新選組・土方歳三を中心に取り上げるブログ。2004年大河ドラマ『新選組!』・2006正月時代劇『新選組!! 土方歳三最期の一日』……脚本家・制作演出スタッフ・俳優陣の愛がこもった作品を今でも愛し続けています。幕末関係のニュースと歴史紀行(土方さんに加えて第36代江川太郎左衛門英龍、またの名を坦庵公も好き)、たまにグルメねた。今いちばん好きな言葉は「碧血丹心」です。
桜も昨日今日あたりが花見のピークでしょうか。もう散り始めています。
北海道
函館ハリストス正教会:幕末から現代「教会史」発刊 宣教師ニコライ渡来150年記念、函館の歴史も詳述 /北海道
福島
京都守護職拝命150年で展示会 鶴ケ城
坂本龍一が初大河テーマ曲 “福島を元気に”に賛同
千葉
近藤勇本陣の“物証”発見 「秋元」祠から木箱、お札 流山
岐阜
幕末の風俗 生き生きと
福井
小楠直筆の国是十二条原本を翻刻 猪飼・大阪大名誉教授が発表
山口
戊辰戦争が縁…福島に支援金
福岡
犬鳴御別館 100人が探訪
長崎
長崎歴史文化博物館が改装 幕末・維新期の展示充実
エンターテインメント
「新撰組異聞PEACE MAKER」ニコ生で配信
北海道
函館ハリストス正教会:幕末から現代「教会史」発刊 宣教師ニコライ渡来150年記念、函館の歴史も詳述 /北海道
函館市の函館ハリストス正教会は、ロシア人宣教師ニコライの渡来150年を記念して、「教会史」を発刊した。幕末20+件から現代にかけての函館の様子も詳しく書かれており、教会からみた函館の「歴史書」にもなっている。
A5判、368ページ。信者を中心に全国の教会などから資料を集め、市中央図書館などの協力で2年半かけて完成させた。初代司祭はイワン・マホフ司祭ではなく、フィラレート司祭など、新たな事実も盛り込んでいるほか、1907(明治40)年と34(昭和9)年の函館大火の様子なども詳しく書かれている。
同教会はロシアが1858(安政5)年に領事館を開いた際に聖堂を建てたのが始まり。ニコライは1861(文久元)年に来日、1912(明治45)年に亡くなるまで半世紀にわたり宣教に努めた。ハリストスはロシア語でキリストを意味する。
福島
京都守護職拝命150年で展示会 鶴ケ城
幕末の動乱期に会津藩を率いた最後の藩主・松平容保が京都守護職を拝命して150年を迎えるのを記念した企画展が、六日から会津若松市の鶴ケ城天守閣で始まった。
5月15日まで。
京都守護職は倒幕派を抑えるために新設された幕府の要職。
容保は何度も辞退したが、文久2(1862)年に就任し、京都の治安維持に貢献する。
京都守護職拝命が、その後の会津藩の運命を決定したともいわれており、企画展は貴重な資料で当時を振り返る。
展示品は24点で、京都時代、戊辰戦争、戦後の大きく3つに分けて陳列している。
容保の幕末期の肖像画や文久3年に撮影された写真をはじめ、孝明天皇から贈られた手紙「御宸翰(ごしんかん)」、京都守護職を受ける決め手になったといわれる会津藩の憲法「家訓」の写しも見ることができる。
鶴ケ城を管理・運営する会津若松市観光公社は今年、今回の企画展を手始めに幕末にスポットを当てた展示を年間を通じて行う。
9月14日からは「守護職拝命150年と新島八重」展を実施する。
坂本龍一が初大河テーマ曲 “福島を元気に”に賛同
音楽家の坂本龍一が綾瀬はるかが主演するNHKの2013年度の大河ドラマ「八重の桜」のテーマ曲を手がけることが6日、発表された。坂本が大河のテーマ曲を担当するのは今回が初めて。
「八重の桜」は会津藩(現在の福島県会津若松市)の砲術師範であった山本家に生まれ、戊辰戦争では鶴ケ城で男装して籠城し、自ら銃を持って戦うなど気骨ある生涯を送り、“幕末のジャンヌ・ダルク”と呼ばれた新島八重の生涯を描く作品。脚本はオリジナルで、NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の山本むつみさんが担当する。
NHK側はこれまで何度も坂本に大河ドラマのテーマ曲の依頼をしてきたが、スケジュールを含めて実現しなかった。制作統括の内藤愼介プロデューサーによると、今回は「福島を、東北を日本を元気にするような大河を目指していく」とオファーしたところ、快諾されたという。
坂本は「激動の時代に強く生きた一人の女性の姿は、困難な時代を生きている私たち現代の日本人に何らかの指針になるのではないでしょうか?それを表すのにどのような音楽がふさわしいのか、よく考えているところです。」とコメントを寄せた。
東日本大震災の復興や追悼イベントに積極的に参加している坂本は、「福島は日本の再生可能エネルギーの中心地になっていけばいい」と福島市内での会見で復興に向けメッセージを発信したり、福島第1原発の事故を受け、インターネットやコンサートなどを通じて「脱原発」を訴えている。
千葉
近藤勇本陣の“物証”発見 「秋元」祠から木箱、お札 流山
新選組局長の近藤勇が最後の陣を敷いた本陣の場所を特定する木箱やお札が流山市流山の祠(ほこら)から見つかった。これまでにも同所は歴史資料などで本陣跡と記されていたが、今回“物証”が発見されたことで史実を裏付けた。
近藤勇の本陣位置は1920(大正9)年刊の「流山町誌」や幕末の流山の様子を記した「恩田家文書」などの記述を根拠に当時の酒問屋、永岡三郎兵衛方とされている。この永岡方の場所は現在の酒類問屋「秋元」(同市流山2丁目)の敷地だと推察されていたが今回、同敷地の祠から「永岡三郎兵衛」の文字が書かれた木箱やお札が見つかったことで、永岡方の地であったことが立証された。
木箱とお札に書かれていた年号「元治二年」(1865)は近藤勇が陣を敷いたわずか3年前。この点からもここが本陣位置であった有力な証拠となった。
岐阜
幕末の風俗 生き生きと
◆広重の「名所江戸百景」展示…恵那
江戸時代の浮世絵師、歌川広重(1797~1858)の最晩年の作品「名所江戸百景」シリーズを紹介する企画展が5日、恵那市大井町の中山道広重美術館で始まった。前期(5月6日まで)と後期(5月10日~6月10日)に分け、所蔵作品計120点を展示する。
「名所江戸百景」シリーズの刊行が始まった前年の1855(安政2)年、江戸は安政の大地震に遭っている。だが、百景には震災の爪痕を感じさせる作品はなく、江戸の幕末の風俗が生き生きと描かれている。
広重は制作半ばで没したが、弟子の2代目広重が数点を引き継ぎ、3年でシリーズの刊行を完成させたという。民衆に人気で、総点数は百以上になった。
展示は、前期が作品59点と「作品目録」、後期が60点。前期の「深川万年橋」は、捕らえた生類を川に放つ仏教儀式「放生会」の様子を描いた作品で、手おけにつるした亀を手前に大きく描き、欄干越しに富士と川を行き来する帆船をのぞく大胆な構図だ。「亀は万年」の言葉と深川万年橋の名をかけたとみられるという。
後期の「大てんま町木綿店」は、屋号を染めたのれんを掲げた木綿店と女性が描かれている。学芸員の福田訓子さんによると、浮世絵で描かれた店が宣伝料を出して制作された「入銀物」と呼ばれる作品という。
会期中は、名所江戸百景シリーズの「亀戸梅屋鋪(や・しき)」の3色摺(ず)りを体験できるコーナーを設置。5月6日と6月10日の午後1時半から、学芸員の作品解説がある。月曜休館だが、4月30日は開館。観覧料は一般800円、小・中・高校生500円。問い合わせは同美術館(0573・20・0522)。
福井
小楠直筆の国是十二条原本を翻刻 猪飼・大阪大名誉教授が発表
幕末20+ 件の熊本藩士横井小楠が福井藩に提出した「国是十二条」や新出書簡について、猪飼隆明大阪大名誉教授(福井県越前市出身)が直筆原本の翻刻を終え、学会機関誌に発表した。討幕に世情が大きく動く中で、小楠は「幕府を敬え」と時流に外れたかのような進言をする一方、討幕運動の中心だった長州藩などを高く評価している。猪飼名誉教授は「従来詳しく分かっていなかった王政復古直前期の小楠の思想を正確に評価する手がかり」と注目している。(柴田裕介)
十二条は公武合体路線などを唱える幕政への建白書。2010年秋に猪飼名誉教授が大阪青山大(大阪府箕面市)所有の文書を鑑定し、原本は福井藩の重臣松平源太郎宛てに手紙の形で送られたことが分かった。
昭和早期にまとめられた遺稿集で、内容や1867(慶応3)年正月に書かれたことは分かっていたが、原本がないために研究は十分に進んでおらず、成立の経緯がはっきりしなかった。
慶応3年は6月に坂本竜馬が船中八策をまとめ、10月に将軍慶喜が支配体制を再構築する狙いで大政を奉還。12月は討幕派によるクーデター「王政復古の大号令」が起こった激動の年。「天朝を尊び幕府を敬え」「列藩に親しめ」と説く十二条は、その内容が時流に合わないことから、慶応3年より前に書かれたと考える説もあったという。
今回、直筆原本でも慶応3年の成立が確認された。猪飼名誉教授は「この時期は、事態は既に公武合体路線の段階を超え始めており、字面だけみると十二条の進言は大きな意味がない」と“時代遅れ”だったことを指摘する。
一方で今回、十二条に同封されて源太郎に送られた新出書簡「新聞(しんぶん)」では、長州藩について「士農工商の区別なく学問・武芸に励み、才に応じて任が与えられる」と記すなど、高く評価していることも分かった。これを踏まえ「親藩である福井藩に『親列藩』を説いた意味など、十二条は別の視点でも検討する必要がある」としている。
さらに、成立が慶応3年正月とすると、源太郎が手紙を受け取り、藩政府に提出されるまで半年近くかかっていることになり「時間がかかった理由についても研究が必要」という。
翻刻では、従来の遺稿集でひらがな表記となっていた十二条を本来のカタカナに直し、一部字句も修正した。「新聞」も含め、6点の史料について「横井小楠と変革期思想学会」の機関誌に掲載。県内では県立図書館に献本した。
今回の6点を含め、2年後をめどに新遺稿集をまとめる計画。各地で小楠の書簡が新たに見つかっており、本県でも所蔵者に提供を呼び掛けている。
山口
戊辰戦争が縁…福島に支援金
岩国西ロータリークラブ(RC)は、東日本大震災で被災した福島県富岡町の富岡RCに活動支援金100万円を贈った。同町は戊辰戦争(1868~69年)で戦死した岩国藩士7人の墓がある場所。敵だった藩士の供養を続けた住民への感謝を込めて、今後も寄付金を通じて支える。
富岡町は福島第1原発から半径20キロ圏の警戒区域にあり、町民約1万6千人は区域外に避難している。岩国西RCの川畑道子会長と長野寿、西村栄時両元会長が1日、富岡RCの仮事務局がある福島県いわき市を訪問し、宮嶋清憲会長に支援金を手渡した。被災者への奉仕活動に充てるという。
川畑会長たちはこの日、富岡RCの会員と立ち入り許可車両に同乗し富岡町を訪問。岩国藩の「精義隊」7人が眠る竜台寺で墓参りした。住民が掃除や供養をした墓と碑は全て倒れ、修復は困難な状態だった。
岩国西RCは2013年と14年も50万円ずつ寄贈する。川畑会長は「先祖を大切に弔ってくれた人たちを支えていきたい」と話している。
【写真説明】倒壊した岩国藩士の墓などに花を手向ける川畑会長(左)たち(岩国西ロータリークラブ提供)
福岡
犬鳴御別館 100人が探訪
幕末に外国艦船からの攻撃を恐れた福岡藩が藩主の避難先として宮若市犬鳴の山中に建てた館「福岡藩犬鳴御別館」で7日、初めての見学会が行われた。
犬鳴御別館は、1865年、同藩勤王派の家老加藤司書の指揮で建てられた。しかし、佐幕派は「藩主の幽閉が目的」と主張。加藤司書は切腹に追い込まれたとされる。その後は藩主の休憩所として利用されたが、現在は風雨で倒壊し、石垣の一部だけが残っている。
見学会は、犬鳴御別館の歴史を知ってもらうとともに、新たな観光地として活用を模索する狙いで地元住民らで作る実行委員会(水上二三男会長)が企画。地元の住民ら約100人が参加し、同市の観光ボランティアガイドの案内で大手門や搦(からめ)手門などを巡った。
水上会長は「参加した人に関心を持ってもらえたようで良かった」と話した。加藤司書の子孫にあたる喜納弘子さん(54)(福岡市博多区)も、「加藤司書を大事にしてもらい、うれしい」と喜んだ。
見学会には有吉哲信市長も参加し、「知られていない観光スポットをイベントで知ってもらうのは素晴らしい取り組み。これから活用に向けて議論が高まるといい」と期待していた。
長崎
長崎歴史文化博物館が改装 幕末・維新期の展示充実
長崎歴史文化博物館(長崎市立山1)は1日、2階常設展示室の「歴史文化展示ゾーン」を新装オープンした。開館から6年半が経過したため設備や機器を新調したほか、体験型の展示や、幕末・維新期の資料展示の充実を図った。
展示室は、「南蛮貿易」「中国、朝鮮との交流」「幕末期」など8コーナーで構成し、それぞれのテーマで長崎の歴史と文化を学ぶことができる。展示室中央に設置された150インチの大型マルチスクリーンでは、「長崎交流史列伝」と題した人物ドラマを流し、大航海時代から近代日本の歴史を紹介している。
このほか、南蛮貿易で扱われていた薬や香料などに触ってにおいをかいだり、再現した上野彦馬の写真館で坂本龍馬と並んだ合成写真を撮影したりできる。
同市小江原の会社員岩永秀典さん(44)は「全体的にとても分かりやすくなった。体験型コーナーは大人も子どもも楽しめると思います」と話していた。
(2012年4月2日 読売新聞)
エンターテインメント
「新撰組異聞PEACE MAKER」ニコ生で配信
「新撰組異聞PEACE MAKER」4月15日、22日公演の模様が、ニコニコ生放送で生中継されます。
「新撰組異聞PEACE MAKER」は、黒乃奈々絵の漫画を原作とした舞台。
これまで2007年にブルーシャトルプロデュース(脚本:吉谷光太郎 演出:大塚雅史)、
2009年には脚本・演出下出丞一で上演されています。
そして2011年に、bpmの伊勢直弘演出、菅野臣太朗脚本でされた舞台を、キャストを大幅に変更して4月に再演。
この公演の初日と最終日の模様が、ニコニコ動画で生放送されます。
配信されるのは、4月15日14:00からと、22日14:00からの公演。
ネットチケットは1,500pt(1,500円)で、4月2日より30日まで発売。5月15日まではタイムシフトで視聴可能。
キャストは、主人公の市村鉄之助役に聖也。鉄之助の兄・市村辰之助役を伊勢大貴。
そして土方歳三、沖田総司役は前回の公演同様、兼崎健太郎、浜尾京介。
その他、新キャストとして伊崎右典、水谷百輔、椎名鯛造に、AKB48の仲川遙香が加わります。
「新撰組異聞PEACE MAKER」は、4月15日から22日に、東京ドームシティ シアターGロッソで上演。
リアルチケットは全席指定、6,800円で発売中。
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会社の創立記念日イベントで日曜出勤してきました。昨日とはうってかわって好天だったのがありがたいです。立ち仕事だったので腰に疲れが……(^_^;)。
北海道
中3熱演、新撰組
広島
幕末以来の窯跡、保存助けて
長崎
「龍馬館」が閉館
長崎歴史文化博物館:常設展新装、きょうオープン--内覧会 /長崎
コラム
【幕末から学ぶ現在(いま)】
(155)東大教授・山内昌之 連載を振り返って
ブックレビュー
今週の本棚:川本三郎・評 『佐幕派の文学史-福沢諭吉から夏目漱石まで』=平岡敏夫・著
エンターテインメント
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北海道
中3熱演、新撰組
帯広第五中学校(辻敦郎校長)演劇団の創作音楽劇「走れ!」が28日午後6時半、帯広市民文化ホール小ホールで開かれた。
卒業した3年生が幕末の志士・新撰組の物語を熱演。舞台を駆け回り若いエネルギーを発散させた。
かつて劇団を主宰した辻校長が演出と監督を務めた。昨年10月に五中の演劇同好会が文化祭で演じた作品に手を加え、南町中の演劇部からも3人が新たに出演した。現代の中学生が時空を超えて、幕末にタイムスリップ、新政府軍と戦った新撰組の友情と葛藤を描くストーリー。光と音を駆使した演出などで観客を沸かせた。
鑑賞した同校卒業生の笹野君は「友人の普段とは違う一面を知って格好良かった」と話し、江別市から訪れた星野郁子さん(60)は「中学生とは思えず、素晴らしかった」と感動していた。収益は同校生徒会を通じて、東日本大震災の義援金に充てられる。
広島
幕末以来の窯跡、保存助けて
福山市鞆町の住民グループ「太田家住宅を守る会」による鞆皿山窯跡の整備活動が難航している。60~80歳代の7人が週2回程度、草刈りなどをしているが、約500平方メートルに茂る雑草や竹といたちごっこ。窯の天井が崩れるなど傷みも目立ってきた。会は一緒に作業するボランティアを募っている。
窯跡は登り窯で、全長約51メートルに12カ所の焼成室が連なる。特産の保命酒などの陶器を焼くため、1865(慶応元)~1938(昭和13)年に使用されていた。
同会は雑草を刈り終えてから、窯跡のひびにセメントを流し込み補修する方針。2月には県道鞆松永線と窯跡を結ぶ作業道を整備した。瀬戸内海を一望できる場所のため、住民が集えるようさらに環境を整えたいという。
同会メンバーで鞆町の岡本純夫さん(60)は「鞆は瀬戸内海の拠点として栄えた。先人の文化を守りたい」とボランティア協力を求めている。希望者は岡本さん=電話084(982)3553。
【写真説明】雑草や竹が伸び、窯跡が傷んだ状態を説明する岡本さん
長崎
「龍馬館」が閉館
坂本龍馬や幕末の志士に関する史料などを集めた長崎市浜町、長崎まちなか龍馬館が31日閉館し、展示品の寄託者に感謝状が贈られた。
同館はNHK大河ドラマ「龍馬伝」の放送に合わせ、市や長崎商工会議所などでつくる実行委員会が空き店舗を活用し、2010年1月にオープンさせた。
11年2月で運営を終える予定だったが、同市の長崎歴史文化博物館が幕末展示コーナーを拡充するまで延長することになり、昨年4月には市が運営を引き継いでいた。龍馬ゆかりの人物の品々や、龍馬の長崎での活躍を紹介する映像などが人気を集め、2年3か月で約27万8000人が訪れた。
同館では、勝海舟の手紙など26点を貸し出した同市小曽根町、小曽根吉郎さん(64)夫妻ら4組・団体が田上富久市長から感謝状を渡され、館内を見学した。小曽根さんは「歴史を知るには本物を見るのが一番いい。多くの人に見ていただき、うれしい」と話していた。
(2012年4月1日 読売新聞)
長崎歴史文化博物館:常設展新装、きょうオープン--内覧会 /長崎
◇新設「体感」ミニシアター、「参加体験」コーナー
昨年11月から常設展示室を改装していた長崎歴史文化博物館(長崎市立山)が1日、リニューアルオープンする。新しい常設展は、訪れる人たちの関心が高い幕末・維新期の展示スペースを約2倍にして、古写真などの実物資料も増やした。新たな長崎の魅力の発信に向け、大堀哲館長は31日の内覧会で「これからも進化し続ける博物館を目指します。全国からも多くのご来場を」と呼びかけた。
展示ゾーンは「西洋との出会い」や「朝鮮との交流」など、八つのゾーンに計約300点を展示する。また「体感」をテーマに、縦2・5メートル、横9メートルの大型スクリーンが設置され、坂本龍馬や天正遣欧使節など、五つのストーリーを迫力満点に放映するミニシアター「長崎交流史列伝」も新たに設けた。
そのほか、江戸期の貿易品などに触れることができる参加体験型の展示や、大きくて読みやすい解説パネルの導入など、子どもから大人まで楽しめるよう工夫を凝らした。さらに最新のタブレット型検索端末を導入して、詳しいデータを必要に応じて引き出すことができるようにもなった。
今回の改装費用は約2億円で、県と市が負担した。31日の内覧会には約140人が招待され、一足早く展示を楽しんだ。
同館は05年11月、海外交流史をテーマにオープンし、これまでに延べ375万人以上が来館した。開館時間は8時半~19時で、休館日は毎月第3火曜日(祝日の場合は翌日)。
問い合わせは同館095・818・8366。【梅田啓祐】
コラム
【幕末から学ぶ現在(いま)】
(155)東大教授・山内昌之 連載を振り返って
「偉人」は何故生まれるのか
幕末維新のときに多数の人材が輩出して、良きリーダーが日本を指導したのに、現在の日本は何故に指導者に恵まれないのかという声を最近よく聞く。
総じて、いまの日本では「偉人」という言葉も使われなくなって久しい。小学校でも子供に夢をもたせる偉人伝を読まないというし、リーダーの必要性も否定して皆が“平等”であるべきだという幻想を教育の場に持ちこむ国で、リーダーの資質を磨く訓練がなされるはずもない。
逆境をプラスに転化
危機のときにしかるべき人材が出た幕末維新において、封建的差別の苦しみを経験していた下級武士たちの間から西郷隆盛や大久保利通や勝海舟のような偉材が出た。それは、差別や貧しさが人の逆境をプラスに転化させるエネルギーを生んだからである。
それに引き換え、現在の日本人は、先人の苦しみや犠牲の上に築き上げられた繁栄や平和を当然視し、その維持や強化のために自己犠牲や負担を背負うという気概が見当たらない。高齢者は恵まれた年金や保険を当たり前のように考え、若い世代の負担を思いやることもないのだ。消費税率引き上げや医療費窓口負担の増加などを拒否し、恵まれた自分の老後の既得権を少しでも手放すまいとする姿は、おぞましいほどである。若者たちの気概をどうこう語る前に、私を含めた高齢者たちは、もっと自主自存に徹して、次に来る世代の負担を少しでも軽くするように努力すべきではないだろうか。
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幕末が生んだ大人物の代表、西郷隆盛=東大法学部明治新聞雑誌文庫所蔵(東大史料編纂所古写真データベースから)
それはともかく、幕末維新に限らず、「偉人」が出現する条件とはいかなるものなのだろうか。
草創期の京都帝国大学の日本史教授だった三浦周行(ひろゆき)は、その条件として次の5点をあげていた。(1)時局の行き詰まったとき(2)旧勢力の「力」ではもはやどうすることもできなくなったとき(3)最もよく新たな時代の型にはまった人(4)すこしも前例や時勢にとらわれないで思い切った仕事をできる人(5)その人の出現する前に先人がすでにある程度の準備行動をとっていたこと(「史的人物の批判」『新編 歴史と人物』岩波文庫)。
幕末が(1)の時期に相当することは間違いない。また、(2)については、幕府の老中主導官僚体制や幕藩体制がもはや機能しなくなっていた意味と思えばあてはまる。(3)は、大久保利通や伊藤博文など明治維新後に実務的に活動する政治家が志士として出現したことを考えればよい。西郷隆盛や坂本龍馬や小栗上野介(こうずけのすけ)などは(4)の類型そのものであろう。さらに、(5)は吉田松陰や久坂玄瑞(げんずい)や近藤勇など非業の死を遂げた「偉人」の悲劇もさることながら、かれらの出現前夜に、藩内闘争や大獄や内戦の悲劇があったことも忘れてはならない。
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幕末が生んだ大人物の代表、西郷隆盛=東大法学部明治新聞雑誌文庫所蔵(東大史料編纂所古写真データベースから)
若い世代に歴史の学習を
これと比べるなら、現代はどうであろうか。(1)と(2)の機運はすでに客観的に熟しているといえよう。しかし、(3)や(4)はどうであろうか。いまの日本は、まだ(5)の段階なのかもしれない。いずれにせよ、本格的な「偉人」の出現までにはまだ時間がかかりそうなのだ。
国民にできることは、せめて「偉人」をけなしたり批判せずに、子供たちに社会をリードする仕事の素晴らしさ、国民に責任をもつ政治リーダーの義務感の尊さなどを教えることであろう。そのためには、心技体という立派な日本語が示しているように、知と徳と力のバランスのとれた若者を歴史の学習を通して育てていくことである。
3年間にわたって連載した「幕末から学ぶ現在」が目指したのは、ひたすら若い世代に世界史や日本史を通して現代を見る視点を涵養(かんよう)してほしいという一点に尽きる。蕪雑(ぶざつ)な連載にお付き合いいただいた読者諸賢、歴代編集担当者に心から御礼申し上げたい。(やまうち まさゆき)
◇
次回から「世界史の遺風(いふう)」
「幕末から学ぶ現在」は今回で終了します。来週からは古代ローマ史の第一人者として知られる本村凌二(りょうじ)・東大教授の歴史随筆「世界史の遺風(いふう)」が始まります。
ブックレビュー
今週の本棚:川本三郎・評 『佐幕派の文学史-福沢諭吉から夏目漱石まで』=平岡敏夫・著
◇「敗者」が切り開いた明治文学を読み直す
明治文学は、佐幕派の文学だった。
その太い論理で明治文学を読み直してゆく。面白い。熱がこもっている。佐幕派びいきの人間としては、研究書でありながら、一貫して佐幕派寄りのこの文学史に興奮を禁じ得なかった。これほどいい意味で偏(かた)よった文学史も珍しい。
佐幕派とは、いうまでもなく、日本の近代の命運をわけた戊辰(ぼしん)戦争の敗者、つまり、薩摩、長州藩を中心とした官軍に敗れた、幕府側のこと。近代を敗れた側として迎えた。
明治文学を担ってきた多くの文学者は、よくよく見れば、大半が、この敗れた佐幕派に出自を持つ。著者はそのことに着目し、敗れた人間たちこそが明治文学を切り開いてきたのだと力説してゆく。文学とは、敗者のよりどころであることが分かってくる。
著者に教えられるままに明治文学を振返れば、明治の文学者、文人には、実に佐幕派が多い。敗れた幕府側の人間たちである。
たとえば福沢諭吉は、「痩我慢(やせがまん)の説」で、旧幕臣(佐幕派)でありながら明治維新後、薩長の主導する新政府に仕官し(それも出世し)た勝海舟と榎本武揚を激しく指弾した。徳川幕府に仕えた人間が新時代になったからといって、おめおめと旧敵に仕えていいのか。在野であるべきではないのか。
いうまでもなく、そう峻烈(しゅんれつ)に勝と榎本を痛罵する福沢は、佐幕派の豊前中津藩(大分県)の下級武士の出身。新政府に出仕することなく、在野の思想家として官尊民卑の風潮と戦った。
さらに夏目漱石がいる。『坊っちゃん』は、一般に明治の明るい青春小説と語られるが、よく読めば実は佐幕派小説である、と著者はいう。
主人公は、東京から松山(小説中はそれと明示されていないが)の中学に赴任してきた、「これでも元は旗本だ」という佐幕派。彼と共に学校の管理体制と戦う数学の先生「山嵐」は、戊辰戦争で最後まで戦い、そして敗れた会津藩の出。「うらなり」も佐幕派、松山の士族の出。
つまり漱石の『坊っちゃん』は、まぎれもなく「佐幕派小説」である。坊っちゃんを可愛がる、かの清(きよ)も、出身は佐幕派と教えられると、なるほどと納得せざるを得ない。
さらに明治文学の主要作家である北村透谷、山路愛山、尾崎紅葉、幸田露伴、樋口一葉、国木田独歩の出自をよく見ると、すべて佐幕派(旧幕派)であるという。
この事実には改めて驚く。まさに明治文学は佐幕派の文学だった。文学というものが、本来、敗れてゆく者の拠であるから当然といえば当然のことだが、ここまで近代日本文学史を敗者の側に寄り添って語った研究書は珍しいのではないか。
明治初期の政治小説として文学史上有名な『佳人之奇遇』の著者東海散士は会津藩士の子。当然小説のなかでは戊辰戦争に敗れた会津藩の苦難が語られる。明治文学は当初から佐幕派の文学だった。
また、本論とは少しずれるが、樋口一葉が、翻訳で出版されていたドストエフスキーの『罪と罰』の影響を受け、『にごりえ』を書いたのではないか、という推論も面白い。
純文学の話だけでなく、司馬遼太郎の『燃えよ剣』や、藤沢周平原作で、映画にもなった『たそがれ清兵衛』まで「佐幕派」の視点から熱っぽく論じられている。
考えてみれば、日本文学の大きな柱である時代小説もまた「佐幕派」の文学である。彰義隊で戦った祖父を持つ子母沢寛が、『新選組始末記』を書いたことで佐幕派を復権させたことにそれがあらわれている。
エンターテインメント
松坂桃李、新撰組の沖田総司に扮して時代劇シーンに初挑戦
【アニメ最終回を惜しみつつ『銀魂』の魅力を振り返る】『銀魂』のサド王子・総悟の初期設定
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川村陽介の主演舞台が開幕 見どころは「人間性で仲間を率いるところ」
先日のらくこの落語で一之輔師匠が自ら真打昇進披露興行のチケット売っている姿にぐぐっと来て、鈴本夜席のチケット買ってました。昼席が市馬師匠トリだったので、昼からおこもり……明日からの本業の予定を考えたくない現実逃避ともいえますが(苦笑)。
【昼の部】
ほぼ満員。何となく、落語をそんなに聴き込んでいないお客様が多い感じで、心地よく緩い空気(でも浅草演芸ホールほどには観光客っぽくない)。
たらちね/市楽
奇術/アサダ二世
狸札/馬石
ざる屋/白酒
漫才/遊平かほり
木村長門守 堪忍袋/琴調
ガーコン/川柳
足の調子が悪いとかで、琴調さんが使った見台をそのまま使用。「ガーコン」の場面がない「ガーコン」(汗)……ちょっと寂しいが、老親と同じ世代なのでいつまでも現役でいて欲しい。
太神楽/翁家和楽社中
寄合酒/文左衞門
最近マイブームっぽい文左衞門師匠なのだけど、今日はちょっと高座から遠かったところに座ったせいか、ちょっぴり臨場感不足……。
中入り
漫才/のいるこいる
浮世床/さん生
半ちゃんの夢のお話。
ぼやき居酒屋/歌武蔵
はん治師匠のも歌武蔵師匠のも爆笑版な「ぼやき居酒屋」。つくった三枝師匠、まもなく六代目桂文枝師匠の高座でも聴いてみたい。
紙切り/二楽
片棒/市馬
あぁ、やっと市馬師匠の「片棒」お祭りマンボ付きが聴けた……木遣りとか、太鼓や笛のお囃子とか、喉がいいだけに聴かせるなぁ。堪能。
【夜の部】
一之輔さんをそんなに追っかけていたわけではないけど、21人抜きのひとり真打昇進披露興行なんて滅多にないだろうなーと思ったので、一之輔師匠自らチケット売ってた時に買いました。
牛ほめ/金兵衛
金坊落語家作戦/勢朝
昇太さんの「力士の春」みたいな噺。息子の金坊を落語家に育てようとスパルタ教育する噺(上の娘のお花ちゃんも一時期スパルタ教育されていたらしい)、楽屋噺に脱線多いが楽しい。上下切れない白鳥(最近はだいぶ切れると思う(^^))、オーバーアクションな昇太、ダメダメな二世落語家、一言一言が笑える先代彦六……と、落語家を知ってるほど笑える。
紙切り/正楽
浮世床/正朝
こちらは源ちゃんの『太閤記』抜き読みの噺。
楽屋噺/馬風
漫才/ロケット団
蝦蟇の油/市馬
さっきの「片棒」といい、市馬師匠の得意ネタをやっと聴けて嬉し過ぎ。
楽屋噺/圓歌
いつものネタと思いつつ、爆笑してしまうのは馬風師匠も圓歌師匠も。
岸柳島/一朝
寄席で一朝師匠が番組に入っていると、古典ネタがたっぷり聴けて嬉しい。
真打昇進披露口上
たい平・市馬・一之輔・一朝・馬風・圓歌。司会は一応たい平なんだけど、真打「昇進」を「襲名」といって一瞬かたまったり、馬風に花火byたい平と相撲甚句by市馬を振られて花火の形態模写をしたり、けっこう振り回されてました。
市馬師匠は相撲甚句があれば無敵です。
一朝師匠、ご挨拶に涙がこぼれました。
馬風師匠、一之輔師匠とは千葉県は野田出身で共通項があったんですね。「野田だけに下地ができてる」が受けなかったのは残念。進行を振り回してましたが、最後の手締めは圓歌師匠にとられてました。
圓歌師匠、最後の手締めをしっかり押さえてました。
太神楽/鏡味仙三郎社中
粗忽の釘/たい平
初めて聴きました。15分の持ち時間を7分で「粗忽の釘」、すごい。ちゃんと必要な場面と台詞を残しながら、短縮できましたね。
粋曲/小菊
明烏/一之輔
落語のネタとしてはとてもポピュラーなのだけど、ライブで聴いたのは初めて(汗)。でもCDでは文楽・志ん朝・談春あたり鉄板で聴いていたので、初めて感がしない。
以前2ちゃんねたで「落語家を噺の人物にキャスティング」というのがあって、「明烏」の源兵衛を談春師匠に、太助を文左衞門師匠に、という投稿を見て以来、ほんとイメージができあがってしまっていた。一之輔版の太助は文左衞門師匠のキャラ以外ではあり得ないぐらい、イメージぴったり。今日も、甘納豆食べる場面は文左衞門師匠のビジュアルが頭に浮かんでしまって離れない……(汗)。
真打ち昇進する一之輔さんだからこそのフレッシュさと、どこなく客を食ったキャラが入り交じった「明烏」でした。これからも高座でお会いしたく。
【昼の部】
ほぼ満員。何となく、落語をそんなに聴き込んでいないお客様が多い感じで、心地よく緩い空気(でも浅草演芸ホールほどには観光客っぽくない)。
たらちね/市楽
奇術/アサダ二世
狸札/馬石
ざる屋/白酒
漫才/遊平かほり
木村長門守 堪忍袋/琴調
ガーコン/川柳
足の調子が悪いとかで、琴調さんが使った見台をそのまま使用。「ガーコン」の場面がない「ガーコン」(汗)……ちょっと寂しいが、老親と同じ世代なのでいつまでも現役でいて欲しい。
太神楽/翁家和楽社中
寄合酒/文左衞門
最近マイブームっぽい文左衞門師匠なのだけど、今日はちょっと高座から遠かったところに座ったせいか、ちょっぴり臨場感不足……。
中入り
漫才/のいるこいる
浮世床/さん生
半ちゃんの夢のお話。
ぼやき居酒屋/歌武蔵
はん治師匠のも歌武蔵師匠のも爆笑版な「ぼやき居酒屋」。つくった三枝師匠、まもなく六代目桂文枝師匠の高座でも聴いてみたい。
紙切り/二楽
片棒/市馬
あぁ、やっと市馬師匠の「片棒」お祭りマンボ付きが聴けた……木遣りとか、太鼓や笛のお囃子とか、喉がいいだけに聴かせるなぁ。堪能。
【夜の部】
一之輔さんをそんなに追っかけていたわけではないけど、21人抜きのひとり真打昇進披露興行なんて滅多にないだろうなーと思ったので、一之輔師匠自らチケット売ってた時に買いました。
牛ほめ/金兵衛
金坊落語家作戦/勢朝
昇太さんの「力士の春」みたいな噺。息子の金坊を落語家に育てようとスパルタ教育する噺(上の娘のお花ちゃんも一時期スパルタ教育されていたらしい)、楽屋噺に脱線多いが楽しい。上下切れない白鳥(最近はだいぶ切れると思う(^^))、オーバーアクションな昇太、ダメダメな二世落語家、一言一言が笑える先代彦六……と、落語家を知ってるほど笑える。
紙切り/正楽
浮世床/正朝
こちらは源ちゃんの『太閤記』抜き読みの噺。
楽屋噺/馬風
漫才/ロケット団
蝦蟇の油/市馬
さっきの「片棒」といい、市馬師匠の得意ネタをやっと聴けて嬉し過ぎ。
楽屋噺/圓歌
いつものネタと思いつつ、爆笑してしまうのは馬風師匠も圓歌師匠も。
岸柳島/一朝
寄席で一朝師匠が番組に入っていると、古典ネタがたっぷり聴けて嬉しい。
真打昇進披露口上
たい平・市馬・一之輔・一朝・馬風・圓歌。司会は一応たい平なんだけど、真打「昇進」を「襲名」といって一瞬かたまったり、馬風に花火byたい平と相撲甚句by市馬を振られて花火の形態模写をしたり、けっこう振り回されてました。
市馬師匠は相撲甚句があれば無敵です。
一朝師匠、ご挨拶に涙がこぼれました。
馬風師匠、一之輔師匠とは千葉県は野田出身で共通項があったんですね。「野田だけに下地ができてる」が受けなかったのは残念。進行を振り回してましたが、最後の手締めは圓歌師匠にとられてました。
圓歌師匠、最後の手締めをしっかり押さえてました。
太神楽/鏡味仙三郎社中
粗忽の釘/たい平
初めて聴きました。15分の持ち時間を7分で「粗忽の釘」、すごい。ちゃんと必要な場面と台詞を残しながら、短縮できましたね。
粋曲/小菊
明烏/一之輔
落語のネタとしてはとてもポピュラーなのだけど、ライブで聴いたのは初めて(汗)。でもCDでは文楽・志ん朝・談春あたり鉄板で聴いていたので、初めて感がしない。
以前2ちゃんねたで「落語家を噺の人物にキャスティング」というのがあって、「明烏」の源兵衛を談春師匠に、太助を文左衞門師匠に、という投稿を見て以来、ほんとイメージができあがってしまっていた。一之輔版の太助は文左衞門師匠のキャラ以外ではあり得ないぐらい、イメージぴったり。今日も、甘納豆食べる場面は文左衞門師匠のビジュアルが頭に浮かんでしまって離れない……(汗)。
真打ち昇進する一之輔さんだからこそのフレッシュさと、どこなく客を食ったキャラが入り交じった「明烏」でした。これからも高座でお会いしたく。
お彼岸の日、祝日で寝坊できたことがひたすらありがたい(^_^;)。
神奈川
幕末の海防読み解く200点、江戸湾警備の肥後藩紹介/横須賀
幕末・明治、色鮮やか 横浜開港資料館
岐阜
大垣祭 幕末の形式今と同じ
山口
幕末期の岩国藩の史料70点…岩国徴古館で企画展
ブックレビュー
今度の歴史魂は新選組を総力特集! 蒼狼たちの生き様を知れ!
エンターテインメント
松坂桃李、新撰組の沖田総司に扮して時代劇シーンに初挑戦
『薄桜鬼~京都探訪~二〇一二・春』販売中!津田健次郎さんとのファンイベントも!
神奈川
幕末の海防読み解く200点、江戸湾警備の肥後藩紹介/横須賀
幕末20+ 件期に江戸湾(東京湾)の警備を命じられ、横須賀の大津陣屋に常駐し任務にあたった肥後藩の足跡を紹介する企画展「黒船来航 火の国熊本から大津陣屋へ」が16日、京急大津駅前の大津コミュニティセンターで始まった。横須賀市大津観光協会の主催で、市民団体「大津探訪くらぶ」が企画。初日は朝から100人近い来場者が訪れ、貴重な資料を見て回った。19日まで。
幕末20+ 件期、日本近海には通商を求める異国船がたびたび出現するようになり、海防強化が重要視されていた。1842(天保13)年に江戸湾口の警備を命じられた川越藩が、現在の県立横須賀大津高校周辺にあった大津陣屋を建設。53年のペリー来航後は肥後藩に警備任務が引き継がれた。
会場では、肥後藩士の子孫から提供を受けた200点近くの関連資料を展示。肥後藩士による熊本から大津陣屋に到着するまでの道中記などを解読文とともに紹介。2度にわたり遭遇した安政の大地震の被害状況などを克明に記録しており、苦難を乗り越えた藩士の姿を読み取ることができる。
このほか、観音崎の砲台などに配備された大砲の大きさなどが詳細に記された肥後藩作成の絵図3点の写真を、解読図とともに関東で初公開している。同団体の杉本幸三代表(67)は「幕末20+ 件の海防史は解明されていないことが多いので、企画展でぜひ関心を高めてほしい」と来場を呼び掛けている。
入場自由。午前10時~午後4時。問い合わせは、同観光協会電話046(836)3531。
幕末・明治、色鮮やか 横浜開港資料館
日本画に使う顔料でモノクロ写真に色づけする彩色写真。カラーのない時代に横浜で生まれたとされる独特の技法で、海外にも輸出された。全国有数のコレクションを誇る横浜開港資料館で、初公開を含む写真が多数展示されている。
彩色写真は、一大生産拠点だった横浜から国内外に広がり、横浜写真とも呼ばれた。日本写真の開祖の一人で、日本画家の下岡蓮杖が創始者という説や、幕末に居留地で写真館を経営したフェリックス・ベアトが広めたという説もある。
絵付け師が1枚1枚色づけし、カラー写真と見間違う仕上がりになっている。大手写真館には大勢の絵付け師が働き、20人近い絵付け師を抱える外国写真館もあったという。
西洋の写真技術と日本画の伝統技術が融合した工芸品で、外国人旅行者や帰国者が持ち帰り、日本の風俗や風景の紹介にひと役かった。明治中期が最盛期だったという。
企画展「フォトスタジオの聖地・横浜」では、前田橋(中区)から見る堀川沿いの街並みや山手から望む外国人居留地や横浜港、実際に筆で彩色している絵付け師など貴重な写真が展示されている。4月15日まで。
(佐藤善一)
岐阜
大垣祭 幕末の形式今と同じ
行列描いた画帳見つかる
山車13両、綱で引く姿確認
幕末の大垣祭の様子を描いた画帳
360年以上の歴史を誇る大垣祭について調査を進める大垣市教委は、幕末の同祭の様子を描いた画帳が見つかったと、発表した。昔の大垣祭の様子はこれまで、昭和初期の写真でしか確認されていなかったが、幕末には既に山車を綱で引くなど現在と同じ祭の形式であったことが判明した。
見つかったのは、1891年に元大垣藩士の月岡一侃斎(いっかんさい)が描いた画帳。縦28センチ、横20センチとA4判を少しこぶりにした大きさで、93ページ。大垣祭の行列は、27点にわたって色つきで描写されている。
画帳は、大垣市出身で京都在住の女性が所有していることが分かり、市教委が女性から借り受け、調査を進めていた。市教委によると、街を引き回される山車「■(やま)」が13両あることや、警護役がいることなど、これまで文献でしか分からなかったことが、確認されたという。
大垣祭記録保存委員会副委員長の清水進・市史編纂室長は「■を綱で引くこともこの画帳で分かった」と話している。2010年度から4か年計画で大垣祭の調査を進める同市教委は14年度に調査報告書をまとめる予定だ。
大垣祭は1648年(慶安元年)、大垣藩の初代藩主、戸田氏鉄(うじかね)公が城下町の総氏神だった八幡宮を再建したことを受け、本町、中町、新町など各町が喜びを表すために、■を造って引き回したのが始まりとされる。今年は5月12、13日、13両の■が大垣の城下町を巡る。
(■は「車」へんに「山」)
(2012年3月15日 読売新聞)
山口
幕末期の岩国藩の史料70点…岩国徴古館で企画展
企画展「幕末の動乱と岩国」が18日、岩国市横山の岩国徴古館で始まった。5月13日まで。入場無料。
12代岩国藩主・吉川経幹(つねまさ)が幕府の長州征討に対峙(たいじ)する姿を記録した「経幹公御周旋記」、征討軍との戦いの様子を描いた地図など、幕末期の岩国藩に関する史料約70点を展示している=写真=。史料に見入っていた岩国市川下町の藤井愛子さん(68)は「先人たちの苦労が改めて伝わってきた」と感慨深そうだった。
月曜休館(月曜が祝日の場合は翌日)。問い合わせは岩国徴古館(0827・41・0452)へ。
ブックレビュー
今度の歴史魂は新選組を総力特集! 蒼狼たちの生き様を知れ!
エンターテインメント
松坂桃李、新撰組の沖田総司に扮して時代劇シーンに初挑戦
『薄桜鬼~京都探訪~二〇一二・春』販売中!津田健次郎さんとのファンイベントも!
ども、白牡丹です。先日受検した新選組検定、公式ページに出題と回答が出ましたので自己採点してみました。
3級
自己採点で95点でした。もうちょっと取りたかったかな。
たとえば、この問題を「うっかり」で落としたのは残念(^_^;)。
……全部足を運んで知っているのに、勘違いしてしまいましたorz。④なのは歴然なのになぜ勘違いしてしまったんでしょう(汗)。
2級
こちらは自己採点で82点。合格ラインの7割は十分に越えてますが、自分の史実ファン度からすると85点以上取りたかったので、ちと不本意。後半ちょっとぽろぽろ落とした問題がありました。
下記の問題は「そこまでチェックしてなかった(^_^;)」ということで落とした問題の一例。
おもわず笑みがこぼれた問題をふたつ。
彼岸の彼方にいるかの方がたは、150年後の後世にテスト問題にされるとは思ってもみなかったでしょうね(苦笑)。
史実に諸説ある事件の取り上げ方として、ちょっと引っかかる出題もあります。
本当に篝火事件があったのかどうか、あったとしてそれが本庄だったのかどうか、史実として確定してるかな? 永倉新八の記述によれば、という補完があるのはいいのですが、今後は出典とか明記した方がいいと思います。
公認参考書・推薦参考書のラインナップについて、「ん?」と思うところがあります。一次史料を直接参考書にするのが難しいとしても、一次史料の解説本が入っていないのは、「あれ?」と思うところです。
異説が多い新選組の歴史を知識テストにできるのかという興味関心から受検した新選組検定ですが、受けてみての雑感でした。
3級
自己採点で95点でした。もうちょっと取りたかったかな。
たとえば、この問題を「うっかり」で落としたのは残念(^_^;)。
Q043 土方歳三の像は国内に数カ所にありますが、次のうち像がないのはどこでしょうか。
① 函館・五稜郭タワー
② 函館・土方歳三記念館
③ 日野・土方歳三資料館
④ 日野・石田寺
……全部足を運んで知っているのに、勘違いしてしまいましたorz。④なのは歴然なのになぜ勘違いしてしまったんでしょう(汗)。
2級
こちらは自己採点で82点。合格ラインの7割は十分に越えてますが、自分の史実ファン度からすると85点以上取りたかったので、ちと不本意。後半ちょっとぽろぽろ落とした問題がありました。
下記の問題は「そこまでチェックしてなかった(^_^;)」ということで落とした問題の一例。
Q089 慶応4年(明治元年)8月22日、母成峠の戦いに敗走した斎藤一は、隊士・歩兵40人ほどと会津城下の旅館に宿泊したことが「若松記草稿」に記録されています。その旅館の屋号は何でしょうか。
① 藤田屋
② 山口屋
③ 一瀬屋
④ 斎藤屋
おもわず笑みがこぼれた問題をふたつ。
Q073 文久3年9月、芹沢鴨は因幡薬師で開かれていた見世物の見物に出掛け、猛獣に吼えられて驚いたといいます。その猛獣とは何でしょうか。
① ライオン
② ヒョウ
③ マントヒヒ
④ トラ
Q081 土方歳三は文久3年11月に書いた手紙で、遊女たちにモテてモテてしょうがない、という趣旨を記していますが、そこで名前があげられていない遊郭は次のうちのどれでしょうか。
① 二条新地
② 祇園
③ 上七軒
④ 島原
彼岸の彼方にいるかの方がたは、150年後の後世にテスト問題にされるとは思ってもみなかったでしょうね(苦笑)。
史実に諸説ある事件の取り上げ方として、ちょっと引っかかる出題もあります。
Q037 浪士組の上京中、芹沢鴨が自分の宿が用意されていなかったことに立腹し、野宿するといって、宿場の路上で大篝火を焚いたというエピソードを永倉新八が伝えています。その宿場はどこでしょうか。
① 軽井沢
② 本庄
③ 下諏訪
④ 奈良井
本当に篝火事件があったのかどうか、あったとしてそれが本庄だったのかどうか、史実として確定してるかな? 永倉新八の記述によれば、という補完があるのはいいのですが、今後は出典とか明記した方がいいと思います。
公認参考書・推薦参考書のラインナップについて、「ん?」と思うところがあります。一次史料を直接参考書にするのが難しいとしても、一次史料の解説本が入っていないのは、「あれ?」と思うところです。
異説が多い新選組の歴史を知識テストにできるのかという興味関心から受検した新選組検定ですが、受けてみての雑感でした。
昨日は白鳥師を聴けなかったというだけで、ゆっくりしたい日曜の夜に末廣亭に駆けつけてしまう自分はけっこう中毒だと思う。
無精床/駒三
あちたりこちたり/小満ん
小満ん師匠も新作やるんですね。面白かった(^^)
漫談/丈二
漫才/遊平かほり
手紙無筆/文左衞門
昨日は扇辰っつぁんで聴いたばかり。でも文ちゃん版は暴力的でまた面白い。
漫談/しん平
今日はおはぎの代わりにご飯の上にゆで小豆をのせる話……これって『銀魂』の宇治銀時丼じゃん(^_^;)。
曲ごま/紋之助
今日もはらはらさせながら、でも失敗せず(爆)終了。
隣の町は戦場だった/白鳥
雪深い新潟県長岡市高田で育ち、新雪の上でホンダスーパーカブを両手放しで隊旗振って乗りこなせる不良の吉田タカシ君が自衛隊に入隊し、イラクに派遣される話(爆)。
へんてこな噺なのに、伏線はがしがし回収されるし、途中で何かほろっと涙がこぼれるような人情噺になるし、白鳥師はあなどれない。
無精床/駒三
あちたりこちたり/小満ん
小満ん師匠も新作やるんですね。面白かった(^^)
漫談/丈二
漫才/遊平かほり
手紙無筆/文左衞門
昨日は扇辰っつぁんで聴いたばかり。でも文ちゃん版は暴力的でまた面白い。
漫談/しん平
今日はおはぎの代わりにご飯の上にゆで小豆をのせる話……これって『銀魂』の宇治銀時丼じゃん(^_^;)。
曲ごま/紋之助
今日もはらはらさせながら、でも失敗せず(爆)終了。
隣の町は戦場だった/白鳥
雪深い新潟県長岡市高田で育ち、新雪の上でホンダスーパーカブを両手放しで隊旗振って乗りこなせる不良の吉田タカシ君が自衛隊に入隊し、イラクに派遣される話(爆)。
へんてこな噺なのに、伏線はがしがし回収されるし、途中で何かほろっと涙がこぼれるような人情噺になるし、白鳥師はあなどれない。
新選組検定3級と2級を受けてきました。もはや暗記できるほどの記憶力が残っていない(爆)ので、事前準備はしてません。新選組ファン歴13年になろうという自分のうすぼんやりした記憶頼みです。
そしてわかったことは、史実から脚色した部分はあるけど大河ドラマ『新選組!』で記憶していることが沢山あるということ(*^_^*)。
正解は明日13時以降、リンク先のサイトに出るそうです。
白牡丹が難問と感じた問題を各級から紹介しますと。
【3級】
慶応3年11月、沖田総司は近藤勇の実兄・宮川音五郎に宛てた手紙で、東下できない理由を「○○故」と書いています。「○○」に入る言葉は何でしょうか。
①「多忙」
②「時勢」
③「怪我」
④「病気」
……書簡の存在を記憶してない(^_^;)。
【2級】
近藤勇・土方歳三・山南敬助・沖田総司・井上源三郎・永倉新八・藤堂平助・原田左之助という、いわゆる試衛館グループのなかで、新選組として在京中に江戸へ帰ったことがあるのは、次のうちの誰でしょうか。
①山南敬助
②沖田総司
③原田左之助
④井上源三郎
あれ、この4人で江戸に帰ったことがある人っていたっけ……(滝汗)。
2級は結構難問でした。自分、9割取れてないです……orz。合格ラインは大丈夫そうですが……多分(爆)。
そしてわかったことは、史実から脚色した部分はあるけど大河ドラマ『新選組!』で記憶していることが沢山あるということ(*^_^*)。
正解は明日13時以降、リンク先のサイトに出るそうです。
白牡丹が難問と感じた問題を各級から紹介しますと。
【3級】
慶応3年11月、沖田総司は近藤勇の実兄・宮川音五郎に宛てた手紙で、東下できない理由を「○○故」と書いています。「○○」に入る言葉は何でしょうか。
①「多忙」
②「時勢」
③「怪我」
④「病気」
……書簡の存在を記憶してない(^_^;)。
【2級】
近藤勇・土方歳三・山南敬助・沖田総司・井上源三郎・永倉新八・藤堂平助・原田左之助という、いわゆる試衛館グループのなかで、新選組として在京中に江戸へ帰ったことがあるのは、次のうちの誰でしょうか。
①山南敬助
②沖田総司
③原田左之助
④井上源三郎
あれ、この4人で江戸に帰ったことがある人っていたっけ……(滝汗)。
2級は結構難問でした。自分、9割取れてないです……orz。合格ラインは大丈夫そうですが……多分(爆)。
新宿で法事があった(先祖の墓は西新宿にあるのです)ので、雨模様の中、末廣亭へ。昼席の途中から夜席トリまで……って、白鳥さんじゃなくて彦いちさん代演だったのか(汗)。でも「愛宕山」ならぬ「愛宕川」、けっこう楽しかった。
【昼の部】途中から
唖の釣り/小袁治
(不明)/南喬
紙切り/正楽
紙入れ/馬生
時そば/菊丸
漫談/順子
順子師匠、今日は前座の木久扇門下の扇兵衛くんをいじってました。身体の大きさの割にはけっこう器用に足を顔に近づけられる扇兵衛くんでした(汗)。
家見舞/小さん
漫談/馬風
手元の番組表には鏡味仙三郎社中があるのだけど、トリの小ゑん師匠にいわせると落語協会の連絡ミスで、色物なしで小ゑん師匠登場。
幸せの石/小ゑん
西小山の電器屋さん家に生まれ育ったそうで、西小山から立会川をちょっと下流にいったところで生まれ育った自分は一気に親近感。
アキバねたたっぷり。落語の蔵で聴いてるけど、生で聴いて笑えた笑えた。そのまま「アキバぞめき」に行くかと思ったのだけど、ガス検針員の女性が主人公の「幸せの石」でした。落語界に希少な理科系らしいネタです。
【夜の部】
初天神/扇兵衛
ニワトリ/玉玉丈
漫才/ホンキートンク
手紙無筆/扇辰
五目講釈/さん福
粋曲/小菊
浮世床/小歌
マキシム・ド・呑兵衛/馬桜
白鳥さんが上がらないと知ってちょっと落ち込んだので、白鳥さんネタをかけてくれて嬉しい。
奇術/アサダ二世
親子酒/駒三
長屋の花見/小満ん
牛ほめ/丈二
漫才/遊平かほり
道灌/文左衞門
暴力的におかしい「道灌」(爆)……最近文師にはまっているみたい。
漫談/しん平
ラーメンの話がおかしかった。ラーメンだしの話とか、湯切りの技の披露とか。
曲ごま/紋之助
おろおろして途中でお囃子さんを止めたり、ハラハラさせるのが紋之助さんの芸らしい。
愛宕川/彦いち
まくらで「愛宕山」のあらすじを語ってしまい、何をやるのかと思えば、ユーコン川下りの体験を「愛宕山」のパロディとしてしまう。
一八の前で旦那が見せるのは、小判投げではなくて、金の弾丸ライフル・マシンガン乱射。そして、金欲しさに飛び降りた一八を待っていたのは、狼でなくてぐりずりー(汗)。
どうなるのかとハラハラさせるスペクタクルの先に現れたのは……そうか、「烏カァ」の代わりに「キングサーモン、ばしゃっ」だったのは伏線か(苦笑)。
【昼の部】途中から
唖の釣り/小袁治
(不明)/南喬
紙切り/正楽
紙入れ/馬生
時そば/菊丸
漫談/順子
順子師匠、今日は前座の木久扇門下の扇兵衛くんをいじってました。身体の大きさの割にはけっこう器用に足を顔に近づけられる扇兵衛くんでした(汗)。
家見舞/小さん
漫談/馬風
手元の番組表には鏡味仙三郎社中があるのだけど、トリの小ゑん師匠にいわせると落語協会の連絡ミスで、色物なしで小ゑん師匠登場。
幸せの石/小ゑん
西小山の電器屋さん家に生まれ育ったそうで、西小山から立会川をちょっと下流にいったところで生まれ育った自分は一気に親近感。
アキバねたたっぷり。落語の蔵で聴いてるけど、生で聴いて笑えた笑えた。そのまま「アキバぞめき」に行くかと思ったのだけど、ガス検針員の女性が主人公の「幸せの石」でした。落語界に希少な理科系らしいネタです。
【夜の部】
初天神/扇兵衛
ニワトリ/玉玉丈
漫才/ホンキートンク
手紙無筆/扇辰
五目講釈/さん福
粋曲/小菊
浮世床/小歌
マキシム・ド・呑兵衛/馬桜
白鳥さんが上がらないと知ってちょっと落ち込んだので、白鳥さんネタをかけてくれて嬉しい。
奇術/アサダ二世
親子酒/駒三
長屋の花見/小満ん
牛ほめ/丈二
漫才/遊平かほり
道灌/文左衞門
暴力的におかしい「道灌」(爆)……最近文師にはまっているみたい。
漫談/しん平
ラーメンの話がおかしかった。ラーメンだしの話とか、湯切りの技の披露とか。
曲ごま/紋之助
おろおろして途中でお囃子さんを止めたり、ハラハラさせるのが紋之助さんの芸らしい。
愛宕川/彦いち
まくらで「愛宕山」のあらすじを語ってしまい、何をやるのかと思えば、ユーコン川下りの体験を「愛宕山」のパロディとしてしまう。
一八の前で旦那が見せるのは、小判投げではなくて、金の弾丸ライフル・マシンガン乱射。そして、金欲しさに飛び降りた一八を待っていたのは、狼でなくてぐりずりー(汗)。
どうなるのかとハラハラさせるスペクタクルの先に現れたのは……そうか、「烏カァ」の代わりに「キングサーモン、ばしゃっ」だったのは伏線か(苦笑)。
あれから1年……さまざまな思いがあり、いまだ言葉になりません。14時46分に黙祷しました。
神奈川
連続歴史講座
ふるさと幕末人物伝
富山
北前船史料1万点寄贈 加賀の大家家
京都
新撰組隊士が京都をガイド! “薄桜鬼~京都探訪録~二〇一二・春”の販売がスタート
薄桜鬼~京都探訪~二〇一二・春 本日販売開始!
ゲーム「薄桜鬼」公式ツアー発売-新選組ゆかりの地を声優イヤホンガイドで巡る
山口
福島の作家星さん萩で15日に講演
コラム
【幕末から学ぶ現在(いま)】
(152)東大教授・山内昌之 鮫島尚信
エンターテインメント
新選組隊士達が抱く夢とは!?「薄桜鬼 黎明録 DS」プロモーションムービー公開
優しいヤツほど気をつけろ!『るろうに剣心』新ポスタービジュアルが解禁
“封印された狂気”をテーマにする映画『るろうに剣心』最新画像を初公開
神奈川
連続歴史講座
ふるさと幕末人物伝
幕末を生きた三浦半島の人物に迫る歴史講座「ふるさと幕末人物伝」が今月末に開講する。主催は三浦半島の文化を考える会。市内郷土史家らが講師を務める。
日程は、3月31日(土)「浅葉仁三郎―日記から見た人物像」、4月7日(土)「海防期に躍進する小坪の浜名主」、4月14日(土)「浦賀周辺の文人―加藤山寿を中心に」。いずれも時間は午後1時半〜3時半で、会場はヴェルクよこすか。参加費1500円(3回分・資料代)。希望者ははがきに住所・氏名・【電話】を明記し、〒238―0035池上2の1の5三浦半島の文化を考える会事務局(久保木実さん方)。3月24日(土)必着。(問)【電話】046・852・0714
富山
北前船史料1万点寄贈 加賀の大家家
幕末から明治にかけて北前船の一大拠点だった加賀市大聖寺瀬越町の二大船主の一つ、 大家(おおいえ)家から1万点を超える史料が金沢市立玉川図書館近世史料館に寄贈され 、同館は新年度から整理、調査に乗り出す。北前船で栄えた同町はかつて、日本有数の「 富豪村」とも称され、史料から大家家の北前船主としての規模や各港での取引状況を読み 解く。
史料は昨年7月、同町の大家家現当主、大家紹嘉(つぐよし)さんから寄贈された。各 港でどんな品物が、どんな価格で売買されたかを記録した「仕切(しきり)帳」が中心で 、北前船での航海や遭難、造船の状況が分かる史料もある。船を任せた船頭や水主(乗組 員)、各港から、船主に取引の指示を仰ぐ手紙も残っていた。
同館によると、大家家は天保年間、船頭だった二代目の七三郎が船主として独立、幕末 から昭和にかけての四代目、七平の時代に最も栄えた。明治期は蒸気船の登場や鉄道網の 発達などで、北前船主を取り巻く状況は大きく変化しており、史料を整理すれば、石川の 海運業の状況が明らかになる可能性がある。
古文書の知識がある市民の協力を得て、新年度から整理を始めるが、史料が膨大なため 1年以上かかるとみられる。整理した史料は目録を作成し、一般公開する。同館の袖吉正 樹さんは「北前船は全国に研究者がおり、調査に役立ててほしいというのが現当主の意向 でもある。これだけ多くの史料があれば、新たなことが分かるだろう」と話した。
京都
新撰組隊士が京都をガイド! “薄桜鬼~京都探訪録~二〇一二・春”の販売がスタート
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山口
福島の作家星さん萩で15日に講演
東日本大震災の被災地を巡った福島県在住の作家星亮一さん(76)が15日午後6時半から、萩市の萩市民館小ホールで講演する。演題は「東北は負けない~会津藩に学ぶ復興の半世紀~」。被災地の苦しい状況を、戊辰戦争後に朝敵とされた旧会津藩の苦難の歴史と照らし合わせて復興への思いを語る。
萩市や福島県内の歴史研究家らでつくる「萩と会津の友好を考える会」などが企画した。
星さんは震災後4か月間、福島、宮城、岩手県内の被災地を巡回。高さ10メートルの防潮堤を超えた津波が町を根こそぎ流してしまった光景や、原発事故で多くの人が故郷を離れて地域の共同体が崩壊している様子を目の当たりにした。
星さんは「東北の人たちは意気消沈していない。以前の豊かな東北を取り戻そうと、不屈の精神で復興を目指している」と見ている。講演では「東北人の魂」を伝え、萩市民が会津若松市などを支援してくれたことに感謝する。
原発の廃炉などを終えて被災地が復興を果たすためには、旧会津藩が朝敵とされて苦しんだ約半世紀くらいの歳月がかかるという観点で、同藩の歴史に触れる。
星さんは福島県の新聞社、民放テレビ局勤務を経て作家になった。戊辰戦争研究会代表も務めている。当日先着順で定員80人。無料。問い合わせは萩市企画課(0838・25・3102)へ。
(2012年3月7日 読売新聞)
コラム
【幕末から学ぶ現在(いま)】
(152)東大教授・山内昌之 鮫島尚信
「外交官第一号」の胆力
尖閣諸島や北方領土の問題といい、「従軍慰安婦」の問題といい、最近の日本外交はいいところがない。外交懸案が生じても、きちんと押し返せないのである。
沖縄の米軍普天間飛行場の移転問題にしても、政治主導にこだわるあまり当事者間で慎重につめてきたガラス細工のように繊細な合意を一夜にして壊してしまった。最大の責任者が鳩山由紀夫氏であることは論をまたない。日本の外交安全保障の要を毀損(きそん)した人物が民主党の外交担当最高顧問に就くと聞いて絶句した人も多いのではないか。
知識が少しばかりあっても、物に動じない胆力や健全な愛国心をもたない人間は政治家であれ外交官であれ、国の危機にも鈍感である。反対に、言葉や経験が未熟でも、国のために何をなすべきかと自問した幕末明治人は、まず理屈でなく体が本能的に動いた。慶応元(1865)年に、薩摩藩留学生として森有礼(ありのり)や五代友厚らと一緒に英国に留学した鮫島尚信もその一人である。
ロンドン大学で1年間学んだ後、森ら5名と一緒に渡米したが、3名が帰国しても鮫島は森らとともに残り、ブドウ園で働きながら学んだ。いくつになっても親がかりの苦労知らずとは違うのだ。
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帰国した鮫島は、条約改正のための「弁務使」として欧州に派遣されることになり、ややあって明治4(1871)年に政府は「第四等のジプロマチクエゼント(diplomatic agent)」として彼を処遇するように英仏プロイセンの3国に求めた。これを犬塚孝明氏は「外交官第一号の誕生」と呼ぶ。鮫島は、英国では留学生上がりの青二才扱いをされたが、フランスではまずまずの接遇を受けた(『明治外交官物語』吉川弘文館)。
パリでの努力大きく実る
パリでは、事情通の英国人秘書フレデリック・マーシャルを雇い、情報収集と人間関係の拡大に努めた。鮫島は、ワシントンに派遣された森有礼とともに、外交実務の研究、条約改正の交渉実務、留学生の調査監督、お雇い外国人との契約交渉、在留日本人や渡航者たちの世話にあたったのだ。かれらは「日本にとって不慣れな外交を国際社会が認める水準にまで引き上げた二人の努力を忘れるわけにはいかない」と犬塚氏もいとおしげに述べている。
鮫島にとってフランスはイギリスよりも穏やかで親切であった。とくに文化交流には熱心で、岩倉使節団が訪れたときも、希望する施設をすべて開放し見学の便宜を与えてくれたようだ。しかし、フランスに限らず欧州各地で使節団らがまごつかなかったのは、鮫島が欧州の外交慣行や儀礼にのっとって、あらかじめ便宜供与や調査協力を依頼していたからだ。鮫島の外交努力や、彼が築いた外交界の人びととの信頼関係、それに積極的な文化交流活動がなければ、岩倉使節団も成果を挙げられなかったかもしれない。
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また、日本の近代諸法典を指導したフランス人ボアソナードを日本人留学生たちに引き合わせたのも鮫島である。日本公使の熱意にほだされたボアソナードは日本行きを決心し、20年の長きにわたり日本に滞在することになった。犬塚氏は、法学教育を通して日本にフランス文化を根付かせたいという鮫島の熱い思いが、ボアソナードの心を動かしたと考える。鮫島の情熱とボアソナードの善意の共鳴を語る犬塚氏の見方はまことに好ましく、共感をそそられる。そして、鮫島が教育と文化を通して、国際交流を進めていくことこそ、外交官が果たすべき重要職務と考えたという指摘も興味深い。
鮫島がレジオン・ドヌール勲章オフィシエに叙されたのは当然であろう。いまのように日本人叙勲者が珍しくない時代のことではない。
外国交法案内を執筆刊行
しかし、鮫島の真面目(しんめんもく)は、後進の若い外交官のためにマーシャルの協力を得た英書『外国交法案内』(Diplomatic Guide)の執筆刊行であった。私はまだ読んでいないが、日本人による最初の外交官心得や外交慣例入門ともいうべき実務の書物である。パイオニアはいつの時代も、どの分野でも偉大である。日本語でなく英語で出したあたりに幕末明治人の心意気と自負心がうかがわれ、現代日本人の向上心をも刺激する。
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外務大輔(だゆう)(いまの外務次官)となって帰国した鮫島は、再び特命全権公使として渡仏した。条約改正に執念を燃やす外務卿寺島宗則の懇請によるものだ。余人をもって代え難いとはこのような場合に言うのだろう。鮫島は、外国郵便物をすべて日本が扱うことを認めさせるなど着実に不平等の基盤を切り崩していった。それでも、改正交渉は欧州各国の結束で挫折を余儀なくされた。激務と心労の結果、鮫島は明治13年師走に倒れた。意識朦朧(もうろう)となっても国家の行末を思って怒気を発したというから凄(すご)い。肺病だったのだろう。
35歳の若さで死んだ鮫島は、モンパルナスの墓地に葬られた。大統領名代をはじめ各国大公使も列席した。改正交渉に挫折した鮫島の死は、同情をもって迎えられたはずだ。ここでも犬塚氏の筆は、「ヨーロッパ外交界が純粋な気持で勢いっぱい示してくれた敬意でもあった」とあたたかい。政治家と官僚外交官の敷居をやすやすと乗り越えた維新明治の先人には学ぶべき点が多い。(やまうち まさゆき)
◇
【プロフィル】鮫島尚信
さめしま・なおのぶ 弘化2(1845)年、薩摩(鹿児島)藩医の家に生まれる。慶応元(1865)年、薩摩藩留学生として英国ロンドン大に学ぶ。同3年、渡米し苦学。明治元(1868)年に帰国し、新政府の外務大輔などを歴任。11年に駐仏特命全権公使に任じられるが、13(1880)年にパリで病没した。
エンターテインメント
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朝起きてぼぉ〜っとしていたら、出るタイミングを失った。もぉぎりぎりのタイミングで渋谷区ホールに飛び込む。

まずは、トーク……って、白鳥さんいない(^_^;)。こしらは革ジャンっぽい着物着てるし。合皮の布を自分でミシンかけて縫ったそうな。こしら曰く、談笑さんは金の匂いがするそうな。ややあって白鳥さん登場。昨日の白鳥・昇太・彦いちの意気あったトークに比べて、何と微妙な空気感。
上下がわからないと暴露する、こしらさんと白鳥さん……ネタだよねこれって(^_^;)。
「火焔太鼓」こしら
おかみさんの妄想がすごくて、隠密の美青年剣士と恋に陥って、甚兵衛さんそっちのけ。
そして、お屋敷にあがってからも、長い長い……ところどころ爆笑するんだけど、気がついたら開演から約1時間(汗)。寄席でつっと軽く15分やってお後につなげるのに慣れてしまったので、しょっぱなから大ネタでお腹いっぱい。
「イラサリマケー」談笑
自分はキタって感じなんだけど、会場は何となく慣れてない感。下ネタ満載のメニューに客席の半分はとまどい気味なような、重い感じ。
「無精歯科」談笑
水飲んで、続けて2席め。南蒲田三丁目って、どこかなぁと思ってしまう蒲田住民は私です(^^ゞ。蒲田駅西口のアーケード街周辺の雑居ビルにある歯医者って感じでしょうか。
……怖すぎる。
中入りで、早くも私服に着替えられた談笑師とすれ違う。もぉどきどきしちゃって、「お疲れ様です(^^)」としか言えなかった(*^_^*)。
「富Q」白鳥
金銀亭Q蔵くん来ました。貧乏っぷりの描写は、さすが白鳥。上野も新宿も出入り差し止めで、唯一池袋に出演できる新作落語家って(^_^;)。
同じ貧乏アパートに住んでる北朝鮮の婆ちゃん、福建省の揚さん。池袋の席亭、番頭の進藤さん。焼け出されて池袋演芸場に住み込むQ蔵君。
えーと、結局は2億円を諦めて落語に打ち込むんですかね。頑張れQ蔵くん。
まずは、トーク……って、白鳥さんいない(^_^;)。こしらは革ジャンっぽい着物着てるし。合皮の布を自分でミシンかけて縫ったそうな。こしら曰く、談笑さんは金の匂いがするそうな。ややあって白鳥さん登場。昨日の白鳥・昇太・彦いちの意気あったトークに比べて、何と微妙な空気感。
上下がわからないと暴露する、こしらさんと白鳥さん……ネタだよねこれって(^_^;)。
「火焔太鼓」こしら
おかみさんの妄想がすごくて、隠密の美青年剣士と恋に陥って、甚兵衛さんそっちのけ。
そして、お屋敷にあがってからも、長い長い……ところどころ爆笑するんだけど、気がついたら開演から約1時間(汗)。寄席でつっと軽く15分やってお後につなげるのに慣れてしまったので、しょっぱなから大ネタでお腹いっぱい。
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「富Q」白鳥
金銀亭Q蔵くん来ました。貧乏っぷりの描写は、さすが白鳥。上野も新宿も出入り差し止めで、唯一池袋に出演できる新作落語家って(^_^;)。
同じ貧乏アパートに住んでる北朝鮮の婆ちゃん、福建省の揚さん。池袋の席亭、番頭の進藤さん。焼け出されて池袋演芸場に住み込むQ蔵君。
えーと、結局は2億円を諦めて落語に打ち込むんですかね。頑張れQ蔵くん。
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