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新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
先日のらくこの落語で一之輔師匠が自ら真打昇進披露興行のチケット売っている姿にぐぐっと来て、鈴本夜席のチケット買ってました。昼席が市馬師匠トリだったので、昼からおこもり……明日からの本業の予定を考えたくない現実逃避ともいえますが(苦笑)。

【昼の部】
 ほぼ満員。何となく、落語をそんなに聴き込んでいないお客様が多い感じで、心地よく緩い空気(でも浅草演芸ホールほどには観光客っぽくない)。

たらちね/市楽

奇術/アサダ二世

狸札/馬石

ざる屋/白酒

漫才/遊平かほり

木村長門守 堪忍袋/琴調

ガーコン/川柳
 足の調子が悪いとかで、琴調さんが使った見台をそのまま使用。「ガーコン」の場面がない「ガーコン」(汗)……ちょっと寂しいが、老親と同じ世代なのでいつまでも現役でいて欲しい。

太神楽/翁家和楽社中

寄合酒/文左衞門
 最近マイブームっぽい文左衞門師匠なのだけど、今日はちょっと高座から遠かったところに座ったせいか、ちょっぴり臨場感不足……。

中入り

漫才/のいるこいる

浮世床/さん生
 半ちゃんの夢のお話。

ぼやき居酒屋/歌武蔵
 はん治師匠のも歌武蔵師匠のも爆笑版な「ぼやき居酒屋」。つくった三枝師匠、まもなく六代目桂文枝師匠の高座でも聴いてみたい。

紙切り/二楽

片棒/市馬
 あぁ、やっと市馬師匠の「片棒」お祭りマンボ付きが聴けた……木遣りとか、太鼓や笛のお囃子とか、喉がいいだけに聴かせるなぁ。堪能。

【夜の部】
 一之輔さんをそんなに追っかけていたわけではないけど、21人抜きのひとり真打昇進披露興行なんて滅多にないだろうなーと思ったので、一之輔師匠自らチケット売ってた時に買いました。

牛ほめ/金兵衛

金坊落語家作戦/勢朝
 昇太さんの「力士の春」みたいな噺。息子の金坊を落語家に育てようとスパルタ教育する噺(上の娘のお花ちゃんも一時期スパルタ教育されていたらしい)、楽屋噺に脱線多いが楽しい。上下切れない白鳥(最近はだいぶ切れると思う(^^))、オーバーアクションな昇太、ダメダメな二世落語家、一言一言が笑える先代彦六……と、落語家を知ってるほど笑える。

紙切り/正楽

浮世床/正朝
 こちらは源ちゃんの『太閤記』抜き読みの噺。

楽屋噺/馬風

漫才/ロケット団

蝦蟇の油/市馬
 さっきの「片棒」といい、市馬師匠の得意ネタをやっと聴けて嬉し過ぎ。

楽屋噺/圓歌
 いつものネタと思いつつ、爆笑してしまうのは馬風師匠も圓歌師匠も。

岸柳島/一朝
 寄席で一朝師匠が番組に入っていると、古典ネタがたっぷり聴けて嬉しい。

真打昇進披露口上
 たい平・市馬・一之輔・一朝・馬風・圓歌。司会は一応たい平なんだけど、真打「昇進」を「襲名」といって一瞬かたまったり、馬風に花火byたい平と相撲甚句by市馬を振られて花火の形態模写をしたり、けっこう振り回されてました。
 市馬師匠は相撲甚句があれば無敵です。
 一朝師匠、ご挨拶に涙がこぼれました。
 馬風師匠、一之輔師匠とは千葉県は野田出身で共通項があったんですね。「野田だけに下地ができてる」が受けなかったのは残念。進行を振り回してましたが、最後の手締めは圓歌師匠にとられてました。
 圓歌師匠、最後の手締めをしっかり押さえてました。

太神楽/鏡味仙三郎社中

粗忽の釘/たい平
 初めて聴きました。15分の持ち時間を7分で「粗忽の釘」、すごい。ちゃんと必要な場面と台詞を残しながら、短縮できましたね。

粋曲/小菊

明烏/一之輔
 落語のネタとしてはとてもポピュラーなのだけど、ライブで聴いたのは初めて(汗)。でもCDでは文楽・志ん朝・談春あたり鉄板で聴いていたので、初めて感がしない。
 以前2ちゃんねたで「落語家を噺の人物にキャスティング」というのがあって、「明烏」の源兵衛を談春師匠に、太助を文左衞門師匠に、という投稿を見て以来、ほんとイメージができあがってしまっていた。一之輔版の太助は文左衞門師匠のキャラ以外ではあり得ないぐらい、イメージぴったり。今日も、甘納豆食べる場面は文左衞門師匠のビジュアルが頭に浮かんでしまって離れない……(汗)。
 真打ち昇進する一之輔さんだからこそのフレッシュさと、どこなく客を食ったキャラが入り交じった「明烏」でした。これからも高座でお会いしたく。
 


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 お彼岸の日、祝日で寝坊できたことがひたすらありがたい(^_^;)。

神奈川
幕末の海防読み解く200点、江戸湾警備の肥後藩紹介/横須賀
 幕末20+ 件期に江戸湾(東京湾)の警備を命じられ、横須賀の大津陣屋に常駐し任務にあたった肥後藩の足跡を紹介する企画展「黒船来航 火の国熊本から大津陣屋へ」が16日、京急大津駅前の大津コミュニティセンターで始まった。横須賀市大津観光協会の主催で、市民団体「大津探訪くらぶ」が企画。初日は朝から100人近い来場者が訪れ、貴重な資料を見て回った。19日まで。

 幕末20+ 件期、日本近海には通商を求める異国船がたびたび出現するようになり、海防強化が重要視されていた。1842(天保13)年に江戸湾口の警備を命じられた川越藩が、現在の県立横須賀大津高校周辺にあった大津陣屋を建設。53年のペリー来航後は肥後藩に警備任務が引き継がれた。

 会場では、肥後藩士の子孫から提供を受けた200点近くの関連資料を展示。肥後藩士による熊本から大津陣屋に到着するまでの道中記などを解読文とともに紹介。2度にわたり遭遇した安政の大地震の被害状況などを克明に記録しており、苦難を乗り越えた藩士の姿を読み取ることができる。

 このほか、観音崎の砲台などに配備された大砲の大きさなどが詳細に記された肥後藩作成の絵図3点の写真を、解読図とともに関東で初公開している。同団体の杉本幸三代表(67)は「幕末20+ 件の海防史は解明されていないことが多いので、企画展でぜひ関心を高めてほしい」と来場を呼び掛けている。

 入場自由。午前10時~午後4時。問い合わせは、同観光協会電話046(836)3531。


幕末・明治、色鮮やか  横浜開港資料館
 日本画に使う顔料でモノクロ写真に色づけする彩色写真。カラーのない時代に横浜で生まれたとされる独特の技法で、海外にも輸出された。全国有数のコレクションを誇る横浜開港資料館で、初公開を含む写真が多数展示されている。
 彩色写真は、一大生産拠点だった横浜から国内外に広がり、横浜写真とも呼ばれた。日本写真の開祖の一人で、日本画家の下岡蓮杖が創始者という説や、幕末に居留地で写真館を経営したフェリックス・ベアトが広めたという説もある。
 絵付け師が1枚1枚色づけし、カラー写真と見間違う仕上がりになっている。大手写真館には大勢の絵付け師が働き、20人近い絵付け師を抱える外国写真館もあったという。
西洋の写真技術と日本画の伝統技術が融合した工芸品で、外国人旅行者や帰国者が持ち帰り、日本の風俗や風景の紹介にひと役かった。明治中期が最盛期だったという。
 企画展「フォトスタジオの聖地・横浜」では、前田橋(中区)から見る堀川沿いの街並みや山手から望む外国人居留地や横浜港、実際に筆で彩色している絵付け師など貴重な写真が展示されている。4月15日まで。
(佐藤善一)


岐阜
大垣祭 幕末の形式今と同じ
行列描いた画帳見つかる
山車13両、綱で引く姿確認


幕末の大垣祭の様子を描いた画帳
  360年以上の歴史を誇る大垣祭について調査を進める大垣市教委は、幕末の同祭の様子を描いた画帳が見つかったと、発表した。昔の大垣祭の様子はこれまで、昭和初期の写真でしか確認されていなかったが、幕末には既に山車を綱で引くなど現在と同じ祭の形式であったことが判明した。

 見つかったのは、1891年に元大垣藩士の月岡一侃斎(いっかんさい)が描いた画帳。縦28センチ、横20センチとA4判を少しこぶりにした大きさで、93ページ。大垣祭の行列は、27点にわたって色つきで描写されている。

 画帳は、大垣市出身で京都在住の女性が所有していることが分かり、市教委が女性から借り受け、調査を進めていた。市教委によると、街を引き回される山車「■(やま)」が13両あることや、警護役がいることなど、これまで文献でしか分からなかったことが、確認されたという。

 大垣祭記録保存委員会副委員長の清水進・市史編纂室長は「■を綱で引くこともこの画帳で分かった」と話している。2010年度から4か年計画で大垣祭の調査を進める同市教委は14年度に調査報告書をまとめる予定だ。

 大垣祭は1648年(慶安元年)、大垣藩の初代藩主、戸田氏鉄(うじかね)公が城下町の総氏神だった八幡宮を再建したことを受け、本町、中町、新町など各町が喜びを表すために、■を造って引き回したのが始まりとされる。今年は5月12、13日、13両の■が大垣の城下町を巡る。

 (■は「車」へんに「山」)

(2012年3月15日 読売新聞)


山口
幕末期の岩国藩の史料70点…岩国徴古館で企画展
 企画展「幕末の動乱と岩国」が18日、岩国市横山の岩国徴古館で始まった。5月13日まで。入場無料。

 12代岩国藩主・吉川経幹(つねまさ)が幕府の長州征討に対峙(たいじ)する姿を記録した「経幹公御周旋記」、征討軍との戦いの様子を描いた地図など、幕末期の岩国藩に関する史料約70点を展示している=写真=。史料に見入っていた岩国市川下町の藤井愛子さん(68)は「先人たちの苦労が改めて伝わってきた」と感慨深そうだった。

 月曜休館(月曜が祝日の場合は翌日)。問い合わせは岩国徴古館(0827・41・0452)へ。



ブックレビュー
今度の歴史魂は新選組を総力特集! 蒼狼たちの生き様を知れ!

エンターテインメント
松坂桃李、新撰組の沖田総司に扮して時代劇シーンに初挑戦
『薄桜鬼~京都探訪~二〇一二・春』販売中!津田健次郎さんとのファンイベントも!
 ども、白牡丹です。先日受検した新選組検定、公式ページに出題と回答が出ましたので自己採点してみました。

3級
 自己採点で95点でした。もうちょっと取りたかったかな。

 たとえば、この問題を「うっかり」で落としたのは残念(^_^;)。
Q043 土方歳三の像は国内に数カ所にありますが、次のうち像がないのはどこでしょうか。
① 函館・五稜郭タワー
② 函館・土方歳三記念館
③ 日野・土方歳三資料館
④ 日野・石田寺

 ……全部足を運んで知っているのに、勘違いしてしまいましたorz。④なのは歴然なのになぜ勘違いしてしまったんでしょう(汗)。

2級
 こちらは自己採点で82点。合格ラインの7割は十分に越えてますが、自分の史実ファン度からすると85点以上取りたかったので、ちと不本意。後半ちょっとぽろぽろ落とした問題がありました。
 下記の問題は「そこまでチェックしてなかった(^_^;)」ということで落とした問題の一例。
Q089 慶応4年(明治元年)8月22日、母成峠の戦いに敗走した斎藤一は、隊士・歩兵40人ほどと会津城下の旅館に宿泊したことが「若松記草稿」に記録されています。その旅館の屋号は何でしょうか。
① 藤田屋
② 山口屋
③ 一瀬屋
④ 斎藤屋


 おもわず笑みがこぼれた問題をふたつ。
Q073 文久3年9月、芹沢鴨は因幡薬師で開かれていた見世物の見物に出掛け、猛獣に吼えられて驚いたといいます。その猛獣とは何でしょうか。
① ライオン
② ヒョウ
③ マントヒヒ
④ トラ


Q081 土方歳三は文久3年11月に書いた手紙で、遊女たちにモテてモテてしょうがない、という趣旨を記していますが、そこで名前があげられていない遊郭は次のうちのどれでしょうか。
① 二条新地
② 祇園
③ 上七軒
④ 島原

 彼岸の彼方にいるかの方がたは、150年後の後世にテスト問題にされるとは思ってもみなかったでしょうね(苦笑)。

 史実に諸説ある事件の取り上げ方として、ちょっと引っかかる出題もあります。
Q037 浪士組の上京中、芹沢鴨が自分の宿が用意されていなかったことに立腹し、野宿するといって、宿場の路上で大篝火を焚いたというエピソードを永倉新八が伝えています。その宿場はどこでしょうか。
① 軽井沢
② 本庄
③ 下諏訪
④ 奈良井

 本当に篝火事件があったのかどうか、あったとしてそれが本庄だったのかどうか、史実として確定してるかな? 永倉新八の記述によれば、という補完があるのはいいのですが、今後は出典とか明記した方がいいと思います。

 公認参考書・推薦参考書のラインナップについて、「ん?」と思うところがあります。一次史料を直接参考書にするのが難しいとしても、一次史料の解説本が入っていないのは、「あれ?」と思うところです。

 異説が多い新選組の歴史を知識テストにできるのかという興味関心から受検した新選組検定ですが、受けてみての雑感でした。
 昨日は白鳥師を聴けなかったというだけで、ゆっくりしたい日曜の夜に末廣亭に駆けつけてしまう自分はけっこう中毒だと思う。

無精床/駒三

あちたりこちたり/小満ん
 小満ん師匠も新作やるんですね。面白かった(^^)

漫談/丈二

漫才/遊平かほり

手紙無筆/文左衞門
 昨日は扇辰っつぁんで聴いたばかり。でも文ちゃん版は暴力的でまた面白い。

漫談/しん平
 今日はおはぎの代わりにご飯の上にゆで小豆をのせる話……これって『銀魂』の宇治銀時丼じゃん(^_^;)。

曲ごま/紋之助
 今日もはらはらさせながら、でも失敗せず(爆)終了。

隣の町は戦場だった/白鳥
 雪深い新潟県長岡市高田で育ち、新雪の上でホンダスーパーカブを両手放しで隊旗振って乗りこなせる不良の吉田タカシ君が自衛隊に入隊し、イラクに派遣される話(爆)。
 へんてこな噺なのに、伏線はがしがし回収されるし、途中で何かほろっと涙がこぼれるような人情噺になるし、白鳥師はあなどれない。




 新選組検定3級と2級を受けてきました。もはや暗記できるほどの記憶力が残っていない(爆)ので、事前準備はしてません。新選組ファン歴13年になろうという自分のうすぼんやりした記憶頼みです。

 そしてわかったことは、史実から脚色した部分はあるけど大河ドラマ『新選組!』で記憶していることが沢山あるということ(*^_^*)。

 正解は明日13時以降、リンク先のサイトに出るそうです。

 白牡丹が難問と感じた問題を各級から紹介しますと。

【3級】
慶応3年11月、沖田総司は近藤勇の実兄・宮川音五郎に宛てた手紙で、東下できない理由を「○○故」と書いています。「○○」に入る言葉は何でしょうか。

①「多忙」
②「時勢」
③「怪我」
④「病気」

 ……書簡の存在を記憶してない(^_^;)。

【2級】
近藤勇・土方歳三・山南敬助・沖田総司・井上源三郎・永倉新八・藤堂平助・原田左之助という、いわゆる試衛館グループのなかで、新選組として在京中に江戸へ帰ったことがあるのは、次のうちの誰でしょうか。
①山南敬助
②沖田総司
③原田左之助
④井上源三郎

 あれ、この4人で江戸に帰ったことがある人っていたっけ……(滝汗)。


 2級は結構難問でした。自分、9割取れてないです……orz。合格ラインは大丈夫そうですが……多分(爆)。
 
 新宿で法事があった(先祖の墓は西新宿にあるのです)ので、雨模様の中、末廣亭へ。昼席の途中から夜席トリまで……って、白鳥さんじゃなくて彦いちさん代演だったのか(汗)。でも「愛宕山」ならぬ「愛宕川」、けっこう楽しかった。

【昼の部】途中から

唖の釣り/小袁治

(不明)/南喬

紙切り/正楽

紙入れ/馬生

時そば/菊丸

漫談/順子
 順子師匠、今日は前座の木久扇門下の扇兵衛くんをいじってました。身体の大きさの割にはけっこう器用に足を顔に近づけられる扇兵衛くんでした(汗)。

家見舞/小さん

漫談/馬風

手元の番組表には鏡味仙三郎社中があるのだけど、トリの小ゑん師匠にいわせると落語協会の連絡ミスで、色物なしで小ゑん師匠登場。

幸せの石/小ゑん
 西小山の電器屋さん家に生まれ育ったそうで、西小山から立会川をちょっと下流にいったところで生まれ育った自分は一気に親近感。
 アキバねたたっぷり。落語の蔵で聴いてるけど、生で聴いて笑えた笑えた。そのまま「アキバぞめき」に行くかと思ったのだけど、ガス検針員の女性が主人公の「幸せの石」でした。落語界に希少な理科系らしいネタです。

【夜の部】
初天神/扇兵衛

ニワトリ/玉玉丈

漫才/ホンキートンク

手紙無筆/扇辰

五目講釈/さん福

粋曲/小菊

浮世床/小歌

マキシム・ド・呑兵衛/馬桜
 白鳥さんが上がらないと知ってちょっと落ち込んだので、白鳥さんネタをかけてくれて嬉しい。

奇術/アサダ二世

親子酒/駒三

長屋の花見/小満ん

牛ほめ/丈二

漫才/遊平かほり

道灌/文左衞門
 暴力的におかしい「道灌」(爆)……最近文師にはまっているみたい。

漫談/しん平
 ラーメンの話がおかしかった。ラーメンだしの話とか、湯切りの技の披露とか。

曲ごま/紋之助
 おろおろして途中でお囃子さんを止めたり、ハラハラさせるのが紋之助さんの芸らしい。

愛宕川/彦いち
 まくらで「愛宕山」のあらすじを語ってしまい、何をやるのかと思えば、ユーコン川下りの体験を「愛宕山」のパロディとしてしまう。
 一八の前で旦那が見せるのは、小判投げではなくて、金の弾丸ライフル・マシンガン乱射。そして、金欲しさに飛び降りた一八を待っていたのは、狼でなくてぐりずりー(汗)。
 どうなるのかとハラハラさせるスペクタクルの先に現れたのは……そうか、「烏カァ」の代わりに「キングサーモン、ばしゃっ」だったのは伏線か(苦笑)。










 あれから1年……さまざまな思いがあり、いまだ言葉になりません。14時46分に黙祷しました。

神奈川
連続歴史講座
ふるさと幕末人物伝

 幕末を生きた三浦半島の人物に迫る歴史講座「ふるさと幕末人物伝」が今月末に開講する。主催は三浦半島の文化を考える会。市内郷土史家らが講師を務める。

 日程は、3月31日(土)「浅葉仁三郎―日記から見た人物像」、4月7日(土)「海防期に躍進する小坪の浜名主」、4月14日(土)「浦賀周辺の文人―加藤山寿を中心に」。いずれも時間は午後1時半〜3時半で、会場はヴェルクよこすか。参加費1500円(3回分・資料代)。希望者ははがきに住所・氏名・【電話】を明記し、〒238―0035池上2の1の5三浦半島の文化を考える会事務局(久保木実さん方)。3月24日(土)必着。(問)【電話】046・852・0714


富山
北前船史料1万点寄贈 加賀の大家家
 幕末から明治にかけて北前船の一大拠点だった加賀市大聖寺瀬越町の二大船主の一つ、 大家(おおいえ)家から1万点を超える史料が金沢市立玉川図書館近世史料館に寄贈され 、同館は新年度から整理、調査に乗り出す。北前船で栄えた同町はかつて、日本有数の「 富豪村」とも称され、史料から大家家の北前船主としての規模や各港での取引状況を読み 解く。
 史料は昨年7月、同町の大家家現当主、大家紹嘉(つぐよし)さんから寄贈された。各 港でどんな品物が、どんな価格で売買されたかを記録した「仕切(しきり)帳」が中心で 、北前船での航海や遭難、造船の状況が分かる史料もある。船を任せた船頭や水主(乗組 員)、各港から、船主に取引の指示を仰ぐ手紙も残っていた。

 同館によると、大家家は天保年間、船頭だった二代目の七三郎が船主として独立、幕末 から昭和にかけての四代目、七平の時代に最も栄えた。明治期は蒸気船の登場や鉄道網の 発達などで、北前船主を取り巻く状況は大きく変化しており、史料を整理すれば、石川の 海運業の状況が明らかになる可能性がある。

 古文書の知識がある市民の協力を得て、新年度から整理を始めるが、史料が膨大なため 1年以上かかるとみられる。整理した史料は目録を作成し、一般公開する。同館の袖吉正 樹さんは「北前船は全国に研究者がおり、調査に役立ててほしいというのが現当主の意向 でもある。これだけ多くの史料があれば、新たなことが分かるだろう」と話した。


京都
新撰組隊士が京都をガイド! “薄桜鬼~京都探訪録~二〇一二・春”の販売がスタート
薄桜鬼~京都探訪~二〇一二・春 本日販売開始!
ゲーム「薄桜鬼」公式ツアー発売-新選組ゆかりの地を声優イヤホンガイドで巡る

山口
福島の作家星さん萩で15日に講演
 東日本大震災の被災地を巡った福島県在住の作家星亮一さん(76)が15日午後6時半から、萩市の萩市民館小ホールで講演する。演題は「東北は負けない~会津藩に学ぶ復興の半世紀~」。被災地の苦しい状況を、戊辰戦争後に朝敵とされた旧会津藩の苦難の歴史と照らし合わせて復興への思いを語る。

 萩市や福島県内の歴史研究家らでつくる「萩と会津の友好を考える会」などが企画した。

 星さんは震災後4か月間、福島、宮城、岩手県内の被災地を巡回。高さ10メートルの防潮堤を超えた津波が町を根こそぎ流してしまった光景や、原発事故で多くの人が故郷を離れて地域の共同体が崩壊している様子を目の当たりにした。

 星さんは「東北の人たちは意気消沈していない。以前の豊かな東北を取り戻そうと、不屈の精神で復興を目指している」と見ている。講演では「東北人の魂」を伝え、萩市民が会津若松市などを支援してくれたことに感謝する。

 原発の廃炉などを終えて被災地が復興を果たすためには、旧会津藩が朝敵とされて苦しんだ約半世紀くらいの歳月がかかるという観点で、同藩の歴史に触れる。

 星さんは福島県の新聞社、民放テレビ局勤務を経て作家になった。戊辰戦争研究会代表も務めている。当日先着順で定員80人。無料。問い合わせは萩市企画課(0838・25・3102)へ。

(2012年3月7日 読売新聞)



コラム
【幕末から学ぶ現在(いま)】
(152)東大教授・山内昌之 鮫島尚信

「外交官第一号」の胆力

 尖閣諸島や北方領土の問題といい、「従軍慰安婦」の問題といい、最近の日本外交はいいところがない。外交懸案が生じても、きちんと押し返せないのである。

 沖縄の米軍普天間飛行場の移転問題にしても、政治主導にこだわるあまり当事者間で慎重につめてきたガラス細工のように繊細な合意を一夜にして壊してしまった。最大の責任者が鳩山由紀夫氏であることは論をまたない。日本の外交安全保障の要を毀損(きそん)した人物が民主党の外交担当最高顧問に就くと聞いて絶句した人も多いのではないか。

 知識が少しばかりあっても、物に動じない胆力や健全な愛国心をもたない人間は政治家であれ外交官であれ、国の危機にも鈍感である。反対に、言葉や経験が未熟でも、国のために何をなすべきかと自問した幕末明治人は、まず理屈でなく体が本能的に動いた。慶応元(1865)年に、薩摩藩留学生として森有礼(ありのり)や五代友厚らと一緒に英国に留学した鮫島尚信もその一人である。

 ロンドン大学で1年間学んだ後、森ら5名と一緒に渡米したが、3名が帰国しても鮫島は森らとともに残り、ブドウ園で働きながら学んだ。いくつになっても親がかりの苦労知らずとは違うのだ。

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 帰国した鮫島は、条約改正のための「弁務使」として欧州に派遣されることになり、ややあって明治4(1871)年に政府は「第四等のジプロマチクエゼント(diplomatic agent)」として彼を処遇するように英仏プロイセンの3国に求めた。これを犬塚孝明氏は「外交官第一号の誕生」と呼ぶ。鮫島は、英国では留学生上がりの青二才扱いをされたが、フランスではまずまずの接遇を受けた(『明治外交官物語』吉川弘文館)。

パリでの努力大きく実る

 パリでは、事情通の英国人秘書フレデリック・マーシャルを雇い、情報収集と人間関係の拡大に努めた。鮫島は、ワシントンに派遣された森有礼とともに、外交実務の研究、条約改正の交渉実務、留学生の調査監督、お雇い外国人との契約交渉、在留日本人や渡航者たちの世話にあたったのだ。かれらは「日本にとって不慣れな外交を国際社会が認める水準にまで引き上げた二人の努力を忘れるわけにはいかない」と犬塚氏もいとおしげに述べている。

 鮫島にとってフランスはイギリスよりも穏やかで親切であった。とくに文化交流には熱心で、岩倉使節団が訪れたときも、希望する施設をすべて開放し見学の便宜を与えてくれたようだ。しかし、フランスに限らず欧州各地で使節団らがまごつかなかったのは、鮫島が欧州の外交慣行や儀礼にのっとって、あらかじめ便宜供与や調査協力を依頼していたからだ。鮫島の外交努力や、彼が築いた外交界の人びととの信頼関係、それに積極的な文化交流活動がなければ、岩倉使節団も成果を挙げられなかったかもしれない。

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 また、日本の近代諸法典を指導したフランス人ボアソナードを日本人留学生たちに引き合わせたのも鮫島である。日本公使の熱意にほだされたボアソナードは日本行きを決心し、20年の長きにわたり日本に滞在することになった。犬塚氏は、法学教育を通して日本にフランス文化を根付かせたいという鮫島の熱い思いが、ボアソナードの心を動かしたと考える。鮫島の情熱とボアソナードの善意の共鳴を語る犬塚氏の見方はまことに好ましく、共感をそそられる。そして、鮫島が教育と文化を通して、国際交流を進めていくことこそ、外交官が果たすべき重要職務と考えたという指摘も興味深い。

 鮫島がレジオン・ドヌール勲章オフィシエに叙されたのは当然であろう。いまのように日本人叙勲者が珍しくない時代のことではない。

外国交法案内を執筆刊行

 しかし、鮫島の真面目(しんめんもく)は、後進の若い外交官のためにマーシャルの協力を得た英書『外国交法案内』(Diplomatic Guide)の執筆刊行であった。私はまだ読んでいないが、日本人による最初の外交官心得や外交慣例入門ともいうべき実務の書物である。パイオニアはいつの時代も、どの分野でも偉大である。日本語でなく英語で出したあたりに幕末明治人の心意気と自負心がうかがわれ、現代日本人の向上心をも刺激する。

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 外務大輔(だゆう)(いまの外務次官)となって帰国した鮫島は、再び特命全権公使として渡仏した。条約改正に執念を燃やす外務卿寺島宗則の懇請によるものだ。余人をもって代え難いとはこのような場合に言うのだろう。鮫島は、外国郵便物をすべて日本が扱うことを認めさせるなど着実に不平等の基盤を切り崩していった。それでも、改正交渉は欧州各国の結束で挫折を余儀なくされた。激務と心労の結果、鮫島は明治13年師走に倒れた。意識朦朧(もうろう)となっても国家の行末を思って怒気を発したというから凄(すご)い。肺病だったのだろう。

 35歳の若さで死んだ鮫島は、モンパルナスの墓地に葬られた。大統領名代をはじめ各国大公使も列席した。改正交渉に挫折した鮫島の死は、同情をもって迎えられたはずだ。ここでも犬塚氏の筆は、「ヨーロッパ外交界が純粋な気持で勢いっぱい示してくれた敬意でもあった」とあたたかい。政治家と官僚外交官の敷居をやすやすと乗り越えた維新明治の先人には学ぶべき点が多い。(やまうち まさゆき)



【プロフィル】鮫島尚信

 さめしま・なおのぶ 弘化2(1845)年、薩摩(鹿児島)藩医の家に生まれる。慶応元(1865)年、薩摩藩留学生として英国ロンドン大に学ぶ。同3年、渡米し苦学。明治元(1868)年に帰国し、新政府の外務大輔などを歴任。11年に駐仏特命全権公使に任じられるが、13(1880)年にパリで病没した。


エンターテインメント
新選組隊士達が抱く夢とは!?「薄桜鬼 黎明録 DS」プロモーションムービー公開
優しいヤツほど気をつけろ!『るろうに剣心』新ポスタービジュアルが解禁
“封印された狂気”をテーマにする映画『るろうに剣心』最新画像を初公開

 朝起きてぼぉ〜っとしていたら、出るタイミングを失った。もぉぎりぎりのタイミングで渋谷区ホールに飛び込む。



 まずは、トーク……って、白鳥さんいない(^_^;)。こしらは革ジャンっぽい着物着てるし。合皮の布を自分でミシンかけて縫ったそうな。こしら曰く、談笑さんは金の匂いがするそうな。ややあって白鳥さん登場。昨日の白鳥・昇太・彦いちの意気あったトークに比べて、何と微妙な空気感。
 上下がわからないと暴露する、こしらさんと白鳥さん……ネタだよねこれって(^_^;)。

「火焔太鼓」こしら
 おかみさんの妄想がすごくて、隠密の美青年剣士と恋に陥って、甚兵衛さんそっちのけ。
 そして、お屋敷にあがってからも、長い長い……ところどころ爆笑するんだけど、気がついたら開演から約1時間(汗)。寄席でつっと軽く15分やってお後につなげるのに慣れてしまったので、しょっぱなから大ネタでお腹いっぱい。

「イラサリマケー」談笑
 自分はキタって感じなんだけど、会場は何となく慣れてない感。下ネタ満載のメニューに客席の半分はとまどい気味なような、重い感じ。

「無精歯科」談笑
 水飲んで、続けて2席め。南蒲田三丁目って、どこかなぁと思ってしまう蒲田住民は私です(^^ゞ。蒲田駅西口のアーケード街周辺の雑居ビルにある歯医者って感じでしょうか。
 ……怖すぎる。

 中入りで、早くも私服に着替えられた談笑師とすれ違う。もぉどきどきしちゃって、「お疲れ様です(^^)」としか言えなかった(*^_^*)。

「富Q」白鳥
 金銀亭Q蔵くん来ました。貧乏っぷりの描写は、さすが白鳥。上野も新宿も出入り差し止めで、唯一池袋に出演できる新作落語家って(^_^;)。
 同じ貧乏アパートに住んでる北朝鮮の婆ちゃん、福建省の揚さん。池袋の席亭、番頭の進藤さん。焼け出されて池袋演芸場に住み込むQ蔵君。
 えーと、結局は2億円を諦めて落語に打ち込むんですかね。頑張れQ蔵くん。
 「圓丈ゲノム」と「らくこのらくご」取れてしまい、悩んだ。白鳥さんと談笑さん目当てに、前半をゲノム、中入りで4階から6階に移動して後半をらくこ……って、明日また「改作魂」で白鳥談笑見るってのに何やってんだろ自分(^_^;)。



 ちゃぶ台を囲んで白鳥・昇太・彦いち。「落語研究会のお時間です」に爆笑。圓丈師のエピソードで盛り上がる。渋谷ジァンジァンの実験落語の会の強烈さ。圓丈師に影響されつつ圓丈の弟子はしんどそうなので柳昇に弟子入りしてしまう昇太師、なんかわかる。
 「うどん」の幟を立てた自転車に乗って三人の前を横切る圓丈。二回も横切りながら、三人と絡まない。なぜ(^_^;)。

「悲しみは日本海に向けて」白鳥
 圓丈師「悲しみは埼玉に向けて」リスペクト作品。若手落語家が売れなくて故郷の高田に帰ろううとする。越後湯沢で北北線に乗り換えようとゼロ番線のホームで次の列車を待っていると、泣いている若い女性と出会う……。
 最後の場面は「天使がバスから降りてきた寄席」を思わせる、ちょっとメルヘンな風味。

「オヤジの王国」昇太
 CDで聴いていたけど、リアルで聴くのは初めて。嬉しい。
 畳で寝っ転がってタバコ。巨人ファンは巨人が勝つ試合をいつまでも見られる。反抗する息子をぶっ叩いてちゃぶ台返し……オヤジの王国って、昭和の臭いがぷんぷんする(^_^;)。



 さて中入りから、らくこのらくご。女性だけ300人というハコは、不思議な空間。



 質問コーナー、ふだん聴けないネタがいくつか。

 着物は何枚持ってますか。談笑師、少ないんですね。白酒師は枚数が多いのだけど、真打ちに昇進してから20キロ太ってしまい、デッドストックの着物がずいぶんあるのだそう。ぴっかりちゃんは二つ目昇進してあつらえた着物の枚数を教えてくれました。

 ライバルは誰ですか。談笑師は「談春」。しじゅう間違われて仕事の依頼が来る(「赤メダカ」書いて「トクダネ!」に出演する落語家って……(°°;))ので意識するし、今は談春師の古典落語のテクニックに学びたいところが多いからとか。白酒師は「三三」。一年違いで同期意識がある上に、一緒に出演すると三三師がかっこいいと沸き立つ女性ファンが多いから口惜しいらしい(^_^;)。

「ジーンズ屋ゆうこりん」談笑
 やた!  ずっと聴きたかったんだ。
 女性だけ限定の高座なので、きわどさ控えめ。
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