目昇進おめでとう。黒の着物と羽織が渋い。

漫談/三平
 期待してはいないのだけど古典落語を勉強して欲しい。

親子酒/左橋

紀州/正雀
 あれ、正雀師匠ってこんなもんでしたか??(汗)

奇術/アサダ二世
 いんちき臭さがいい。

殺生鰻/今松

船徳/小はん

(中入り)

アジアそば/一琴
 わーい、白鳥さん作『アジアそば』初めて聴けた。しかも白鳥さん以外の落語家が白鳥さん作品をかけているのは、嬉しい。笑いまくった。

漫才/ホームラン
 ロケット団ほどの勢いはないけど安定の面白さ。

唖の釣り/小袁治
 ライブで聴いたのは初めてだと思う。ちょっと声の調子が悪くないですか?

のめる/小さん

太神楽/仙三郎社中

転宅/小三治
 長いこと桟敷席で足のしびれと格闘し、限界ぎりぎりで聴く小三治。
 落語なんてそんなに頑張って聴きに行くものじゃないし、そんなに頑張って聴くものでもないのだけど、小三治の落語は聴く機会がある限り聴きにいきたい。
 今日は音響がよくなかったせいか皆さん声が出なかった。近い席だったからよかったけど。

 『八重の桜』もう二本松少年隊のエピソード……二本松藩が陥落するといよいよ母成峠になってしまうのですよね。明治を生きた八重さんが主人公なので会津落城のエピソードを6月に持ってこないといけないのはわかるのですが、幕末史大好きな自分にはペースが速いと思えます。箱館戦争はナレーションとスチール写真の組み合わせで数秒で終わってしまう予感……「そして旧幕府軍を中心に終結した箱館も翌年に陥落した」ナレーションに土方戦死スチールとか(汗)。

北海道
新島襄の歩み知って…函館博物館で企画展
 新島襄(同志社大創立者)ゆかりの品を展示する企画展「新島襄と幕末の箱館」が14日、市立函館博物館(青柳町17、阿部司館長)で始まった。書や遺髪など約100点を並べている。9月1日まで。

 新島が函館から米国へ密出国した日に合わせてスタート。館内でセレモニーがあり、工藤寿樹市長が「新島の情熱、これを支えた函館の人々の気概について振り返ることは有意義」とあいさつ。学校法人同志社(京都)の大谷實総長が「函館は同志社発祥の原点。盛大に開催されたことは感慨もひとしお。市と連携を強化していきたい」と期待を込めた。大谷総長ら5人がテープカットして祝った。

 展示では、新島の脱国時の扮装(ふんそう)写真や、函館をたつときに詠んだ和歌、上海で断髪した際の遺髪のほか、妻八重の自筆の和歌なども紹介している。  同大卒業生の大江哲男さん(81)=函館市美原=は「これを機に、市民が認識を深めてくれれば。同志社の絶大なる協力にも感謝したい」と話していた。

 放映中のNHK大河ドラマ「八重の桜」で新島八重が主人公を務めていることや、来年で新島が脱国してから150年の節目を迎えるのを前倒しして、企画展を開催した。

 入館料は一般300円、大学・高校生150円、小・中学生100円。月曜定休。15日には午前10時と午後1時半の2回、解説セミナーを予定。申し込みは同博物館(TEL0138・23・5480)へ。


田本写真と〝現代版〟対比 及川さん同じ場所で撮影
 函館国際観光コンベンション協会が管理、運営する函館市写真歴史館(元町)は、幕末から明治期にかけて函館で活躍した写真師、田本研造が撮影した函館の街並みと、現在の風景をセットで紹介する新設展示「函館の町並み、今昔(いまむかし)」を始めた。田本の写真と対をなす形で〝現代版〟を並べ、時代の流れと街並みの変化を伝えている。

 田本研造(1831~1912年)は、明治政府の依頼を受けて開拓使や当時の函館の様子を撮影し、貴重な資料を残した。また、幕末の土方歳三、榎本武揚の肖像写真も田本の撮影といわれている。

 同館では街並みの変化を知ってもらおうと、今回の展示を企画。現在の風景を撮影したのは松陰町で及川写真事務所を営む及川雅夫さん(64)。昨年1月から約1年以上をかけて同じ場所を訪ねて撮影を試みた。

 会場には並ぶのは25組の作品。元町の基坂から函館山を望む風景や英国領事館、函館町会所(旧函館区公会堂)、函館公園などの今と昔を比較することができる。函館山からの眺望は4枚1組で紹介している。

 中には撮影ポイントの特定が難航した写真も。「地元住民の話を聞いて、全く別の場所で撮影していると分かった時もあった」と苦笑いする。また、田本については「じつにさまざまな場所で記録を残しており、精力的な活動ぶりがうかがえる」と話した。

 「写真の日」の6月1日には新設展示の記念イベントとして、及川さんが撮影秘話を語るトークイベントがある。同館では「見応えのある内容、多くの市民に見てもらいたい」と話し、来場を呼び掛けている。

 時間は午前11時、午後1時、同3時の3回。いずれの回も20分程度を予定している。当日は入館無料。問い合わせは同館(TEL0138・27・3333)へ。



福島
「八重の桜」福島展 開幕1カ月で1万人突破
 NHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公、新島八重ゆかりの約200点を紹介する県立博物館(会津若松市)の「『八重の桜』福島展」(7月3日まで)の入場者が12日、1万人を突破した。

 開幕から25日目で、1万人目となったのは須賀川市の会社員、郷秀幸さん(34)親子で、戊辰戦争や会津藩にまつわる史跡めぐりが趣味という歴史マニア。会津藩の教え「什(じゅう)の掟」を記した手ぬぐいや民芸品などが贈呈され、「大河ドラマの舞台裏を知って、以前にも増して楽しみになりました」と話していた。

 「今回の特別展では高校生以下を無料にして、修学旅行生を含めて幅広く見てもらおうとしたことが好評につながった」と同博物館の担当者は喜ぶ。1万人突破を記念して、13日から17日までの5日間に来館した先着100人に記念ステッカーをプレゼントする。


京都
幕末の会津藩や新選組に光 霊山歴史館で特別展
 幕末の会津藩や新選組に光を当てた特別展が京都市東山区の霊山歴史館で開かれている。初公開となる新選組五番隊組頭の尾形俊太郎の詩書をはじめ、新島八重関連の史料も展示し、激動の時代を旧幕府軍側の視点も交えて伝えている。

 同特別展は、NHK大河ドラマ「八重の桜」に合わせて1月にスタートさせた通年企画の第2弾。約100点を展示している。

 初公開の史料は、尾形が晩年に記した漢詩2点で、子孫から寄贈された。尾形は会津戦争のさなかに姿を消し、その後の消息は不明とされていたが、史料により、故郷の熊本に帰ったことが分かった。尾形は私塾を開き、1913(大正2)年6月に75歳で病没した。

 漢詩は梅の花を詠んでいる。また、長生きした尾形自身のことを道歌も記されている。同館の木村武仁主任学芸員によると、「道歌は新選組の仲間は早死にして悲しい、生き残っている自分も哀れだとの内容を歌に込めている」という。

 また新島八重が京都で働いた日本最初の女学校「女紅場(にょこうば)」で同僚だった女性の辞令書なども公開されている。9月1日まで。入館有料。同歴史館TEL075(531)3773。


岩倉具視幽棲旧宅を公開=京都市〔地域〕
 幕末から明治時代の政治家、岩倉具視(1825~83)が一時隠れ住み、1932年に国の史跡に指定された「岩倉具視幽棲(ゆうせい)旧宅」(京都市左京区岩倉)が一般公開されている。
 岩倉具視は公武合体を唱え、尊王攘夷派から「佐幕派」とみなされた。攘夷運動が高まる中で失脚し、1862年から5年間隠せい生活を送った。64年に大工藤吉の住居(現在の付属屋)を購入し、かやぶきの母屋などを増築。維新に関する密議などをしていたという。
 旧宅の敷地面積は約1500平方メートル。母屋の東側にある展示・収蔵施設の「対岳(たいがく)文庫」は、京都市庁舎本館を手掛けた建築家武田五一が設計。2007年に国の登録有形文化財となり、岩倉具視の関係品を展示している。
 管理していた財団の解散に伴い、寄贈を受けた京都市が、08年から4年をかけ、国庫補助を得て本格修理を行った。開館時間は午前9時~午後5時(入場は午後4時まで)。月曜休館(祝日の場合は翌日休館)で有料。


京都の会津墓地で先人慰霊 若松商議所議員団
京都商工会議所との「相互交流Year推進協定」の一環で京都市を訪れた会津若松商工会議所(宮森泰弘会頭)の議員団は8日、会津墓地がある金戒光明寺・西雲院を訪れ、先人の霊を慰めた。
 会津墓地には鳥羽伏見の戦いなど幕末の京都で散った会津藩士らが眠っている。宮森会頭が代表して献花した後、約30人の議員がそれぞれ線香を上げ、手を合わせた。
 議員団は新島八重と夫の襄が暮らした新島旧邸なども訪れ、会津と京都の歴史的なつながりを再認識した。
 

兵庫
みみより情報:ファン必見、幕末の品々 大阪青山歴史文学博物館、あすから企画展 /兵庫
 川西市長尾町の大阪青山歴史文学博物館で15日、幕末から明治初期に活躍した人物の直筆やゆかりの品を集めた企画展「幕末の動乱」が始まる。幕末の思想家、横井小楠が近代国家の基本をまとめた直筆の「国是十二条」など、歴史ファン必見の24点を展示する。8月4日まで。

 1853(嘉永6)年のペリー来航に始まる幕末の変革期は、日本史上空前の動乱期であり、歴史ファンをひきつける。現在、大河ドラマ「八重の桜」の放送もあって改めて注目が集まっている。ドラマに登場する会津藩主、松平容保ゆかりの品もある。

 「国是十二条」は福井藩士、松平正直にあてた書状。近代国家として学校教育、富国強兵、外国との交流などの必要性を説いている。白いヤクの毛(はぐま)を装飾に用いた兜(かぶと)など、戊辰戦争時の軍用品、孝明天皇や岩倉具視の和歌懐紙、大久保利通の書、西郷隆盛の手紙も展示する。

 一般300円、65歳以上250円、大学・高校生200円。午前10時〜午後5時。月曜休館(7月15日は開館、16日は休館)。同館(072・790・3535)。

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 ◇プレゼント

 企画展「幕末の動乱」のチケットを5組10人にプレゼントします。はがきに、「幕末の動乱」の招待券希望と書き、郵便番号、住所、氏名、年齢、電話番号を記入し、〒660−0892 尼崎市東難波町5の16の29 毎日新聞阪神支局みみより情報係へ。19日(水)必着。応募多数の場合は抽選します。


岡山
方谷ゆかり旧備中松山藩御茶屋復元 高梁・奥万田 水車小屋1棟も 岡山
■新たな時代の交流拠点に

 県内外で顕彰の機運が高まっている江戸時代の学者、山田方谷ゆかりの旧備中松山藩御茶屋が、高梁市奥万田町に復元された。幕末の混乱期、方谷の教えを求めて多くの人が訪ねた場で、同市は「新たな時代の交流拠点になれば」と期待を込めている。

 同御茶屋は、江戸末期の同藩6代藩主、板倉勝職(かつつね)の別邸だった。現在のJR方谷駅付近の長瀬で私塾を開いていた山田方谷が、城下滞在時に宿舎としていたが、越後長岡藩士、河井継之助が方谷の教えを受けるために泊まったり、長瀬とを往復したりしたことでも知られ、方谷の門人、三島中洲らとの交流の場にもなっていた。

 復元された木造瓦葺き平屋建ての御茶屋(延べ約50平方メートル)は、吉備国際大に通じる伊賀谷川に架かる学園橋のたもとにあり、6畳と4畳半の和室、3畳の茶室の3室に加え、水屋、トイレ、縁側が付いている。敷地(約290平方メートル)内には水車小屋1棟も復元、駐車場も整備した。用地買収費を含めた総事業費は約3千万円。

 9日に行われた落成式で近藤隆則市長は「方谷を思うとともに、お茶などの生涯学習や交流の施設として多くの市民に役立てていただき、すべての人に愛される場所にしてほしい」と話していた。


高知
ジョン万次郎「漂巽紀略」写本が里帰り=高知市〔地域〕
 幕末に米国に渡り、日米の懸け橋となったジョン万次郎の体験記「漂巽紀略(ひょうそんきりゃく)」の写本が、100年ぶりに米国から日本に里帰りし、高知市の高知県立坂本龍馬記念館で展示されている。米ローゼンバック財団が「日本に米国を紹介した最初の本」として保管しているもので、米国の風物を描いた色鮮やかな挿絵が特徴。7月19日まで。
 漂巽紀略は、米国から11年ぶりに帰国した万次郎を取り調べた土佐藩の河田小龍が、万次郎を自宅に寄宿させ聞き取った話をまとめた4巻の著作。米国民の風俗や政治制度、米国の港湾の様子などを紹介しており、ペリー来航に先立つ1852年に完成した。土佐藩主に献上され、後に龍馬ら幕末の志士にも影響を与えたといわれる。
 原本は所在不明だが、写本が6点確認されており、今回展示されているのは1912年に米ブルックリン博物館の学芸員が米国に持ち帰ったもの。ペンシルベニア州フィラデルフィアのローゼンバック博物館・図書館が、欧州に初めて米国を紹介したアメリゴベスプッチの「新大陸」とともに所蔵している。
 万次郎の体験記は数十種類あるとされ、今回の展示では万次郎の漂流記の異本、写本など11点を集めており、互いの比較も興味深い。
 同記念館の三浦夏樹主任学芸員は、里帰りした漂巽紀略について「保存状態が良く、米国でとても大事にされてきたことが分かる。日米をつなぐ貴重な本で、多くの人に見てほしい」と話している。 


熊本
出版:米良家、激動の400年 末孫・近藤氏と研究家・佐藤氏、一族の足跡たどり /熊本
◇初代・熊本藩主に仕官~12代・シベリア抑留

 江戸時代から現代までの400年間の一族の歴史をたどった著書「肥後藩参百石 米良家」=写真=が出版された。著者は米良家の末孫で札幌在住の近藤健氏と、東京の歴史研究家、佐藤誠氏の2人。8年がかりで完成させた。
 米良家の系譜をさかのぼり、日本史上のさまざまな事件とのかかわりに触れる。米良家の初祖は、熊本藩初代藩主の細川忠利に仕官した。米良家の2代当主は、赤穂義士、堀部弥兵衛の介錯人を務めた。8代目は幕末の相模湾警備、2度の長州征討戦に従軍した。
 10代目は明治9年の神風連の乱に参加して自刃し、9代目は明治10年の西南戦争で熊本隊員として西郷軍に合流して戦死した。
 11代目は屯田兵に志願して北海道へ移住した。13代目は太平洋戦争のレイテ沖海戦にゼロ戦の操縦士として参加した。12代目はソ連軍によるシベリア抑留中に病死した。
 熊本を出自として変転を経て北海道へ移った一族の足跡を、豊富な史料とともに振り返っている。福岡市の出版社「花乱社」刊。346ページ、3800円。【大島透】
6月13日朝刊


エンターテインメント
テーマは「コンテンツと歴史」、「歴女」などを考察 コンテンツ文化史学会で
ジャンルに捉われないコンテンツという括りでの研究活動を掲げる学会が、コンテンツ文化史学会である。その2013年第1回例会が、7月7日13時より芝浦工業大学豊洲キャンパスにて開催される。
今回のテーマは、「コンテンツと歴史」だ。歴史を切り口に、個性たっぷりの研究発表が行われる。当日は学会員だけでなく、一般の聴講も可能だ。一般参加には、500円の費用がかかる。

例会では歴史がどのように表現・消費されているのかを検討する。歴史学の観点から小説、マンガ、ゲーム、アニメ、映画などが、史実であるかどうかという二項的な議論の疑問を投げかける。
実証主義と是とする歴史学との相対化を意識するのは、コンテンツ文化史学会ならではのテーマ設定と言える。

当日は、松下尚さん、堀内淳一さん、筆谷芳行さんらが発表者として登壇する。新撰組ふるさと歴史館の学芸員である松下さん、新撰組ふるさと歴史館の取り組みを紹介しながら、施設と歴史ファンとの関係について考察する。
学習院大学の堀内さんは独自に歴女の調査について発表する。詳細なデータにもとづいて、これまで曖昧であった「歴女」のイメージを紐解く。

筆谷さんは少年画報社の編集者として、編集側から見たマンガ表現を解説する。また筆谷さんは、東北芸術工科大学の吉田正高さんと「漫画における『歴史』表現」と題して対談する。
博物館、歴史ファン、出版社といった様々な角度から「歴史」についてディスカッションが行われる有意義な1日になりそうだ。

2013年第1回例会「コンテンツと歴史」
http://www.contentshistory.org/2013/06/11/1312/

日時: 7月7日(日) 12時半開場、13時開始
場所: 芝浦工業大学・豊洲キャンパス交流棟401号室
参加費: 500円(会員は無料)
 顔付けがよいので、昼の部に続いて夜の部も楽しんできました。

《昼の部》

 1時過ぎに入ったんだけど超満員。団体さんが混じっていたのかしら。

牛ほめ/歌も女
 三遊亭多ぼうさんが二ッ目昇進して歌も女さんに。
 辛口ながら、この与太郎は受け容れられなかった。落語は原則、声色を使わない。話芸で大人子供や男女を演じ分ける。声色に近い感じで与太郎の子供っぽさを演じたところが、赤ちゃん言葉みたいで私には鼻についた。第一、与太郎は子供っぽい感じじゃなく、むしろいっぱしの口をきくところが与太郎なんだな。

権助魚/柳朝
 6代目ですね。一朝さん門下。一度TBS落語研究会で『不動坊火焔』を聴いて以来。
 さすが大名跡を継ぐだけあって、安定感のある『権助魚』。安心して笑えた。

漫才/ホームラン

たらちね/三三
 三三さん得意のネタで、「我が名を問いたもうや」から「ちーん」まで笑いっぱなし。

鉄の男/小ゑん
 わーい、小ゑんさんお得意のアキバ噺をたっぷり聴けた上に「鉄の男」初めてライブで聴けた。
 家の中じゅう鉄道グッズであふれている家庭のお話、住まいじゅう新選組の本やグッズであふれている自分にはトホホなお噺(^_^;)。

太神楽/仙三郎社中

転失気/一朝
 うほー、「転失気」を一朝師匠で聴けちゃうとは。一朝師匠だと喬太郎師匠のほど珍念が腹黒くはならないのね。
 中入りに隣の女性から話しかけられ、ネタわかった上で笑うタイミングが通っぽいと褒められた(苦笑)。

ものまね/小猫
 テナガザルがお家芸に加わるのも間近でしょうか。

祇園祭/圓太郎
 夏らしいネタ。
 『祇園祭』といえば一朝さんか圓太郎さんだよなぁ。この強烈な京都人のキャラクター(^_^;)。

短命/喜多八
 先週も『短命』だったなぁ。喜多八師匠のは艶笑度が下品にならない程度でよいと思う。

三味線漫談/小圓歌
 そうか、歌武蔵師匠は弟弟子なんだ。

皿屋敷/歌武蔵
 本名松井秀喜のほかに北の金さんに似てるというネタが今日は特に爆発。床屋さんでサマーバージョンに刈り上げられた御髪が確かによく似せてる。
 やった、前から聴きたかった歌武蔵師匠の『皿屋敷』。これまた、夏らしくなってきた時期ならではのネタ。
 番町皿屋敷のお菊さんが、歌武蔵版だと最初からぶくぶく太っている(汗)。そして、『短命』で出てきた伊勢屋さんの三番目の婿さんの、丈夫一点張りで顔は「ぶりのあら」というあだ名がつくというネタを持ってきた……すごいお菊さんだな(^_^;)。
 そして、ショーアップされた挙げ句に芸が荒れて臭くなる描写がまた爆笑もの。

《夜席》

 雲助師匠の特別企画公演なんだけど入りはちょぼちょぼで昼席とは好対照。土曜の夜席でもこういう日があるんだな、と。

やかん/ちよりん
 今日はちょっとノリが悪かったというか、勢いが今ひとつだったような。

漫才/ロケット団
 いま漫才で一番おもしろいのはやっぱりロケット団でしょうか。四文字熟語とか、北ねたとか、鉄板で面白い。何度聴いても面白い。

出来心/燕路
 師匠のお顔と人となりが、ドジな泥棒のねたにぴたりと来る。落語に出てくる泥棒さんは「出来心」にしても「鈴ヶ森」にしても「夏泥」にしても真面目に悪事に励もうとすればするほどダメダメなところがいい。

爆笑龍馬伝/歌之介
 この浅い出番でもかけていただけました。鉄板で笑わせていただきました。

太神楽/和楽社中
 今日は珍しくナイフが(汗)。

粗忽の釘/馬石
 雲助さん門下は白酒さんといい馬石さんといい龍玉さんといい、揃って出来がいいなぁ……。
 お隣の部屋に釘を突き刺してしまったことを詫びに行くはずが、煙草ふかして夫婦の馴れそめをぱぁぱぁ喋っちゃう亭主、大好物です。

青菜/市馬
 うひゃあ、今年は早々に市馬さんの「青菜」聴いてしまった。夏だなぁと思う。「鞍馬山から」の遣り取りを、奥様がその場で機転を利かせた隠し言葉と説明することで、上流家庭の奥様のエスプリを強調。一方、植木屋の女房は今日は「タガメ」ではなかったけど、ふんぞりかえって煙草ふかしているふてぶてしさ。でも、この暑い中を押し入れに入って亭主の小芝居に付き合ってやるんだから、「短命」の女房(「夫婦じゃなくて親分子分」と言い切る)よりかわいいところがあるかな。

粋曲/小菊

手紙無筆/文左衞門
 今日は黒の着物。袖口から覗く裏が赤で派手なんだけど、はっきりした顔立ちの文左衞門師匠には似合うんだよなぁ。羽織もオレンジで、この方の着物の色使いは洋服感覚に近いなぁ。
 これまた安定の「手紙無筆」。

ダーク広和
 今日は珍しくネタが(汗)。

妾馬/雲助
 意外にこの大ネタ、ライブで聴けていない。三三さん、花緑さん、そして雲助師匠。
 さすがな雲助師匠。殿様と八五郎と三太夫のやりとりがいちいちおかしくって、大笑い。ありがとうございました。
 





 予定がぽこっと空いたので、ふらっと寄席に行きました……っていう感じが好きです。寄席は、独演会とかのように予約してがっつり行くところではないですから。

ガールトーク/駒次
 鉄道落語で頭角を現している二つ目の駒次さん、個人的には東急線ネタの『鉄道戦国絵巻』を聴きたかったのですが、喫茶店で噂話に花が咲く「ガールトーク」もいいネタでした。

ジャグリング/ストレート松浦

谷風情相撲/琴調
 落語では『佐野山』とも呼ばれるネタですね。なるほど、美談なのは講談ネタだったからか。

漫才/にゃん子金魚

あくび指南/志ん陽
 ライブで聴いたのは二回目ぐらいかな……去年真打ちに昇進した志ん陽さん、有望株だけあって面白い。

お血脈/扇辰
 このあたりの香盤でさらっと面白いネタを披露する扇辰師、さすが。

キセル漫談/ひびきわたる
 んー、すごい。

替わり目/白酒
 やはり、おもろい夫婦ときたら、白酒の「替わり目」ですね。

奇術/夢葉

支度部屋外伝/歌武蔵
 今日も、相撲部屋と落語家の楽屋の話で盛り上がりました。

短命/喜多八
 喜多八師匠が色っぽい質問にとことん鈍感な八っつぁんを演じると、じれったいですね(苦笑)。

漫才/遊平かほり

井戸の茶碗/伯楽
 先代馬生師匠の弟子なんですね。

 『八重の桜』、とうとう奥羽越列藩同盟まで来ましたね。ここから先がしんどいなぁ……慶喜さんが「わしに家臣はいたろうか?」と勝海舟に訊いた瞬間、この人は英明だけど臣下がついてこねぇと思いましたけど(^_^;)。

熊本
幕末の玉名で西洋銃製造 詳細な古文書見つかる
玉名古文書の会(森高清代表)は、刀工集団「同田貫[どうだぬき]」が幕末、玉名市亀甲で西洋銃の製造に取り組んでいたことを詳細に示す古文書を発見した。これまでも同田貫が玉名市亀甲と南関町で西洋銃を造っていたことは分かっていが、玉名市歴史博物館の村上晶子学芸員(57)は「南関町で開発、製造が盛んだったことを記した文献はあったが、玉名市での製造について詳しく書かれたものはなく、実像は不明だった。非常に価値のある発見」と話している。

 古文書は1858年、坂下手永(玉名市)の惣庄屋だった関忠之允が熊本藩で地方行政を監督する郡代にあてた「御内意申上覚」。長洲町の町中央公民館に所蔵されていたのを今年3月、同会の洲崎勝さん(68)が見つけ、西洋銃を研究している同会の平田稔さん(69)が読み解いた。

 同田貫は加藤清正の保護を受け、玉名地域で日本刀を作っていた刀工の一派。古文書には、西洋銃の製造に特に尽力した刀工や地方役人ら10人の名前が列挙され、それぞれの役割や功績が詳しく記されている。同田貫の名工として知られる小山寿太郎が、西洋銃製造の総責任者として職人たちを指揮していたことや、寿太郎の屋敷(玉名市亀甲)近くに工場があったことなども古文書から分かった。

 平田さんは「当時西洋銃は輸入物が多く、独自に製造していた藩は全国でも珍しかった。ペリー来航で洋式軍備の必要性を感じた役人と刀工が、力を合わせて西洋銃づくりに励んだ様子がありありと分かる。この発見で少しでも多くの人に同田貫銃について興味を持ってもらえれば」と喜んでいる。(東本由紀子)


山口
<奇兵隊>黒い上着にズボン 幕末の制服を復元 萩博物館
 山口県萩市の萩博物館で7日、幕末の戊辰戦争で活躍した奇兵隊の制服が披露された。戦後の1869(明治2)年9月に撮影された写真を基に復元した。

【戊辰戦争】殉難者慰霊 春季祭典に市民ら100人

 黒いコート風の上着にズボンの洋装。復元調査にあたった山口県立大の学生がモデルとなり、写真通り、模造品の日本刀や鉄砲、懐中時計などを手にポーズを決めた。

 高杉晋作が下関で奇兵隊を結成したのは150年前のこの日で、隊長服を着込んだ竹松侃(すすむ)さん(18)は「奇兵隊がいなかったら今の日本はない。身が引き締まります」。【川上敏文】


コラム
幕末「日米修好通商条約」対米屈服だったか?名外交官・岩瀬忠震「最良の選択」
【先人たちの底力 知恵泉 天下無敵の交渉術「幕末の外交官 アメリカと対峙する 岩瀬忠震の交渉術」】  教育/デジタル教育1 06月11日(火) 23:00 ~23:24
開国か攘夷かで揺れていた幕末、日本はアメリカと日米修好通商条約を結んだ。いままでこの条約はアメリカ側の全権・ハリスの強い圧力に政府が屈した「不平等条約」とされてきたが、最近の研究では「当時の日本が選択できた最良の結果」で、後の経済的発展を導いたと再評価されている。
ハリスとの交渉に挑んだ日本側全権のひとりが、今回取り上げる岩瀬忠震(いわせ・ただなり)だ。圧倒的な不利の中でも、岩瀬は脅しに屈することなく冷静に国際情勢を分析し、堂々と渡り合い日本に有利な条項をいくつも勝ち取った。後年のハリスに「彼のような全権を持ったのは日本の幸福だった」と言わしめたほどの岩瀬の交渉術は、どのようなものだったのか。
*先人たちの底力 知恵泉 天下無敵の交渉術「幕末の外交官 アメリカと対峙する 岩瀬忠震の交渉術」


幕末のお城にタイムスリップ
 「新発見」古写真にみる「本物の城」の迫力
慶応元年(1865年)撮影の「大坂城 本丸東面」や、尾張藩主・徳川慶勝が元治元年(1864年)に撮ったという広島城の写真などが、ずらり134城720点――『レンズが撮らえた 幕末日本の城』(山川出版社)が、近年各地で新たに発見された古写真を一挙紹介している。
「再興」の城とは気品が違う

レンズが撮らえた 幕末日本の城
現在では、鉄筋コンクリート造などで再興された「天守」を見ることができる城もある。しかし、同書監修者の一人である広島大大学院の三浦正幸教授は冒頭解説で、古写真と再興天守を見比べると、「大なり小なり相違している」として、「古写真に見られる気品のある外観が大きく損なわれていることをぜひとも確認」してほしいとしている。
本書の「主役」は貴重な写真の数々だろうが、解説やデータも充実している。各城の築城年や慶応3年時の城主と石高などを紹介。写真についても撮影時期のほか、場所の解説もある。たとえば「江戸城」の「二の丸大手三之門と下乗橋」では、「明治初期の撮影」「御三家以外の大名諸侯はここで乗り物を降りて徒歩で登城した」とある。
北海道から沖縄までの城が登場しており、故郷や地元にある城の「昔の姿」を探す楽しみ方もできそうだ。
2013年4月に発売された。編著・來本雅之、監修・小沢健志、三浦正幸。1890円。<モノウォッチ>
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